もらうだけじゃなくて
第81話 もらうだけじゃなくて
前書き
助けられる人。
支える人。
守る人。
守られる人。
そう分けると、話は分かりやすくなる。
けれど人は、ずっと同じ側にはいない。
昨日まで食事を出してもらっていた人が、今日は誰かの皿を運ぶ。
話を聞いてもらっていた人が、今度は黙って誰かの隣に座る。
「助けられた人」は、
いつまで「助けられる人」なのだろう。
文化展、最終日。
笑花の物語に、最後の一つが足されます。
⸻
文化展最終日の朝は、拍子抜けするほど静かだった。
午前八時五十分。旧公民館二階のB区画で、ますみは壁の前に立っていた。初日のように来場者の数を気にすることもなく、昨日のように知らない人の会話へ耳をそばだてることもない。ただ、展示された笑花を順番に眺めている。
道端に座っている笑花。手を差し出される笑花。その場所から出ていく笑花。怖くなって戻ってくる笑花。食事をもらい、泣く笑花。そして、もう一度外へ出る笑花。
「……何か足りない」
ますみが言った。
横で冊子の残部――正確にはゼロ部――を確認していた藍が顔を上げる。
「今?」
「うん」
「最終日の朝に?」
「うん」
「やめよう」
「まだ何も言ってない」
「その顔で言われると修正の話にしか聞こえない」
「違う。多分」
「多分ならもっと怖い」
ますみは最後の絵へ目を移した。丘の上から町を眺める笑花。ほどけた靴紐。いくつもの灯り。
嫌いではない。むしろ今まで描いた笑花の中で、一番好きかもしれない。
なのに。
「ずっと、もらってる」
「何を?」
「笑花」
藍も展示を見る。
「最初に助けてもらう。戻ってご飯もらう。隣歩いてもらう。帰れる場所を増やしてもらう」
「地図は自分でも書いてるよ」
「うん。でも……」
ますみは首を傾げた。
「何か違う」
「じゃあ今日は考えない」
「何で」
「最終日だから」
「終わったら?」
「考える」
「……」
ますみは少し不満そうだったが、頷いた。
「それならいい」
⸻
午前九時。開場。
最終日は日曜日ということもあり、初日より家族連れが多かった。
小学生が地図を指さし、高齢の夫婦が説明文を読み、若い女性がイヤホンでカナコの音楽を聴く。相変わらず素通りする人も多い。
ますみはもう数えなかった。
代わりに、今日は一つ気づいた。
同じ人が戻ってくる。
昨日見たらしい男性が友人を連れてくる。初日に冊子を持ち帰った女性が、今度は娘と一緒に来る。作品そのものは動かないのに、人が出ていき、また戻ってくる。
「……作品にも戻ってくるんだ」
「何が?」
カナコ。
「人」
「気に入ったんじゃない?」
「分かんない」
「聞けば?」
「聞かない」
「成長したね」
「何が」
「初日なら絶対聞いてた」
「……」
ますみは否定しなかった。
⸻
午前十時二十分。
敦が階段を上がってきた。
「おはようございます」
「遅い」
ますみ。
「すみません。和子さんに買い物頼まれて」
「何」
「味噌とネギ」
「文化展に?」
「帰りです」
「じゃあ何で持ってきたの」
「事務所に置いてくると遅くなるので」
敦の鞄から、長ネギの先が飛び出している。
レンがそれを見る。
「展示スタッフ感ゼロだな」
「地域感はすごい」
航平。
「作品の横に置く?」
「置きません!」
ますみ。
「笑花が最後にネギ買う」
「何で!?」
「帰って味噌汁」
「ヨシさんみたいになってきた」
「やめてください!」
⸻
敦は笑いながら、昨日須賀と話した廊下を見る。
今日は誰も座っていない。
昨夜、須賀から連絡があった。
数日だけだが寝られる場所が決まった。その先はまだ分からない。
敦はそれでいいと思った。
少なくとも「全部決まっていないから失敗」ではない。
一晩。
数日。
一週間。
そうやって先を作ることもある。
「岡野さん」
藍。
「はい」
「須賀さん、その後は?」
「昨日は寝られたみたいです」
「そう」
「それだけ?」
ますみ。
「それだけ」
「今後は?」
