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WAY HOME ――行き場をなくした僕らの、小さな食卓――  作者: 和泉發仙


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78/105

会う人、会わない人

第78話 会う人、会わない人


前書き


「会いたい」


と、


「会いたくない」。


同じ出来事を経験した二人が、


同じ答えを出すとは限らない。


片方が前へ進んだからといって、


もう片方が遅れているわけでもない。


許した人が強いわけでも、


許さない人が弱いわけでもない。


そして。


会うことを選んだ人にも、


途中でやめる権利がある。


文化展前日。


慌ただしい一日の終わりに、


美月が自分で選んだ答えを口にする。


第78話です。


⸻


 午前七時三分。


 高架下の事務所。


「ホチキスが足りない」


 レン。


「何個ある?」


 藍。


「二個」


「あるじゃん」


「違う」


「針」


「……」


「何本」


「分からん」


「何で!?」


「箱に書いてねぇ!」


「普通、残り本数なんか書いてないよ!」


 文化展。


 前日。


 昨日。


 印刷所への冊子入稿を。


 完全に。


 忘れていた。


 結果。


 自主制作。


 A4。


 両面。


 中央折り。


 十二ページ。


 予定部数。


 三十。


「三十冊」


 航平。


「手で?」


「手で」


「折る?」


「折る」


「ホチキス?」


「する」


「……」


「文化祭じゃん」


 カナコ。


「文化展だよ」


「ほぼ同じ」


「違う!」


⸻


 テーブル。


 紙。


 山。


「待って」


 ますみ。


「これ」


「順番」


「違う」


「え」


 藍。


「笑花」


「いきなり」


「帰ってきてる」


「……」


 冊子。


 開く。


 一ページ。


 道。


 二ページ。


 食堂。


 三ページ。


 戻る。


 四ページ。


 最初の出発。


「……」


 全員。


 止まる。


「何で?」


 航平。


「両面印刷」


 レン。


「面付け」


「……」


「何それ」


 ますみ。


「冊子にすると」


「ページ順」


「そのまま印刷じゃない」


「……」


「じゃあ」


 全部。


 印刷。


 済み。


 百八十枚。


「……」


 木戸。


 朝食。


 トースト。


「逆から読めば?」


「出てけ!」


 全員。


⸻


「待て待て」


 レン。


 紙。


 確認。


「全部ダメじゃない」


「何が」


「これ」


「折り方」


「逆」


「……」


「え?」


「印刷じゃない」


「昨日」


「試作した時」


「折る方向」


「逆で確認した」


「……」


 紙。


 折り直す。


 一ページ。


 笑花。


 道端。


 二ページ。


 人。


 三ページ。


 出る。


「合ってる!」


 藍。


「誰!?」


「最初に折ったの!」


 全員。


 敦を見る。


「え!?」


「俺!?」


「岡野さん」


 ますみ。


「昨日」


『手伝います』


「って」


「……」


「すみません!」


「百八十枚!」


「すみません!」


「いや」


 レン。


「まだ」


「折り直せる」


「良かった!」


「岡野」


 前原。


「何でも」


「すぐ手ぇ出すな」


「はい……」


「でも」


 前原。


 紙。


 一枚。


 取る。


「これ」


「どう折る」


「ヨシさん」


「手伝うんですか」


「うるせぇ」


⸻


 午前八時。


 折る。


 折る。


 折る。


 グエン。


「コレ」


「オモシロイ!」


「最初だけだよ」


 航平。


「三十冊やったら」


「嫌になる」


「ダイジョウブ!」


 十分後。


「ツカレタ!」


「早い!」


⸻


 和子。


 定規。


 使う。


 きれい。


「和子さん」


 ますみ。


「速い」


「昔」


「町内会で」


「こういうの」


「いっぱいやったから」


「……」


「町内会」


「強い」


「何でもあるな」


 レン。


「人生経験」


「舐めないの」


⸻


 午前八時二十二分。


 隼人。


 起きてくる。


「何これ」


「冊子」


「地獄」


「手伝う?」


「朝飯食ってから」


「正解」


 翔太。


 制服。


 今日は。


 二日目。


「翔太」


 隼人。


「何」


「今日」


「レジ?」


「多分」


