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WAY HOME ――行き場をなくした僕らの、小さな食卓――  作者: 和泉發仙


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79/105

知らない人の笑花

第79話 知らない人の笑花


前書き


作品を作っている間、


作者はずっと、


その作品の一番近くにいる。


どこで悩んだか。


何を削ったか。


なぜ、この表情にしたのか。


全部知っている。


でも。


展示された瞬間。


その作品を見るのは、


何も知らない人たちになる。


三秒で通り過ぎる人。


十分立ち止まる人。


作者の意図とは、


まったく違う意味を見つける人。


そして時には、


「分からない」


「好きじゃない」


と言う人もいる。


文化展当日。


笑花が初めて、


作った人たちの手を離れる。


第79話です。


⸻


 午前六時四十八分。


 高架下の事務所には、すでに明かりがついていた。


「……ない」


 レンが言った。


 藍の手が止まる。


「今度は何」


「充電器」


 全員が、一斉に敦を見る。


「あります!」


 敦は鞄から充電器を掲げた。


「今日はあります!」


「何でちょっと誇らしげなの」


 ますみ。


「昨日怒られたので!」


「普通は持ってくるものだから」


「はい……」


 前原が奥から出てくる。


「朝から何騒いでんだ」


「充電器がありました!」


「それで騒ぐな」


「はい」


 文化展当日。


 昨日まであれだけ問題が起きたせいか、今朝は逆に妙な緊張感が漂っていた。


 ますみは朝食のパンを半分だけ食べ、残りを皿に置いた。


 和子がそれを見る。


「食べないの?」


「入らない」


「緊張?」


「多分」


「じゃあ持っていきな」


「パンを?」


「お腹すいたら食べればいいでしょ」


「……うん」


 ラップに包まれたパンが、ますみの鞄へ入る。


 前原がコーヒーを飲みながら言った。


「別に戦争行くんじゃねぇんだから」


「ヨシさん」


「何だ」


「知らない人がいっぱい来る」


「そうだな」


「絵見る」


「文化展だからな」


「……」


「帰るか?」


 ますみは前原を見る。


「行く」


「なら行け」


「それだけ?」


「他に何言うんだ」


「……」


 ますみは少しだけ笑った。


「それでいい」


⸻


 午前八時十二分。


 旧公民館。


 文化展会場。


 まだ一般客はいない。


 廊下ではスタッフが案内板を立て、別室では陶芸作品が並べられている。階段には地域の小学生が描いた絵が貼られ、一階ホールからは合唱団の発声練習が聞こえてきた。


 二階。


 B区画。


『笑花――帰る場所は、まだ分からない』


 ますみたちの展示は、昨日と同じ場所にあった。


「……」


 ますみが立ち止まる。


「どうした?」


 航平。


「残ってる」


「そりゃ残ってるだろ」


「夜の間に」


「誰が持ってくんだよ」


「分かんない」


「怖いこと言うな」


 カナコは真っ先に音楽プレーヤーを確認する。


「充電」


「百パー」


「イヤホン」


「鳴る」


「音量」


「大丈夫」


 レンはQRコードを読み込む。


「オンライン版」


「開く」


 藍は冊子。


 三十部。


「ある」


 奈々恵が説明文を見る。


「誤字」


「ない?」


 全員が固まった。


「今言う!?」


「確認」


「やめて!」


 藍が慌てて読む。


「……大丈夫」


「本当に?」


「多分」


「文化展当日に多分やめて!」


⸻


 九時。


 開場。


 最初に来たのは、七十代くらいの夫婦だった。


 二人は隣の写真クラブへ。


「……」


 ますみ。


 見ている。


 次。


 女性。


 陶芸。


 次。


 親子。


 小学生作品。


 次。


 男性。


 笑花の前。


 ――通過。


「……」


 ますみ。


「今」


「見なかった」


 藍。


「うん」


「完全に」


「うん」


「何で」


「知らない」


「……」


 また一人。


 笑花。


 一秒。


 通過。


「……」


「ますみ」


「何」


