会う人、会わない人
第78話 会う人、会わない人
前書き
「会いたい」
と、
「会いたくない」。
同じ出来事を経験した二人が、
同じ答えを出すとは限らない。
片方が前へ進んだからといって、
もう片方が遅れているわけでもない。
許した人が強いわけでも、
許さない人が弱いわけでもない。
そして。
会うことを選んだ人にも、
途中でやめる権利がある。
文化展前日。
慌ただしい一日の終わりに、
美月が自分で選んだ答えを口にする。
第78話です。
⸻
午前七時三分。
高架下の事務所。
「ホチキスが足りない」
レン。
「何個ある?」
藍。
「二個」
「あるじゃん」
「違う」
「針」
「……」
「何本」
「分からん」
「何で!?」
「箱に書いてねぇ!」
「普通、残り本数なんか書いてないよ!」
文化展。
前日。
昨日。
印刷所への冊子入稿を。
完全に。
忘れていた。
結果。
自主制作。
A4。
両面。
中央折り。
十二ページ。
予定部数。
三十。
「三十冊」
航平。
「手で?」
「手で」
「折る?」
「折る」
「ホチキス?」
「する」
「……」
「文化祭じゃん」
カナコ。
「文化展だよ」
「ほぼ同じ」
「違う!」
⸻
テーブル。
紙。
山。
「待って」
ますみ。
「これ」
「順番」
「違う」
「え」
藍。
「笑花」
「いきなり」
「帰ってきてる」
「……」
冊子。
開く。
一ページ。
道。
二ページ。
食堂。
三ページ。
戻る。
四ページ。
最初の出発。
「……」
全員。
止まる。
「何で?」
航平。
「両面印刷」
レン。
「面付け」
「……」
「何それ」
ますみ。
「冊子にすると」
「ページ順」
「そのまま印刷じゃない」
「……」
「じゃあ」
全部。
印刷。
済み。
百八十枚。
「……」
木戸。
朝食。
トースト。
「逆から読めば?」
「出てけ!」
全員。
⸻
「待て待て」
レン。
紙。
確認。
「全部ダメじゃない」
「何が」
「これ」
「折り方」
「逆」
「……」
「え?」
「印刷じゃない」
「昨日」
「試作した時」
「折る方向」
「逆で確認した」
「……」
紙。
折り直す。
一ページ。
笑花。
道端。
二ページ。
人。
三ページ。
出る。
「合ってる!」
藍。
「誰!?」
「最初に折ったの!」
全員。
敦を見る。
「え!?」
「俺!?」
「岡野さん」
ますみ。
「昨日」
『手伝います』
「って」
「……」
「すみません!」
「百八十枚!」
「すみません!」
「いや」
レン。
「まだ」
「折り直せる」
「良かった!」
「岡野」
前原。
「何でも」
「すぐ手ぇ出すな」
「はい……」
「でも」
前原。
紙。
一枚。
取る。
「これ」
「どう折る」
「ヨシさん」
「手伝うんですか」
「うるせぇ」
⸻
午前八時。
折る。
折る。
折る。
グエン。
「コレ」
「オモシロイ!」
「最初だけだよ」
航平。
「三十冊やったら」
「嫌になる」
「ダイジョウブ!」
十分後。
「ツカレタ!」
「早い!」
⸻
和子。
定規。
使う。
きれい。
「和子さん」
ますみ。
「速い」
「昔」
「町内会で」
「こういうの」
「いっぱいやったから」
「……」
「町内会」
「強い」
「何でもあるな」
レン。
「人生経験」
「舐めないの」
⸻
午前八時二十二分。
隼人。
起きてくる。
「何これ」
「冊子」
「地獄」
「手伝う?」
「朝飯食ってから」
「正解」
翔太。
制服。
今日は。
二日目。
「翔太」
隼人。
「何」
「今日」
「レジ?」
「多分」
「怖い?」
「怖い」
「逃げる?」
「今は」
「行く」
「そうか」
「隼人は?」
「何が」
「倉庫」
「来週」
「怖い?」
「怖い」
「逃げる?」
「今は」
「行く」
二人。
少し。
笑う。
「同じじゃん」
「ですね」
⸻
翔太。
靴。
履く。
「行ってきます」
今日。
昨日より。
少し。
普通。
「行ってらっしゃい」
敦。
「レジ」
前原。
「金間違えんな」
「プレッシャーかけないでください!」
「分かんなきゃ聞け」
「……」
翔太。
