3 襲撃との遭遇
みずのえ通りから火鼠地区に入ってからしばらくしたところで、鈴華の耳は誰かの叫ぶ声を聞いた。鍛えられた聴力によってかろうじて聞き取れるくらいの声は、小さいからでなく遠いからだ。間に合うか? と鈴華は急ぎ屋根を駆ける。道路を飛び越えて対面の建物の屋上を縦断し、垂直の壁を走り最短経路で声のする場所へ。近づくほどに争う声ははっきりと聞こえるようになり、やがて当事者の姿が地上に見えた。
ビルとビルの隙間にある小さな空き地だった。より深くへと潜るための渦からも離れており、目的がなければ近づくこともないような場所。そこにいるのは6人の写し身。しかし、そのうちのひとつは鈴華の見ている前で、淡い光の群れとなって消えていく。これまでに何度も見たことのある、写し身が消滅したときの光だ。こうなってしまえばもはや助けることはできない。
間に合わなかった事実を噛み締めながら、しかし鈴華は止まらない。残るのは5人。消えていくアバターに縋る少女のような写し身と、それを見下ろしながら声高に煽るものたち。討つべき相手は明らかだ。
ビルの屋上から飛び降りながら、ひとまずは少女の髪を掴みあげようとする、人型をした虫のような写し身に手裏剣を投げる。遠心力の乗った刃が狙い通りに虫人間の腕を斬り飛ばした。
「ああ゛? 誰だてめえ」
虫人間が振り返る。不気味にゆがむ虫の顔を無視して、鈴華は周囲を把握。敵は4人。被害者を囲むように立っている。背後にいるのが虫人間。逆に前方にいるのは顔の代わりにハエトリグサのついた顔面食虫植物で、左右がそれぞれ、すっぽり顔を隠した黒頭巾と白く膨れた水死体擬きだ。
「ごみどもを片づけに来た清掃業者だよ」
この状況でいちばんに避けるべきは被害者を人質に取られることだ。なので注意を自分に向けるよう挑発しながら《六花》を抜く。そのまま虫人間の首を狙って振るうと、途中で止められ硬い音が響いた。虫人間の残された左腕が変化し、剣となって《六花》を止めたのだ。
「聞いたか!? ヒーロー志望のバカのエントリーだ!」
虫人間が嘲笑した直後、残りの3人が一斉に動いた。水死体擬きの腕が鞭のようにしならせ、顔面食虫植物が無数の針を飛ばす。同時に、地面から生えてきた泥の腕が、鈴華の動きを拘束しようと纏わりつく。しかし、それらはすべて鈴華にとってたいした脅威ではなかった。泥の腕は力づくで振り払おうとしたとたんにあっさりと崩れ、鞭のような腕と針の大半は身を屈めた鈴華の真上を通り抜ける。避けきれなかった何本かが刺さったが、ダメージは軽微かつ《再生》で即座に治る程度でしかない。
低い姿勢から虫人間を斬り上げ、怯んだところを蹴り飛ばす。巻き込まれた黒頭巾ともども転がるのを見ながら水死体擬きの腕を切断。返す刃で胸を裂く。生身なら心臓に達するほどの深い一撃。仕留め切れはしなかったものの、しばらくは動けないだろう。
再び針が飛んできたが、先ほどの攻撃で脅威度は知れている。雑に避け、半分くらいは受けながら前に出る。だが、距離を詰めて斬り殺そうとする鈴華に対し、顔面食虫植物は状況についていけていない被害者を押し飛ばした。流石に跳ねのけられないと鈴華はそっと受け止め、その隙に後退した顔面食虫植物が飛ばした針から守るために大きく回避することを余儀なくされる。
「くそっ! 撤退だ! ツラ覚えたからな真っ黒野郎。てめえアンダーで生きていけると思うなよ」
形勢不利、と悟ったのだろう。虫人間が鈴華に捨て台詞を吐きながら逃げることを指示した。
「そもそもここからおまえたちを逃がすつもりはない」
「はっは。残念だったな。もう遅ぇ」
虫人間が言った直後、4人の元から泥の腕が伸びる。先ほど鈴華を拘束しようとしてあっさりと崩れたものだ。だが4人は腕になされるがまま、すぐに地中へと引きずり込まれていく。被害者をかばっていた鈴華は即座に追撃には移れず、数秒後には戦闘の痕跡を残したまま4人の姿は完全に消える。
「拘束はサブ、本来は地中移動能力か……」
映し身を飲み込んだ地面は元のコンクリートに戻り、触れてみても違和感を見つけることも出来ない。こうなってしまっては、感知系でない鈴華に追跡は不可能だ。完全に取り逃がした事実に歯噛みしつつ、鈴華はどうにか助けられた相手から話を聞くことにした。