「数えない方がいい」


「何を」


「素通り」


「もう五人」


「数えてるじゃん」


⸻


 十分後。


 初めて。


 一人。


 止まった。


 三十代くらいの女性。


 最初の絵を見る。


 次。


 文章。


 戻る場面。


 地図。


 最後。


 冊子には触れない。


 音も聴かない。


 そのまま。


 去る。


「……」


 ますみ。


「何も言わなかった」


「普通だよ」


 奈々恵。


「感想」


「言わないの?」


「美術館で」


「作者に毎回感想言う?」


「……言わない」


「でしょ」


「……」


「怖い」


「何が」


「何考えてるか」


「分かんない」


 奈々恵。


 笑う。


「昨日まで」


『分からないでいい』


「って作品作ってた人が」


「人の感想は知りたいんだ」


「それとこれは別」


⸻


 午前九時二十七分。


 最初の質問。


「すみません」


 中年男性。


 ますみ。


「はい」


「これ」


「どういう意味?」


「……」


 来た。


 ますみ。


 一瞬。


 藍を見る。


 藍。


 何も言わない。


「えっと」


 ますみ。


「帰る場所をなくした子が」


「いろんな場所に行く話です」


「最後」


「どこに帰ったの?」


「……」


「決めてません」


「何で?」


「……」


 ますみ。


 少し。


 考える。


「一個に」


「決めなくても」


「いいかなって」


 男性。


「ふーん」


 最後の絵。


 見る。


「俺は」


「家に帰ったと思った」


「……」


「家?」


「最初の家」


「え」


「一周して」


「元の家」


「……」


 男性はそれ以上説明せず、隣の写真展示へ行った。


 ますみ。


 固まる。


「……」


「最初の家」


 藍。


「考えてなかった」


「私も」


 航平。


「地図上」


「最初の家」


「ないぞ」


「でも」


 ますみ。


 最後の笑花を見る。


「そう見える人」


「いるんだ」


⸻


 十時。


 今度は小学生の男の子。


 地図。


 ずっと見る。


 絵。


 ほぼ見ない。


「……」


 航平。


 少し嬉しそう。


「地図好き?」


「うん」


「ここ」


 男の子。


 指。


「この道」


「何で途中で切れてるの?」


 航平。


「町の外だから」


「外にも道あるでしょ」


「……」


「ある」


「じゃあ描けば?」


 航平。


 止まる。


「……」


 ますみ。


 笑いをこらえる。


「航平」


「何」


「言われた」


「うるさい」


 男の子。


「あと」


「この川」


「どこまで行くの」


「……」


「まだ決めてない」


「決めてないの多いね」


「そうなんだよ」


「変なの」


 男の子は満足そうに去った。


 航平。


「……」


「川」


「延ばす」


 レン。


「今やるな」


「展示後」


「分かってる」


⸻


 十時四十三分。


 老婦人。


 笑花が戻る場面。


 長く。


 見る。


「この人」


 ますみ。


「はい」


「優しいね」


「……」


「戻ってきた子に」


「何も聞かない」


「はい」


「でも」


 老婦人。


「私は」


「聞いちゃうなあ」


「え」


「どうしたの」


「何があったの」


「って」


「……」


「それは」


「ダメなの?」


 ますみ。


 答えられない。


「……分かりません」


 老婦人。


 笑う。


「そうよね」


「聞いてほしい時もあるものね」


「……」


「はい」


「聞かれたくない時も」


「あります」


「そうね」


 老婦人は冊子を一冊取った。


「孫に見せてもいい?」


「はい」


 ますみ。


 すぐ答えた。


「どうぞ」


⸻


 十一時。


 問題。


「すみません」


 四十代くらいの女性。


「はい」


 藍。


「これ」


 説明。


 指。


「支援とか」


「施設とかの話?」


 空気。


 少し。


 変わる。


「特定の施設を」


 藍。


「描いたものではありません」


「でも」


「そういうテーマよね」


「一部」