少し。
止まる。
「はい」
出る。
⸻
午前九時半。
文化展会場。
旧公民館。
搬入。
「そこ」
「違います!」
スタッフ。
「え」
航平。
「B区画は」
「二階です」
「……」
全員。
見る。
荷物。
パネル。
箱。
スピーカー。
冊子。
看板。
そして。
階段。
「エレベーター」
レン。
「ありません」
「……」
グエン。
「モツ!」
「待って!」
「一人で行くな!」
パネル。
二枚。
両脇。
「グエン!」
「見えないだろ!」
「ダイジョウブ!」
「大丈夫じゃない!」
⸻
二階。
B区画。
思ったより。
狭い。
「……」
ますみ。
図面。
見る。
現実。
見る。
「違う」
「何が」
藍。
「壁」
「短い」
レン。
「図面通り」
「でも」
「隣の作品」
「こっちまで」
「出てる」
隣。
地域写真クラブ。
大判写真。
山。
祭り。
桜。
「規定内?」
航平。
「ギリ」
「……」
ますみ。
予定。
中央。
笑花。
右。
地図。
左。
文章。
その横。
音。
入らない。
「どうする」
藍。
「……」
ますみ。
考える。
「地図」
「下」
「低くない?」
「子どもなら」
「見やすい」
「……」
航平。
「あり」
「文章」
「中央じゃなくて」
「入口」
「最初に読む?」
「読まなくても」
「いい」
「じゃあ」
「端」
「……」
「音」
「椅子の横」
カナコ。
「スピーカー」
「足元」
「蹴られる」
「じゃあ」
「棚」
「借りられるか聞く」
敦。
「行ってきます」
前原。
「待て」
「え」
「何でも」
「勝手に動くな」
「……」
「スタッフに」
「誰が聞く」
「俺が」
「なら行け」
「はい!」
「結局行くんじゃん」
木戸。
「お前は何で来た」
「応援」
「働け!」
⸻
午前十時十五分。
隣の。
写真クラブ。
男性。
七十代くらい。
「若い人の作品?」
「はい」
ますみ。
「漫画?」
「……」
「多分」
「多分?」
「絵と」
「文章と」
「音」
「ほう」
「何の話」
ますみ。
一瞬。
止まる。
「帰る場所」
「……」
「帰る場所?」
「なくした子が」
「いろんなところ」
「行く話」
「最後は」
「帰るの?」
「……」
以前なら。
答えに。
困った。
今も。
困る。
「分かりません」
「作者なのに?」
「はい」
男性。
一瞬。
ますみを見る。
そして。
笑う。
「面白いね」
「……」
「作者も」
「知らないんだ」
「はい」
「じゃあ」
「見た人が」
「勝手に考えていい?」
ますみ。
少し。
考える。
「……はい」
「多分」
「また多分」
「はい」
⸻
展示。
始める。
最初。
笑花。
壁。
貼る。
大判。
昨日。
印刷所で見た時より。
さらに。
大きく見える。
公の場所。
だから。
「……」
ますみ。
少し。
後ろ。
下がる。
「怖い?」
藍。
「うん」
「外す?」
「……」
「今は」
「外さない」
「分かった」
それだけ。
⸻
午前十一時。
事務所。
電話。
前原の。
スマートフォン。
文化展会場。
着信。
森川。
「……」
前原。
少し。
人の少ない。
廊下。
出る。
「何だ」
『今、大丈夫ですか』
「まあ」
『……』
「何だよ」
『美月が』
前原。
黙る。
『高瀬さんに』
『会ってみたいって』
「……そうか」
『昨日から』
『何回か言ってて』
「ユウは」
『会わない』
「そうか」
『はい』
「じゃあ」
「ユウは」
「来なくていい」
『……』
「何だ」
『いや』
『そう言うと思ってました』
「なら聞くな」
『すみません』
「謝るな」
⸻
『前原さん』
「何だ」
『俺』
『美月に』
『本当にいいのかって』
『何回も聞いちゃって』
「……」
『そしたら』
『怒られました』
「何て」
『何回聞くのって』
前原。
少し。
笑う。
「そりゃ怒る」
『ですよね』
「一回聞きゃ」
「十分だろ」
『でも』
『怖くないのかとか』
『無理してないかとか』
「怖いって」
「言ってたんだろ」
『はい』
「じゃあ」
「怖いんだろ」
『……』
「怖くても」
「会うって」
