第7章ー17
鬼庭良直大尉にしてみれば、ビルマ王国軍の追撃は予想以上のものだった。
「これは失敗したかな」
そんな想いさえ、頭の片隅に浮かんだが、それは鬼庭大尉の視界内での判断に過ぎなかった。
バインナウン将軍は、直ちに日本軍に対する追撃を下令したが、それは事実上は先鋒部隊のみの追撃にならざるを得なかった。
何故かと言えば、後方の輜重部隊等の移動は遅々としたものであり、ある意味、輜重部隊を放り捨てての追撃を行わざるを得なかったからである。
そのために先鋒部隊とそれ以外が完全に分離してしまった。
鬼庭大尉の撤退状況観察のために高地にいた畑中少佐らは、この分離した隙を見逃さなかった。
「やれるか」
「やりましょう」
戸次大尉の歩兵中隊は、速やかに完全に分隊ごとに、鬼庭大尉の退却路を包み込むように展開した。
バインナウン将軍の追撃は、苛烈なものではあったが、そのために細く長くなりつつある。
「おい、どこまで走らせる気だ」
鬼庭大尉が、事前の打ち合わせで待ち伏せ地点と定めていた場所についた際、そこにいたのは、実力的には信頼できないシャム王国軍だけだった。
戸次大尉らは、どこに消えたのだ。
そう鬼庭大尉が思った瞬間、大量の銃声が響き渡った。
恐らく1人に対するものとしては、史上空前の銃撃の嵐だっただろう。
象の上に載って、追撃していたバインナウン将軍に対して、約50挺もの十字砲火が浴びせられたのだ。
バインナウン将軍は、その載っていた象も含めて絶命してしまった。
更にバインナウン将軍が率いていた先鋒部隊、約1000名を包み込むかのように、戸次大尉率いる歩兵中隊が周囲を取り囲むように現れ、相手の銃の射程距離外から猛射撃を浴びせかけた。
本来、指揮を執るべきバインナウン将軍がいきなり戦死し、更に周囲から自分達の銃が届かない距離からの猛射撃が浴びせられるという現状は、ビルマ王国軍の先鋒部隊を完全に壊乱させた。
その様子を見逃すような鬼庭大尉ではないし、また、シャム王国軍もその様子を見て奮い立った。
「反撃開始だ」
鬼庭大尉が号令をかけて、反転攻勢に乗り出すと、シャム王国軍も攻勢に自然と出だした。
「いかんなあ」
戸次大尉としては、自分達の射撃だけで、ビルマ王国軍の先鋒部隊を潰せる、と考えていたのだが。
鬼庭大尉らが反転攻勢に乗り出しては、誤射の危険を考えると、これ以上の射撃を浴びせられない。
「止むを得ないか」
戸次大尉は覚悟を固めて、徐々に射撃を浴びせるのを止め、白兵戦を挑まざるを得なかった。
ビルマ王国軍の後方にいた部隊が、ようやく戦場にたどり着いた時、ビルマ王国軍の先鋒部隊は、完全に消滅したと言われても過言では無い有様となっていた。
正面から、鬼庭大尉率いる日本軍と、シャム王国軍の攻撃を受け、両側面からは戸次大尉率いる日本軍の攻撃を受けたことから、退却もままならず、大損害を被ってしまったのだ。
後方部隊と共に戦場に駆けつけたビルマの国王タビンシュエーティーとしては、悩ましいところだった。
自らの右腕と言えるバインナウン将軍が戦死して、更にビルマ王国軍の切り札と言えるポルトガル人鉄砲隊が、先鋒部隊と共に消滅してしまっている状態に陥ったのだ。
本来なら、速やかに退却を決断すべきだった。
しかし。
せめて、バインナウン将軍の遺体を回収しないと、いわゆる周囲に示しがつかない。
ここまで大軍を率いて長征しながら、義兄の遺体も回収せずに退却しては、周囲はこのシャム王国への遠征を大敗とみなすのは必至だ。
そうなっては、これまで自分が征服してきたモン族等も叛乱を起こしかねないし、ビルマ国内が混乱に陥る危険性が高い。
タビンシュエーティー国王は苦悩した。
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