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また人が減った。
レイは虚ろな思考で、大気の流れを追った。
強い水の気配――それが何を意味するのかは、定かではない。
一切の日が差さぬここでは、三度三度の食事だけが時の流れを告げていた。
だが、それすらも繰り返されるうちに分からなくなってくる。
レイは、床の石に刻んだ印を指でなぞった。
――三日か……。
彼女にとってそれは、三年も経ったように長く感じられた。
神経が磨耗している。動いてもいないのに、肉体も精神も疲弊しきっていた。
寝ても闇、起きても闇のこの世界では、考える力さえ失われていく。
遠くで、声にならない悲鳴が聞こえる。
――次は私の番だ。
死ぬのが先か、狂うのが先か。
込みあげる恐怖を押し殺すように、レイは抱えた腕の中に顔を埋めた。
*
ぬけるような白い肌をした七、八歳の少年が、東国曲技団の天幕のひとつをひょいと覗き込んだ。
扉代わりの垂れ幕を上げた途端、黒い瞳が真ん丸になる。
「へえ。結構様になってるじゃない、ギガース」
「少々窮屈だが……」
顔をしかめ、ギガースは革の胴着の襟を開けた。
元が舞台衣装だというのだから華美な安っぽさは抜けないが、それでも長身巨躯の彼に、傭兵の装備はよく映えた。
「カルディアロス人はみんな小柄だもん。それだって特注なんだよ」
なめし革の鎧の上からマントを羽織り、ギガースが、童子風の着物を着た相手を見やる。
「おまえもなかなか似合っているぞ、九曜」
「えへ。髪と眼を黒くしただけなんだけどね」
色彩を自在に変えることのできる妖魔は、少年の顔でにっこりとした。
二人が話しているところへ、背の高い青年が現われた。シェスである。
法術師の彼は、茶色の髪と青い瞳はそのままに丈の短い着物に洋袴を履き、胸当てと手甲をつけている。念のためにと剣を一振り腰に帯びるが、不慣れな素振りは欠片もなかった。
ギガースの装いに彼も感嘆の眼差しを投げて、
「あちらもそろそろ支度ができたようだ。行こう」
促すシェスの後から九曜、魔剣・荒炎を背負ったギガースが続いた。
少し離れた天幕に向かいつつ、ギガースが九曜に話しかける。
「あれだけ渋っていたのをよく承知させたな」
「慣れ、だね。ま、承知しなきゃ助けに行けないんだもん。仕方ないよ」
「大丈夫なのか?」
「それはソンファたちの腕次第と思うんだけど……」
言っている間にも、三人は目的の天幕――座長個人の楽屋に着く。
そこではなにやら大勢の女たちが、大わらわになって立ち働いていた。
「もしもぉーし、準備はいいですかぁ?」
口の両脇に手をたて、九曜が呼びかける。
すると布の扉の向こうから、豊かな低声が響いてきた。
「おう。入れよ」
三人が扉を潜ったそこには、見知らぬ若い女が鏡に向かって座っていた。
女は、踝まで届く精緻な刺繍の浮かんだ菫色の繻子の外衣。長い黒髪を高々と結い上げて垂らし、小さな鈴のついた金の簪を挿して金粉を散らしている。
白く塗られた面は、目を隈取り、目尻に紅をさす独のる特の化粧が施されていた。
袖口から覗く白い手が、紅筆を取り、最後の仕上げに取りかかっている。
鏡を見ながら慣れた手つきで筆が引かれ、唇に赤い色がのる。作り物の顔に命が宿った。
小さな受け口もしとやかに、女が艶やかな微笑を鏡越しに投げる。
「待たせたな」
振り向いて告げた声は、ディーン・グラティアスのそれであった。
*
夜の刻の鐘が鳴る頃。オファリスの海岸に近いセルヴェ公爵の屋敷に、一台の馬車が着いた。
公爵自身が差し向けたその馬車から降りて来たのは、華やかな異国の衣装を身につけた東国曲技団の一行であった。
老いた執事が彼らを出迎える。
「ようこそおいでくださいました。主人がお待ち申しております」
執事に案内され、一行は蔦の生い茂る重厚な屋敷の中へ足を踏み入れた。
歴史をもつ邸宅らしく、仰々しくも華麗な草花模様が壁から床、天井まで埋め尽くし、いたるところに置かれた石像が掲げる燭台の灯りが、あたたかみのある光で照らし出していた。
宮殿並みの広さを誇る屋敷の中央には、百名ほども収容できる大広間があった。
