破られた定石と、二人だけの局所通信(ローカルネットワーク)
炎上する第2セクターの市街地。
駆けつけた俺たち『異端編成』は、かつてない異常な戦場に直面していた。
「メイ、前へ! 敵の前衛部隊のヘイトを引け!」
「こっちよ、化け物ども!! 『強制標的』!」
メイがシールドを構え、スキルを展開する。通常なら、エクリプスは理性を失ってメイに殺到するはずだ。だが——。
『——前衛、対象の挑発スキルを無視しろ。シールドの死角へ回り込み、後衛の狙撃手を叩け』
エクリプスの群れの中央。
全身を真っ白な硬質装甲に覆われた『特異個体』が電子音声で指示を出した瞬間、化け物たちはピタリと足を止め、メイを素通りして後方のシオンへ向けて一斉に回り込んだのだ。
「なっ……アタシのスキルを、意思の力で抵抗した!?」
「させない! トーヤ!!」
「おうッ! 『絶対停滞』!!」
シオンを守るため、トーヤが結界を展開する。だが、特異個体はそれすらも予測していた。
『——敵の範囲結界、発動を確認。全機、後退。硬直の隙を突け』
エクリプスたちが統率された動きで後退し、結界の『数センチ外側』で立ち止まる。そして、結界が空振りしてトーヤの動きが止まったコンマ数秒の隙を突き、一斉に襲いかかってきた。
「化け物が、俺たちの戦術を完全に読んでいる……!?」
俺は冷や汗を流した。本能で襲ってくる獣ではない。戦術パズルを初見で解いてくる、最悪の『プレイヤー』だ。
「カイト! 考えるのは後だ!」
リンが大剣を振りかぶり、指揮官である白装甲の特異個体へと一直線に肉薄する。
システムによる硬直も、クールダウンの隙も与えない、純粋な身体能力による最速の突撃。
だが、特異個体はその凄まじい太刀筋を真正面から見据え、右腕を巨大な高周波ブレードへと変形させた。
『——単調な突撃。物理アタッカーの軌道計算、完了。迎撃フェーズ』
特異個体の刃が、リンの大剣の威力を完璧な角度で『受け流し』、そのまま彼女のがら空きの胴体へと翻る。
「しまっ——」
リンの目が見開かれる。
『ギキィィィィィンッ!!!!』
激しい金属音が鳴り響き、火花が散った。
リンの眼前に割り込んでいたのは、俺だった。補給基地で新調した防弾デバイスを盾にし、特異個体の刃を間一髪で防いだのだ。だが、化け物の圧倒的な筋力に押し込まれ、盾の表面にメキメキと亀裂が走る。
「……前衛が落とされたら、この盤面は終わる。無茶な突撃をするなと言ったはずだぞ、欠陥品」
俺は激痛の走る左腕を庇いながら、隣のリンへ向けて口角を上げた。
「お前こそ、適性0%のくせに前線に出てくるな。……死ぬ気か」
リンもまた、不敵な笑みを返してくる。
俺は自身の左腕——先の防衛戦で負傷し、無理やり生体デバイスを埋め込んだ腕から太いケーブルを引き出し、リンの大剣のコアに直接『物理接続』した。
バチッ! と火花が散り、軍のメインシステムを介さない、俺とリンだけの『完全なローカル・ネットワーク』が直結される。
「うっ……! カイト、お前の演算領域が……直接、頭の中に……!」
「俺もお前の痛覚と魔力のフィードバックをもらっている。……熱いな、お前」
「馬鹿言え、お前の思考の方が冷たすぎるんだよ」
言葉はいらない。俺の計算した『最適な回避と反撃のルート』が直接リンの脳にダウンロードされ、リンの『無尽蔵の魔力』が俺のデバイスの熱を強制冷却していく。
最強の矛と、最高の計算機。完全に一つの兵器として同期した瞬間だ。
『——警告。敵個体のデータリンクに異常を検知』
未知のシステム外接続に、特異個体が警戒し、距離を取ろうとバックステップを踏む。
だが、その時。
激しい斬り合いと急激な後退の余波で、特異個体の白装甲の顔面にピキッと亀裂が入り、半分が剥がれ落ちた。
現れたのは、無機質な化け物の素顔ではない。
鋭い眼光を持った、人間の顔だった。
「……嘘だろ。その顔……」
リンが、大剣を構えたまま凍りつく。
「知っているのか、リン」
「ああ。私が軍の訓練校に入るずっと前……10年前の英雄だ。防衛軍のポスターにもなっていた『第零部隊』の隊長、スメラギ……!」
『——いかにも。我はソウル・レゾナンスの第零期適合者。全人類をエクリプスへと統合し、悲しみも苦痛もない完全な救済をもたらす者だ』
死んだはずの英雄の口から、感情の抜け落ちた声が響く。
「救済だと……? 他人の意志を奪って化け物に変えることが救済なわけあるか!」
リンが激昂し、大剣を握る手に血が滲む。
「動揺するな、リン!」
俺は左腕のケーブルを通じ、リンの精神へさらに深く演算パルスを流し込んだ。
「相手がかつての英雄だろうが、神様気取りの化け物だろうが関係ない。俺たちの自由を奪う奴は、ただの『排除すべき障害』だ。……行くぞ、相棒」
「……ああ! 私たちの意志を、見せつけてやる!!」
二人の神経を直結させたバディが、狂った救済を掲げる哀しき英雄へと、同時に踏み込んだ。