「言ってんだろ」
『はい』
「なら」
「それでいい」
⸻
『途中で』
『嫌になったら』
「帰ればいい」
『……』
「会ったから」
「最後まで」
「座ってなきゃいけねぇ」
「決まりでもあんのか」
『ないです』
「じゃあ」
「出口」
「近い席にしろ」
『出口?』
「帰りたくなった時」
「すぐ帰れるだろ」
『……』
「あと」
「高瀬にも」
「先に言っとけ」
「質問攻めすんな」
「謝罪大会にすんな」
「返事求めんな」
『はい』
「美月が」
「何も話さなくても」
「それで終わり」
『……はい』
⸻
『場所』
「ひだまり」
『俺も』
「いろ」
『ユウは』
「来ません」
「だから」
「それでいいって」
前原。
少し。
声。
落とす。
「森川」
『はい』
「美月が会うことと」
「ユウが会わねぇこと」
「比べんなよ」
『……』
「美月が」
「一歩進んだとか」
「ユウが」
「止まってるとか」
「そういう話に」
「すんな」
『はい』
「別々だ」
『……はい』
⸻
電話。
切れる。
前原。
廊下。
少し。
立つ。
「ヨシさん」
敦。
棚。
借りて。
持ってくる。
「森川さん?」
「ああ」
「……」
「美月」
「高瀬に」
「会うってよ」
敦。
足。
止まる。
「ユウは?」
「会わねぇ」
「……」
「そうですか」
「何だ」
「いや」
敦。
少し。
考える。
「良かった」
前原。
眉。
「何が」
「二人が」
「別の答えでも」
「いいんだなって」
「……」
「当たり前だろ」
「でも」
「前の俺なら」
「美月が会うなら」
「ユウも」
「そのうちって」
「思ったかもしれない」
「……」
「今は?」
「ユウは」
「今は会わない」
「それだけです」
前原。
「なら」
「棚運べ」
「はい」
⸻
昼。
ひだまり。
恵子。
高瀬から。
連絡。
「……」
神谷。
鍋。
火。
弱める。
「どうしました」
「美月ちゃん」
「高瀬さんと」
「会うって」
「……」
「そうですか」
「ユウ君は」
「来ない」
「はい」
「……」
「何作ろう」
「普通で」
「いいんじゃないですか」
「でも」
「子ども来るし」
「普通で」
「……」
「カレー?」
「昨日も」
「カレーでした」
「じゃあ」
「うどん」
「それで」
恵子。
少し。
落ち着く。
⸻
午後一時。
高瀬。
施設。
スマートフォン。
森川から。
短い連絡。
美月が会いたいと言っています。
その一行。
何度。
読む。
「……」
倉田。
廊下。
通る。
高瀬。
顔。
見られる。
「何かあった?」
「……」
「美月さんが」
「俺に」
「会いたいって」
倉田。
止まる。
「……そうか」
「はい」
「ユウ君は」
「会いません」
「そうか」
「……」
「俺」
「何を」
「言えば」
「……」
倉田。
少し。
考える。
「それを」
「私に聞くのか」
「……」
「すみません」
「いや」
倉田。
椅子。
見る。
「座る?」
「はい」
二人。
廊下脇。
⸻
「謝りたい?」
倉田。
「はい」
「何を」
「……」
高瀬。
詰まる。
「全部」
「それは」
「やめた方がいい」
「……」
「何で」
「全部という言葉は」
「楽だから」
高瀬。
倉田を見る。
「何が」
「悪かったか」
「一つずつ」
「考えなくて済む」
「……」
倉田。
自分自身へ。
言っているようでもあった。
「それに」
「美月さんは」
「君の謝罪を」
「受け取るために」
「来るとは限らない」
「……はい」
「聞きたいことが」
「あるかもしれない」
「……」
「何も」
「ないかもしれない」
「はい」
「なら」
「まず」
「会えばいい」
「……」
「それだけ?」
倉田。
少し。
笑う。
「前の私なら」
「もっと」
「立派なこと」
「言ったかもしれない」
「……」
「今は」
「分からない」
高瀬。
小さく。
「俺もです」
⸻
午後二時。
文化展会場。
「音」
カナコ。
「流れない」
「また!?」
レン。
「今度は何!」
「Wi-Fi」
「弱い」
「……」
「終わった」
「終わってない!」
昨日と。
同じ。