「まだ分かりません」
ますみは少し笑った。
「みんなそれ」
「便利なんですよ」
「本当に流行ってる」
⸻
午前十一時七分。
階段から森川が上がってきた。
その隣に、美月。
今日は紺色のパーカーにジーンズ。肩から小さなバッグを提げている。あの黄色い雨合羽の少女を知っている人が見ても、すぐ同じ子だとは気づかないだろう。
ますみは固まった。
「……」
藍が小さく言う。
「普通に」
「分かってる」
「見すぎない」
「分かってる」
「もう見てる」
「……」
美月がこちらに気づく。
「こんにちは」
ますみ。
「こんにちは」
声。
少し高い。
森川が苦笑した。
「すみません。来ても大丈夫でした?」
「はい」
ますみは一度答えてから、慌てて付け足す。
「もちろん」
「……でも」
森川。
「本人が見たいって」
ますみは美月を見る。
「見たい?」
「うん」
「じゃあ」
「見て」
それ以上は言わない。
⸻
美月は最初の絵の前に立った。
ますみたちは少し離れる。
美月は説明文を読む。途中で分からない漢字があったらしく、森川に小声で聞く。森川が読み方だけ教える。
最初の笑花。
助けてくれる人。
そこから出ていく場面。
「……」
美月は何も言わない。
戻る場面。
食事。
涙。
「……」
ますみは胸が苦しくなる。
やっぱり。
似ていると思われるだろうか。
これは自分たちのことだ、と。
けれど美月は振り返り、まったく違うことを言った。
「この子」
「……うん」
「ご飯」
「いっぱい食べてる」
「え」
「ここも」
戻った場面。
「食べてる」
「うん」
「最初も?」
「多分」
「……」
美月は次へ進む。
地図。
ベンチ。
歩く人。
丘。
そして。
「この子」
美月。
「助けてもらってばっかりじゃない?」
ますみ。
「……」
朝。
自分が感じた。
足りないもの。
同じ。
「そう!」
声が大きくなる。
美月がびくっとする。
「あ、ごめん!」
「びっくりした」
「ごめん」
「長澤さん」
森川。
「落ち着いて」
「はい……」
⸻
「何でそう思った?」
今度は静かに、ますみが聞く。
「だって」
美月。
「この人が助ける」
「うん」
「この人も」
「うん」
「ご飯もらう」
「うん」
「一緒に歩いてもらう」
「うん」
「……」
美月。
最後。
「笑花は」
「誰も助けないの?」
ますみ。
答えられない。
「地図」
航平。
「自分で書いてるよ」
「それ」
「自分のためでしょ」
「……」
航平。
「はい」
完全敗北。
⸻
「でも」
森川。
「助けられるだけでも」
「別に悪くないだろ」
「悪いって言ってない」
美月。
「じゃあ」
「何で」
「……」
美月。
考える。
「私」
「この前」
「学校で」
「消しゴム貸した」
「……」
「誰に」
「隣の子」
「それ?」
「うん」
「それも助ける?」
ますみ。
美月。
「助かったって言ってた」
「……」
ますみ。
止まる。
藍が小さく笑う。
「なるほど」
⸻
「じゃあ」
ますみ。
「笑花も」
「誰かに消しゴム貸す?」
「真似しないで」
「ダメ?」
「自分で考えて」
「厳しい」
美月。
笑う。
「作者でしょ」
「今日も言われた」
⸻
美月はもう一度、地図を見る。
「ここ」
小さな公園。
「誰かいる?」
「決めてない」
航平。
「じゃあ」
「泣いてる子」
「……」
ますみ。
「何で」
「笑花が」
「通る」
「うん」
「どうする?」
美月。
「知らない」
「え」
「笑花が決める」
「……」
ますみ。
「それ」
「ずるい」
「何で」
「私が考えるじゃん」
「作者だから」
「……」
森川が笑いをこらえている。
⸻
美月。
少し。
展示から離れる。
「これ」
「私の話?」
来た。
ますみの。
心臓。
強く。
打つ。
藍も。
表情。
変わる。
森川。
美月を見る。
答えない。
ますみ。
自分で。
答える。
「違う」
「……」
「美月の話じゃない」
「ユウの話でもない」
「……」
「でも」
ますみ。
少し。
考える。
