夕凪 幽奈の欠陥推理Ⅴ
さて、ここまで御覧の読者はこの中身のない推理で推理小説を語るなと言うだろう。
実際に彼女が行ったことと言えば、現場検証を行って、犯人を特定する。
これくらいのことは探偵を呼ぶまでもない、警察に任せておけばいい。
今回はその警察の内部に犯人がいた訳であるが。
それでも、最初に言った通り犯人は既に分かっていた。
十中八九、十割十分十厘確定していたのだ。
熊谷警部、ただ一人を追い込むために事件現場を大きな拘置所とした。
だからこそ彼女、夕凪 幽奈とおつきの人である逢魔 時はいる必要がなかった。
既に犯人は捕まったも同然であるから。
俺自身がそう思う。
だとしても、俺たちはあの場に居なければならなかったのだ。
最初に言ったことと言えばもう一つ重要な事がある。
幽奈は最初に述べた。
私は探偵ではないと。
欠陥推理しか披露することができないのだ。
裏どりも自白も引き出せない欠陥だらけの推理披露しかできない。
軽い足取りで向かうのは、その手足に重りがつけられている訳ではないが、自由などありはしない場所である。
端的に言えば刑務所だ。
勿体ぶらずとも、刑務所である。
特殊ではあるが。
ここにはたった一人の囚人しかいない。
法治国家日本において異常と言える93件の殺人事件、37件の殺人教唆。うち未解決118件により死刑延期。
幇助、教唆に関しては現在進行形で行われていた。
『彼女は私たちにとっての女神なんだよ!!!』
そういう意見もまばらに聞く。
おもに犯罪者から。
これは個人、いや故人の意見ではあったが。
あったことのない狂人の談ではあるが、実際そうなのだろう。
神懸かりを疑ってしまう神業だ。
自首してくれなければ230件の未解決事件が残ってしまうところだったのだから。
なおかつ、次世代の育成も怠らず成功しているという時点で恐ろしい才能だ。
教師にでも向いているのではないかと考えたが、犯罪者が大量に生まれても困るので勧めることは止そうと思う。
「本日は私の番でしたよね」
「ああ、そうだな。十分に気をつけろよ」
「あら、心配してくれるんですね」
「そりゃあな。彼女に会うのに心配しない人間は、この世でニュースを見ていない一部の人くらいだよ」
冷たい廊下をこの収容施設の管理官の案内の元進んでいく。
実際廊下が冷たいのか、緊張によって体温が下がっているのかは把握できていないが、それでも今は前を向いて堂々と歩く。
誰が見ているわけでもないが気持ちだけは沈まないようにと。
扉の前でピタリと止まり、ゆっくりと鉄扉が開く。
深い深呼吸をした幽奈は振り返り笑みを浮かべてから一歩を踏み出し中に入る。
それを見送った後に隣にある中の様子を覗ける部屋に入り彼女が現れるのを待つ。
少なくとも、この特殊な面会室内(ほとんど取調室ではあるが)で対峙する幽奈よりかはマシではあろうと若干の安堵と、憐れみをもって。
幽奈が入った扉とは正反対の位置にある扉が開き、警官が続いて拘束具で覆われた女性が入る。
黒髪を腰丈ほどに伸ばし、細見で色白の女性。
おそらく多くの男性は彼女の略歴さえ聞かなければ、視線で自然と追ってしまうほどに美麗であり艶美、幽奈と並べばこれからお茶会でも始めるのかと言ってしまうほどに淑女の集まりのようにみれる。
窈窕淑女といってもいいが、淑女の部分が正しいかどうかは疑問符が浮かぶ。
座った女性は拘束具のまま椅子に座り、そのままの流れで肘を机の上につく。
オニキスの瞳を見開き顔を眺めてから声を発する。
丁寧な口調で、しかし年齢に似合わない話し方で。
「久しぶりねえ奈々ちゃん!まだ探偵ごっこなんて続けているの?」
「ええ、お久しぶり。探偵ごっこなんてとんでもない。私は一度でも探偵なんて名乗っていません」
「時君は?仲良くしているの?今も聞いているんでしょう?」