「そういうことも」


「考えています」


 女性。


 腕。


 組む。


「私」


「こういうの」


「ちょっと嫌い」


 ますみ。


 顔。


 固まる。


「……」


「何でですか」


 思わず。


 聞いた。


「何でも」


『本人に選ばせればいい』


「っていう感じ」


「……」


「子どもなんて」


「危ないこと選ぶでしょ」


「……」


「大人が」


「止めなきゃいけないこと」


「あるじゃない」


 ますみ。


 黙る。


 藍も。


 すぐには。


 返さない。


⸻


「はい」


 ますみ。


 やっと。


「あると思います」


 女性。


 少し。


 意外そう。


「じゃあ」


「何で」


「こんな話?」


「……」


 ますみ。


 笑花。


 見る。


「大人が」


「決めることと」


「子どもが」


「嫌って言えないことは」


「違うかなって」


「……」


「危ない時」


「止めることは」


「ある」


「でも」


「何で止めるか」


「話したり」


「後で」


「変えたり」


「……」


「そういうの」


「できた方が」


「いいかなって」


 女性。


 少し。


 展示。


 見直す。


「……」


「でも」


「私は」


「こういう曖昧なの」


「好きじゃない」


 ますみ。


 胸。


 少し。


 痛む。


「はい」


 でも。


「分かりました」


 女性。


 去る。


⸻


「……」


 ますみ。


 無言。


「大丈夫?」


 藍。


「嫌だった」


「うん」


「嫌いって」


「言われた」


「うん」


「……」


「でも」


 ますみ。


 女性が。


 去った方向。


 見る。


「ちゃんと」


「見てた」


「うん」


「……」


「それも」


「変」


「何が」


「見ないで」


「嫌いって言われるより」


「ちょっと」


「嬉しい」


 奈々恵。


「複雑だね」


「うん」


「人間っぽくなった」


「それ昨日も言われた」


⸻


 正午。


 昼休憩。


 ますみ。


 鞄。


 開く。


 朝。


 和子が。


 包んだ。


 パン。


「……」


 藍。


「食べる?」


「うん」


「緊張」


「取れた?」


「別の緊張になった」


「何それ」


「人が」


「何言うか」


「分かんない」


「それ」


「昨日から同じ」


「違う」


 ますみ。


 パン。


 一口。


「昨日までは」


「怖いだけだった」


「今は?」


「……」


「ちょっと」


「聞きたい」


⸻


 午後一時十五分。


 来場者。


 増える。


 子ども。


 高齢者。


 学生。


 買い物帰り。


 地域の人。


 笑花。


 素通り。


 立ち止まる。


 戻る。


 冊子。


 取る。


 取らない。


 イヤホン。


 使う。


 使わない。


「音」


 高校生くらいの少女。


「良かったです」


 カナコ。


「ありがとう」


「でも」


「もっと長くても」


「いいと思う」


「……」


 カナコ。


「ある」


「え」


「QR」


「フル」


「四分十秒」


「聴きます」


 カナコ。


 顔。


 明るい。


「やった」


⸻


 地図。


 大学生くらいの男性。


「ゲームみたい」


 航平。


「ゲーム?」


「選択肢で」


「ルート変わるやつ」


「……」


「でも」


「正解ルート」


「ない感じ」


「はい」


「俺」


「こういうゲーム」


「苦手」


「え」


「全部回収したくなる」


「……」


「それ」


「分かる」


 航平。


 二人。


 少し。


 話し込む。


⸻


 文章。


 藍。


 五十代男性。


「この」


『あなたが悪いんじゃない。でも、ここじゃない』


「って」


「きついね」


「……」


「きつい?」


「助けた側からしたら」


「……」


「そうですね」


「でも」


 男性。


「言われた方が」


「いいのかもな」


「何で」


「黙って消えられるより」


「……」


 藍。


 少し。


 目を伏せる。


「そういう見方」