「美月と話したこと」
「森川さんから聞いたこと」
「岡野さんとか」
「翔太とか」
「私とか」
「いろんな人のこと」
「ちょっとずつ」
「入ってる」
「……」
「でも」
「笑花は」
「笑花」
美月。
しばらく。
ますみを見る。
「そっか」
「……」
「嫌?」
ますみ。
思わず。
聞いた。
すぐ。
「あ」
言ってから。
後悔。
これでは。
美月に。
判断を。
求めている。
「ごめん」
「今の」
「答えなくていい」
美月。
「何で」
「私が」
「安心したくて」
「聞いたから」
「……」
美月。
少し。
首を傾げる。
「別に」
「嫌じゃない」
「……」
「でも」
「私じゃないなら」
「もっと違っていいじゃん」
ますみ。
「……」
「もっと違って」
「いい?」
「うん」
美月。
「だって」
「笑花でしょ」
⸻
その言葉は。
ますみに。
不思議なくらい。
残った。
笑花でしょ。
美月ではない。
ユウではない。
ますみでもない。
だったら。
もっと。
違っていい。
⸻
正午。
美月。
音楽。
聴く。
イヤホン。
片耳。
森川。
「どう」
「ゲームみたい」
カナコ。
「え」
「歩くゲーム」
「……」
「褒めてる?」
「うん」
「良かった」
美月。
「途中」
「音なくなる」
「そこ」
「余白」
レン。
「誰」
「デザイン」
「ふーん」
「興味薄!」
⸻
帰る前。
美月。
冊子。
箱。
見る。
「ない」
「全部なくなった」
ますみ。
「欲しかった?」
「うん」
「……」
ますみ。
藍を見る。
藍。
小さく頷く。
「終わったら」
「また作るかもしれない」
「かもしれない?」
「まだ決めてない」
「じゃあ」
「できたら」
「欲しい」
「……うん」
「覚えてたら」
「覚えといて」
「分かった」
美月。
森川と。
帰る。
⸻
階段。
降りる前。
美月。
振り返る。
「長澤さん」
「何」
「笑花」
「誰か助けたら」
「教えて」
「……」
「うん」
「でも」
「消しゴムじゃないかも」
「別にいいよ」
「分かった」
「じゃあね」
「バイバイ」
⸻
美月。
見えなくなる。
ますみ。
しばらく。
立っている。
「……」
藍。
「描く?」
「今は」
「描かない」
「珍しい」
「文化展」
「まだ終わってない」
「……」
「終わってから」
「うん」
⸻
午後一時。
ひだまり。
高瀬。
昼。
手伝う。
若い男性。
昨日。
仕事先へ。
戻るかどうか。
迷っていた。
今日。
食事。
終わる。
「高瀬さん」
「はい」
「来週」
「行ってみます」
「仕事?」
「はい」
「そうですか」
「……」
「それだけ?」
高瀬。
少し。
笑う。
「頑張って」
「って」
「言った方がいいです?」
「いや」
「……」
「行って」
「無理だったら」
「どうします」
高瀬。
「また」
「考えましょう」
「……」
男性。
笑う。
「やっぱり」
「頼りない」
「すみません」
「でも」
「前より」
「いいです」
「……」
「ありがとうございます」
⸻
男性。
帰る。
恵子。
皿。
「高瀬さん」
「はい」
「あなた」
「最近」
「答え」
「言わなくなったね」
「……」
「前は」
「答えがあると思ってました」
「今は?」
「ある時も」
「あると思います」
「……」
「危ない時」
「止めるとか」
「病院」
「行くとか」
「……」
「でも」
「仕事続けるか」
「辞めるか」
「俺が」
「答えることじゃない」
「うん」
「……」
「前より」
「仕事」
「難しいです」
「そうね」
「でも」
恵子。
皿。
重ねる。
「人の人生」
「扱うんだから」
「簡単な方が」
「怖いでしょ」
高瀬。
少し。
黙る。
「……はい」
⸻
午後二時。
文化展。
今度は。
昨日。
「本人に選ばせすぎでは」
と言った女性。
また。
来た。
ますみ。
気づく。
「……」
女性も。
ますみに。
気づく。
「こんにちは」
「こんにちは」
「また来ました」
「はい」
「嫌いなのに?」
ますみ。
言ってから。