「時君は関係ありません。今この時間は」
幽奈に親し気に話しかけるのは平和 麒茹。
間違いなくこの日本において彼女以上の脅威はない。
「今日も一つ貴方の罪が増えましたよ?よかったですね、もう少しでその拘束具ともおさらばですよ」
「あら、熊谷警部は捕まってしまったのねぇ。現場にいても証拠を隠すことは難しいのねぇ、やっぱり」
幽奈の一言を受けても余裕綽々といった様子で手首のあたりに頬を置く。
今回の件で殺害幇助の罪がつき刑期やその他諸々に影響があるのは確かなはずではあるが、狂ってしまった頭には何一つとして入らないらしい。
皮肉交じりの一言も、返すことなく次の話題へと変える。
「そうだ。前々から聞こうと思っていたのだけど、今の私の未解決事件てあと一体いくつなのかしら」
「さあ?私は知りませんね」
「もう、いつまで反抗期なの?ママ拗ねちゃうわ」
狂ってしまった頭。
誇張もなんでもなく、平和 麒茹の思考回路はおかしいのだ。
精神がやられているというわけでもなく、重大な病を抱えているわけでもなく。
彼女は正気で狂っている。
その一つがこのやりとりだ。
自身はまだ愛されていると。
唯一残った肉親に愛されていると、心の底から信じているのだ。
片割れを身勝手にも奪った身でありながら愛されていると。
「それで、最近はどうなの?食事は久場羽場が管理できているとして、ちゃんと寝れてるの?」
「未だにそんな心配をしているんですね。母親なんですか?」
「ふふ。そんな悲しい冗談は止してよ。あたしは今でも奈々ちゃんの母親だし、貴方はあたしの子なのよ?血だけじゃなくて全てを貴方にあげたでしょう?」
「貴方からもらったものは嫌悪と憎しみくらいしかありませんよ」
「それは違うわぁ、奈々ちゃん」
声が一段低くなる。
まだ夕日が顔を出しており、その光が窓から差し込んでくる程度には明るかったはずだが薄暗く一段と光量が落ちたように錯覚する。
ガラス越しに覗いているのにじっと覗き込まれているかのような不快感。
横目にこちらを一瞬覗いた彼女の顔には先ほどまでの無邪気な笑顔は片鱗すらなく、ひたすらに無表情。
感情が抜け落ち、人形のように声を発する。
「貴方にはあたしの全てをあげたわ。愛情も熱情も、知識も。あたしが人生を全てかけたものを。すべては言い過ぎかしらね。生まれてすぐに愛おしいと思ったわけではないもの。貴方に知識を、貴方でできなかった事を時君に。全て渡してあげたわ。それだけは、いくら奈々ちゃんの冗談でも許せないわ」
後半につれて元の笑顔へと戻っていき、強烈な不快感はなくなる。
まるで何事もなかったかのように。
実際に何事かが起こったわけではないが、催眠術にかかったかのような明かりの錯覚を抱かせることができる。
過去に一度だけこの世の生物ではないと考えたこともあったが、こうなってくると真実味を帯びてしまう。
幽奈を見ればその額には若干の汗が出ていることに気づく。
対面してその程度で済んでいるのは奇跡に近いし、これができるのは俺たち2人くらいのものだ。
いやな希少性を付与してくれたものだ。
「兎にも角にも、今回もいたって普通に素早く解決できました。その報告だけ」
「律儀なのねぇ、ありがとう。また会えるのを期待しているわ」
「ええ。貴方が処刑台に上るその日まで何度でも会いにきます」
「幽介さんも喜んでるわね。こんな可憐に成長した貴方を見て」
怒りを滲ませ。
何度も滲ませた。
全身に染みわたって麻痺してしまった。
逆鱗にすらならなくなってしまった。
その一言を口にしてゆっくりと特別面会室兼取調室の重い扉を開けて外にでる。
幽奈の動きに合わせて隣の部屋から出ていこうとした時、こちらを向き手を振る彼女の姿は明日くらいまでは頭から離れないだろう。
それが俺に、幽奈に刻まれた呪いだ。
