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WAY HOME ――行き場をなくした僕らの、小さな食卓――  作者: 和泉發仙


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10/105

帰る場所

前書き


「帰りたくない」


たぶんそれは、

すぐに言える言葉じゃない。


誰かに否定されるかもしれないし、

自分でも理由が分からないから。


第10話です。


⸻


第10話 帰る場所


コンビニ前の空気が、

妙に静かだった。


藍は俯いたまま動かない。


スーツ姿の男――たぶん兄だろう――は、

困ったような顔をしていた。


怒っているというより、

疲れている顔だった。


「……藍」


藍は返事をしない。


男は深く息を吐く。


「母さん、

 また寝てないぞ」


藍の肩が少しだけ動いた。


敦はその様子を見ていた。


前原も、

川本も、

木戸も、

誰も口を挟まない。


変に庇わない。


そこが逆に、

この場所っぽかった。


男は続ける。


「帰ろう」


藍は小さく言った。


「……無理」


「なんで」


沈黙。


藍は答えない。


いや、

答えられない。


敦にはなんとなく分かった。


たぶんこの子、

自分でも整理できてない。


「帰りたくない」

は分かる。


でも、

「なんで帰りたくないのか」

が言葉になってない。


男は少し苛立った。


「お前さぁ、

 毎回毎回……」


「毎回?」


前原が小さく聞き返す。


男はしまった、という顔をした。


藍はさらに俯く。


木戸がぼそっと言った。


「常習か」


「うるさい」


藍が睨む。


でもその声には、

前ほど勢いがなかった。


男は頭を掻いた。


「……すみません。

 この子、

 たまにこうなるんです」


前原は煙草を咥えたまま言う。


「こうなるってなんだ」


「夜出てって、

 連絡つかなくなって」


「補導とかも?」


男は苦い顔をした。


図星だったらしい。


藍が小さく舌打ちする。


「……別に悪いことしてないし」


「してなくても、

 周りは心配すんだよ」


「だからそれが嫌なんだって」


その瞬間、

藍の声が少し強くなった。


初めてだった。


藍は息を荒くする。


「帰ったら、

 ずっと聞かれんの」


誰も喋らない。


藍は続ける。


「学校どうすんの」


「将来どうすんの」


「なんで普通にできないの」


「スマホばっか見てるからだ」


「また変な友達?」


「ちゃんとして」


藍は笑った。


乾いた笑いだった。


「ちゃんとして、

 ちゃんとして、

 ちゃんとして」


「うるさいんだよ……」


最後だけ、

声が少し震えた。


兄は何も言えなかった。


敦も。


たぶん、

悪人じゃない。


家族も。


でも、

藍は苦しかった。


それだけは分かった。


前原が煙を吐く。


「学校行ってんのか」


藍は少し黙った。


「……たまに」


「飯は」


「食べてる」


「寝れてるか」


「……まぁ」


全部、

ちょっとずつ嘘だった。


前原は追及しない。


兄が小さく頭を下げた。


「……すみません。

 連れて帰ります」


藍の顔が曇る。


でも、

前原は止めなかった。


代わりに言った。


「無理やりはやめろ」


兄は少し驚いた顔をした。


前原は続ける。


「今無理やり閉じ込めても、

 余計悪化すんぞ」


兄は苦い顔をする。


「……でも、

 どうしたらいいか分かんなくて」


その声だけ、

少し本音っぽかった。


敦は思った。


この人も、

限界なんだろうな。


家族って、

近いからこそ、

余計分からなくなる。


藍はコンビニの光を見ていた。


帰りたくない。


でも、

行く場所もない。


そんな顔だった。


その時。


グエンが、

コンビニ袋をごそごそ漁った。


「あタタカイノ、アル」


出てきたのは、

缶のおしるこだった。


全員が見る。


「なんでそれ買った」


川本が聞く。


グエンは笑った。


「ニホン、

 フシギノミモノ」


木戸が吹き出す。


「まぁ確かに」


グエンは藍へ缶を差し出した。


「ドウゾ」


藍は少し戸惑った。


「……え」


「アマイ。

 ゲンキデル」


藍は、

かなりゆっくり受け取った。


缶は温かかった。


その熱に、

少しだけ表情が崩れる。


「……ありがと」


グエンは満足そうに頷いた。


「ヨカッタ」


木戸が笑う。


「その顔はなんなんだよ」


少し空気が軽くなる。


兄も、

少しだけ息を吐いていた。


前原が言う。


「今日は帰れ」


藍が顔をしかめる。


「……やだ」


「帰らなくていいとは言ってねぇ」


前原は藍を見る。


「ただ、

 逃げ場なくすと人間壊れる」


藍は黙る。


「また来たきゃ来い」


藍が少し顔を上げる。


前原は続けた。


「でも帰る努力はしろ。

 全部切ると、

 あとで余計しんどい」


藍は、

しばらく何も言わなかった。


それから、

小さく頷いた。


兄も少し頭を下げる。


「……すみません」


木戸がぼそっと言う。


「この街、

 謝る奴多すぎだろ」


敦は少し笑った。


藍も、

ほんの少しだけ笑った。


その笑いは、

最初より少しだけ自然だった。


帰り際。


藍は振り返った。


「……またいる?」


木戸が答える。


「だいたい」


前原は煙草を咥える。


「来るなら鍵閉めろ」


藍は少し不思議そうな顔をした。


それから小さく笑った。


「……変なの」


そう言って、

兄の後を歩いていった。


夜風が静かに吹いていた。


敦はその背中を見ながら、

なんとなく思った。


たぶん、

あの子はまた来る。


そして、

少しずつ、

ここに居る理由を見つけていくんだろうなと。


⸻


後書き


第10話でした。


藍の家族は、

“悪人”ではありません。


でも、

正しさだけで人が救われるわけでもない。


この作品では、

そういう「説明しづらい苦しさ」も、

描いていけたらと思っています。

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