「あ」
女性。
笑う。
「そうね」
「嫌いなのに」
「……」
「何で」
「昨日」
「家帰ってから」
「考えちゃったのよ」
「……」
「娘に」
「この話したら」
「私」
『あんたも昔、勝手に進路決めたじゃん』
「って」
「言われて」
ますみ。
「……」
「喧嘩?」
「ちょっと」
「……」
「でも」
女性。
展示。
見る。
「私も」
「全部」
「正しかったって」
「思いたかったのかもね」
「……」
「間違ってた?」
ますみ。
女性。
「それも」
「まだ分からない」
ますみ。
少し。
笑う。
「仲間」
「何が」
「分からない」
「……」
女性も。
笑う。
⸻
「でもね」
女性。
「大人が」
「決めなきゃいけない時も」
「あるって」
「今も思う」
「はい」
「そこは」
「変わらない」
「はい」
「あなたは?」
「私も」
「あると思います」
「……」
「じゃあ」
「昨日と」
「同じね」
「多分」
「でも」
ますみ。
「前より」
「ちょっと」
「何が違うか」
「考えてます」
「……」
「私も」
女性。
最後の笑花。
見る。
「嫌いな作品って」
「案外」
「残るのね」
「……」
「それ」
「褒めてます?」
「分からない」
「また!」
二人。
笑う。
⸻
午後三時。
文化展。
残り。
二時間。
隣の写真クラブ。
男性。
コーヒー。
紙カップ。
「どう?」
「何が」
ますみ。
「三日間」
「……」
「疲れた」
「まずそれ?」
「あと」
「怖かった」
「うん」
「面白かった」
「うん」
「嫌だった」
「うん」
「嬉しかった」
「うん」
「……」
「全部?」
「全部」
「なら」
男性。
コーヒー。
「出して良かった?」
ますみ。
少し。
考える。
「……」
「今は」
「良かった」
「今は?」
「後で」
「嫌になるかもしれない」
「なるかもね」
「え」
「俺もあるよ」
「……」
「昔の写真」
「見たくない時」
「ある」
「じゃあ」
「捨てる?」
「捨てるのもある」
「……」
「残すのもある」
「どっちが正解?」
「知らん」
「みんなそれ!」
⸻
午後四時三十八分。
来場者。
少なくなる。
ますみ。
展示。
端。
座る。
敦。
隣。
「疲れました?」
「うん」
「俺も」
「岡野さん」
「何」
「須賀さん」
「また来るかな」
「分かりません」
「……」
「でも」
「来なくても」
「いいんですよね」
敦。
少し。
考える。
「はい」
「相談先で」
「別の場所」
「見つかるなら」
「その方が」
「いいかもしれない」
「……」
「寂しくない?」
「ちょっと」
「……」
「でも」
敦。
「ここに」
「戻ってくることが」
「成功じゃないですから」
ますみ。
敦を見る。
「それ」
「笑花にも」
「使える?」
「え」
「最後」
「最初の場所に」
「帰らなくても」
「失敗じゃない」
「……」
「そうですね」
「じゃあ」
「帰っても」
「失敗じゃない」
「はい」
「……」
「面倒」
「ですね」
二人。
少し。
笑う。
⸻
午後五時。
館内放送。
「本年度の地域文化展は、これをもちまして終了いたします――」
拍手。
どこか。
一階。
聞こえる。
ますみたち。
顔。
見合わせる。
「……」
カナコ。
「終わった?」
「終わった」
航平。
「本当に?」
「館内放送」
「言った」
「……」
レン。
壁。
見る。
「撤収」
「早っ!」
藍。
「余韻!」
「六時完全撤収」
「現実!」
⸻
笑花。
壁から。
外す。
一枚。
また。
一枚。
最初の。
道端。
ますみ。
自分で。
外す。
テープ。
ゆっくり。
「……」
初日。
貼る時。
怖かった。
今。
外す時も。
少し。
怖い。
でも。
違う。
「ますみ」
藍。
「大丈夫?」
「うん」
「寂しい?」
「……」
「ちょっと」
「うん」
「でも」
「終わった」
「うん」
「……」
「終わっても」
「笑花」
「いる」
「うん」
⸻
地図。
航平。
外す。
「川」
「延ばす」
「まだ言ってる」