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「ああー、楽しかった。いつ見ても可愛いわねー」
背筋を反らせてストレッチをしながら、監視官と二人になった部屋で呟く。
それは愛しい我が子の成長に感動する母親にしか見えなかったが、残念ながら凶悪連続殺人犯というおまけつきだ。
「立て!」
叫ぶ監視官を意に返さないように反ったまま顔を向ける。
そのまま疑問があるといったように口を開く。
「ねえ監視官さん?最後に素早く解決したとか言っていたけど、何のことなのかしら」
「……?」
「面会の理由よ。滅多なことではこないじゃない、あの子」
「熊谷さんが捕まったことに関してだったろ。話していただろうが」
「熊谷?」
再び正面に向き直り熟考する。
考え終わったと言った風に立ち上がった平和 麒茹は言うのだ。
「熊谷ってだれの事?」
愛してすらいない人間とは、こういうものなのだ。
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短い面会を終えて出てきた途端に崩れ落ちる奈々を、怪我を負わないうちに支えにかかる。
幽奈に対して行う数少ない善行の一つだ。
この行為に平常時の幽奈であれば茶化しの一言でもあるだろうが、今に限ってはそんな余裕もないほどに疲弊している。
肩を支え
たまま近くのベンチに座らせて、事前に用意していた飲み物を渡す。
大丈夫か?などの言葉はかけない。
大丈夫なわけがないのだ。
常人でも、狂人でも、実の娘でも。
「ありがとうございます、もう少ししたら帰りましょうか」
あくまでも気丈に振るまっている彼女に対して小さく頷き、隣に腰をかける。
今回の黒幕ともいえるだろう平和 麒茹は何を隠そう、夕凪 幽奈改め平和 奈々の母親だ。
俺にとって人が生きていくうえでほとんど要らないであろう人を殺すすべを教え込んだ人間だ。
先程面会中に話していた奈々ができなかったこと。
虚弱体質であるがゆえに人を一人殺すこともままならなかった。
だから奈々には人を殺すための知識を全て、彼女が6歳だった時から教え始めた。
その10年後に自身の夫である平和 幽介を殺した。
奈々の目の前で、実演してみせた。
その2年前に俺の両親と妹を殺した。
俺のみを残して殺した。
1年ほどどこかも分からない場所に閉じ込められて、殺すための技術を体に教え込まれた。
接していた時間が長かったこの2人だからこそ、麒茹という巨悪に対して真正面から会話を行えるのだ。少なくとも熊谷警部のように思考の全てを乗っ取られるようなことはなく。
だが、未だに麒茹のことを”彼女”などと丁寧に呼んでいる時点で相当おかしくなっているのかもしれないが。
兎にも角にも、簡単にこんな経緯があって俺たちが未だに彼女に縛られている。
少なくとも俺に関しては、奈々に会うことさえなければ平穏に生きられているはずだったが。
そんな恨み言をいったところで奈々を憎むことなどできない。
家族が殺されたときでさえ、特に慟哭も何もなかったのだから。
全てを他人事に考えることができてしまう俺だからこそ目をつけられたのではないかと指摘されたのは誰にだったか。
まあここら辺のお話はまたいつかの機会にでもするとして、ここら辺でプロローグは終わろうと思う。
この後に面白い話も特にはなかったし。
記録を残す練習としても丁度はよかった。
正確でない、欠陥だらけの記録ではあったが。
最期に特筆していこうと思う。
再三にわたって申し訳ないとは思うが。
夕凪 幽奈は探偵ではない。
名探偵であった平和 幽介と史上最も人間を殺した個人に入るであろう平和 麒茹の間に生まれた平凡な少女平和 奈々だ。
そして今は、探偵と呼ぶにはふさわしくない、実の母を殺そうとしている殺人者だ。