「考えてませんでした」


「作者なのに?」


 男性。


 笑う。


「作者でも」


「分からないです」


「そういうもんか」


⸻


 午後二時四分。


「あ!」


 声。


 ますみ。


 振り向く。


「……」


 見覚え。


 ある。


 小学生。


 商店街のイベント。


 スケッチブック。


 勝手に。


 開いてしまった。


 あの子。


「彩乃」


「覚えてた!」


「うん」


 母親らしい女性。


 隣。


「こんにちは」


「こんにちは」


「この前」


「商店街で」


「絵を見せてもらったって」


「はい」


 彩乃。


 展示。


 見る。


「笑花!」


「……」


 ますみ。


 少し。


 胸。


 熱くなる。


「分かる?」


「分かるよ」


「目」


「同じ」


「……」


「まだ怒ってる」


 ますみ。


 笑う。


「うん」


「ちょっと」


⸻


 彩乃。


 最初から。


 見る。


「この人」


 優しく。


 手。


 差し出す人。


「悪い人?」


「悪い人じゃない」


「じゃあ」


「何で逃げるの」


「……」


「笑花には」


「ここじゃなかった」


「ふーん」


 次。


 戻る。


「戻ってるじゃん」


「うん」


「何で?」


「怖くなった」


「……」


 彩乃。


「じゃあ」


「最初の人」


「帰れる場所じゃん」


 ますみ。


 止まる。


「……」


「そうだね」


「でも」


「住む場所じゃないの?」


「……」


 ますみ。


「多分」


「帰れるけど」


「ずっといる場所じゃない」


「何それ」


「分かんない」


「また?」


「うん」


⸻


 彩乃。


 地図。


 見る。


 以前。


「帰れるところ、いっぱい作ればいい」


 と言った子。


「増えた」


「うん」


「ここ」


「一人のベンチ」


「うん」


「何で」


「一人になりたい時」


「……」


「帰る場所なの?」


「私は」


「そう思う」


 彩乃。


 少し。


 考える。


「じゃあ」


「トイレも?」


「え」


「一人になれる」


「……」


 航平。


 横。


 吹き出す。


「確かに」


「航平!」


「でも」


「学校のトイレ」


「逃げる場所になる子」


「いるかも」


 ますみ。


 笑えなくなる。


「……」


「あるかも」


 彩乃。


「じゃあ」


「入れれば」


「展示には入れない」


「何で!」


「何となく!」


⸻


 最後。


 丘。


 笑花。


 町。


 彩乃。


 長く。


 見る。


「このあと」


「どこ行くの?」


「分かんない」


「作者なのに?」


「今日」


「三回目」


「何が」


「それ言われるの」


 彩乃。


「じゃあ」


「私決めていい?」


 ますみ。


 少し。


 止まる。


 以前。


 それが。


 怖かった。


 自分以外の誰かが。


 笑花を。


 勝手に。


 決めること。


「……」


 でも。


「彩乃の中では」


「いいよ」


「じゃあ」


 彩乃。


 最後の絵。


 指。


「ここ」


「どこ」


「ご飯食べるところ」


「……」


「何で」


「お腹すいてそう」


 ますみ。


 思わず。


 笑う。


「それ」


「ヨシさんと同じ」


「誰?」


「知らなくていい」


⸻


 彩乃。


 冊子。


 一冊。


「もらっていい?」


「うん」


「お母さん」


「いい?」


「いいよ」


 母。


「ちゃんと」


「ありがとう言って」


「ありがとう」


「どういたしまして」


 彩乃。


 去る。


 途中。


 振り返る。


「次」


「川の向こうも描いて!」


 航平。


「俺!?」


「描くって!」


「勝手に約束すんな!」


 彩乃。


 笑って。


 階段。


 降りていく。


⸻


 ますみ。


 しばらく。


 その方向。


 見る。


「……」


 藍。


「どうした」


「笑花」


「何」


「私のじゃ」


「なくなった」


 藍。


 一瞬。


 ますみを見る。


「嫌?」


「……」


