5 情報屋
高級マンションが建ち並ぶ威虎地区は、新都の中でも特に活動拠点にしているダイバーが多いエリアだ。新都内でも特に有名な渦の近くということと、現実では手の届かない高級マンションでの暮らしへの憧れが主な理由だろう。しかし社会インフラの機能していないアンダーではエレベーターなど動くはずもなく、出入りの楽な低階層に人気が集中しているのは皮肉な話である。
そんな高級マンションのひとつ、現実では随分と老朽化の進んでしまったグリフォンマンションの22階が、チェインの住処だった。
人の気配がしないフロアまで壁を登ってきた鈴華は、他のドアとは形の違うノブが取り付けられた2214号室のドアを叩いた。だいたいが鍵を壊して不法占拠している中で、ご丁寧に代えの錠前を取り付けているのだ。
「新聞なら取らねえぞ! 宗教の勧誘もお断りだ!」
「いいや、政治活動だ」
内側から聞こえてきた機械音声に合言葉を返す。するとガチャガチャと3つ並んだ錠が順に開けられ、チェーンが外されてドアが開く。ガチャリとドアが開いて出てきたのは、古いブラウン管テレビだった。色とりどりのコードに支えられた特徴的な頭は、半裸の美女をモノクロームの映像で映している。聞いた話では、ちょうど世界が転写された瞬間に流されていた電波を勝手に拾っているらしい。この場合公然猥褻罪は適用されるのだろうか。おかげで勝手に映像を配信したやつは自動的にBANされると本人は喜んでいたが。
「あんたか。3日ぶりだね。髪切った?」
「先週な。それより頼んでいた調査はどうなった?」
「まあ入んなよ。もてなすよ。お茶はないけどね」
「そもそも飲めんだろ」
開かれたドアを通って室内に入ると、閉め切られた部屋の中でモニターの発する青白い光が鈴華を出迎えた。チェインの“スカー”によっていくつものパソコンが稼働し、個別では小さな光の数々が、暗い室内を照らす光源となっているのだ。
「さて、じゃあ仕事の話をしようかね」
チェインはショットガンをガンラックにかけ、スマホを操作しながらゲーミングチェアに腰を下ろす。
「言われた通り、ニュートくんの尋ね人は動画投稿者、いわゆる炎上系のアンダーストリーマーだった。チャンネル名はシャドウハウンド。帰ったらネットで検索してみるといい」
「なら配信を確認して現場に向かえば見つかるか。おそらくやつらがやっているみたいに」
「あー、それは無理だね。シャドウハウンドは生配信をしていない。出しているのは後から編集を加えたものだけだ。それこそニュートくんみたいなのを警戒してるんじゃないかな? 他の配信者の画面に入り込むのは、彼らの昔からのやり口みたいだし。恨みは各地で買ってるよ」
「慎重だな。炎上系なんて後先考えないようなやつばかりと思っていたが」
「保身には敏感なんだろうね。動画を確認したが、個人情報につながるようなことは言っていなかった。実際好き放題やっているように見えて、知的財産権の侵害のような、現実の法律に触れるところは避けている。手が後ろに回るのはうまいこと回避してるのさ。案外表では真面目な会社員だったりしてね」
「俺には関係ないな」
鴉に言い訳は通じない。アンダーで法律は悪党を縛らないが、守ることもしないのだ。
「おー怖い。影の世界で悪さをすると、黒い悪魔に襲われる。都市伝説の通りだ」
「伝説でも何でもないだろうが」
チェインは実態を知っているはずだ。
「ま、ニュートくんに目をつけられたのが運のつきかな。あるいは、一線を超えたしっぺ返しをさっそくもらうことになるとも言えるね。シャドウハウンドが配信者を直接攻撃し始めたのはここ最近みたいだ。動画で確認されたところだと、ニュートくん遭遇した星夜ユニが3件目。以前から他配信者への突撃はやっていたけど、ひたすら付き纏って無理に排除されそうになったら暴力だ蛮行だと叫ぶようなウザ絡みがシャドウハウンドのやり口だった」
「マンネリ化で視聴者が離れだして、より過激なことに手を出し始めた?」
「かもね。それと、襲撃をやり始めたタイミングから“スカー”を確認できる。力を手にして調子に乗ってるのかも」
「全員同じタイミングで“スカー”ができるか?」
「さあ? 活動歴が同じくらいなら発現タイミングが似ることもあるんじゃない? それと動画での確認でしかないから、襲撃をやらかすまで隠していただけの可能性もある。この辺りは憶測だよ。“スカー”の詳細は直接戦ったニュートくんの方がよく知ってるだろうし」
「一応動画は確認しておこう。俺の知らない使い方があるかもしれん。しかし、そうなると捜索は結局振り出しか」
「まさか。ここで打ち止めなら情報屋を名乗れないよ。今までの話は、動画を見れば全部わかることだしね」
そう言って、チェインはコードの絡まった胸を張る。
「シャドウハウンドは動画の前語りや後語りを別撮りしてる。配信を確認して他の配信者に突撃するのは突発になるからね。落ち着いた環境で前後の撮影をするのさ。動画を確認した限り、撮影に使われている場所は3箇所だ。そのうち2つは完全に室内で手がかりもなかったけど、ひとつは窓の外の景色が映り込んでいたおかげで特定できた。だから、張り込んでいればいずれ来るはずさ」
「流石だな。景色から3日で場所まで特定したのか」
「アンダーだからってのもあるよ。転写された年代ごとに雰囲気が結構変わるから、リアルより特定しやすい」
「それでも素人には無理だろう。だが、長期の張り込みをするのは難しいな。最近は馬鹿が多すぎる。ここに来る途中にも辻斬りを見つけたぞ。ひとつにかかりきりにはなれない。人が来たら知らせてくれるようなものは用意できないか?」
「悪が栄えてるねぇ。モーションセンサーを使えば、行けなくはないかな。材料は用意してもらうけど」
チェインはデスクから付箋を取ってつらつらとペンを走らせた。
「ほい。これだけ持ってきてくれれば作れるよ」
「意外と多いな」
「そりゃあ世の中で作られたものはアンダーで使うことを想定していない。特に機械類はネットに繋げないしコンセントも使えないんだから」
「仕方がない、か。これだと電気街に行った方が早そうだ」
「残ってるものかい?」
「潜る」
「それなら問題ないね。不要な心配だとは思うけど、気をつけてよ。お得意様にリタイアされるのは私にとっても損失だ」
「わかってる。油断はしない」
アンダーでは一瞬ですべてを失う。だから気を抜くことなどできない。
聞くべき情報は聞けた。報酬のラックを支払った鈴華は立ち上がり、深みに潜るため2214号室を後にした。
次回投稿予定は明日12時です。
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