「怖い?」


「怖い」


「逃げる?」


「今は」


「行く」


「そうか」


「隼人は?」


「何が」


「倉庫」


「来週」


「怖い?」


「怖い」


「逃げる?」


「今は」


「行く」


 二人。


 少し。


 笑う。


「同じじゃん」


「ですね」


⸻


 翔太。


 靴。


 履く。


「行ってきます」


 今日。


 昨日より。


 少し。


 普通。


「行ってらっしゃい」


 敦。


「レジ」


 前原。


「金間違えんな」


「プレッシャーかけないでください!」


「分かんなきゃ聞け」


「……」


 翔太。


 少し。


 止まる。


「はい」


 出る。


⸻


 午前九時半。


 文化展会場。


 旧公民館。


 搬入。


「そこ」


「違います!」


 スタッフ。


「え」


 航平。


「B区画は」


「二階です」


「……」


 全員。


 見る。


 荷物。


 パネル。


 箱。


 スピーカー。


 冊子。


 看板。


 そして。


 階段。


「エレベーター」


 レン。


「ありません」


「……」


 グエン。


「モツ!」


「待って!」


「一人で行くな!」


 パネル。


 二枚。


 両脇。


「グエン!」


「見えないだろ!」


「ダイジョウブ!」


「大丈夫じゃない!」


⸻


 二階。


 B区画。


 思ったより。


 狭い。


「……」


 ますみ。


 図面。


 見る。


 現実。


 見る。


「違う」


「何が」


 藍。


「壁」


「短い」


 レン。


「図面通り」


「でも」


「隣の作品」


「こっちまで」


「出てる」


 隣。


 地域写真クラブ。


 大判写真。


 山。


 祭り。


 桜。


「規定内?」


 航平。


「ギリ」


「……」


 ますみ。


 予定。


 中央。


 笑花。


 右。


 地図。


 左。


 文章。


 その横。


 音。


 入らない。


「どうする」


 藍。


「……」


 ますみ。


 考える。


「地図」


「下」


「低くない?」


「子どもなら」


「見やすい」


「……」


 航平。


「あり」


「文章」


「中央じゃなくて」


「入口」


「最初に読む?」


「読まなくても」


「いい」


「じゃあ」


「端」


「……」


「音」


「椅子の横」


 カナコ。


「スピーカー」


「足元」


「蹴られる」


「じゃあ」


「棚」


「借りられるか聞く」


 敦。


「行ってきます」


 前原。


「待て」


「え」


「何でも」


「勝手に動くな」


「……」


「スタッフに」


「誰が聞く」


「俺が」


「なら行け」


「はい!」


「結局行くんじゃん」


 木戸。


「お前は何で来た」


「応援」


「働け!」


⸻


 午前十時十五分。


 隣の。


 写真クラブ。


 男性。


 七十代くらい。


「若い人の作品?」


「はい」


 ますみ。


「漫画?」


「……」


「多分」


「多分?」


「絵と」


「文章と」


「音」


「ほう」


「何の話」


 ますみ。


 一瞬。


 止まる。


「帰る場所」


「……」


「帰る場所?」


「なくした子が」


「いろんなところ」


「行く話」


「最後は」


「帰るの?」


「……」


 以前なら。


 答えに。


 困った。


 今も。


 困る。


「分かりません」


「作者なのに?」


「はい」


 男性。


 一瞬。


 ますみを見る。


 そして。


 笑う。


「面白いね」


「……」


「作者も」


「知らないんだ」


「はい」


「じゃあ」


「見た人が」


「勝手に考えていい?」


 ますみ。


 少し。


 考える。


「……はい」


「多分」


「また多分」


「はい」


⸻


 展示。


 始める。


 最初。


 笑花。


 壁。


 貼る。


 大判。


 昨日。


 印刷所で見た時より。


 さらに。


 大きく見える。


 公の場所。


 だから。


「……」


 ますみ。


 少し。


 後ろ。


 下がる。


「怖い?」


 藍。


「うん」


「外す?」


「……」


「今は」


「外さない」


「分かった」


 それだけ。


⸻


 午前十一時。


 事務所。


 電話。


 前原の。


 スマートフォン。


 文化展会場。


 着信。


 森川。


「……」


 前原。


 少し。


 人の少ない。


 廊下。