そこへ通された一行は、集められた紳士淑女の歓待を受ける。格式ある邸宅にふさわしく人々は皆貴族の正装を凝らし、男は金の飾緒のついた上着に飾り刀、女は手袋をはめて、ふくらみをもたせたドレスを裾引いていた。
薄くなった黒髪の小太りの男が公爵本人らしい。
「よくいらっしゃいましたな」
公爵は、てかてかと光る顔に満面の笑みを浮かべて歩み出た。
「シュワルゼ氏から評判は聞き及んでおります。妹君のこともありますし、来ては頂けぬものとなかばあきらめておりましたよ」
「わたくしどもは曲芸を生業とする者。楽しみにして下さる方がいらっしゃる以上、なにがあろうと御要望にお応えするのが務めでございます」
慎ましく言い、翡翠地に蝶の模様の着物に身をつつんだソンファが髷を結った頭を下げた。前回とは違い、きらびやかな舞台衣装を着たティアンが後ろに控える。
「妹がおりませんので、代わりの者でご容赦下さい。その代わり、このたびは特別に団随一の舞台女優を連れて参りました」
若い座長が、ティアンと共に控えめにたたずむ紫紺の着物の女性を目顔で示す。
セルヴェ公爵は、カルディアロス人にあるまじき長身の女性に驚いたが、護衛の男たちと比べると華奢な印象を受けた。
なるほど美貌だ。喉元からぴったりと体に沿うように仕立てられた服が、しなやかな体形を引き立てている。
少し濃い目に刷かれた化粧が、目鼻立ちのはっきりした彼女にちょうどよかった。
女はうっすらと紅唇に笑みを象り、艶のある声で挨拶をした。
『今晩は。お目にかかれて光栄です』
「は……はあ」
極東公語を解さない公爵は、美しい笑みに見惚れながらも曖昧に返す。ソンファが説明した。
「このルディーナ殿はどなたとは申せませんが、我が国の高貴な血を継がれた御方で、極東公語のみで話されるのです」
カルディアロス人が祖国に強い誇りを抱いていることは、周知の事実である。
「ですが統一言語は通じますので、ご心配なく」
ソンファの言葉に安堵したか、公爵が左胸に手を当て、帝都式の礼をルディーナに捧げた。
「そのような方を今宵お招きできようとは、望外の喜び。光栄です」
『こちらこそ』
ルディーナは高貴な出自をうかがわせる仕草で会釈し、公爵に右手を差し出す。公爵がうやうやしくその手を取り、髭の生えた口元を軽く当てた。
典雅に微笑むルディーナの後ろで、護衛の男たちと付き添いの童子がこっそり目配せを交わす。
この舞台女優と名乗った貴族の女性は、実はディーンであった。
失踪事件について調べていたディーンらは、少女たちを攫った理由が、その血を使って魔性を召喚するためであると知った。
太古海底に沈んだレオノイス王国は、科学を極めて神を忘れ、ティターンと呼ばれる邪神を崇めていたという。
少女たちを攫った犯人の目的は、この邪神を甦らせ、王国を復活させることにあるのではないか――ディーンたちはそう推測した。
そうなれば、攫われた少女たちの命が危ない。
一刻を争う事態と考えた彼らは、ソンファたちの助けを借りて、すぐさまレオノイスへ乗り込むことを決めた。
そこで囮となったのが――ディーンである。
「ばれないだろうな?」
「さあ? 前は舞楽師だったっていうから、大丈夫とは思うけど」
九曜の返答に、シェスが小さく驚く。
「舞楽師? なるほど、衣装は板についているようだが……めずらしい男だな」
呟きに、感嘆よりも呆れた響きが混じるのは仕方もないというべきか。
今夜ソンファがセルヴェ公爵に招かれていることを知り、囮の話を持ち出したのはディーンだったが、最初は彼も、自分が女装するとは思ってもみなかったようだ。
姿を変えられる妖魔に、おまえがやれ、と言ったものの、手痛い反発を食らってしまった。
獅子、仔猫、少年と形態と色彩は変えられる九曜だが、女に見せるにはやはり女装しなければならない。それはさすがに妖魔としての自尊心が許さなかったようだ。
それに、たとえ九曜が女装したところで、七、八歳の少女では標的にならない。
かくしてディーンは右脛にあいた二つの歯形と引き替えに、やむなく女装することとなったのだった。
――こんな姿、絶対あいつにだけは見られたくねえっ!
