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第1話「敵にしかかからないバフと、時々しか効かない即死魔法」

 四天王が死んだ。


「本当に殺せた」


 目の前に転がる巨大な悪魔の死体を見下ろしながら、俺は呟いた。

 ついさっきまで街の門を壊し、衛兵たちをまとめて吹き飛ばしていた、本物の魔王軍四天王だ。


「ね? 言った通りでしょう?」


 周囲の人間が道を開ける中、ミサキが小さな呪術人形を揺らしながら歩いてくる。


「セロさんとなら、魔王だって殺せるかもしれませんよ」


 俺の目の前まで来ると、ミサキはねっとりとした視線を絡ませた。

 昨日拾ったばかりの女、ミサキ。こいつと二人で、魔王軍の四天王を、殺した。

 勇者パーティを追放されたばかりの、この俺が。


 ――話は、一日前に遡る。


     ◇


 街の酒場で最初に目についたのは、灰色だった。


 肩甲骨あたりまで伸びた、少しくすんだ灰色の髪。長い前髪は自然に横へ流され、その下から暗い色の目が覗いている。短いつばのチャコールグレーの帽子に、暗色の旅装。派手なところなど何もないのに、なぜか目に残った。

 黙って座っているだけなら、気だるげで近寄りがたい美人に見える。

 その女は、卓上に残った最後の硬貨を賭けた。


 負けた。


 親が死んだような顔をするでもなく、卓を叩くでもない。

 配られた札を一度見て、静かに伏せた。それから自分の前に残っていない硬貨を数えるように、空っぽの卓上を指先で二度叩いた。

 どう見ても一文無しなのに、負けた本人だけが妙に落ち着いている。

 代わりに、向かいの男が気まずそうな顔で賭け金を回収していた。


 それから俺のところへ来て、言った。


「お金、貸してください」


「嫌です」

「即答ですね」

「初対面だからね?」


 女は少しも動じなかった。表情も声も、さっき賭けに負けたときから変わっていない。


「全部すりました」

「何を?」

「お金を」

「いや、それはわかる」

「では話が早いです」

「一つも早くなってないよ」


 彼女は手元の札を揃え、慣れた手つきで切ってから懐へしまった。何か仕掛けがあるようには見えない。ただのカードらしい。


「もう一度勝負すれば返せます」

「その勝負に使う金を俺から借りる気?」

「はい」

「負けたら?」

「次で返します」

「永久に返ってこないやつだ」


 金ならある。


 三日前に、まとまった額を受け取ったばかりだ。

 だからといって、見ず知らずの賭博好きへ配る理由にはならない。


「名前は?」


「ミサキです」


「俺はセロ。で、返す当ては?」

「あります」

「仕事してるの?」


「呪術師です」


 俺は椅子ごと半歩下がった。


「引きました?」

「ちょっとだけ」

「置いていったら呪いますよ」

「だいぶ引いた」


 ミサキは帽子の位置を直した。脅しているつもりなのかもしれないが、眠そうな顔のままだ。


「何ができるの」


「即死呪術とか、背中を痒くさせる呪術とか」


「振り幅でかくない?」

「でも問題があって、いつでも効くわけではないです」

「どのくらい効く?」


「やってみないとわかりません」


「すごく信用しづらいな」

「成功したら養ってください」

「話が飛んでる」


 結局、俺はミサキに食事を一回だけ奢った。


 それで別れるつもりだった。

 街を出てしばらく歩いたところで、後ろから足音がついてきていることに気づくまでは。


「なんでいるの?」

「もう行くところがないので」

「宿は?」

「宿代もすりました」

「でしょうね」

「置いて行ったら呪いますよ」


 ミサキの目が、ぬるりとこちらを向いた。


「それ、頼み方として合ってる?」

「人を呪わば同じ墓です」

「穴二つね? 俺と一緒に入ろうとしないで?」

「細かいですね、セロさん」


 出会って一時間も経っていない女に呪うと宣言され、諺を間違えたうえで細かいと言われた。

 それでも追い返せなかったのは、俺が甘かったからだと思う。


 その甘さの結果が、三匹のダイアウルフだった。


     ◇


 茂みから現れた三匹は、俺たちを半円状に囲んだ。

 一匹だけ、わずかに体格がいい。そいつが前へ出ると、残りの二匹は左右へ散った。群れの頭なのだろう。


「ミサキ。出番」

「仕方ないなあ。成功したら養ってもらいますからね」

「それ、まだ生きてたの?」


 ミサキは鞄から、片手に収まる小さな人形を取り出した。


 布と植物の繊維を糸で縛り、木片を芯にしただけの簡素な人型だ。かわいくもなければ、見ただけで呪われそうな禍々しさもない。ミサキにとっては、使い慣れた仕事道具らしい。