 出る。


「何だ」


『今、大丈夫ですか』


「まあ」


『……』


「何だよ」


『美月が』


 前原。


 黙る。


『高瀬さんに』


『会ってみたいって』


「……そうか」


『昨日から』


『何回か言ってて』


「ユウは」


『会わない』


「そうか」


『はい』


「じゃあ」


「ユウは」


「来なくていい」


『……』


「何だ」


『いや』


『そう言うと思ってました』


「なら聞くな」


『すみません』


「謝るな」


⸻


『前原さん』


「何だ」


『俺』


『美月に』


『本当にいいのかって』


『何回も聞いちゃって』


「……」


『そしたら』


『怒られました』


「何て」


『何回聞くのって』


 前原。


 少し。


 笑う。


「そりゃ怒る」


『ですよね』


「一回聞きゃ」


「十分だろ」


『でも』


『怖くないのかとか』


『無理してないかとか』


「怖いって」


「言ってたんだろ」


『はい』


「じゃあ」


「怖いんだろ」


『……』


「怖くても」


「会うって」


「言ってんだろ」


『はい』


「なら」


「それでいい」


⸻


『途中で』


『嫌になったら』


「帰ればいい」


『……』


「会ったから」


「最後まで」


「座ってなきゃいけねぇ」


「決まりでもあんのか」


『ないです』


「じゃあ」


「出口」


「近い席にしろ」


『出口?』


「帰りたくなった時」


「すぐ帰れるだろ」


『……』


「あと」


「高瀬にも」


「先に言っとけ」


「質問攻めすんな」


「謝罪大会にすんな」


「返事求めんな」


『はい』


「美月が」


「何も話さなくても」


「それで終わり」


『……はい』


⸻


『場所』


「ひだまり」


『俺も』


「いろ」


『ユウは』


「来ません」


「だから」


「それでいいって」


 前原。


 少し。


 声。


 落とす。


「森川」


『はい』


「美月が会うことと」


「ユウが会わねぇこと」


「比べんなよ」


『……』


「美月が」


「一歩進んだとか」


「ユウが」


「止まってるとか」


「そういう話に」


「すんな」


『はい』


「別々だ」


『……はい』


⸻


 電話。


 切れる。


 前原。


 廊下。


 少し。


 立つ。


「ヨシさん」


 敦。


 棚。


 借りて。


 持ってくる。


「森川さん?」


「ああ」


「……」


「美月」


「高瀬に」


「会うってよ」


 敦。


 足。


 止まる。


「ユウは?」


「会わねぇ」


「……」


「そうですか」


「何だ」


「いや」


 敦。


 少し。


 考える。


「良かった」


 前原。


 眉。


「何が」


「二人が」


「別の答えでも」


「いいんだなって」


「……」


「当たり前だろ」


「でも」


「前の俺なら」


「美月が会うなら」


「ユウも」


「そのうちって」


「思ったかもしれない」


「……」


「今は?」


「ユウは」


「今は会わない」


「それだけです」


 前原。


「なら」


「棚運べ」


「はい」


⸻


 昼。


 ひだまり。


 恵子。


 高瀬から。


 連絡。


「……」


 神谷。


 鍋。


 火。


 弱める。


「どうしました」


「美月ちゃん」


「高瀬さんと」


「会うって」


「……」


「そうですか」


「ユウ君は」


「来ない」


「はい」


「……」


「何作ろう」


「普通で」


「いいんじゃないですか」


「でも」


「子ども来るし」


「普通で」


「……」


「カレー?」


「昨日も」


「カレーでした」


「じゃあ」


「うどん」


「それで」


 恵子。


 少し。


 落ち着く。


⸻


 午後一時。


 高瀬。


 施設。


 スマートフォン。


 森川から。


 短い連絡。


美月が会いたいと言っています。


 その一行。


 何度。


 読む。


「……」


 倉田。


 廊下。


 通る。


 高瀬。


 顔。


 見られる。


「何かあった?」


「……」


「美月さんが」


「俺に」


「会いたいって」


 倉田。


 止まる。


「……そうか」


「はい」


「ユウ君は」


「会いません」


「そうか」


「……」


「俺」


「何を」


「言えば」


「……」


 倉田。


 少し。


 考える。


「それを」


「私に聞くのか」


「……」


「すみません」


「いや」


 倉田。


 椅子。


 見る。


「座る?」