それだけは避けようと固く心に誓う彼だが、すでに彼女の命が奪われているようならそれも無意味だ。失踪に巻き込まれた部外者は、すべて殺されている。
また〝無事に〟男装が見抜かれていたとしても、命の危険に晒されていることに変わりはなかった。
もしもレイが死んでいたら――。
――地獄の底へ追い詰めても、俺は犯人を許さない。
胸にたぎる昏い炎を化粧の下に押し隠し、ディーンは公爵に導かれて椅子に座った。
広間を縦断する絨毯の両脇に観客がずらりと並び、中央にもう一枚丸い敷布が敷かれており、そこが舞台のようだ。舞台を挟んでディーンと向かい合う形で、主賓のセルヴェ公爵が腰掛ける。供の者であるシェスたちはディーンの背後に並んで立った。
縦笛を得意とするティアンの伴奏に合わせ、ソンファが軽やかな足取りで舞台に立つ。シュワルゼ邸の時と同じく、はじめは曲芸が披露された。
最初に玉、そして短剣と、袖広の動きにくい衣装を華麗に舞わせながら、ソンファが縦横無尽に舞台をめぐった。息を継ぐ間もなく繰り出される妙技に、九曜だけでなく観客全員の眼が一気に釘付けとなる。
しまいには演奏をしたままティアンが曲芸に加わり、片手や足で器用に玉や短剣をやりとりするさまに、拍手が湧き起こった。
今回は出ずっぱりのソンファは、休む間もなく次の舞踏へとうつった。薄絹の飾り衣を掛け、前とは違う祝いの歌を披露する。ティアンの伴奏は横笛だ。
明るく軽快な歌と踊りは愛嬌に満ちて、小柄な彼女がすると、本当に無垢な少女が観客を祝福しているようだ。曲に合わせて手拍子が起こり、喝采の中、舞は終了した。
公爵も、手をうち叩きながらやってくる。
「すばらしい。噂どおり見事な芸ですな」
その言葉に、ソンファとティアンは深々と御辞儀を返し、四方へも頭を下げて舞台から下りる。
上機嫌の公爵は、笑顔で向かいに座るディーンに呼びかけた。
「今宵は、ルディーナ殿の芸も見せて頂けるのでしょうな?」
ソンファたちの間に見えない糸が張りつめる。
「彼女は舞台が仕事ですので、今回はご挨拶のみをと……」
やんわりと辞しようとするソンファに、公爵が微笑で圧しかぶせた。
「しかし、せっかくお越し頂いたのですから、舞台の台詞なりと披露して頂きたいものです。われわれとしてもみすみす異国の芸術に触れる機会を逃したと悔やみたくはありませんからな。いかがです、ルディーナ殿?」
言い方は慇懃だが、断ることなど全く考慮にない強い口調である。
ソンファが蒼ざめる。
ディーンはしばらく無言だったが、立ち上がり、
『御所望とあればお見せするのが我らの技。一献舞わせて頂きましょう』
落ち着いた物腰で歩み出た。目顔でソンファに頷きかけ、通りすがりざまティアンに耳打ちすると、裳裾を引きずって舞台に進む。
公爵が満足気に元の席に腰を落ち着けた。
片隅の九曜たちがさすがに息を殺して見守る中、紫紺の衣装を着たディーンが一人観客の前に立つ。
静寂。
――と。青い衣が高く舞い上がった。
しゃん…と、手首の鈴の音が響く。
青い人影は、鈴の音と共にくるくると回りながら、滑るように公爵の前まで来た。
衣の合い間から、鮮烈な眼差しが射る。
『我が得意の剣舞――とくと御覧あれ』
妖艶に告げるや、公爵の腰から鞘を残して剣を抜き取り、するすると広間へ退った。
「は……っ!」
思わず腰を浮かせたセルヴェ公爵は、次の瞬間すべてを忘れた。
高い笛の音が鼓膜を突き刺す。
