第7章ー18
タビンシュエーティー王は、散々に悩んだ末、ここはシャム王国に講和を持ち掛けることにした。
条件としては、シャム王国からのビルマ王国軍の完全撤退、更に国境をお互いに今後は荒らさない、という平和条約締結というのが基本方針だった。
更に、バインナウン将軍の遺体の返還を求めることにした。
シャム王国内では、ビルマ王国からの講和申し入れを受け入れるか否かについて、議論が巻き起こった。
そして、同盟国である日本に、より正確に言えば、畑中健作少佐らに、シャム王国は意見を求めた。
「どう考える」
「講和申し入れを受け入れるべきでしょうな。但し、こちらに有利になることを示す条件にすべきです」
「例えば」
「バインナウン将軍の遺体を引き渡す代わりに、全ての戦象をシャム王国に残すとか、どうでしょうか」
「成程な」
畑中少佐らは、お互いに話し合った末、そのようにシャム王国に意見を述べた。
実際問題として、ポルトガル領マラッカが無くなって、更にシンガポールが日本領となった現在、ビルマ王国軍の精鋭、切り札と言えるポルトガル人の鉄砲隊は、今後、ビルマ王国に手に入ることは無い。
更に戦象部隊を全て失っては、ビルマ王国軍の質的優位は完全に失われることになる。
そういった背景も知らされたシャム王国は、日本の意見を受け入れることにした。
そして、シャム王国の逆提案を、ビルマ王国は受け入れ、平和条約を締結した。
その後、数を減じたビルマ王国軍を引き連れ、タビンシュエーティー王は、バインナウン将軍の遺体とともに帰国することになった。
「あの程度の条件で良かったのですか。またビルマ王国が侵攻してくることはないでしょうか」
ヨートファー国王の下で、クーデター計画の首謀者として功績をあげ、褒賞として王族の娘を娶って宰相となっているクン・ピレーンテープは、遠目で去って行くビルマ王国軍を見送りながら、畑中少佐に対して疑問を呈していた。
「充分だ。タビンシュエーティー王は酒毒にやられているらしい。義兄を失ったことは、それを更に深めることになるだろう」
畑中少佐は、そっとクン・ピレーンテープにささやき、クン・ピレーンテープは目を見開いた。
「ということは」
「そうだ。近い内にタビンシュエーティー王は亡くなるだろう。ビルマ王国が混乱する可能性が高い」
「確かに。そうなれば、ヨートファー国王の成長を我々は待てますな」
「そういうことだ。余り欲を掻くものではない」
「そうですな」
二人は微笑みを交わし、ビルマ王国軍が還って行くのを見送り続けた。
かくして、シャム王国は、ビルマ王国軍の侵攻をはね返し、有利な講和を結ぶことに成功した。
こういった状況から、12月に入って戸次鑑連大尉率いる歩兵中隊は日本への帰還が決まった。
武田晴信少尉も中尉に昇進し、帰国することになったが。
そこに上里松一大尉が訪ねてきた。
「すみませんが、頼みがあります」
「何でしょうか」
上里大尉の方が上位なのに、丁寧な口調に違和感を覚えながら、武田中尉が反問すると。
「プリチャが、日本で尼になりたいというので、本願寺に紹介の労を取っていただけませんか」
上里大尉の言葉に、武田中尉は驚いた。
「一体、何故に」
「私がマラッカで、プリチャの夫を余儀ない事情とはいえ、殺したからです」
武田中尉の更なる問いに、上里大尉は平板な声で答えた。
だが、それはお互いが苦悩の果てに選んだ路なのを、その声の裏に秘めていた。
「プリチャの夫」
「ええ、彼は奴隷として売られた後、ポルトガルの傭兵になって、マラッカにいました。そして、日本軍との戦闘の際に重傷を負ったのです。私が彼を安楽死させて、最期を看取りました」
上里大尉はそう答えた。
これで第7章を終え、間章を1話挟んで、第8章に入ります。
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