「はい」


 二人。


 廊下脇。


⸻


「謝りたい?」


 倉田。


「はい」


「何を」


「……」


 高瀬。


 詰まる。


「全部」


「それは」


「やめた方がいい」


「……」


「何で」


「全部という言葉は」


「楽だから」


 高瀬。


 倉田を見る。


「何が」


「悪かったか」


「一つずつ」


「考えなくて済む」


「……」


 倉田。


 自分自身へ。


 言っているようでもあった。


「それに」


「美月さんは」


「君の謝罪を」


「受け取るために」


「来るとは限らない」


「……はい」


「聞きたいことが」


「あるかもしれない」


「……」


「何も」


「ないかもしれない」


「はい」


「なら」


「まず」


「会えばいい」


「……」


「それだけ?」


 倉田。


 少し。


 笑う。


「前の私なら」


「もっと」


「立派なこと」


「言ったかもしれない」


「……」


「今は」


「分からない」


 高瀬。


 小さく。


「俺もです」


⸻


 午後二時。


 文化展会場。


「音」


 カナコ。


「流れない」


「また!?」


 レン。


「今度は何!」


「Wi-Fi」


「弱い」


「……」


「終わった」


「終わってない!」


 昨日と。


 同じ。


 しかし。


 今回は。


 本番会場。


「スマホ回線」


 敦。


「来場者」


「通信量」


「……」


「それ」


「ダメ」


 カナコ。


「会場の端末」


「ある?」


「聞く」


 レン。


「待って」


 ますみ。


「音」


「なくても」


「作品」


「見れるよね」


 カナコ。


 少し。


 止まる。


「……見れる」


「じゃあ」


「音」


「流れなかったら」


「終わりじゃない」


「……」


 カナコ。


「でも」


「流したい」


「うん」


「じゃあ」


「考える」


「……」


 カナコ。


 少し。


 笑う。


「それ」


「最近みんな」


「言うね」


⸻


 結果。


 小型。


 音楽プレーヤー。


 オフライン。


 使用。


 イヤホン。


 二つ。


「衛生」


 奈々恵。


「イヤーパッド」


「拭けるもの」


「買う」


「音量」


「小さめ」


「子ども」


「耳」


「注意」


「……」


 レン。


「やること」


「増えた」


「あと一日」


「言うな!」


⸻


 午後三時半。


 冊子。


 三十冊。


 完成。


 少し。


 歪んでいる。


 ホチキス。


 ずれているものも。


 一冊。


 表紙。


 上下。


 逆。


「これ」


 ますみ。


「木戸」


「何で分かる」


「顔」


「顔で決めるな!」


「グエンの真似」


「キド」


「グエンまで!」


 逆。


 一冊。


 直す。


「……」


 ますみ。


 完成した。


 冊子。


 手。


 乗せる。


「売る?」


 レン。


「無料」


 藍。


「予算」


「大丈夫?」


「イベント代」


「ある」


「……」


「全部」


「持ってっていい?」


 ますみ。


「うん」


「でも」


「一人一冊」


「なくなったら」


「終わり」


「増刷は」


「文化展終わってから」


「……」


「終わったあと」


 藍。


 ますみを見る。


「うん」


「その時」


「考える」


⸻


 午後五時。


 搬入。


 ほぼ。


 完了。


 展示。


 少し。


 離れて。


 全員。


 見る。


 最初。


 笑花。


 道端。


 人。


 優しい。


 でも。


 笑花の。


「嫌だ」


 を。


 聞かない。


 笑花。


 逃げる。


 迷う。


 戻る。


 食べる。


 泣く。


 また。


 出る。


 地図。


 何本も。


 線。


 最後。


 町。


 笑花。


 ほどけた。


 靴紐。


 説明。


この作品は、特定の人物の体験を再現したものではありません。


 冊子。


 小さな。


 木箱。


 音。


 椅子。


 イヤホン。


「……」


 ますみ。


「できた」


「仮完成」


 藍。


「まだ言う?」


「だって」


「明日」


「人が見る」


「……」


「そのあと」


「変わるかもしれない」


「じゃあ」


 ますみ。


「仮完成」


「うん」


⸻


 写真クラブの。


 男性。


 隣から。


「お疲れさん」


「お疲れ様です」


「明日」


「楽しみだね」


 ますみ。