朗々とした歌声が、得もいわれぬ旋律となってそれに絡んだ。
白刃が閃く。
衣の紫紺と髪の黒が渦を巻いて溶け合い、白い肌が見事に映える。
ソンファの舞を静とするなら、これは動。
足を上げ腕を振り回す動きは、ぴたりと腰が決まり、緩急のついたなめらかな動きが戦いを鮮やかに再現する。見る者の眼も心も息も奪う派手さに満ちた舞は、それでいて視線ひとつ指先一寸まで命が通い、少しも優雅さを損ねていなかった。
まるで別人のようなディーンの姿に、九曜が目を真ん丸にする。
その隣で、シェスは腕を組み、凝と舞に見入っていた。
――最初はどうなるかと思ったが、これは……。
立場上、技芸に触れることの多い彼の鑑賞家としての眼が、その確かな芸術性を見抜く。同時にディーンの剣士としての技量の高さをも推し量っていた。
――ふ。面白い男だ。
自分も剣を遣うだけに、状況が違えば、一度手合わせを申し込んだだろうと彼は思う。
出会う以前からこの少年には関心があったが、本人は想像した以上に興味深い男だった。
知れば知るほどいろんな顔が見えてくる。
シェスは一瞬任務を忘れ、このまま行動を共にしようかと思いを巡らせた。
――まあ、それはさすがに叶わんが……後の処分を少し考えてみるか。
シェスの胸中で様々な思惑が展開する間に、ディーンの舞は佳境へと入っていった。
戦場で戦う主人公が、敵に追い詰められ囲まれていく。
愛する人と引き裂かれ、ついに万策尽き果て、みずからの胸に剣を突き立てた。
青い姿が床に崩れ落ちる。
はっと息を飲む音が、広間にこだました。
それだけ舞の世界に引きずり込まれていたのだろう。
笛の音が高らかに終わりを告げ、ディーンが身を起こした。
贋の舞姫は変わらぬ微笑で進み出ると、抜き身の剣を両手で捧げ持ち、公爵へ差し出す。
『ありがとうございました。剣をお返しいたします』
いつのまにか椅子に座り込んでいた公爵は、まだ夢の中にいるような面持ちでそれを受け取った。
奇妙な静けさが降りる中、ディーンはソンファたちと共に礼をすると、九曜らを促して広間を後にした。
彼らの姿がなくなった瞬間、弾けるように、扉の向こうから喝采が轟音となって鳴り響く。シャンデリアがかすかに震えるほどの賞賛の響きを背に聞きながら、一同は執事から謝礼を受け取り、用意された馬車に乗り込んだ。
馬車が動き出した途端、頬を紅潮させ、九曜が口を開いた。
「すごいや、ディーン。僕、見直しちゃったよ」
隣に座ったソンファも熱を込めて同意する。
「あのように素晴らしい麗姫の舞は初めて見ました。国舞を習っておいでだったのですね」
「昔のことだ。あんまり踊ってなかったもんだから、出だしを忘れて思わず作っちまった」
妖艶な出で立ちのまま、ディーンがいつもの口調で苦笑する。
九曜は気がついた。
――そうか。今まで右手がうまく使えなかったから……。
それでも長年の空白を感じさせない、堂々とした舞踏家ぶりだった。
ギガースとシェスが、不思議な生き物でも見るように、女装のはまる少年を眺める。
「なんだよ、変な顔しやがって」
「……頼むから、その格好で男言葉はやめてくれ」
真剣な面持ちでシェスが言い出す。ディーンは考え込むように、化粧した顔をことりと傾け、
「これならいかがかしら、貴方?」
裏声で囁くと、華やかな微笑を周囲に振りまいた。
ソンファの目が大円になり、シェスとティアンの顔に血の色がのぼる。
「――馬鹿たれ」
