7 偶発的接触
エネミーが消滅した場所には、いくつもの白い結晶が残った。ラックである。エネミーはカースから生まれるが、そのとき、材料になったカースの一部がラックとなってエネミーの体内に蓄積されるのだ。ラックはある意味カースと真逆の存在であり、プラスがゼロになるよりマイナスまで振り切れたほうがより多くのエネルギーとなる、といった説明をされることが多い。
鈴華は落ちたラックを残さず回収すると、チェインから受け取ったメモを見ながら求められた部品を探し始める。電気街の店の並びはかなりごちゃごちゃしていて、店内に入っても、わかりやすく陳列されているところは少なかった。何というか、わかる人ならわかる専門店のような場所という印象だ。鈴華はよくわからないと迷いながら、それでも3時間ほどかけて何とかリストの部品を揃える。
必要なものがひと通り集まれば、あとは帰るだけだ。戦利品はすべて写し身の内側に格納しているので手には何も持つ必要がなく、鈴華は軽い足取りで火鼠地区まで引き返す。
何かの争う音が聞こえてきたのは、猪口地区からみずのえ通りを横断して火鼠地区に入った直後だった。女性の声と、硬い何かのぶつかる音。音の質からして人同士の争いではなさそうだ。おそらくエネミーとの戦闘。だとしたら下手に介入すべきではない。ダイバーはラックを稼ぐためにエネミーを狩るので、横殴りはマナー違反となる。
ただ進行方向からも近い位置なので、一応確認はしておこうと、鈴華は少しだけ進路を逸らした。
近づくほどに、戦いの音はよりはっきりと聞こえてきた。硬いものを別の硬いものにぶつける音が何度も響く。だがそれが途中で銃声に変わったのを聞いて、鈴華はすぐに駆けだした。銃を持つダイバーは多いが、弾薬の供給の問題で切り札扱いされる傾向にある。途中から銃に切り替えたということは、少なからずピンチに陥っているということだ。
果たして、鈴華の嫌な予感は的中だった。通りの角を曲がった鈴華の目に映ったのは、複数の動く鎧がひとりのダイバーを追い詰めている様子。
群れ型のエネミーだ。
そのうちの1体はちょうど銃弾を浴びて砕けたが、まだほぼ無傷のエネミーが2体残っている。そして拳銃は弾切れとなったらしい。ダイバーは眉目秀麗な顔をゆがませながら銃を捨てて剣を抜くが、エネミーの硬さに対抗できず壁際へと追い込まれていく。
「加勢は必要か?」
単独ではどうにもなるまい、と思いながらも後のトラブルを避けるために確認を取ると、すぐに「お願いします!」と答えが返ってきた。返答を聞いた鈴華は一気にエネミーの後ろに回り込み、鎧の胴体部分を殴りつける。その一撃でエネミーたちの鎧は砕け、壁に叩きつけられた直後に消滅した。
周囲を見渡すが、他にエネミーの気配はない。ひとまずこの辺りは安全になっただろうと警戒を緩めると、助けたダイバーが鈴華にばっと頭を下げた。星空を思わせる輝く黒髪が揺れる。
「ありがとうございます! ものすごく強い方なんですね」
溌溂とした様子の星夜ユニに、鈴華は「あー」と曖昧な返事をする。ユニのことは数日前にも助けたが、鴉として活動していたあの時と違い、現在は全身に黒い布を巻いていない。なのでユニの認識としては初対面のはずだ。
「とりあえず、ダメージは大丈夫そうか?」
戦闘で負傷し、どうにかその場は切り抜けられてもカースの影響で結局倒れる、なんてのはいくらでもある話だ。そうならないためには急ぎ表層まで戻るしかない。
「大丈夫です! エネミーの攻撃はほとんど受けなかったので」
「そうか。それならよかった。と、あー、星夜ユニさんだよな。アンダーストリーマーの。今も配信中だったりする?」
「もしかして視聴者さんですか!? じゃなくて、今は配信はしていないんで大丈夫です。えっと、ご存じかもしれませんが、先週配信中に攻撃を受けたんです。それで私は運良く助けられたんですが、セナは倒されてしまって……」
「もう配信はやらない?」
「そんなことないです! 私、配信が好きなんですよ。あんなことがあったのはそれはショックだったんですけど、それでも事件の後、ファンの人たちから応援や心配のメッセージをたくさんもらって、だから私はやめるつもりはありません。それにここでやめたらあの人たちの思惑通りじゃないですか。私やセナの負けになる。だけど絶対やめるつもりはない、なんですけど」
そこでユニの言葉は小さくなり、目線が伏せられる。ユニの視線の先にあるのは、エネミーが破壊された後に残ったラックの白い結晶だ。
「いなくなって初めて理解しました。私、セナに支えられてたんだなって。2層でこのザマじゃ、配信復帰なんて夢のまた夢ですね」
はは、とユニは自重気味に笑う。写し身は何度もカースによって傷つけられ、回復する過程で少しずつ強くなっていく。より深い階層でも活動できるほど鍛えた鈴華なら浅瀬のエネミーくらい単独で問題なく対処できるが、そんなのは一部だけ。2層であっても多くのダイバーは複数人で行動する。
「すみません。嫌な話しちゃって」
「別にいい。仲間を失えば辛い。それは吐き出したほうがいい」
「そうですね。確かにちょっとスッキリしたかも。ありがとうございます。助けていただいた上に、こんな話にも付き合っていただいて」
そう言って、もう一度軽く頭を下げたユニは、鈴華に笑顔を向けてきた。
「大丈夫です星夜ユニは必ず復活しますから」
間違いなく無理した作り笑顔だ。しかしそれは、カメラの先に向けるのと同じ、星夜ユニとしての笑顔でもあった。
強いな、とユニの顔を見て鈴華は思った。果たして、自分のときはどうだっただろうか。少なくともユニのように強かではいられなかった。
今日のところは帰還するというユニを見送り、鈴華はあたりに散らばったラックを回収する。鈴華からしたらたいした量ではなく、深いところなら見つけても時間の方が惜しいと捨て置くくらいの価値でしかないが、今は回収しない選択肢を取ろうと思えない。ユニの現状を考えれば少量のラックだって喉から手が出るほど欲しいだろうに、助けられた側の道理として何も言わず鈴華のものとした。それをこのまま放置することはできない。
次回投稿予定は明日12時です。
よろしければ高評価、ブックマーク、感想をぜひお願いいたします。




