間章-2 母を取るのか、養父を取るのか
間章で、本編から少し外れた娘、美子の視点になります。
プリチャの長女、タンサニー(美子)は、その日のことが亡くなるまでずっと印象に残っていた。
その日から、母のプリチャが、娘のあなたに自分の料理を伝えたい、と言い出して、それこそ自分に料理を手取り足取り教えるようになったのだ。
確かに自分も11歳になり、料理を学んでできるようになっていてもおかしくない歳になってはいたが。
その際に。
「もしものことが私にあったら、私の料理の味を娘に伝えられないからね」
そう母のプリチャは言ってから、料理を教えてくれ出したのだ。
その時、母は(この頃は本名が上里松一と知らず、張松一と思っていた)自分の養父との間の3人目の子を身籠っていた。
妊娠出産の際に、事故は決して稀なものではない。
だから、母がもしものことを考えても決しておかしくはないのだが。
この言葉に何となく嫌な感じを、自分は覚えたのだ。
薄情と言われそうだが、自分の実父は5歳の時に行方不明になったのに、自分は実父の顔をどうしても思い出せない。
父の顔として自分が思い出せるのは、養父なのだ。
そういったことから、自分は実親との縁は薄いのでは、という想いをこれまでも頭の片隅でしていた。
というのも。
所詮は母のプリチャは養父の側室、愛人に過ぎないのだ。
養父に別の正室、婚約者がいるのは、その頃の自分でさえ知っている公知の事実だった。
養父は自分を愛する余りに、自分を正室との間の養女に迎えよう、と考えて公言する有様だった。
(尚、名義上のもので、そうなっても自分が実母と暮らすことに変わりはない、とも聞かされていた)
だが、側室の連れ子ではなく、正室との間の養女になれば、それこそ自分への周囲の目も変わってくる。
何しろシャムの地方の出の農民夫婦の娘の筈が、アユタヤでも屈指の大店の主の娘になるのだ。
将来は我が家の嫁に迎えたい、という縁談が今から内々とはいえ自分に持ち込まれる有様になっていた。
母はそれを素直に喜んでいたが、私としては、母に悲しんで欲しかったのに、という想いがした。
私としては、養父と正室との間の養女に私がなっては、母との縁が切れる、との思いがしたからだ。
それなのに、母が素直に喜ぶとは、母は本当は私を愛していないのか、という想いさえ抱いてしまった。
私が大人になった後になり、私には分かったことだが、母にしてみれば、自分の連れ子が、養父と馴染めるかどうかについては、心底、不安でならなかったらしいのだ。
特に私に至っては、実父の顔を覚えている(筈の)身である。
だから、養父のことを、父と私が認めないのでは、と不安に駆られてしまい、養父と私が実の親子のように馴染んでくれてホッとした、というのが、最初の頃の母の本音だったらしい。
でも、そのことが後々になって、母と私の断絶を産んだ、というのが何とも皮肉だった。
そう、あの時に。
「私は、お母さんには付いて行かないわ。私の親と呼べるのは、松一父さんだもの。弟の勝利も、私に味方して、お母さんには付いて行かない筈よ。それから、私の名前は、今日から松一父さんからもらった美子よ。両親から貰ったタンサニーという名は棄てるわ。だって、私の親は、松一父さんだけだもの」
とまで、興奮した余りに私は言ってしまった。
何であそこまで残酷なことを実母に言ってしまったのか、と大人になった今になっては後悔している。
でも、あの時は。
「私は松一と別れて、この家を出ます。タンサニー、どうするかを決めなさい。私についていくのか、それとも松一についていくのか」
母はそう言った。
あれ程に仲良く見えた母と養父が別れて、母がこの家を出ていく。
どうして、母はそんな決断をしたのか。
その時に私は理解したくなかった。
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