 ますみ。


 考える。


「前なら」


「嫌だった」


「今は?」


「……」


「私のでも」


「ある」


「うん」


「でも」


「彩乃の笑花も」


「いる」


「うん」


「さっきの」


「おじさんの」


「最初の家に帰る笑花も」


「いる」


「うん」


「……」


「変なの」


「うん」


「でも」


 ますみ。


 少し。


 笑う。


「面白い」


⸻


 午後三時。


 ひだまり。


 高瀬。


 桜井。


 佐伯。


 そして。


 拓海。


 同じ。


 テーブル。


 これは。


 取り調べではない。


 まず。


 拓海が。


 自分から。


 話す。


「俺」


「あそこで」


「助けられました」


 桜井。


「はい」


「それは」


「最初に」


「言っておきたいです」


「分かりました」


「……」


「それから」


「二年くらい前」


「森川さんを」


「駅で見ました」


「子ども二人と」


「……」


「俺は」


「施設の職員に」


「それを話しました」


 桜井。


「誰に話したか」


「覚えていますか」


「松井さん」


「だったと思います」


「確実ではない?」


「はい」


「分かりました」


 拓海。


 少し。


 肩。


 下がる。


 知らない。


 曖昧。


 それを。


 そのまま。


 言えた。


⸻


「最近」


 拓海。


「施設から」


「連絡もありました」


「どんな」


「外の人に」


「昔のことを」


「聞かれるかもしれない」


「知らないことまで」


「話す必要はない」


「……」


「そのあと」


『余計なことは言わなくていい』


「って」


 佐伯。


 メモ。


「その言葉」


「正確ですか」


「……」


 拓海。


 考える。


「多分」


「多分?」


「正確な一字一句は」


「覚えてません」


「……」


「でも」


『余計なこと』


「って言葉は」


「覚えてます」


「分かりました」


 桜井。


「それで十分です」


「……」


「十分?」


「覚えていない部分を」


「埋めなくていい」


「……はい」


⸻


「長谷川さん」


 桜井。


「あなたは」


「施設側から」


「嘘を言うように」


「指示されたと」


「思いますか」


 拓海。


 一瞬。


 考える。


「……」


「分かりません」


「はい」


「俺は」


「そうは」


「言われてません」


「……」


「ただ」


「余計なことを」


「言わないでって」


「言われたのが」


「嫌でした」


「分かりました」


 桜井。


 それ以上。


 誘導しない。


「では」


「そのまま」


「記録します」


 拓海。


 ゆっくり。


 頷く。


⸻


 高瀬。


 隣。


 黙っている。


 拓海。


 高瀬を見る。


「高瀬さん」


「はい」


「俺」


「施設」


「好きですよ」


「……」


「はい」


「今も」


「……はい」


「高瀬さんは?」


 高瀬。


 少し。


 考える。


「俺も」


「好きです」


「……」


「でも」


「変えたいです」


 拓海。


「両方」


「言うんですね」


「最近」


「それでいいって」


「思えるようになりました」


「……」


「俺も」


「今日」


「ちょっと」


「そう思います」


⸻


 文化展。


 午後四時三十分。


 冊子。


 残り。


 三冊。


「え」


 ますみ。


「なくなる」


「三十部」


 レン。


「少なかった?」


「分かんない」


「増刷?」


 藍。


「今日はしない」


 ますみ。


「うん」


「なくなったら」


「終わり」


「QRあるし」


「うん」


 最後。


 三冊。


 一冊。


 女子中学生。


 一冊。


 高齢男性。


 そして。


 最後。


 小学生。


 持っていく。


「……」


 箱。


 空。


「なくなった」


 ますみ。


「うん」


「どうする」


 藍。


「何を」


「嬉しい?」


「……」


 ますみ。


 空箱。


 見る。


「ちょっと」


「でも」


