夜のファミレス
前書き
人が増えると、
少しだけ空気が変わる。
でも、
変わってほしくないものもある。
例えば、
「追い返さないこと」とか。
第8話です。
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第8話 夜のファミレス
「腹減った」
木戸だった。
深夜三時。
ソファで寝ていたはずなのに、
急に起き上がった。
前原が煙草を咥えたまま言う。
「さっき食っただろ」
「もう腹減った」
「燃費終わってんな」
木戸は真顔だった。
「ラーメン食いたい」
「この時間やってねぇよ」
「じゃあファミレス」
敦が苦笑いする。
「高校生ですか」
「うるせぇ」
すると、
田中が小さく言った。
「……僕も、
ちょっとお腹空きました」
全員が見る。
田中は少し焦った。
「いや、別に……
我慢できますけど」
前原が即答する。
「できねぇ顔してる」
川本が立ち上がった。
「じゃあ行くか」
「マジ!?」
木戸が急に元気になる。
グエンも目を輝かせた。
「ファミレス!?」
「なんでそんなテンション上がるんだよ」
「ドリンクバー!」
「そこかよ」
十分子どもだった。
十分騒がしい連中だった。
十分、
妙な集団だった。
外へ出る。
夜風。
少し湿った空気。
車道をトラックが走っていく。
古いハイエースへ、
男たちがぞろぞろ乗り込む。
田中だけ、
少し戸惑っていた。
「……僕、
行っていいんですか」
木戸が即答した。
「もう乗ってんじゃん」
田中は少し困った顔をした。
でも、
その困った顔は、
最初より少し柔らかかった。
ファミレスは、
深夜なのに明るかった。
家族連れはいない。
学生。
夜職っぽい女の子。
作業着のおっさん。
深夜の人間たちだけがいた。
店員が少し驚いた顔をする。
男五人。
ガラ悪い。
しかも一人外国人。
前原が言う。
「騒がねぇから安心しろ」
「言われると逆に不安なんですけど」
敦が言う。
木戸が笑う。
席へ座る。
ドリンクバー。
ポテト。
唐揚げ。
ハンバーグ。
木戸は嬉しそうだった。
「ファミレス最強」
「安い舌してんな」
川本が呆れる。
グエンはドリンクバーで迷子になっていた。
「ドレ……?」
「メロンソーダ押せ」
「オオ……!」
子どもだった。
完全に。
田中はその様子を見ながら、
少しだけ笑っていた。
敦はそれに気づいた。
「……笑いましたね」
田中は少し驚く。
「あ」
「初めて見たかも」
「そんなことないですよ」
「いや結構レアですよ」
木戸がポテトを食いながら言う。
「田中、
ずっと会社に怒られてる犬みたいな顔してたし」
「やめてください」
「でも分かる」
敦まで頷く。
田中は頭を抱えた。
「そんな顔してました?」
前原がコーヒーを飲みながら言う。
「してた」
「うわぁ……」
木戸は笑った。
「今ちょっと人間になった」
「言い方!」
グエンは意味が分からないまま笑っていた。
「ニンゲン!」
「そこだけ覚えるな」
少し騒がしい。
でも、
不思議と嫌じゃなかった。
敦はドリンクバーのコーヒーを飲みながら、
ぼんやり周囲を見ていた。
数週間前まで。
自分は、
深夜に誰かとファミレスへ来る人生になるなんて、
思ってもいなかった。
しかもメンバーが、
元ヤクザ。
元半グレ。
引きこもり。
外国人。
会社辞めたサラリーマン。
意味が分からない。
でも、
ちょっとだけ楽しかった。
その時だった。
近くの席から、
怒鳴り声が聞こえた。
「だから違うって言ってんじゃん!」
若い女の子だった。
十代後半くらい。
派手な髪。
スマホ。
向かいには男。
ホストっぽい。
空気が悪い。
女の子は涙目だった。
でも強がっている。
「もういいし」
「よくねぇだろ」
周囲が少しざわつく。
田中が困った顔をした。
木戸はポテトを食べている。
前原だけが、
静かにその席を見ていた。
敦はなんとなく、
嫌な感じがした。
女の子は急に立ち上がった。
椅子が倒れる。
「もう帰る!」
そのまま店を出ていく。
男が舌打ちした。
「めんどくせぇ……」
前原は小さく煙を吐いた。
「……最近ああいうガキ多いな」
木戸が言う。
「トー横とかの?」
「まぁ、
ああいう感じだ」
敦は窓の外を見た。
女の子は、
店の前でスマホを見ながら立っていた。
帰る場所がある顔には見えなかった。
前原はそれ以上何も言わなかった。
でも、
少しだけ難しい顔をしていた。
それを、
敦はなんとなく覚えていた。
帰り道。
木戸は後部座席で寝ている。
グエンも寝ている。
田中だけ、
窓の外を見ていた。
敦はふと思った。
この街には、
こういう夜が、
たぶん無数にある。
帰りたくない人。
怒られる人。
疲れた人。
笑ってるけど、
どこか壊れそうな人。
みんな、
なんとなく夜へ流れてくる。
そして、
たまに交差する。
ハイエースは静かに夜の街を走っていた。
その時、
前原がぽつりと言った。
「……そのうち、
また会うかもな」
敦が聞き返す。
「え?」
前原は窓の外を見ていた。
「さっきのガキ」
それだけだった。
でも敦は、
なぜか少し気になっていた。
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後書き
第8話でした。
今回は、
「夜の空気」を少し広げる回でした。
そして、
女の子側の物語が、
少しずつ近づいてきます。