ノリの良い少年に九曜が呆れた。天眼ゆえ容姿に関心のないギガースが苦笑する。
ディーンにそっちの趣味がないのは知っていたが、簡単に誤解を招きそうなほど、彼は女性としてのツボを心得ていた。
それを自覚しているのかいないのか、狼狽する法術師の青年をディーンがさらに揶揄おうとした時。
ごとりと音をたて、石畳を進んでいた馬車が、いきなり止まった。
「お出ましだな」
男言葉に戻って、ディーンが呟く。
厭な静けさと肌を刺す緊張感――転瞬。
馬車の床板を突き破って、子供の腕ほどの黒い触手が現われた。〝魔蔦〟だ。
「きゃあぁっ!」
悲鳴をあげるソンファを抱え、ギガースが馬車から転がり出る。
地面に倒れ込むや、振り向きざま片手で荒炎を抜き、魔蔦を斬り払った。魔を喰らう赤い光が闇を疾る。
御者も馬も、すでにどこかに消えていた。
音もなく彼方の闇が膨れあがり、屍人形の群れがこちらへと近づいてくる。
九曜とギガースは、ソンファとティアンを連れ、早々と市街に通じる道へ退避した。
反対に路地へと逃げ込んだディーンは、長い外衣の裾を持って動きにくそうにしていたが、剣を揮うシェスと共に魔蔦を避けつつ、屍人形の囲いを突破する。
どこからか、低く笛の音が流れた。
屍人形の群れが集まって、二人を目指して一斉に追いかけはじめる。
二人は灯りのない細道を抜け、やや開けた十字路に差しかかった。と、左右の通りからも屍人形たちが迫ってくる。
一気に走り抜けようと、ディーンが十字路に足を踏み入れた瞬間。
大地が抉れ落ち、その場に光り輝く巨大な円が出現した。
地から天へ駆けのぼる光。
「魔法陣……っ!!」
叫んだシェスの目の前で、光の奔流に巻き込まれ、数名の屍人形の体が消し飛ぶ。
咄嗟にシェスは踏み止まった。
「ちっ! ラルサ市の殺人はこの仕業か!」
毒づく間にも、ディーンの姿が光の柱の中に呑み込まれる。
魔方陣が消えた。地面も元に戻っている。
空間の歪みに巻き込まれた屍人形の骸も、すでになかった。変わらずあるのは、減る気配のない屍人形の群れだけである。
シェスは、ディーンの姿が完全に消えたことを確認すると、
――無事に行ったようだな。
かすかに安堵の息をついた。と。
まだ攻撃を止めぬ屍人形の手が、背後から彼の足をむんずと掴んだ。思わぬ力に、シェスがよろめく。
その一手を皮切りに次々と飛びかかる屍人形に斬り倒す剣がついてゆかず、青年の姿は見る間に腐臭漂う死骸の山に覆い潰された。
路地を臨む建物の屋根に立つ男が、その様子を眺め、手にした笛を吹きやめる。
この笛は骨笛。命が尽きれば塵となるはずの妖魔の骨を魔力でとどめ、笛とした妖具には、屍人形を自在に操る力が宿っていた。
動く気配のない屍人形の山を見下ろし、猿のような顔が笑いに歪んだ。
「やれやれ。これでアルーザ様のお叱りを免れるわい」
少ない白髪を揺らし、満足気に頷く。
ふと、哄笑が止んだ。
屍人形の山の間から、細い光が洩れている。
と思うと。
それは瞬時に、幾筋もの強烈な光の帯となって、四方に放射した。
一瞬、その場が太陽の明るさに包まれる。
屍人形たちが天高く吹き飛ばされ、飛んだ先から哀れな灰となって地面に落ちた。
その光の中心に、一人の青年が立っている。
黄金に映える髪をなびかせ、端正な顔が、ふっと笑った。
「次は……貴様の番だ」
抑揚もなく告げられた言葉に、妖術師ラザロは明らかな死の響きを感じ取った。




