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WAY HOME ――行き場をなくした僕らの、小さな食卓――  作者: 和泉發仙


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7/105

ちゃんとしてる人

前書き


「働いてる」

と

「生きてる」


は、

似てるようで、

たまに全然違う気がします。


第7話です。


⸻


第7話 ちゃんとしてる人


深夜二時。


事務所の中には、

カップ麺の匂いが漂っていた。


木戸はソファで寝ている。


口を開けて。


片足だけ床に落ちていた。


「絶対首痛くなるぞアレ」


敦が小声で言う。


川本が缶コーヒーを開けた。


「毎回ああだ」


前原は机で何か書類を見ていた。


老眼鏡。


似合ってなかった。


「ヨシさん、

 そのメガネやめた方がいいっすよ」


「うるせぇ」


前原は書類をめくる。


敦はなんとなく聞いた。


「何してるんですか」


「ん?」


「その書類」


前原は面倒くさそうな顔をした。


「役所関係」


「役所?」


「生活保護だの、

 住民票だの、

 そういうの」


敦は少し驚いた。


「前原さんって、

 そういうこともやるんですね」


「やらねぇと死ぬ奴いるからな」


前原は淡々と言った。


重い言葉なのに、

言い方は軽かった。


その時。


ガチャ。


扉が開く。


全員が見る。


入ってきたのは、

田中裕也だった。


スーツ姿。


ネクタイは曲がっている。


顔色が悪い。


かなり悪い。


敦は思わず立ち上がった。


「田中さん?」


田中は少し驚いた。


「あ……岡野さん」


木戸がうっすら目を開ける。


「誰……」


「この前のおでん屋」


「知らん」


また寝た。


自由すぎる。


田中は入口で立ち尽くしていた。


場違いだと思っている顔だった。


まぁ実際、

場違いだった。


前原は田中を見た。


数秒。


それから言った。


「入るなら鍵閉めろ」


田中は慌てて扉を閉めた。


カチ。


その音が、

妙に静かに響いた。


「……お邪魔します」


「してる」


前原は即答した。


田中は困った顔をする。


敦は少し笑った。


前原は煙草を咥える。


「で?」


田中は言葉に詰まった。


「……え」


「その顔で来る時は、

 だいたいなんかあった時だ」


田中は黙った。


沈黙。


川本が空気を読んで、

コンビニ袋を漁る。


「コーヒー飲みます?」


「あ、すみません」


「謝るの好きだなぁ」


田中は苦笑いした。


それから、

ようやく口を開いた。


「……会社、

 辞めまして」


部屋が少し静かになる。


敦は何も言わなかった。


驚かなかった。


むしろ、

「あぁ」

と思った。


いつかそうなる気がしていた。


田中は俯いていた。


「今日、

 上司に言われたんですよ」


「うん」


「“田中くんさぁ、

 最近使えなくなったよね”

 って」


木戸が薄目を開けた。


「うわ」


「しかも笑いながら」


田中は笑った。


でも目が笑っていない。


「俺、

 頑張ってたんですけどね」


敦は黙って聞いていた。


田中は続ける。


「最初は、

 ちゃんとやろうと思ってたんです」


「……」


「迷惑かけないように」


「怒られないように」


「期待に応えようと思って」


田中は手を見ていた。


「でも、

 なんか……

 気づいたら、

 何やっても怒られるようになって」


前原は煙草を灰皿に押しつけた。


「壊れたんだろ」


田中は苦笑いした。


「そうかもしれません」


「寝れてたか」


「最近は……あんまり」


「飯は」


「コンビニばっかです」


「吐いたか」


田中が少し驚く。


「……なんで分かるんですか」


前原は鼻で笑った。


「お前みたいなの、

 何人も見てる」


田中は言葉を失った。


川本がコーヒーを渡す。


「ほい」


「ありがとうございます」


「礼はいい」


田中は缶を両手で持った。


少し震えていた。


敦はその姿を見ていた。


この人、

本当に真面目だったんだろうなと思った。


ちゃんとしていた。


ちゃんとしようとしていた。


だから壊れた。


木戸が突然起き上がる。


髪ボサボサ。


「……辞めたの?」


田中が少し戸惑う。


「え、はい」


木戸は数秒見つめたあと、

頷いた。


「偉いじゃん」


全員が木戸を見る。


田中が固まる。


「……え?」


木戸は真顔だった。


「いや、

 死ぬ前に辞めたんだろ?」


「……」


「だったら偉いじゃん」


田中は何も言えなかった。


たぶん、

そんなことを言われたのは初めてだった。


田中の目が少し赤くなる。


慌てて顔を逸らした。


「……情けないですよ」


木戸は首を傾げた。


「なんで?」


「だって、

 仕事続かなかったんですよ」


「俺なんかバイト三日で消えたぞ」


「比較対象がおかしいんですよ!」


木戸は笑った。


川本も笑う。


敦まで笑ってしまった。


田中は困った顔をした。


でも、

少しだけ空気が軽くなっていた。


前原は静かに言う。


「ちゃんとしてる奴ほど、

 無理して壊れんだよ」


田中は黙って聞いていた。


前原は続ける。


「お前、

 “辞めたら終わり”だと思ってただろ」


図星だったらしい。


田中は小さく頷いた。


「……はい」


「終わらねぇよ」


前原は缶ビールを開けた。


「人生、

 そんな綺麗に終わんねぇ」


田中は目を閉じた。


しばらく、

何も言わなかった。


その時。


グエンが奥から出てきた。


寝起きらしい。


髪ボサボサ。


「……オハヨゴザイマス」


「夜中だぞ」


川本が言う。


グエンは時計を見て驚いた。


「ワッ」


木戸が笑う。


「自由だなコイツ」


グエンは田中を見る。


「あタラシイヒト!」


「新しい人じゃねぇよ」


敦が突っ込む。


グエンは笑った。


それだけで、

部屋の空気が少し和らぐ。


田中はその様子を、

ぼんやり見ていた。


たぶん、

意味が分からなかったと思う。


元ヤクザ。


引きこもり。


派遣。


外国人。


訳の分からない場所。


でも。


誰も、

「なんで辞めたんだ」

とは言わなかった。


「根性がない」

とも言わなかった。


ただ、

座らせて、

コーヒーを渡した。


それだけだった。


田中は小さく息を吐いた。


それは、

会社を辞めてから初めての、

少しだけ安心した呼吸だった。


⸻


後書き


第7話でした。


田中は、

“ちゃんとしていた人”

です。


でも、

ちゃんとしていたからこそ、

無理をしてしまった。


この作品では、

そういう人たちも、

少しずつ居場所を見つけていきます。

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