しかし。
今回は。
本番会場。
「スマホ回線」
敦。
「来場者」
「通信量」
「……」
「それ」
「ダメ」
カナコ。
「会場の端末」
「ある?」
「聞く」
レン。
「待って」
ますみ。
「音」
「なくても」
「作品」
「見れるよね」
カナコ。
少し。
止まる。
「……見れる」
「じゃあ」
「音」
「流れなかったら」
「終わりじゃない」
「……」
カナコ。
「でも」
「流したい」
「うん」
「じゃあ」
「考える」
「……」
カナコ。
少し。
笑う。
「それ」
「最近みんな」
「言うね」
⸻
結果。
小型。
音楽プレーヤー。
オフライン。
使用。
イヤホン。
二つ。
「衛生」
奈々恵。
「イヤーパッド」
「拭けるもの」
「買う」
「音量」
「小さめ」
「子ども」
「耳」
「注意」
「……」
レン。
「やること」
「増えた」
「あと一日」
「言うな!」
⸻
午後三時半。
冊子。
三十冊。
完成。
少し。
歪んでいる。
ホチキス。
ずれているものも。
一冊。
表紙。
上下。
逆。
「これ」
ますみ。
「木戸」
「何で分かる」
「顔」
「顔で決めるな!」
「グエンの真似」
「キド」
「グエンまで!」
逆。
一冊。
直す。
「……」
ますみ。
完成した。
冊子。
手。
乗せる。
「売る?」
レン。
「無料」
藍。
「予算」
「大丈夫?」
「イベント代」
「ある」
「……」
「全部」
「持ってっていい?」
ますみ。
「うん」
「でも」
「一人一冊」
「なくなったら」
「終わり」
「増刷は」
「文化展終わってから」
「……」
「終わったあと」
藍。
ますみを見る。
「うん」
「その時」
「考える」
⸻
午後五時。
搬入。
ほぼ。
完了。
展示。
少し。
離れて。
全員。
見る。
最初。
笑花。
道端。
人。
優しい。
でも。
笑花の。
「嫌だ」
を。
聞かない。
笑花。
逃げる。
迷う。
戻る。
食べる。
泣く。
また。
出る。
地図。
何本も。
線。
最後。
町。
笑花。
ほどけた。
靴紐。
説明。
この作品は、特定の人物の体験を再現したものではありません。
冊子。
小さな。
木箱。
音。
椅子。
イヤホン。
「……」
ますみ。
「できた」
「仮完成」
藍。
「まだ言う?」
「だって」
「明日」
「人が見る」
「……」
「そのあと」
「変わるかもしれない」
「じゃあ」
ますみ。
「仮完成」
「うん」
⸻
写真クラブの。
男性。
隣から。
「お疲れさん」
「お疲れ様です」
「明日」
「楽しみだね」
ますみ。
「……怖いです」
「そう?」
「はい」
「俺なんか」
「四十年」
「写真出してるけど」
「毎回怖いよ」
「……」
「四十年?」
「うん」
「じゃあ」
「慣れない?」
「慣れるところと」
「慣れないところがある」
男性。
自分の。
祭り写真。
見る。
「見せるってのは」
「そういうもんかもね」
「……」
「分かんないけど」
ますみ。
少し。
笑う。
「みんな」
「分かんないって」
「言う」
「便利だからね」
「……」
「でも」
男性。
「本当に分からんこと」
「多いよ」
「……」
「はい」
⸻
午後六時。
ひだまり。
高瀬。
到着。
早い。
「早いね」
恵子。
「すみません」
「謝らなくていい」
「……はい」
「座って」
「はい」
「うどん」
「食べる?」
「今?」
「今」
「……」
「後で」
「じゃあ」
「お茶」
「はい」
高瀬。
席。
選ぶ。
奥。
壁。
入口から。
遠い。
「……」
森川の。
言葉。
思い出す。
途中で。
帰りたくなったら。
高瀬。
立つ。
入口。
近い。
席。
移る。
恵子。
何も。
言わない。
⸻
午後六時十九分。
扉。
開く。
森川。
そして。
美月。
黄色い。
雨合羽ではない。
普通の。
パーカー。
スニーカー。
髪。
少し。
伸びた。
高瀬。
立つ。
「……」
美月。
入口。
止まる。
高瀬を見る。
森川。
「美月」
「うん」
「帰る?」
美月。
高瀬を。
見たまま。
「まだ」
「分かった」
高瀬。
何も。
