180秒の死線と、解放のコンボ
『スキルの再発動まで、残り180秒』
戦術コンソールに表示された非情なカウントダウンを視界の隅に置きながら、俺は脳内の演算領域を極限まで加速させていた。
「リン、右へ45度跳躍! 出力は15%に抑えろ!」
「っ、了解!」
リンが床を蹴った直後、彼女がいた空間を漆黒の巨大な刃が通り抜ける。
暴風のような余波だけで、周囲の合金製サーバーが飴細工のようにひしゃげた。
「——次が来るぞ。正面から振り下ろし。出力50%で弾け!」
「シィッ!」
リンが大剣を下からかち上げ、セツナの刃と衝突する。
凄まじい衝撃波。本来ならリンの精神デバイスに強烈な反動が襲いかかる場面だが、俺の『適性率0%(バグ・ゼロ)』による管理者権限が、そのノイズをすべて俺の方へと肩代わりして消滅させる。
「カイト、お前……負荷を背負いすぎだ! 鼻血が出ているぞ!」
「気にするな。計算の範疇だ」
俺は制服の袖で血を拭い、ひたすらに盤面を制御し続ける。
ヒット・アンド・アウェイ。攻撃を誘発させ、最小限の力で逸らし、時間を稼ぐ(カイトする)。
軍が作り出した『真実』である漆黒のエクリプスは、かつてのベテラン部隊長としての戦闘技術と、化け物の理不尽な身体能力を併せ持っていた。
少しでも計算にノイズが混じれば、即座に死に直結する。
『残り60秒』
『ガァァァァァァァッ!!』
セツナだった化け物が、苛立ちを露わにして咆哮した。
その全身から黒い魔力が噴出し、速度が一段階上がる。
「マズい……! カイト、あいつの動きが——」
「焦るな! 左へステップ、出力70%で相殺しろ!」
ギリギリの死闘。俺の視界の端で、デバイスの警告音が鳴り響く。
だが、仲間たちは誰一人として諦めていなかった。
遮蔽物の裏で、トーヤとメイが息を潜めてタイミングを待っている。シオンは熱を帯びた狙撃銃を構え、いつでも引き金を引けるように照準を合わせ続けていた。
「(……あと少しだ。耐えろ、リン)」
そして。
果てしなく長く感じた死線の時間が、ついに終わりを告げる。
『クールダウン完了。全システム、オンライン』
青色の通知が視界に点灯した瞬間、俺は通信機に向かって叫んだ。
「——時間だ(タイム・アップ)! 反撃を開始する!」
その声に、ずっと耐え続けていた仲間たちが一斉に動いた。
「こっちよ、バケモノ!!」
遮蔽物から飛び出したメイが、『強制標的』を展開する。
リンを両断しようと振り上げられていた漆黒の刃が、システムによって強制的にメイの方向へと歪められた。
「今だ、トーヤ!!」
「オラァッ!! 止まりやがれ!!」
セツナがメイに向けて踏み込んだその足元で、トーヤが地面を叩きつける。
青白いドーム状の結界が展開され、『絶対停滞』が漆黒のエクリプスを空間ごと完全に氷結させた。
「シオン、対象の装甲を剥がせ!」
「……計算終了。撃ち抜く」
安全圏から放たれたシオンの『遅延発火』。
3.5秒のカウントダウンの後、セツナの胸元で極大の爆発が起こり、彼女を覆っていた漆黒の装甲が粉々に吹き飛んだ。
煙が晴れたそこには、無防備に露出した軍の認識票——魔力供給のコアが鈍く光っている。
「行け、リン!!」
俺はリンの精神デバイスの制限を完全に解除した。
「ああ。……これで、終わりにする!」
リンが大剣を構え、一直線に跳躍する。
熱も怒りも悲しみもない。ただ純粋に、かつての恩人を縛り付けるシステムを破壊するためだけの、研ぎ澄まされた光の刃。
「——『過剰励起』!!」
最強の矛が放つ、限界突破の一撃。
大剣の切先が、寸分の狂いもなくセツナの胸の認識票を貫いた。
『ピキィッ……!』
ガラスが割れるような甲高い音が響き、ドッグタグが粉々に砕け散る。
瞬間、セツナの全身を覆っていた黒い魔力が嘘のように霧散していった。
トーヤの結界が解け、装甲を失ったセツナの身体が、ゆっくりと崩れ落ちる。
リンは慌てて大剣を放り出し、崩れ落ちるその身体を抱き止めた。
「……先輩……セツナ、先輩……っ!」
化け物の殻が崩れたその下から現れたのは、かつての優しい女性の面影だった。
彼女の目は閉ざされたままだが、その表情はどこか穏やかだった。
『……ありが、とう……リ……ン……』
幻聴のような、微かな声。
次の瞬間、セツナの身体は光の粒子となって、地下空間の空気へと溶けて消えていった。
「あ……ああ……」
リンはその場にへたり込み、空っぽになった両手を見つめて、静かに涙を流した。
俺は黙ってリンの傍らに立ち、システムから『解放』された光の粒子を見送った。
軍が作り出した悪夢の一つは、これで破壊した。
だが、俺たちが暴いたこの凄惨な真実は、まだ氷山の一角に過ぎない。
「……泣くのは後にしておけ、リン。俺たちにはまだ、やるべき計算が残っている」
俺は落ちていたリンの大剣を拾い上げ、彼女の隣に突き立てた。
防衛軍の上層部という、真の敵を完全に駆逐するための戦いは、ここから始まるのだ。




