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第7章ー8

 畑中健作少佐は、目の前の士官の面々の雰囲気を察してはくれたが、命令を曲げるつもりは無かった。

 だから、目の前の面々が少なからず前向きになる話をして、励ますことにした。

「お前らが、げんなりした気持ちになるのは分かる。連日のように、土砂降りのような雨が降る中、巡視任務に赴くと言うのはつらいだろう。だから、特例を与える。この任務にはそれなりの馬を使っても良い」

 その言葉を聞いた鬼庭良直大尉や武田晴信少尉は、顔を綻ばせた。


 元武将の面々からすれば、やはり馬に乗りたいのだ。

 しかし、今の馬は乗馬用ではなく、ばん馬用しか、このシャムにいる日本軍の中にはいない。

 とはいえ、それでも折あらば、ということで、鬼庭大尉や武田少尉らは、思い入れから乗馬用の馬具を私物で持ち込んでいる。

 畑中少佐は、それを知っているので、巡視の際に馬に乗るのを認める、と暗に言ったのだ。


 なお、畑中少佐の本音としては、馬を輜重隊から一時的とはいえ外すのは、余りやりたくなかった。

 アユタヤに日本軍が駐屯している限り、輜重隊を動かす必要は無いので、そこまで考える必要は無いかもしれないが、ここにいる輜重隊が装備している馬車にしても、戦国時代には本来は無く、皇軍が持ち込んだ馬車自体や知識を活用することで生産された代物なのだ。

 そのために輜重隊の下士官以上ならともかく、兵の中には馬車の扱いに不慣れな者が多い。

 だから、輜重隊には、もっと馬車の扱いを習熟させたい、と畑中少佐自身は考えていたのだが、馬を巡視の際に使うことを認めては、輜重隊が馬車の扱いに習熟させるのが難しい話になってしまう。


 更に馬自体も、牝馬、せん馬に揃えるのは何とかしたものの、それ以外は頭痛のする代物になっている。

(昭和の頃から皇軍が持ち込んだ馬は、牝馬とせん馬しかいないと言っても過言では無い有様で、馬匹の改良生産にも、多大な手間暇が掛かると皇軍上層部からは見積もられる現状(惨状)だった)

 こうしたことも、畑中少佐の想いからすれば、馬を輜重隊から外すのは気が乗らないことだった。

 だが、歩兵中隊の不満を、いわゆる少しでもガス抜きする必要がある以上は。

 畑中少佐としては、馬を巡視の際に使うことを認めるしかなかった。


 ともかく畑中少佐の思いとは別に、このことは歩兵中隊の多くの面々の想いを高揚させた。

(何しろ、この頃になると、皇軍、日本軍の下士官以上はともかく、兵は全て戦国時代生まれといってよい有様であり、指揮官は馬上で指揮を執る、というのが当たり前に思って育ってきた面々揃いだったのだ)

「武田晴信殿、お見事な姿です」

「おいおい!甲冑無しの姿で言われてもな」

 そう部下に対して答えながら、馬上で武田少尉は顔を綻ばせざるを得なかった。

 馬に乗って、巡視任務ができるとは。

 やはり、時代が変わった等々言われても、自分は馬に乗りたかったのだ。


 そして、戦争が近づきつつあり、戦場に自らが赴くという想いもあったことから。

 武田少尉は、元妻の三条氏への手紙を書いて送ることにし、上里屋に手紙を託すことにした。

(この頃に海外郵便等がある訳が無く、日本とシャム王国の私信は私的なつながりに託すしかなかった。

 とはいえ、それではシャム王国に駐屯する将兵の士気が保てないだろう、という配慮から、シャム王国では、上里屋がいわば郵便局代わりの仕事を請け負って、日本との私信の往来に便宜を図っていた)


 武田少尉が上里屋を訪ねると主の上里松一大尉は不在で、(武田少尉が士官ということから、特に)主人代理のプリチャが対応してくれた。

 プリチャは臨月が近いようで、お腹が大きくなっており、武田少尉の方が却って恐縮する羽目になった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >昭和の頃から皇軍が持ち込んだ馬は、牝馬とせん馬しかいないと言っても過言では無い有様で、馬匹の改良生産にも、多大な手間暇が掛かると皇軍上層部からは見積もられる現状(惨状)だった ……よか…
[一言] 皇軍が持ち込んだ艦船車輪兵器類は極力使用しない感じで進んで行くのですか?補給が効かないから苦労しそうですね。
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