「怖い」


「何が」


「三十個」


「知らない家に」


「笑花いる」


「……」


 藍。


 笑う。


「もう」


「回収できないね」


「……」


「うん」


 ますみ。


 少し。


 笑う。


「それでいい」


⸻


 午後五時。


 閉場。


 スタッフ。


「本日の展示」


「終了です」


 館内放送。


 来場者。


 少しずつ。


 いなくなる。


 ますみ。


 展示。


 見る。


 朝。


 同じ。


 絵。


 同じ。


 地図。


 同じ。


 文章。


 同じ。


 でも。


 何か。


 違う。


「疲れた」


 カナコ。


「足痛い」


 航平。


「喉渇いた」


 レン。


「帰りたい」


 藍。


「明日もある」


「言うな!」


 全員。


 笑う。


⸻


 ますみ。


 最後の。


 笑花。


 見る。


「ねえ」


「何」


 奈々恵。


「今日」


「正解」


「あった?」


「何の」


「笑花」


「……」


 奈々恵。


 少し。


 考える。


「なかったんじゃない」


「……」


「嫌いって人も」


「いた」


「うん」


「最初の家に」


「帰ったって人も」


「いた」


「うん」


「ご飯食べに行くって」


「彩乃」


「うん」


「……」


「全部」


「違う」


「うん」


「でも」


 奈々恵。


「作品って」


「そうなるために」


「外へ出すのかもね」


「……」


「作者が」


「答え教えるだけなら」


「説明書でいいし」


 ますみ。


「説明書」


「嫌」


「でしょ」


⸻


 帰り。


 階段。


 隣の。


 写真クラブの男性。


「お疲れさん」


「お疲れ様です」


「どうだった」


 ますみ。


「……」


「思ってたより」


「みんな」


「勝手でした」


 男性。


 大笑い。


「そうだろ」


「作者の話」


「聞かない」


「聞かないねえ」


「勝手に」


「意味作る」


「作るねえ」


「……」


「嫌じゃないんですか」


「昔は」


「嫌だったよ」


「……」


「今は?」


「面白い」


 男性。


 自分の。


 祭り写真。


 見る。


「俺は」


『寂しい祭りだ』


「と思って撮った写真を」


「昔」


『楽しそうですね』


「って言われた」


「……」


「怒りました?」


「ちょっと」


「同じだ」


「でも」


 男性。


「写真の中まで」


「追いかけて」


『違う、寂しいと思え』


「とは言えんだろ」


「……」


「はい」


「見せたら」


「半分」


「向こうのもんだ」


 ますみ。


 少し。


 笑う。


「それ」


「今日」


「分かった気がします」


⸻


 夜。


 事務所。


「ただいま」


「おかえり」


 和子。


「どうだった」


 前原。


 ますみ。


 靴。


 脱ぐ。


「知らない人」


「いっぱい」


「そりゃそうだ」


「勝手なこと」


「いっぱい言われた」


「そうか」


「嫌いって」


「言われた」


「そうか」


「……」


「もっと」


「何か言って」


「何を」


「慰めるとか」


「嫌なのか」


「……」


「分かんない」


「面倒くせぇな」


「笑花と同じ」


 前原。


「誰が作った」


「私」


「なら文句言うな」


⸻


「でも」


 ますみ。


 前原。


 見る。


「ヨシさん」


「何だ」


「最後」


「笑花」


「どこ行くと思う」


「知らん」


「考えて」


「飯」


「やっぱり!」


「腹減ってんだろ」


「……」


 ますみ。


 止まる。


 確かに。


 朝。


 パン。


 昼。


 半分。


 その後。


 何も。


「減ってる」


「何が」


「お腹」


「なら食え」


⸻


 和子。


 夕食。


 温める。


 翔太。


 少し遅れて。


 仕事。


 帰る。


「ただいま」


「おかえり」


「レジ」


 隼人。


「どうだった」


「一回」


「ポイントカード」


「聞くの忘れた」


「怒られた?」


「言われた」


『次から気をつけて』


