自爆シーケンスと、地形改変の計算式
セツナが光の粒子となって消え去り、リンが静かに涙を流した、その数秒後だった。
『——警告。セクター4・地下隔離施設における全生体反応の消失を確認。これより、証拠隠滅シーケンスへ移行します』
地下空間に無機質なアナウンスが鳴り響き、同時に視界を真っ赤な非常灯が染め上げた。
足元から、これまでとは質の違う、人工的な地鳴りが響き始める。
「な、なんだ!? 地震か!?」
トーヤが慌てて周囲を見回す。
「いや、軍の仕業だ。化け物の養殖場の要だったコア(セツナ)が破壊されたことで、システムが自動的にこの施設全体を自爆させるように組まれていたんだ」
俺はメインフレームから、軍の真実が保存された物理ドライブを引き抜き、ポケットにねじ込んだ。
「崩落まで残り300秒。全員、直ちにメインスロープへ走れ。ここから脱出するぞ!」
俺の号令で、疲労困憊の仲間たちが最後の力を振り絞って走り出す。
だが、事態はそれだけでは終わらなかった。
『カイト! マズいよ、スロープの上から多数の熱源反応が急接近してくる! エクリプスじゃない……人間の部隊だ!』
装甲車両の中から探知を続けていたリクが、悲鳴のような通信を入れてきた。
「……口封じのダメ押し、か。徹底しているな」
スロープの中腹まで駆け上がった俺たちの眼前に、十数人の黒ずくめの部隊が立ち塞がっていた。
防衛軍の正規の制服ではない。汚れ仕事を専門とする、非公式の暗殺部隊だ。彼らは一切の躊躇なく、高出力の魔力小銃をこちらへ向けた。
「目標、第十三部隊。……すでに消耗しきっているな。全機、射殺しろ」
無機質な命令と共に、エリート兵士たちが一斉に引き金を引く。
定石通りの、美しい十字砲火。エクリプスのような獣の突進とは違う、洗練された「人間」の殺意が迫る。
「リン、前へ! 防御結界だ!」
「チィッ……!」
リンが咄嗟に大剣を盾にして魔力を展開し、弾雨を弾き返す。だが、セツナとの死闘を終えたばかりの彼女の出力は限界に近く、結界にピキピキと亀裂が走った。
「カイト、どうする!? まともに撃ち合える余力なんて、もう誰にも残ってないぞ!」
トーヤが叫ぶ。ナギは気絶したままで、スキルの強制リセットも使えない。ジリ貧の絶望的な盤面だった。
だが、俺の脳内の戦術回路は、一切の熱を持たずに最適解を弾き出していた。
「まともに戦う必要はない。相手が定石に従う人間なら、盤面ごとハッキングしてやればいいだけだ」
俺は戦術コンソールを叩き、指示を飛ばす。
「メイ、0.2秒だけ顔を出してヘイトを引け! トーヤとシオンは、俺が指定した座標にスキルを撃ち込め。対象は『敵』じゃない!」
「……わかったわよ! こっち見なさい、エリート気取り!」
メイが障害物の陰から身を乗り出し、『強制標的』を発動した。
暗殺部隊の兵士たちの銃口が、彼らの意思に反して一斉にメイへと吸い寄せられる。
「シオン、敵の頭上の座標! スロープを支える第3支柱だ!」
「……計算終了。撃ち抜く!」
シオンが放った『遅延発火』のエネルギー弾が、敵ではなく、地下施設を支える巨大なコンクリートの柱に着弾する。
3.5秒後。極大の爆発が柱を粉砕し、暗殺部隊の頭上の天井が、数千トンの瓦礫となって崩落を始めた。
「なっ……自爆か!? 退避しろ!」
黒服のエリートたちが陣形を崩し、慌てて後退しようとする。
「——トーヤ、今だ!」
「任せろぉッ! 『絶対停滞』!!」
トーヤが両手を叩きつける。
展開された青白い結界は、暗殺部隊の兵士たちを捉えたのではない。
彼らを押し潰そうと落下してきた【数千トンの瓦礫】を、空中の絶妙な位置で完全に固定したのだ。
「……なんだと!?」
暗殺部隊の隊長が驚愕に目を見開く。
彼らの頭上には、時間が止まった巨大な岩の雨。
そしてその岩のアーチの下に、俺たちが駆け抜けるだけの、一筋の『安全な道』が出来上がっていた。
「全員、瓦礫の下を駆け抜けろ!」
俺の指示で、『異端編成』のメンバーが、凍結された崩落の下を全速力で通り抜けていく。
俺とリンが最後にそのアーチをくぐり抜けた瞬間。
「トーヤ、結界解除だ」
「オラァッ!」
トーヤがスキルを解いた。
空中で停止していた数千トンの瓦礫が、再び重力を取り戻し、真下にいた暗殺部隊のエリートたちを一切の慈悲なく押し潰した。
轟音と土煙が上がり、後方の通路が完全に塞がれる。
「定石」に縛られたエリートたちは、環境を利用したバグ戦術の前に、手も足も出ずに圧殺されたのだ。
『崩落まで、残り60秒』
「走れ! 出口は目の前だ!」
俺たちは背後で崩壊していく旧地下施設を背に、夜の闇が広がる地上へと一気に飛び出した。
◆ ◇ ◆
旧市街の廃墟に、冷たい夜風が吹き抜けていた。
直後、足元でくぐもった爆発音が鳴り響き、俺たちが直前までいた地下施設が完全に陥没し、土砂の下へと消え去った。
「はぁっ……はぁっ……」
全員が地面に倒れ込み、肩で息をしている。
だが、その瞳には、かつてのエリートたちから見下されていた落ちこぼれの面影はなかった。
死線を潜り抜け、真実を掴み取った本物の部隊の顔だ。
俺は夜空を見上げながら、ポケットの中にある物理ドライブを固く握りしめた。
「軍が隠した真実は、俺たちの手の中にある。もうただの訓練生じゃない」
俺の隣で、息を整えたリンがゆっくりと立ち上がる。
彼女の銀色の髪が夜風に揺れ、手にした大剣が鈍く光っていた。
「……ああ。防衛軍は、絶対に許さない。必ず私たちの手で、この腐ったシステムを破壊する」
最強の矛であるリンの瞳に宿るのは、絶望ではなく、静かで冷たい怒りだった。
人類の敵は、蝕罪だけではない。
俺たち『異端編成』が挑むべき本当の戦いは、ここからが本番だ。