「彩乃に」
「言われたから」
「約束してないじゃん」
「俺が」
「描きたい」
「……」
「じゃあ」
「描けば」
「うん」
カナコ。
イヤホン。
片付け。
「フル版」
「少し」
「直したい」
「どこ」
「最後」
「音」
「消えすぎる」
「余白じゃないの」
レン。
「音の余白と」
「無音は違う」
「……」
「難しいこと」
「言い出した」
⸻
冊子。
空箱。
藍。
持つ。
「増刷」
「どうする」
ますみ。
「美月」
「欲しいって」
「言ってた」
「じゃあ」
「一冊?」
「一冊だけ?」
「……」
ますみ。
考える。
「十」
「少な」
「じゃあ」
「二十」
「何で倍」
「分かんない」
「ネット版あるし」
「……」
「十」
「戻った」
「まず十」
「うん」
⸻
隣。
写真クラブ。
男性。
写真。
箱。
「また来年」
スタッフ。
声。
「来年?」
ますみ。
藍。
見る。
「出る?」
藍。
「今聞く?」
「一応」
「……」
ますみ。
考える。
「分かんない」
「だと思った」
「でも」
「何か」
「作ってたら」
「出すかも」
「うん」
「笑花?」
「それも」
「分かんない」
「うん」
「……」
「でも」
ますみ。
箱。
笑花。
入れる。
「終わりじゃない」
「うん」
⸻
午後六時十二分。
事務所。
「ただいまー」
「おかえり」
和子。
「終わった?」
「終わった」
ますみ。
「飯」
前原。
「まだそれ!?」
「文化展終わったら」
「腹減らねぇのか」
「減った」
「なら食え」
「……」
ますみ。
笑う。
「はい」
⸻
テーブル。
今日は。
少し。
豪華。
鶏。
煮物。
味噌汁。
炊き込みご飯。
「何これ」
レン。
「打ち上げ?」
和子。
「余った材料」
「嘘」
「何が」
「絶対」
「打ち上げ」
「食べたくないなら」
「食べなくていい」
「いただきます!」
⸻
翔太。
仕事。
終わり。
途中参加。
「お疲れ」
隼人。
「お疲れです」
「文化展」
「終わった?」
「終わった」
ますみ。
「どうだった」
「知らない人」
「いっぱい」
「それ」
「前も聞いた」
「今日は」
「知ってる人も」
「来た」
「誰」
「美月」
翔太。
少し。
止まる。
「……」
「どうだった」
「笑花」
「助けてもらってばっかりって」
「……」
翔太。
展示。
思い出す。
「確かに」
「みんな言う!」
⸻
「じゃあ」
隼人。
「助けさせれば?」
「何その言い方」
「誰か」
「困ってる奴」
「出す」
「……」
「何する」
「卵焼く」
「隼人じゃん」
「俺なら」
「焼く」
グエン。
「カレー!」
「グエンじゃん」
翔太。
「毛布」
「完全に翔太」
敦。
「隣にいる」
「岡野さん」
「最近そればっか」
「え!?」
前原。
「飯」
「ヨシさんも!」
全員。
笑う。
⸻
ますみ。
笑いながら。
突然。
止まる。
「……」
「何」
藍。
「分かった」
「何が」
「笑花」
「何するか」
全員。
見る。
「……」
「教えない」
「何で!」
「今」
「描きたい」
⸻
ますみ。
スケッチブック。
持つ。
少し。
離れた机。
座る。
鉛筆。
走る。
最初。
町。
小さな。
公園。
ベンチ。
そこに。
女の子。
座る。
顔。
伏せている。
笑花。
通る。
止まる。
でも。
声。
かけない。
次。
笑花。
自分の。
鞄。
探す。
「消しゴム?」
美月の。
言葉。
頭。
浮かぶ。
「……違う」
ますみ。
描く。
小さな。
紙。
何か。
包まれている。
「何それ」
藍。
「パン」
「……」
「飯!?」
前原。
奥。
「何で俺見る!」
⸻
笑花。
パン。
半分。
女の子の。
隣。
置く。
何も。
言わない。
そのまま。
ベンチの。
反対側。
座る。
二人。
少し。
離れている。
女の子。
パン。
見る。
笑花。
前。
見る。
それだけ。
「……」
藍。
「食べてって」
「言わない?」
「言わない」
「何で」
「分かんない」
「……」
「食べるか」
「その子が」