「それだけ?」


「それだけ」


「普通だな」


「普通でした」


 翔太。


 ますみ。


 見る。


「文化展?」


「普通じゃなかった」


「何が」


「知らない人」


「勝手」


「……」


「そりゃ」


 翔太。


「知らない人ですから」


「何その答え」


「俺も」


「コンビニで」


「知らない人」


「いっぱい来ます」


「一緒にしないで」


「何で」


⸻


 その夜。


 ますみは。


 スケッチブックを。


 開いた。


 新しい。


 ページ。


 笑花。


 丘。


 町。


 昨日までなら。


 ここから。


 どこへ行くか。


 考えた。


 今日は。


 描かない。


 代わりに。


 町の。


 灯り。


 一つ。


 増やす。


 そして。


 さらに。


 遠く。


 川の向こう。


 小さな。


 灯り。


「……」


 航平。


 後ろ。


「川の向こう」


「うん」


「彩乃?」


「うん」


「描くの?」


「まだ」


「……」


「でも」


「ある」


「何が」


「川の向こう」


「……」


 航平。


 少し。


 笑う。


「じゃあ」


「地図」


「広げるか」


「文化展終わってから」


「分かってる」


⸻


 笑花は。


 もう。


 ますみの中だけには。


 いなかった。


 藍の。


 文章。


 カナコの。


 音。


 航平の。


 地図。


 レンの。


 余白。


 そして。


 今日。


 知らない人たちの中にも。


 少しずつ。


 違う笑花が。


 生まれた。


 最初の家へ。


 帰る笑花。


 ご飯を。


 食べに行く笑花。


 どこにも。


 帰らない笑花。


 誰かと。


 歩く笑花。


 一人で。


 歩く笑花。


 全部。


 作者の。


 答えではない。


 でも。


 全部を。


 否定する必要も。


 なかった。


 見せることは。


 答えを。


 教えることではない。


 知らない答えが。


 増えること。


 あの日。


 ますみが。


 書いた言葉。


 それが。


 今日。


 本当に。


 起きた。


⸻


後書き


第79話でした。


ついに『笑花――帰る場所は、まだ分からない』が一般の人たちの前へ出ました。


ただし、大成功して全員感動――ではありません。


素通りする人もいる。


作者の意図と違う読み方をする人もいる。


そして、


「こういう作品は嫌い」


とはっきり言う人もいる。


特に今回の「子どもに選ばせすぎでは?」という意見は、この作品がずっと考えてきた問題そのものです。


子どもの意思を尊重することと、大人が責任を放棄することは違う。


危険な時には大人が止めることもある。


ただ、その判断を絶対化して、本人の「嫌だ」まで無効にしてしまわない。


笑花の展示も、そこで簡単な答えを出しません。


そして彩乃が再登場しました。


以前、笑花の目を「悲しい」ではなく、


「怒ってる」


と見た子です。


今回も、


「最初の人のところも帰れる場所じゃん」


と、ますみたちが想定していなかった読み方を持ってきました。


これによって「帰れる場所」と「ずっと所属する場所」は同じではない、という意味もさらに見えてきています。


一方、組織編では拓海が桜井・佐伯へ正式に自分の知る範囲を話しました。


重要なのは、


施設に救われたことも言う。


引っ掛かったことも言う。


知らないことは知らないと言う。


これです。


施設を善か悪かに決めるための証言ではありません。


そして文化展はまだ初日。


次回、第80話では二日目へ。


今度は作品を「見る側」だけでなく、展示を見た人同士がその場で話し始めます。


作者が答えるのではなく、知らない人同士が、


「帰るって何だろう」


「助けるってどこまでだろう」


と話し始める。


そして、その輪から少し離れたところで、敦が一人の若い来場者に声をかけられます。


その人は作品の感想ではなく、


「こういう場所って、本当にあるんですか」


と尋ねてきます。


敦が「作品を説明する人」ではなく、現実の誰かの話を聞く側へ回る回にしていきます。

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