言わない。
⸻
美月。
入口に。
一番近い。
椅子。
座る。
森川。
隣。
高瀬。
向かい。
少し。
距離。
ある。
「……」
高瀬。
「久しぶり」
言いかける。
でも。
やめる。
美月。
覚えているか。
分からない。
「……高瀬です」
「知ってる」
「……」
「森川さんから」
「聞いた」
「そっか」
また。
沈黙。
⸻
恵子。
奥。
うどん。
作る。
神谷。
何も。
覗かない。
店。
普通。
冷蔵庫。
音。
鍋。
湯気。
外。
自転車。
通る。
「……」
美月。
「高瀬さん」
「はい」
「私」
「聞きたいこと」
「ある」
「はい」
「……」
「何で」
高瀬。
手。
膝。
「うん」
「ユウに」
『書きなさい』
「って」
「言ってたの」
高瀬。
息。
止まる。
⸻
森川。
美月を見る。
止めない。
高瀬。
すぐ。
答えない。
「……」
「俺は」
高瀬。
「書くことが」
「役に立つと」
「思ってた」
「何に」
「自分が」
「何をしたか」
「考えるのに」
「……」
「俺も」
「昔」
「書いてたから」
「……」
「それで」
「俺は」
「助かったと思ってた」
美月。
「ユウも?」
「……」
高瀬。
首。
横。
「同じだと」
「思ってた」
「……」
「今は」
「違ったと思ってる」
「何で」
「ユウは」
「俺じゃないから」
「……」
「十歳だったから」
「……」
「それに」
「嫌だって」
「言えるような」
「やり方じゃなかった」
⸻
美月。
机。
見る。
「私」
「ジュース」
「こぼした時」
「……」
高瀬。
覚えている。
夏。
テーブル。
美月。
ジュース。
こぼす。
ユウ。
反射。
「ごめんなさい」
高瀬。
『どうするんだっけ?』
ユウ。
『書きます』
「……」
「覚えてる」
高瀬。
「私」
「あの時」
「ユウ」
「悪くないって」
「思ってた」
「……」
「私が」
「こぼしたから」
「うん」
「でも」
「ユウ」
「書いた」
「……」
「何で」
高瀬。
唇。
少し。
噛む。
「俺が」
「書くように」
「言ったから」
「……」
「それ」
「間違い?」
高瀬。
「……」
倉田の。
言葉。
全部。
という言葉は。
楽だから。
「その時」
「俺が」
「ユウに」
「書かせたことは」
「間違ってたと」
「思ってる」
美月。
高瀬を見る。
「思ってる?」
「……」
「うん」
「今は」
「そう思ってる」
⸻
「じゃあ」
美月。
「謝る?」
高瀬。
一瞬。
「……謝りたい」
「ユウに?」
「うん」
「私には?」
高瀬。
止まる。
「……」
「美月さんにも」
「何で」
「……」
高瀬。
考える。
「美月さんが」
「困ってた時」
「俺は」
「決まりを守らせることを」
「先に考えたことが」
「何度かあった」
「……」
「でも」
「美月さんが」
「何を嫌がってたか」
「ちゃんと」
「聞かなかった」
「……」
「それは」
「謝りたい」
美月。
「じゃあ」
「謝って」
高瀬。
少し。
息。
「……ごめんなさい」
頭。
下げる。
⸻
美月。
高瀬を見る。
「……」
数秒。
「うん」
高瀬。
顔。
上げる。
「……」
「それだけ?」
美月。
「え」
「何か」
「言わないの?」
「何を」
「許してとか」
高瀬。
少し。
驚く。
「言わない」
「何で」
「それは」
「美月さんが」
「決めることだから」
「……」
「私」
「分かんない」
「うん」
「許したか」
「分かんない」
「うん」
「……」
「それで」
「いいの?」
「いい」
美月。
少し。
高瀬を見る。
「変なの」
「……」
「俺も」
「最近」
「そう思う」
⸻
森川。
少し。
目。
伏せる。
何も。
言わない。
「高瀬さん」
美月。
「はい」
「ユウ」
「来ないって」
「聞いた?」
「聞いた」
「……」
「怒った?」
「怒ってない」
「悲しい?」
高瀬。
少し。
考える。
「……」
「会えたら」
「話したいとは」
「思う」
「……」
「でも」
「会わないって」
「言ってるなら」
「会わない」
「……」
「それだけ?」
「うん」
