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アンダーアンバー  作者: すばる


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7/10

6 深みへ

 火鼠地区の中央近く。元はマンションのエントランスだった場所の床から、黒い粒子が噴き出して渦を巻いていた。そして渦の中心地点には穴に膜のようなものが張っていて、向こう側ではぼやけた景色がゆらゆらとゆらめいている。

 アンダーの世界は現実のある瞬間を切り取り転写されたものだ。そして世界の転写が発生すると、それまでアンダーに存在していた世界は、より深い場所へと沈んでいく。そのより深くへと通じる空間の繋がりこそが、渦と呼ばれる現象だ。ダイバーたちはこの渦をいくつも潜り抜け、より深く、より過去へと潜ることで、大崩壊によって失われた前文明の情報を掘り出そうとしている。もっとも実際にそれほど深く潜れるダイバーは全体のごく一部でしかなく、今回の鈴華の目的地も、ひとつ渦を超えた先の浅瀬と呼べる程度の場所だ。とはいえそんな浅瀬で倒れるダイバーの数が最も多いとされており、油断できるものではない。

 前のグループが渦の奥へ消えていくのを見送ってから、鈴華はしばしその場で待機する。時間帯にもよるが、浅い場所では渦を利用しようとするダイバーがかち合うことも多い。そのとき渦を潜るのは互いに一定の間隔を空けるというのが暗黙のルールだ。破ってすぐに追いかけてきたやつや、渦を通った後にすぐ移動しないで待ち伏せるやつは攻撃されても文句を言えない。

 数分が経過してから渦に進むと、鈴華は膜を突き破って下へと落ちる。数メートルの距離を落下して着地すると、直前まで見ていたよりも随分と真新しくなったエントランスが見えた。マンションができた直後くらいに転写されたのだろう。だがあたりは純粋に新しくて綺麗というわけでもない。膜から溢れ出して渦を巻いていた黒い粒子が、空気中にポツポツと漂っているのだ。

 カースと呼ばれるこの黒い粒は、アンダーの深くへ行くほど数を増やしていく。なぜ存在するのかは誰も知らない。しかし性質についてはいくらかわかっている。

 カースは世界を蝕む毒だ。アンダーの世界は過去に転写された空間が深く深く積み重なっているが、深みへ向かうほどカースによって世界そのものが削ぎ落とされて行き、さらに奥へと向かうための道、ダイバーが求める情報も欠落していく。

 また同時に、カースは写し身にも影響を与える。写し身もまたカースに蝕まれていくのだ。多くのダイバーが深層までたどり着けない最大の理由もこれにある。カースの影響はラックによって中和できるがそれも完全ではなく、深みで活動するほど写し身は急速に傷を負っていくのだ。より深くへ潜るためには何度も何度も深みに立ち向かい、少しずつカースへの耐性を獲得していかなければならない。

 もっとも、より深くまで何度も潜っている鈴華のカースへの耐性は高く、しかも《再生》の“スカー”が多少のダメージはすぐに回復してくれる。そのため浅瀬で活動する分にはラックによる中和などしなくても、長時間潜らない限りは影響が出ない。

 火鼠地区の渦からアンダーの2層目に移動した鈴華は、隣接する猪口地区に向かう。猪口地区は現在はエンタメの街としての特性が濃いが、かつては電気街として知られていたエリアだ。そのためPCパーツやその他雑多な電気部品を扱う店が多く、危険の大きい2層より先ではそのほとんどが手付かずで残されている。もちろん製造年代の古いものばかりだが、今回はそこまで高性能なパーツが必要なわけではないはず。鈴華は詳しく知らないが、実際に作るチェインがこの場所のパーツで問題ないと判断したのだから。それに最近の機械はネット接続が前提の作りをしていることも多く、アンダーではむしろ扱いにくかったりするのだ。

 しかし猪口地区の入り口まで到着したところで、厄介な存在が通りの中央を闊歩しているのが目に入った。いくつもの機械や部品が合体してできた、人型ロボットのような骨格の巨大な存在だ。アンダーでは写し身も大概異形ではあるが、その怪物は禍々しい気配を纏っているような雰囲気を持っている。

 エネミーと呼ばれる、カースから生まれる怪物である。

「大物だな」

 我が物顔で通りを歩く怪物を見て、鈴華は小さく呟く。見つけたエネミーの大きさは目算で5メートル弱。カースの密度が低く、ダイバーの数が多いこの層でここまで育つのは珍しい。

 鈴華は《六花》を抜く。木っ端ならともかく、あのクラスを放置したままでは漁れない。堂々と姿を見せた鈴華に、エネミーもすぐに反応した。全身をバチバチと放電させ、激しく地面を踏み鳴らしながら突撃してくる。動きは鈍重に見えるが、サイズもあって速度は自動車並みだ。しかし鈴華にとってたいした速さではなく、また動きも直線的で単純。突っ込んでくるエネミーをするりと避け、速度が落ちたところで殴りつける。

 重い衝撃にエネミーの巨体が揺らぐ。続く放電が全身を焼いたが、《再生》を持つ鈴華にとっては許容範囲内のダメージだ。さらに数度殴りつけ、バランスが崩れたところで《六花》を深々と突き刺した。

 これで、チェックメイト。《六花》で世界に固定されたエネミーはもはや動くことすらできず、放電でささやかな反撃をしながら殴られ続けるだけだ。浅瀬では滅多に見ないレベルのエネミーも、深いところまで潜れば珍しいものではない。鈴華が殴るたび機械部品が吹き飛んでいき、やがて耐えきれなくなって砕け散る。しばらくこの場所で王者として君臨してきたであろうエネミーの最後は、なんともあっけないものだった。


次回投稿予定は明日12時です。

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