崩壊する秩序と、知性を得た化け物たち
「——痛覚遮断、解除。神経接続テストを開始する」
薄暗い隠れ家の片隅で、俺はひび割れたモニターを睨みながら、自身の左腕に太いケーブルを突き刺した。
カグラの軍刀によって骨の寸前まで切り裂かれた左腕。本来なら数ヶ月は動かせない重傷だが、俺は軍の補給基地から奪った最新型の『生体演算デバイス』を、傷口から直接神経に繋ぎ込んでいた。
「うっ……!」
バチッ、と青白い火花が散り、脳を焼き切るような激痛が走る。
だが、デバイスのインジケーターが緑色に点灯し、動かなかったはずの左の指先が、微かにピクリと動いた。
「無茶をするな、カイト。……そんな機械を直接神経に埋め込むなんて、ただの自傷行為だぞ」
背後から、心配そうなリンの声が掛かった。
彼女は俺の血まじりの包帯を取り替えながら、その銀色の瞳を痛ましげに細めている。
「反逆者に、のんびり病院のベッドで寝ている時間はない。それに、このデバイスを俺の『適性率0%』のハブとして最適化すれば、お前たちのスキルをより深くまでハッキングできる計算式があるんだ」
「計算式だと……?」
「ああ。まだ仮説の段階だがな」
俺がデバイスの調整を終え、包帯を巻き直したその時だった。
『——臨時ニュースです。防衛軍総司令部前では、現在も数万人の市民による抗議デモが続いており、一部の部隊では命令を放棄する兵士も現れ……』
部屋の中央に置かれたモニターから、キャスターの緊迫した声が流れてきた。
俺たちが軍の『真実』を全世界に暴露してから、三日が経過していた。
エクリプスが人間から作られていたという事実は、世界中をパニックに陥れた。
軍の威信は地に落ち、上層部は責任のなすりつけ合いで機能不全。真実を知ったエリート兵士たちも戦意を喪失し、首都の防衛網はかつてないほどに脆弱になっていた。
「自業自得ね。自分たちで化け物を作ってマッチポンプしてたんだから」
メイが冷めたコーヒーをすすりながら、画面に映る混乱した首都を見下ろす。
「でも、これで俺たちを追ってくる軍の追手も減ったわけだし、一息つけるよな」
トーヤが大きく背伸びをした、その瞬間だった。
『——緊急警報! 緊急警報! 首都第2セクター外壁が突破されました! 繰り返します、エクリプスの大規模な群れが、市街地へ侵入——』
突如として、ニュース番組が真っ赤な緊急アラート画面に切り替わった。
「エクリプスの襲撃!? こんなタイミングで!」
シオンが即座に立ち上がり、狙撃銃を手に取る。
俺は自身の戦術コンソールを開き、首都に張り巡らせた監視網のカメラ映像をモニターに投影した。
そこに映し出されていたのは、地獄だった。
市街地の防壁を破壊し、無数のエクリプスが雪崩れ込んでいる。だが、何かがおかしかった。
「……おい、あいつらの動き、変だぞ」
トーヤが画面に食い入るように顔を近づけた。
地下施設で俺たちが戦ったエクリプスは、本能のままに密集して突っ込んでくるだけの獣だった。
だが、画面に映るエクリプスの群れは——小隊ごとに綺麗に分散し、防衛にあたる軍の部隊を『挟み撃ち』するように動いていた。
『撃て! 撃てェッ!!』
画面の向こうで、混乱しながらも迎撃に出たエリート部隊が、一斉に魔力弾を放つ。
だが、エクリプスの群れはそれを真正面から受けず、即座に遮蔽物の裏へと隠れた。そして、エリート兵士たちの魔力弾が切れ、リロードの隙が生まれたそのコンマ数秒を狙って、一斉に飛び出してきたのだ。
「……化け物が、定石を理解しているだと?」
俺は冷や汗を流しながら、信じられない光景を睨みつけた。
敵の攻撃を誘発させ、クールダウンの隙を突く。それは間違いなく『人間の戦術』だった。
そして、カメラの映像が、エクリプスの群れの中央に立つ『一体の異形』をズームアップした。
それは、人間の形を保ちながらも、全身が真っ白な硬質装甲に覆われたエクリプスだった。
その特異な個体は、腕を組んだまま、部下の化け物たちに明確な「指示」を出している。
『——前衛、そのまま押し込め。敵のシールド持ちのヘイトは、後衛の狙撃部隊がカバーしろ』
スピーカー越しに、電子音のような歪んだ声で、特異個体が『人間の言葉』を発した。
「嘘、でしょ……化け物が、喋った……!?」
メイが絶望に顔を青ざめさせる。
エリート部隊は、知性を持った化け物たちの『戦術』の前に、手も足も出ずに次々と蹂躙されていった。
「……軍が隠していた真実は、化け物を作っていたことだけじゃない」
俺はギリッと奥歯を噛み締めた。
「あの白装甲の蝕罪は、ただの兵隊じゃない。システムを理解し、戦術を操り、俺たちと同じように盤面を支配できる『指揮官』だ」
理性を失った化け物ではなく、人間の知恵と化け物の身体能力を併せ持つ最悪の特異点。
「軍の連中は、自分たちで管理しきれない『本物の悪魔』を産み落としていたんだ」
俺の左腕のデバイスが、新たな脅威への警告音のように、不吉な赤い光を点滅させていた。
お読みいただきありがとうございます!
ここから第四章のスタートです。
軍という後ろ盾が崩壊した状況で襲来したのは、「戦術を理解し、連携してくる知的なバケモノ」という最悪の第三勢力。
これまでの定石が通用しない敵に対し、カイトたちが新たな力でどう盤面をひっくり返すのか、ぜひご期待ください!
(※新章開幕の応援に、作品のフォローや下部の★評価をいただけますと執筆の大きな励みになります!)