「決める」
藍。
「なるほど」
⸻
ますみ。
次の。
小さなコマ。
女の子。
パン。
一口。
笑花。
見ない。
でも。
少し。
笑っている。
「……」
翔太。
「いい」
「本当?」
「うん」
「何で」
「助けてる感じ」
「しない」
「……」
「でも」
「一人じゃない」
ますみ。
鉛筆。
止める。
「それ」
「残す」
⸻
「タイトル」
藍。
「何」
「この場面」
「いらない」
「何で」
「名前つけると」
「説明になる」
「……」
藍。
少し。
笑う。
「私の仕事」
「なくなってきた」
「書きたい?」
「……」
「今は」
「書かなくていい」
「じゃあ」
「書かない」
⸻
前原。
少し。
遠く。
その様子。
見る。
敦。
横。
「ヨシさん」
「何だ」
「笑花」
「人」
「助けるようになりました」
「そうか」
「……」
「何か」
「ないんですか」
「何が」
「感想」
「知らん」
「見てないじゃないですか」
「後で見る」
「……」
敦。
少し。
笑う。
「ヨシさん」
「何だよ」
「俺も」
「最初」
「ここで」
「飯」
「もらってましたよね」
「そうだな」
「今」
「人に」
『飯食いました?』
「って」
「聞いてる」
「……」
「何だ」
「いや」
「変だなって」
「何が」
「いつ」
「変わったんだろ」
前原。
敦を見る。
「知らん」
「……」
「でも」
前原。
食卓。
見る。
翔太。
皿。
運ぶ。
隼人。
和子。
手伝う。
グエン。
勝手に。
味見。
怒られる。
ますみ。
描く。
「助けられた奴が」
「ずっと」
「助けられる側に」
「いなきゃならねぇ」
「決まりもねぇだろ」
敦。
「……」
「はい」
⸻
文化展は。
終わった。
壁から。
笑花は。
いなくなった。
でも。
物語は。
終わらなかった。
むしろ。
展示が終わって。
誰にも。
見せる必要がなくなった夜。
笑花は初めて。
誰かの隣へ。
自分から。
座った。
大きなことは。
しない。
問題を。
解決しない。
名前も。
事情も。
聞かない。
ただ。
自分が持っている。
パンを。
半分。
置く。
助けてもらったから。
今度は。
助けなければならない。
そんな。
借りを返す話でもない。
自分が。
少し。
持っていたから。
少し。
分けただけ。
それで。
誰かの。
人生が。
変わるかどうかは。
分からない。
でも。
その夜。
笑花は。
初めて。
「帰れる場所を探す子」
だけではなくなった。
誰かにとって。
ほんの少しだけ。
隣にいてもいい人に。
なった。
⸻
後書き
第81話でした。
文化展編、ここでひとまず一区切りです。
美月を「作品を承認する人」にはしませんでした。
むしろ、
「私の話?」
と聞かれたますみが、
「違う。笑花は笑花」
と答える。
そのうえで美月が、
「私じゃないなら、もっと違っていいじゃん」
と言う。
ここはかなり大きな転換です。
そして美月の、
「この子、助けてもらってばっかりじゃない?」
という素朴な指摘。
これによって笑花にも、作品の外側が生まれました。
ただし「助けてもらったから今度は恩返し」という構図にはしません。
困っている子の横へ座り、持っていたパンを半分置く。
食べるかどうかは相手が決める。
大げさな救済ではない。
この小ささが、今の作品全体には合っています。
そしてこれは、敦たちにも重なります。
敦も翔太も隼人も、最初は誰かから食事や寝場所や時間をもらった側でした。
でも、いつの間にか他人へ、
「飯食いました?」
「隣にいます」
「また来てもいい」
と言う側にもなっている。
助けられた人が、永遠に「助けられる人」という役割に固定される必要はない。
ここから物語は文化展の外へ戻ります。
第82話からは、文化展後の日常。
隼人の倉庫初出勤、翔太のコンビニ、須賀のその後。そして行政側では、組織への調査がいよいよ「何が悪かったか」だけでなく、「何を残し、何を変えるのか」という段階へ入っていきます。




