第6章ー3
数話程、説明的な話が続きます。
そうしたために、アユタヤにいて、本来なら情報が入って来ない上里松一大尉の下にまで、今年も官制改革が行われたという情報が耳に入る程、太政官制は変遷を重ねたが、日本国内が平和であることから、今の方がまだマシという空気が日本国内では極めて強く、政治の混乱が内戦という事態を招かなかった。
そして、日本国内では。
いわゆる天文通宝が鋳造されるようになり、新しい銅貨が、日本国内の市場に登場し、それを目にすることが増えるようになるにつれ、日本の国民の間で、新たに天皇親政の時代が始まったのだ、という意識が徐々にだが広まり出した。
更に、皇軍の古参兵が除隊して、各地に教師という名目で派遣され、そこで子ども達に、いわゆる読み書き計算を教えると共に、様々な技術についても教えるようになるにつれ、目に見える形で技術が広まり、生産量が増えだした。
そして、新銅貨が普及するようになり、更に金貨、銀貨の鋳造が行われるようになると、必然的に通貨も安定するようになり、物資の生産量の増大もあって、流通も潤滑に行われるようになる。
そうなると、庶民の生活には、徐々にゆとりが生まれ、尚更、少々の政治の混乱くらいはいいか、という空気が世間には広まることになる。
何しろ、それこそ応仁の乱、いや明応の政変以来、日本国内では中々、戦禍が絶えず、それこそ数十年単位で、庶民は戦禍が起こることについて、恐々としながら暮らしていたのだ。
それが、王政復古の大号令に伴い、日本国内から戦禍が消えつつあるのだ。
こうしたことから、政治の混乱があっても、建武の新政等とは異なり、このいわゆる天文維新は、戦禍が消えつつある中で、今更、武装蜂起をするとは何事という空気が、世間では漂うことになり、日本国内での内戦勃発という事態は招来せずにすんだのだ。
(更に言えば、日本国内で武装解除が積極的に行われたのも大きい。
皇軍の懸絶した武力に対して、自分達の武力等は蟷螂の斧に過ぎない、と観念したいわゆる国人衆等が多くいたこともあり、それこそ半ば自発的に自衛、警察程度にまで武装解除を積極的に行う例が多発した。
こうなると、そもそも不満を持った面々が、武装蜂起を企むこと自体が困難になってくる。
そのためもあって、日本国内の武装蜂起は無かったとは言わないが、散発的な程度に留まった)
そして、皇軍が日本本土上陸を果たしてから5年、それなりに日本の政治情勢は安定し、(北海道等を除く)日本国内の統一は果たされ、日本から海外に本格的に目を向ける余裕が、日本に出つつあった。
とはいえ。
日本から海外に進出するとなると、様々な技術やそれを扱う人員が必要になってくる。
その一例だが、それこそ、この頃の日本では、天測航法は未だ知られていない、といっても過言では無い有様だったのだ。
そのために、天測航法を、多くの船乗りに教えることから始める事態になった。。
「こんな精密な時計と機械が必要なのか」
「その代り、これを使いこなせるようになれば、自分のいる場所が、大海原の中で分かるのだ。何としてもこの使用法を習得しろ」
こんな感じで、皇軍の海軍士官の面々は、日本の海賊衆、真鍋貞行や村上通康、九鬼定隆等々に、六分儀とクロノメーターの遣い方を叩きこむことになった。
(更に言えば、クロノメーターや六分儀の製作、量産も、一騒動どころでは無い苦労をする羽目になった)
他にも。
海外に乗り出すとなると、最低でも汽船を量産できるようにしたいが、それには時間がかかる以上、取りあえずは帆船で我慢せざるを得ない。
とはいえ、この当時の日本の帆船は色々と問題があり。
上里大尉が、ジャンク船を日本に送るような事態が起きた。
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