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WAY HOME ――行き場をなくした僕らの、小さな食卓――  作者: 和泉發仙


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9/105

帰りたくない子

前書き


夜の街って、

明るい場所ほど、

人の孤独が見えたりする。


笑ってる子ほど、

帰りたくない顔をしてたりする。


第9話です。


⸻


第9話 帰りたくない子


「あの子いた」


敦が小さく言った。


深夜のコンビニ前。


木戸が肉まんを咥えながら振り向く。


「どの子」


「この前ファミレスいた……」


自販機の横。


派手めのパーカー。


スマホを見ている女の子。


あの時の子だった。


前原も気づいていた。


煙草を咥えながら、

ちらりと見る。


「……いるな」


女の子は、

コンビニの光の下にいるのに、

どこか暗かった。


笑っていない。


でも、

泣いてもいない。


ただ、

時間を潰している顔だった。


木戸が肉まんを飲み込む。


「知り合い?」


「いや」


「じゃあ見るなよ怖ぇだろ」


「いやでも……」


敦は言葉に詰まった。


気になる。


でも、

話しかける理由もない。


その時だった。


女の子のスマホから、

大きな通知音。


女の子は画面を見る。


顔が曇る。


すぐに画面を伏せた。


でもまた鳴る。


また。


また。


木戸が小さく言う。


「……めっちゃ来てんな」


前原は煙を吐いた。


「家だろ」


敦は少し胸が重くなった。


女の子は通知を無視し続けていた。


でも、

完全に無視できていない顔だった。


グエンがコンビニ袋を持って戻ってくる。


「あレ?」


女の子を見る。


「トモダチ?」


「違う」


全員で言った。


女の子がこちらを見る。


一瞬だけ目が合う。


すぐ逸らされる。


警戒している。


そりゃそうだ。


深夜。


男五人。


怖い。


完全に通報案件だった。


木戸がぼそっと言う。


「俺ら、

 客観的に見ると終わってんな」


「今さら気づいたのか」


川本が言う。


その時。


女の子のお腹が鳴った。


かなり大きく。


沈黙。


女の子が固まる。


木戸が吹き出した。


「うわっ聞こえた!」


「アンタ最低!」


初めて女の子が喋った。


かなり強めだった。


木戸はさらに笑う。


「いやデカかったぞ今!」


「うるさい!」


顔真っ赤。


でも、

少しだけ空気が変わった。


前原がコンビニ袋を漁る。


肉まんを取り出した。


「ほら」


女の子は警戒した。


「……は?」


「食うか」


「なんで」


「腹減ってんだろ」


女の子はさらに警戒する。


当たり前だった。


でも前原は、

それ以上踏み込まない。


ただ肉まんを差し出してるだけ。


女の子は少し迷った。


それから、

かなりゆっくり受け取った。


「……どうも」


「毒入ってねぇよ」


木戸が言う。


「お前が言うと怪しいんだよ」


敦が突っ込む。


女の子は少し笑いそうになった。


でもすぐ戻る。


仮面みたいだった。


前原が聞く。


「歳」


「……十七」


「学校は」


「行ってる」


即答。


でもたぶん嘘だった。


前原も追及しない。


女の子は肉まんを少し齧る。


熱かったらしい。


「あっつ!」


木戸が笑う。


「猫舌かよ」


「うるさい!」


でも、

ちょっとだけ普通の高校生っぽかった。


敦はなんとなく安心した。


女の子はスマホを見た。


また通知。


『どこにいるの』


『電話出なさい』


『いい加減にしなさい』


画面が少し見えた。


女の子は慌てて消す。


でも敦は見てしまった。


前原も見ていた。


数秒沈黙。


女の子はぶっきらぼうに言う。


「……別に、

 家出とかじゃないし」


誰も聞いてないのに。


木戸が小さく呟く。


「だいたいそう言う奴、

 帰りたくない奴なんだよな」


女の子が睨む。


「なにそれ」


「経験談」


「説得力ない」


「うるせぇ」


少し笑いが起きる。


でも女の子は、

完全には笑わない。


敦はその顔を見ていた。


この子、

ずっとこうなんだろうなと思った。


笑う準備はしてる。


でも、

本気では笑わない。


前原が缶コーヒーを開けた。


「名前は」


少し間。


女の子は答える。


「……藍」


「苗字」


「やだ」


「別に取って食わねぇよ」


「そういう問題じゃないし」


前原はそれ以上聞かなかった。


藍は肉まんを食べ終える。


「……アンタら、

 毎日ここいんの?」


木戸が言う。


「まぁだいたい」


「暇人?」


「そう」


即答だった。


藍は少し吹き出した。


その笑い方だけ、

年相応だった。


グエンが藍を見る。


「アイ、ワラッタ!」


「え?」


「イマ!」


藍は少し照れた顔をした。


「……別に」


でも、

ちょっとだけ空気が柔らかくなっていた。


その時だった。


道路の向こう。


スーツ姿の男がこちらを見ていた。


三十後半くらい。


スマホを持っている。


藍の顔が一瞬で固まった。


「……っ」


敦は気づいた。


空気が変わった。


男がこちらへ歩いてくる。


藍は反射的に後ろへ下がった。


前原が煙草を咥え直す。


男は藍を見る。


「お前、

 またこんなとこ……」


藍は何も言わない。


男はため息をついた。


「母さん心配してるぞ」


その言い方。


怒鳴ってはいない。


でも、

圧がある。


藍は小さく言った。


「……別に」


「別にじゃないだろ」


男は敦たちを見る。


明らかに警戒していた。


まぁ当然だった。


男五人。


深夜。


コンビニ前。


終わってる。


男は藍へ手を伸ばす。


「帰るぞ」


藍が身体を強張らせた。


その瞬間。


前原が静かに言った。


「無理やり引っ張んな」


男が前原を見る。


空気が変わる。


木戸も黙る。


川本も。


男は少し苛立った顔をした。


「……あなた誰ですか」


前原は煙を吐く。


「通りすがり」


「なら関係ないでしょ」


「嫌がってんだろ」


男は藍を見る。


藍は俯いていた。


小さく。


本当に小さく。


「……帰りたくない」


と言った。


男が固まる。


敦も、

少し息を止めた。


藍は、

自分でも驚いた顔をしていた。


たぶん。


初めて口にしたんだ。


帰りたくないって。


前原は何も言わなかった。


ただ、

煙草の火だけが、

夜のコンビニ前で小さく光っていた。


⸻


後書き


第9話でした。


藍は、

「助けて」と言えない子です。


だからまず、

“帰りたくない”

を口にするところから始まります。


この作品は、

そういう小さい一歩を、

丁寧に描いていきたいと思っています。

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