「……」
美月。
少し。
安心したように。
椅子。
背中。
預ける。
⸻
「うどん」
恵子。
少し。
離れたところ。
「食べる?」
美月。
「食べる」
「高瀬さん」
「俺も」
「森川さん」
「お願いします」
「はい」
神谷。
三つ。
運ぶ。
「熱いので」
「気をつけて」
「はい」
⸻
そこから。
しばらく。
話。
しなかった。
うどん。
食べる。
美月。
七味。
少し。
「それ辛いよ」
森川。
「大丈夫」
「前」
「辛いって」
「言ってたじゃん」
「今は」
「大丈夫」
「……」
高瀬。
少し。
笑う。
美月。
「何」
「いや」
「……」
「辛いの」
「食べられるように」
「なったんだなって」
「それだけ」
「……」
美月。
七味。
もう少し。
「入れすぎ」
森川。
「大丈夫」
一口。
「……辛い」
「ほら」
「水」
普通の。
時間。
高瀬は。
それを。
見ていた。
⸻
食後。
美月。
「帰る」
森川。
「うん」
高瀬。
立たない。
美月。
入口。
靴。
履く。
「高瀬さん」
「はい」
「また」
高瀬。
心臓。
少し。
動く。
「……」
美月。
「会うか」
「分かんない」
「うん」
「今日だけかも」
「うん」
「それでも?」
「大丈夫」
「……」
「じゃあ」
「バイバイ」
「バイバイ」
扉。
開く。
森川。
一度。
高瀬へ。
軽く。
頭。
下げる。
出る。
⸻
高瀬。
座ったまま。
「……」
恵子。
食器。
片付ける。
「どうだった」
「……」
「分かりません」
「そう」
「……」
「もっと」
「何か」
「言わないんですか」
「何を」
「良かったねとか」
「……」
恵子。
少し。
笑う。
「美月ちゃん」
「うどん」
「全部食べたね」
「……」
「はい」
「高瀬さんも」
「食べた」
「はい」
「じゃあ」
「今日は」
「それでいいんじゃない」
高瀬。
少し。
笑う。
「ここも」
「飯なんですね」
「飯は大事よ」
⸻
同じ頃。
森川の家。
ユウ。
一人では。
ない。
北村の。
支援ネットの。
若いスタッフが。
別室。
来ている。
森川が。
美月と出る前。
「一緒に来る?」
とは。
一度だけ。
聞いた。
ユウ。
「行かない」
森川。
「分かった」
それで。
終わり。
今。
ユウ。
ゲーム。
画面。
見ている。
「……」
スタッフ。
「腹減った?」
「ちょっと」
「焼きそば」
「作る?」
「作れるの」
「多分」
「多分?」
「失敗したら」
「別の食う」
ユウ。
少し。
笑う。
「じゃあ」
「作る」
⸻
午後八時。
事務所。
文化展組。
帰宅。
「疲れた」
レン。
「もう」
「何もしたくない」
「明日」
藍。
「本番」
「言うな!」
ますみ。
靴。
脱ぐ。
前原。
先に。
帰っている。
「美月」
「会ったぞ」
ますみ。
止まる。
「高瀬さんに?」
「ああ」
「ユウは?」
「行ってねぇ」
「……」
「どうだった」
「知らん」
「ヨシさん」
「いたの?」
「いねぇ」
「じゃあ」
「本当に知らないじゃん」
「だから知らんって言ってんだろ」
⸻
敦。
「森川さんから」
「何か」
「連絡」
「来た」
「何て」
「帰った」
「それだけ」
「……」
「それだけ?」
「あと」
『美月は今、アイス食ってます』
「……」
全員。
少し。
笑う。
「何味」
グエン。
「知らん」
「ソコ!」
「重要!?」
⸻
夜。
森川の家。
美月。
アイス。
チョコ。
ユウ。
焼きそば。
少し。
焦げた。
「どうだった」
ユウ。
自分から。
聞いた。
美月。
アイス。
食べながら。
「高瀬さん?」
「うん」
「……」
「普通」
「……」
「何それ」
「普通だった」
「謝った?」
「うん」
「……」
ユウ。
箸。
止まる。
「何て」
「ごめんなさい」
「……」
「それだけ?」
「うん」
「許した?」
美月。
「分かんない」
「……」
「そっか」
「うん」
美月。
アイス。
「ユウ」
「何」
「会わなくて」
「いいって」
「……」
「高瀬さん」
「言ってた」
ユウ。
何も。
言わない。
