ゼロの到達点と、世界を書き換えるバグ
「——『過剰励起』!!」
俺の左腕に軍刀を固定され、回避ルートを完全に絶たれたカグラへ向け、リンの純白の大剣が振り下ろされる。
「……狂人が。己の命すら計算の駒にするか!」
コンマ数秒の死地。カグラは躊躇なく己の得物である軍刀から手を離し、後方へ大きく跳躍した。
直後、リンの大剣がカグラのいた空間を両断する。
『ザァァッ!』
「チッ……!」
完全な回避は間に合わず、カグラの漆黒のコートが裂け、その胸元から鮮血が舞い散った。
「カイト! 大丈夫か!?」
リンが俺の前に立ち塞がりながら叫ぶ。
「問題ない……計算通りだ」
俺は左腕に刺さったままのカグラの軍刀を、表情を変えずに引き抜いた。激痛で視界が明滅するが、俺の『適性率0%(バグ・ゼロ)』が痛覚というノイズを強制的にシャットダウンする。
血まみれの左腕を庇いながら、俺は右手のタイピングを再開した。
『残り、00:45』
「……貴様ら、ただの欠陥品ではないな」
胸の傷を押さえながら、カグラが低く唸る。彼の隻眼には、先ほどの余裕は消え去り、明確な『殺意』が宿っていた。
「データ転送まで残りわずかだ! 全員、死ぬ気でこの防衛線を維持しろ!」
俺の号令に、入り口でエリート部隊を押し留めている仲間たちが呼応する。
「させないわよ……! 『強制標的』最大出力ッ!!」
メイが血を吐くような悲鳴と共にスキルを展開し、部屋に突入しようとする数十人の銃口をすべて自分に引きつける。
「『絶対停滞』!!」
トーヤが限界を超えた速度で結界を展開し、弾丸の雨を空中で凍結させる。
「——ナギ」
「あーもう、これで今日三回目……俺の脳みそ、どうなっても知らないからな……!」
ナギが白目を剥きながらシオンの背に触れ、『時間超越』を発動。
「……撃ち抜く」
クールダウンを強制解除されたシオンの『遅延発火』が、入り口の敵集団を吹き飛ばす。
『異端編成』の全員が、己の命と精神のリソースを限界まで削り、盤面を支えていた。
『残り、00:15』
「小賢しいマネを!」
カグラが懐から予備の短刀を引き抜き、信じられない速度でリンの死角へ回り込む。
「させないッ!」
リンが大剣を振り回し、火花が散る。だが、武器のリーチと機動力の差で、カグラが徐々にリンの間合いを侵食していく。
『残り、00:05』
「終わりだ、指揮官!」
リンの防御をすり抜け、カグラの短刀が俺の心臓へ向けて突き出された。
4、3、2、1——。
「——ああ。終わり(タイム・アップ)だ」
俺がエンターキーを静かに押し込んだ、その瞬間。
『——データ転送、完了。対象:防衛軍全ネットワーク、及び全世界のパブリックサーバー』
メインコンソールから、承認を知らせる無機質な電子音が鳴り響いた。
直後。俺たちを包み込んでいたレッドアラートの照明が、強制的に『緑色』へと書き換わる。
カグラの短刀が、俺の胸元数センチのところでピタリと止まった。
彼だけではない。入り口で激しい銃撃戦を繰り広げていたエリート兵士たちも、全員が一様に動きを止め、信じられないものを見るように周囲のモニターを見上げていた。
「な、なんだこれは……!?」
「嘘だろ……防衛軍の、機密データ……?」
中央通信ターミナルの壁面を埋め尽くす無数のモニターに、一斉に『同じ映像』が映し出されていた。
それは、俺たちが地下施設から引き抜いた『真実』。
『ソウル・レゾナンス』の適合実験で精神を壊した訓練生たちが、軍の非道な人体実験によって『エクリプス(化け物)』へと作り変えられていく、残酷な記録映像。
そして、その計画にサインをした軍上層部の決裁文書だった。
映像はここだけでなく、首都の巨大ビジョン、個人の携帯デバイス、すべてのネットワークに強制公開されている。
「エクリプスは、人間……俺たちの、仲間だったっていうのか……!?」
「軍は俺たちに、何を隠して……!」
エリート兵士たちの間に、動揺と絶望が伝染していく。
彼らが信奉していた『定石』の根幹が、音を立てて崩れ去った瞬間だった。
「……やりやがったな、貴様ら」
カグラはモニターを一度だけ見上げ、そして俺を睨みつけた。
「これで軍の威信は地に落ちる。エクリプスという『敵』を自作自演で捏造していた上層部は、全世界からの非難を浴びて失脚するだろう。……俺たちの『勝ち』だ、カグラ」
血まみれの腕を押さえながら俺が告げると、カグラは短刀をゆっくりと下ろした。
「兵士たちの戦意は崩壊した。これ以上戦っても、無駄な血が流れるだけだ。……引き上げだ、貴様ら!」
カグラの怒号に、呆然としていたエリート兵士たちがビクッと肩を震わせ、逃げるようにターミナルから撤退していく。
「逃がすかよ……!」
リンが大剣を構え直すが、俺は彼女の肩を掴んで制止した。
「追うな。俺たちの目的は達した」
カグラは入り口で一度だけ足を止め、隻眼越しに俺たちを一瞥した。
「システムを破壊するだけのバグかと思ったが……盤面そのものをひっくり返すとはな。いいだろう、第十三部隊。軍の腐った頭がすげ替わった後、改めて貴様らを『処刑』してやる」
それだけ言い残し、アナログの死神は闇の中へと消えていった。
静寂が戻ったメインコンソール室。
画面の中では、軍の真実を告発するデータが今も無限にループし続けている。
「……終わった……。マジで、終わったんだな……」
入り口で盾を構えていたメイが、膝から崩れ落ちた。トーヤもシオンも、気絶したナギを庇いながら、その場にへたり込む。
「ああ。よく耐え切ってくれた。お前たちは、最高にイカれた俺の計算式だ」
俺がそう言うと、リンが慌てて俺の左腕に止血帯を巻きつけにきた。
「バカヤロウ、無茶しすぎだ! 左腕、機能不全になるぞ!」
「痛覚は切ってある。それに、これで世界が変わるなら安い代償だ」
俺は痛まない腕を見下ろし、小さく笑った。
落ちこぼれの『異端編成』が、国家という巨大なシステムに勝利した日。
だが、これは終わりではない。
世界に真実を突きつけたことで、俺たちは軍の残党、そして新たな脅威から追われる正真正銘の『反逆者』となったのだ。
戦術盤面は、次なるフェーズへと移行する。
これで第三章が完結となります!
さらにスケールアップし、加速していく【第四章】も、引き続き楽しんでいただければ幸いです!
【読者の皆様へのお願い】
もし「ここまでの展開が面白かった!」「カイトたちの今後の戦いも追いたい!」と思っていただけましたら、ぜひ評価で応援していただけますと、今後の執筆の大きなモチベーションになります……!
引き続きよろしくお願いいたします!