 人形を持った手が、群れの頭へ向く。


 ミサキの両目が、すっと黒く染まった。


 瞳孔が開いたのではない。

 白目も、虹彩も、境目ごと消えた。眼球全体が、光を吸い込むような黒に変わっている。

 魔法陣は出ない。炎も光もない。

 ミサキの表情すら変わらない。

 変わったのは、狼の方だった。


「――《五刻殺》」


 群れの頭が、ごぼりと血を吐いた。


 白目を剥き、糸が切れたように地面へ倒れる。

 一度も痙攣しなかった。

 焼けた臭いも、魔力が弾けた痕跡もない。胸にも首にも傷は見当たらない。


 ただ、生きていたものが死んでいる。


 俺は倒れた狼から、ミサキの手にある小さな人形へ目を移した。人形も何一つ変わっていない。血に濡れてもいなければ、狼に似た姿になってもいない。


 原因だけが、どこにも見えなかった。


「……死んだ?」

「死にました」


 ミサキの目は、もう元の暗い色に戻っている。


「ほら。ヌルゲーです」

「すごいな!?」


 怖い、より先に声が出た。

 ミサキは褒められても笑わない。いつもの眠そうな目で、小さな人形を鞄へ戻した。


「では、養ってください」

「その契約はしてない!」


 だが、残りの二匹は逃げなかった。

 頭を失って怯むどころか、牙を剥いて距離を詰めてくる。


「ミサキ、もう一匹!」

「はい」


 再び人形を向ける。

 両目が黒くなる。


「《五刻殺》」


 何も起きなかった。

 狼は元気に走ってくる。


「……ねえ、こっちは?」

「効きませんでしたね」

「もう一匹は?」

「やってみます」


 黒い目。静かな声。変わらない人形。


「《五刻殺》」


 やはり、何も起きない。


「そっちもです」

「逃げよう」

「賛成です」


     ◇


 二匹のダイアウルフは、しつこかった。


 俺は足を止め、振り返る。リュートを構え、弦をかき鳴らした。

 短い節を歌う。

 空気が重く沈み、二匹の足取りが目に見えて鈍った。


「すごいじゃないですか」

「今のうちに走るよ!」


 俺たちはまた走った。

 距離が開く。歌声が届かなくなる。

 途端、二匹の足から重さが消えた。

 あっという間に追いついてくる。

 枝が背後で折れた。


 振り向くと、牙がすぐそこまで迫っていた。身をひねって爪をかわす。一匹の牙が俺の外套の裾をかすめた。布が裂ける音に、ミサキがちらりと振り返る。


「怪我は?」

「服だけ!」

「なら走れますね」

「心配するならもう少し優しく言って!」

「効果、切れてません?」


「声の届く範囲から出たら切れるんだよ!」


 ミサキが、冷めたような目をこちらに向けた。


「使い勝手が悪いですね」

「君にだけは言われたくない!」

「一緒にしないでもらえます? 私のは確率じゃないんで」

「じゃあなんで効いたり効かなかったりするの!?」

「条件があるからです」

「条件って?」

「教えたら養ってくれます?」

「今その交渉する!?」


 俺はもう一度リュートをかき鳴らし、歌った。ふたたび足が遅くなった狼たちを背に、二人で走る。


 しばらくして、森を抜けた。

 視界が開ける。

 助かった、と思った。

 その先が崖でなければ。


「行き止まりですね」

「見ればわかる!」


 背後から低い唸り声が近づく。

 正面は崖。左右は深い茂み。戻れば狼。

 弱体化しても、離れれば切れる。俺の歌は味方には効かないから、俺たちの足を速くすることもできない。

 敵を遅くしても駄目だった。


 なら。


 遅くすることにこだわる必要はない。

 俺の歌が敵にしか届かないことは変えられない。だが、敵に届く効果まで、弱体化だけとは限らない。

 狼たちは俺たちを食う気で、まっすぐ突っ込んでくる。


 その勢いを止められないのなら、利用すればいい。


「ミサキ。俺が歌ったら、横へ跳べ」

「崖から?」

「そっちじゃない!」


 俺はリュートを鳴らした。

 さっきとは逆の、軽く跳ねるような旋律。

 歌い始めた瞬間、二匹のダイアウルフの身体を風が押した。


 即効――持続型の速度上昇。


 敵の爪が地面を蹴る。

 ただでさえ速かった突進が、一気に加速した。


「今!」


 俺は右へ、ミサキは左へ跳ぶ。

 二匹の牙が、さっきまで俺たちがいた場所を通過した。

 狼は止まろうとした。だが、急に増した速度を殺しきれない。


 一匹、二匹。

 続けて崖の縁から消えた。


 少し遅れて、下の方から二つの鈍い音が響く。

 俺は歌を止め、崖下を覗き込んだ。


「……敵を強くしたんですか?」

「速くした」

「なぜ?」

「遅くして止められないなら、止まれないくらい速くすればいいかなって」


 ミサキは崖下と俺の顔を交互に見た。

 初めて、ほんの少しだけ目を見開いた気がした。


「セロさんは、弱体化する吟遊詩人なんですよね?」


「正確には違う。俺は『バフ』もかけられるんだ。ただし……」


『悪いけど、お前はもう、これ以上一緒には連れていけないよ。だって――』


「――敵にしか、かからないバフを」


 あの時の声が、もう一度聞こえた気がした。うっかり泣きそうになり、上を向く。


「……ちょっと、待ってください」


 ミサキが駆け寄ってくる足音がした。ぐい。外套が下に引っ張られる。


「何?」


 下を向くと、彼女がこちらを見上げていた。俺の外套の裾を、強く握ったまま。


「それ……バグかもしれませんよ」

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


この作品は、役に立たないと言われた能力や冷遇ジョブを持った人たちが集まって、


「それとそれ、組み合わせたらおかしなことになるんじゃない?」


を延々やっていくお話です。


そしてもうひとつ。


実はこの作品、私の過去作に登場したヒロインたちが一堂に会する、ちょっとしたお祭り作品でもあります。


ただし、過去作を読む必要は一切ありません!


……いや、読んでもらえたらもちろん嬉しいんですけど。笑


そもそも設定や立場を大きく変えているキャラクターも多く、この作品単体だけで成立するように作っていますので、その点はご安心ください。


過去作をご存じの方は「お前ここに来たのか」とニヤニヤしつつ、初見の方は普通に新キャラとして楽しんでいただければと思います。


本日は連載開始記念ということで、第5話まで一挙公開しています。


セロとミサキの旅がどう転がっていくのか、よろしければこのまま続きをどうぞ!


☆や♡、ブックマークなどで応援いただけると励みになります。

コメントも大歓迎です!


FSE

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