⸻
「別に」
少しして。
ユウ。
「会わない」
「うん」
「……」
「今は」
「うん」
美月。
それ以上。
何も。
言わない。
「美月」
「何」
「……」
「高瀬さん」
「変わってた?」
美月。
少し。
考える。
「分かんない」
「……」
「前の高瀬さん」
「そんなに」
「覚えてない」
「……」
「でも」
「今日の高瀬さんは」
「嫌じゃなかった」
ユウ。
「そっか」
「うん」
それだけ。
⸻
美月が。
会ったから。
ユウも。
会わなければならない。
そんな。
扉は。
どこにも。
なかった。
美月が。
許したかどうか。
それも。
今日。
決めなくていい。
高瀬が。
変わったかどうか。
それを。
子どもたちが。
判定する必要もない。
会いたい人は。
会う。
会いたくない人は。
会わない。
会った人も。
途中で。
帰っていい。
会わなかった人も。
明日。
気が変わっていい。
変わらなくても。
いい。
その選択を。
誰かが。
「成長」
と。
勝手に。
採点しない。
それだけで。
以前とは。
少し。
違っていた。
⸻
そして。
高架下。
事務所。
夜十一時十二分。
「寝ろ!」
前原。
「待って!」
レン。
「イヤホン!」
「何だ!」
「会場に」
「置いてきた!」
「置いてきていいんだろ!」
「充電器!」
「……」
全員。
止まる。
「充電器」
カナコ。
「どこ」
「……」
敦。
「ここ」
机。
「何で!?」
「持って帰ってきた?」
「多分」
「岡野さん!」
「すみません!」
「明日」
「持ってけばいいだろ!」
前原。
「もう寝ろ!」
「でも!」
「寝不足で」
「明日倒れたら」
「作品どころじゃねぇ!」
和子。
「正義」
「何」
「あなたも声大きい」
「……」
「はい」
⸻
電気。
一つずつ。
消える。
ますみ。
最後。
スケッチブック。
開く。
描く。
笑花。
道。
二つ。
分かれている。
右。
一人。
歩く人。
左。
誰かと。
歩く人。
でも。
どちらにも。
笑花は。
いない。
「……」
藍。
横。
「笑花は?」
「まだ」
「決めてない」
「どっち行くか?」
「違う」
「……」
「今日は」
「どっちも」
「行かないかも」
「……」
藍。
少し。
笑う。
「それもあり?」
「うん」
ますみ。
ページ。
閉じる。
「明日」
「考える」
⸻
後書き
第78話でした。
今回は、美月と高瀬の再会です。
ただし、これを「和解回」にはしませんでした。
美月は高瀬へ直接、
「何でユウに書きなさいって言ってたの?」
と聞きます。
高瀬は「全部悪かった」とまとめず、あの時ユウに反省を書かせたことについて、自分は間違っていたと思う、と具体的に答える。
そして謝る。
でも、
「許してほしい」
とは言わない。
美月も、
「許したか分かんない」
で終わります。
それで十分です。
さらに重要なのがユウです。
美月が会ったことで、ユウの「会わない」が古い選択になったわけではありません。
ユウは今回も行かない。
そして美月から話を聞いたあとも、
「今は会わない」
と言う。
ただ、以前の完全な「会わない」から、「今は」という言葉が本人の中から自然に出るようにはなっています。
これは「近いうち会う」という予告ではありません。
明日も会わないかもしれない。
最後まで会わない可能性もある。
その選択も守る方向で進めます。
一方、文化展はいよいよ明日。
冊子は手作り。
展示は狭い。
音源はオフライン再生へ変更。
充電器はなぜか敦が持って帰る。
かなり文化祭前夜らしい状態になってきました(笑)。
次回、第79話。
いよいよ、
『笑花――帰る場所は、まだ分からない』文化展当日。
ここでは「大成功して拍手喝采」にはしません。
立ち止まる人。
素通りする人。
意味が分からない人。
泣く人。
「こういうの嫌い」と言う人。
冊子だけ持っていく子。
そして、以前商店街で笑花の絵を見たあの子もやって来ます。
作品が作者たちの手を離れ、見た人それぞれの『笑花』になっていく一日へ進みます。




