8 シャドウハウンド
チェインが特定したシャドウハウンドのスタジオは、火鼠地区の端にあるアパートの一室だった。2階の北から3番目の部屋。チェインによると窓から見える公園が決め手になったらしい。鈴華はその公園の立木に上がって、逆にアパートの部屋を覗いてみる。すると、なるほど確かに、動画で見たのと同じ部屋がそこにあった。
ここでタイミングよくシャドウハウンドがいてくれたら手間が省けたのだが、そう都合よくはいかないらしい。なので鈴華はチェインが作ったモーションセンサーを木の枝に括り付け、木の葉に紛れるように多少のカモフラージュを行う。
「これで部屋に人が来ればわかるってことだよな?」
センサーを取り付けた鈴華は、対となる子機を眺めて呟く。センサーが動くものを検知したら、信号が飛んでくる仕組みだ。もちろん鈴華自身がアンダーにいなければ届かないし、あまり離れるわけにもいかない。しかしこの場に張り付いている必要がなければ、行動の自由度はずっと高まるはずだ。
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センサーが反応したのは、設置してから3日後のことだった。ピピピ、と機械音が鳴って、何か一瞬わからなかった鈴華だったが、でどころが腰から吊るした小さな機械だと気づいてすぐに思考を切り替えた。
幸い今は鴉としての姿をしている。パトロールを切り上げ、すぐにアパートへと駆けた。果たして、モーションセンサーは誤作動ということもなく、前回見た顔ぶれが室内で作業を行っていた。4人全員揃っており、時間を空けたため、前回切り落とした腕も再生している。
聞こえてくる大袈裟な声は、きっと撮影用だろう。スタジオにしているというチェインの情報通りだ。
侵入口の限られる部屋の中に攻め込むのはリスクが高いため、出てくるまで潜んで待つ。外から声を聞いていると、途中で一度、気に入らないと台本に手直しが入り、撮影をやり直したりと想像以上に時間をかけていた。どうやらシャドウハウンドも、やっていることはともかく撮影自体には真面目らしい。
改めてシャドウハウンドの投稿動画を確認したところ、昔は真面目なアンダーストリーマーとして普通の動画を出していた。しかし1年以上活動を続けても動画の再生数は二桁を推移していて、とてもうまくいっているとは言えなかった。だからこそ、炎上系という過激な手段に出たのだろう。そして飽きられることを恐れて、活動はさらに派手なものになっていった。
だがそれは同情するようなことではない。もともと生き残る方が難しいアンダーストリーマーの世界。毎年山ほどの新人が現れては消えていく。しかしその中で邪道に走り、他人に迷惑をかけながら薄汚く生き残ろうとするものはほとんどいない。
室内の会話が静かになる。撮影が終わったことで大業な台詞回しが消えて、声の大きさもダウンしたのだ。
シャドウハウンドは撮った動画を再生して問題がないことを確かめてから、スタジオの片付けを始める。その音を静かに聞きながら、鈴華はいよいよだと《六花》を抜いた。
シャドウハウンドのメンバーは4人。そのうち真っ先に潰すべきなのは、転移能力を持った黒頭巾ことジョン。建物の屋上から飛び降りた鈴華は重力に引かれるまま外に出てきたシャドウハウンドの背後に降り立つ。同時に振り下ろした《六花》がジョンの身体を縦に両断し、あっさりと粒子に変える。
「あ゛?」
リーダー格のハウトが音に気づいて振り返る。そのときには鈴華は剣を斬り返し、間合いにいたリョクガイの首を落としていた。食虫植物の頭が地面に落ち、なにも理解できない様子のまま消えていく。
「くそがっ!」
ようやく反応の追い付いたハウトが腕を剣へと変えて斬り込んでくる。だが、シンプルに遅すぎる。鈴華は冷静に半身になって斬撃を避け、流れたハウトを斬りつけ腕を落とす。そのまま止めを刺そうとしたところで、レイヴがハウトを庇う様に腕をしならせた。
鞭のような腕は正面から受け止めづらい。なのでハウトが盾になる位置に逃れて攻撃をやり過ごし、そのままハウトの身体を左手で押し出す。奇しくも、前回の意趣返しのような攻撃だ。単に押しただけだが鈴華の膂力で行えば勢いは十分で、受け止めきれなかったレイヴはハウトもろとも倒れ込んだ。
猶予を与えることなく、鈴華は手裏剣を投げつける。ふたつ投げた手裏剣のひとつがレイヴの額に突き刺さり、ハウトは咄嗟の動きで体を逸らしたが、回避先に放たれた蹴りを受けて激しく吹き飛ぶ。
急所に攻撃を受けたからかレイヴはそのまま消えていき、ハウトもボロボロの身体を引きずるような状態でもはや立ち上がることも難しいありさま。鈴華が屋根から飛び降りてから10秒にも満たない短い時間で、方々に迷惑をかけ続けていたシャドウハウンドはあっさりと制圧された。
それでも鈴華は、油断してはならないことを知っている。あえて距離を詰める必要もないだろうと、新しい手裏剣を取り出す。
「くそったれ。ヒーロー気取りの自己満足野郎が」
鈴華が腕を引いたところで、ハウトが声を発した。嫌味か。もはやどうしようもなくなったので、せめて言葉で攻撃する。悪党の“掃除”を続ける中で、そういう相手には何度もあってきたし、時間稼ぎの可能性もある。なので無視してさっさと終わらせようとした鈴華だったが、続くハウトの言葉が鈴華の手を止めさせた。
「もう俺にとっちゃどうでもいいことだから教えてやる。ここを特定するくらいシャドウハウンドのことを調べたのなら、疑問に思わなかったか? 俺たちが最近になって、一斉に“スカー”を使い始めたことに」
鈴華の攻撃の手が止まる。それは確かに、引っかかっていた。“スカー”はある種の切り札なので、隠しているダイバーは珍しくない。だが一方で、他者と違う特殊な力は、配信者にとってチャンネルの特色をつけるための華でもある。それをシャドウハウンドは他の配信者を襲いだしたタイミングで一斉に使い始めた。同じような活動歴だから同じような時期に発現したのだろうと納得していたのだが。
「“スカー”の発現を促す魔法の粉、だとよ。アングラな界隈で出回り始めている。わかるか? 時間とリスクをかけてようやく手に入る力が、お手軽なところまで降りてくるんだ。この世界じゃ強者ほど慎重に立ち回る。掛けた手間暇の分だけ、失うことを恐れるからだ。恐れ知らずのバカガキどもが、法律のないアンダーで力を得たらどうすると思う?」
嗤うようなハウトの言葉に、鈴華の脳裏にはすぐに、最悪な未来図が過ぎった。
「ネットニュースを楽しみにしてるぜ。正義のヒーローじゃ手に負えない規模で、アンダーがぶっ壊れるのを」
いいネタになると嗤いながら、ハウトは無事な左腕を剣へと変える。それを己の首にあてがって振るうと、深き刻まれた傷口を起点に光の粒が溢れていく。
最後に自分の言いたいことだけ言い残し、ハウトはアンダーの世界から永久に消えていった。唯一この場に残った鈴華は目的を完遂しつつも勝利の余韻を味わうことなく、苦虫を噛み潰した思いで取り残されるのだった。
次回投稿予定は明日12時です。
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