致死量の変数と、完全制圧の計算式
「——来るぞ。地下層から一気に上がってくる!」
通信機越しにリクの切羽詰まった声が響く。
彼の『広域探知』が捉えた300という異常な数の光点は、旧地下施設の広大なメインスロープを埋め尽くし、津波のようにこちらへ殺到していた。
暗闇の奥から、無数の地響きと、耳障りな咆哮が這い上がってくる。
模擬戦のホログラムドローンとは違う。ひび割れた装甲、鋭い鉤爪、そして生物のそれとは思えない異形のシルエット。人類の精神を喰らう化け物『エクリプス』の群れだ。
「ヒッ……! 冗談じゃないわよ、あんな数……!」
メイが顔面を蒼白にして後ずさる。
「落ち着け」
俺は戦術コンソールを展開し、冷徹に言い放った。
「パニックになるな。相手が30体だろうが300体だろうが、この閉鎖空間において『数が密集している』という状況は、俺たちのコンボにおける最高の餌(変数)でしかない」
俺は前衛に立つトーヤとメイに視線を向けた。
「メイ、前へ出ろ。敵の先頭集団がスロープの半分を越えた瞬間に発動だ」
「わ、分かってるわよ……! 私が死んだら絶対に呪ってやるんだから!」
メイが震える足を必死に動かし、スロープの淵に立つ。
直後、暗闇から這い出してきた無数のエクリプスの赤い眼光が、一斉に俺たちを捉えた。
「今だ!」
「こっちを見なさいよ、バケモノ!!」
メイが叫びと共に、自身の特性『強制標的』を展開する。
瞬間、300体のエクリプスの群れがピタリと動きを止め——次の瞬間、そのすべてのヘイト(殺意)が、メイというただ一人の少女へ強制的に固定された。
『ギシャァァァァァァッ!!』
おぞましい咆哮と共に、エクリプスの群れが雪崩を打ってメイ一点に向かって跳躍する。
全方位から降り注ぐ、死の豪雨。
「トーヤ!!」
「うおおおおおっ!!」
メイが引き寄せた敵の群れが頭上に迫ったその刹那、トーヤが地面に両手を叩きつけた。
青白い光の結界が、ドーム状に展開される。
『絶対停滞』。
空中で牙を剥いていた数十体のエクリプスたちが、まるで時間を止められたかのように、メイとトーヤの頭上で完全に静止した。
後続の群れも結界に突っ込み、次々とその動きを固定されていく。
「見事な誘導だ。敵の密度が限界まで圧縮された」
俺の脳内で、地形、敵の密集度、結界の解除時間が完璧な数式として組み上がる。
「シオン、座標データ送信完了。……撃ち抜け!」
「……了解」
後方に陣取ったシオンが、長大な狙撃銃の引き金を引く。
銃口からは何も出ない。だが、俺たちの『異端編成』において、その無音は死のカウントダウンに他ならない。
1秒。
2秒。
3秒。
「トーヤ、解除だ!」
「オラァッ!」
トーヤが結界を解き、メイの襟首を掴んで強引に後方へ飛ぶ。
空中で停止していたエクリプスの群れが再び動き出し、牙を剥いて落下してくる。
——そして、3.5秒。
あらかじめ俺が指定していた中空の座標に、シオンの『遅延発火』による極大のエネルギー弾が顕現した。
『ドガァァァァァァァァァンッ!!!!』
地下施設を揺るがす凄まじい爆発。
密集していたエクリプスの群れは、悲鳴を上げる間もなく、その圧倒的な爆炎に飲み込まれ、文字通り消し炭となって吹き飛んだ。
「やった……! 先頭集団、完全に蒸発したわ!」
メイが歓声を上げる。
だが、俺のコンソールにはまだ無数の赤い光点がひしめいていた。
「喜ぶのは早い。第一波で吹き飛ばしたのは100体……まだ200体が残っている。トーヤもシオンも、スキルはクールダウンに入ったぞ」
煙を切り裂き、後続の群れが怒り狂ったようにスロープを駆け上がってくる。
あと10秒もすれば、俺たちの防衛線は突破される。
「ふぁぁ……俺の出番ってわけね」
装甲車両のハッチが開き、ナギが気怠げに姿を現した。
「ナギ、今回は二人がけだ。いけるか?」
「死ぬほどキツいけど、カイトの命令ならやるしかないっしょ」
ナギは両手を前に出し、シオンとトーヤの背中に同時に触れた。
「——『時間超越』」
ナギの全身から莫大な精神エネルギーが放出され、二人の体内へ流し込まれる。
次の瞬間、ナギは白目を剥いてその場に崩れ落ち、完全に気絶した。
だが、その代償によって、シオンとトーヤのデバイスに表示されていた「再発動不可」の赤い警告が、一瞬で青い「発動可能」のサインへと書き換わる。
「うおっ、マジで全身の疲労が吹っ飛んだぞ!?」
トーヤが驚愕の声を上げる。
「無駄口を叩くな。第二波が来るぞ。同じ手順を繰り返せ!」
「任せな! 『絶対停滞』!!」
「座標入力……『遅延発火』!!」
再び展開される絶対停止の結界と、3.5秒の死のカウントダウン。
『異端編成』が放つ無限のハッキング・ループが、残るエクリプスの群れを無慈悲に粉砕していく。
爆音と閃光が連続して地下空間を埋め尽くし、やがて——。
『……前方ルート、動体反応ゼロ。カイト、敵の殲滅を確認したよ!』
通信越しに、リクの安堵した声が響いた。
「……300体のエクリプスを、無傷で完封した……」
トーヤが自分の両手を見つめ、信じられないというように呟く。
「まともな定石じゃ死んでたわね。アンタの計算、本当にイカれてるわ」
メイも座り込みながら、荒い息を吐いた。
「言っただろ、盤面さえ制御できれば数なんてただの変数だ」
俺はコンソールを閉じ、地下の最深部——厳重な隔壁で守られたサーバー区画を見据えた。
周囲には、エクリプスの黒焦げた残骸が山のように積まれている。
「露払いは終わった。ここから先は……」
「私の出番だな」
ずっと力を温存していた銀髪の少女——最強の矛であるリンが、大剣を肩に担いで進み出る。
「軍が隠した真実とやら……その堅苦しい扉ごと、私がこじ開けてやる」
俺たちは油断なく陣形を組み直し、地下施設の最深部へと足を踏み入れた。