「……怖いです」


「そう?」


「はい」


「俺なんか」


「四十年」


「写真出してるけど」


「毎回怖いよ」


「……」


「四十年?」


「うん」


「じゃあ」


「慣れない?」


「慣れるところと」


「慣れないところがある」


 男性。


 自分の。


 祭り写真。


 見る。


「見せるってのは」


「そういうもんかもね」


「……」


「分かんないけど」


 ますみ。


 少し。


 笑う。


「みんな」


「分かんないって」


「言う」


「便利だからね」


「……」


「でも」


 男性。


「本当に分からんこと」


「多いよ」


「……」


「はい」


⸻


 午後六時。


 ひだまり。


 高瀬。


 到着。


 早い。


「早いね」


 恵子。


「すみません」


「謝らなくていい」


「……はい」


「座って」


「はい」


「うどん」


「食べる?」


「今?」


「今」


「……」


「後で」


「じゃあ」


「お茶」


「はい」


 高瀬。


 席。


 選ぶ。


 奥。


 壁。


 入口から。


 遠い。


「……」


 森川の。


 言葉。


 思い出す。


 途中で。


 帰りたくなったら。


 高瀬。


 立つ。


 入口。


 近い。


 席。


 移る。


 恵子。


 何も。


 言わない。


⸻


 午後六時十九分。


 扉。


 開く。


 森川。


 そして。


 美月。


 黄色い。


 雨合羽ではない。


 普通の。


 パーカー。


 スニーカー。


 髪。


 少し。


 伸びた。


 高瀬。


 立つ。


「……」


 美月。


 入口。


 止まる。


 高瀬を見る。


 森川。


「美月」


「うん」


「帰る?」


 美月。


 高瀬を。


 見たまま。


「まだ」


「分かった」


 高瀬。


 何も。


 言わない。


⸻


 美月。


 入口に。


 一番近い。


 椅子。


 座る。


 森川。


 隣。


 高瀬。


 向かい。


 少し。


 距離。


 ある。


「……」


 高瀬。


「久しぶり」


 言いかける。


 でも。


 やめる。


 美月。


 覚えているか。


 分からない。


「……高瀬です」


「知ってる」


「……」


「森川さんから」


「聞いた」


「そっか」


 また。


 沈黙。


⸻


 恵子。


 奥。


 うどん。


 作る。


 神谷。


 何も。


 覗かない。


 店。


 普通。


 冷蔵庫。


 音。


 鍋。


 湯気。


 外。


 自転車。


 通る。


「……」


 美月。


「高瀬さん」


「はい」


「私」


「聞きたいこと」


「ある」


「はい」


「……」


「何で」


 高瀬。


 手。


 膝。


「うん」


「ユウに」


『書きなさい』


「って」


「言ってたの」


 高瀬。


 息。


 止まる。


⸻


 森川。


 美月を見る。


 止めない。


 高瀬。


 すぐ。


 答えない。


「……」


「俺は」


 高瀬。


「書くことが」


「役に立つと」


「思ってた」


「何に」


「自分が」


「何をしたか」


「考えるのに」


「……」


「俺も」


「昔」


「書いてたから」


「……」


「それで」


「俺は」


「助かったと思ってた」


 美月。


「ユウも?」


「……」


 高瀬。


 首。


 横。


「同じだと」


「思ってた」


「……」


「今は」


「違ったと思ってる」


「何で」


「ユウは」


「俺じゃないから」


「……」


「十歳だったから」


「……」


「それに」


「嫌だって」


「言えるような」


「やり方じゃなかった」


⸻


 美月。


 机。


 見る。


「私」


「ジュース」


「こぼした時」


「……」


 高瀬。


 覚えている。


 夏。


 テーブル。


 美月。


 ジュース。


 こぼす。


 ユウ。


 反射。


「ごめんなさい」


 高瀬。


『どうするんだっけ?』


 ユウ。


『書きます』


「……」


「覚えてる」


 高瀬。


「私」


「あの時」


「ユウ」


「悪くないって」


「思ってた」


「……」


「私が」


「こぼしたから」


「うん」


「でも」


「ユウ」


「書いた」


「……」


「何で」


 高瀬。


 唇。


 少し。


 噛む。


「俺が」


「書くように」


「言ったから」


「……」


「それ」


「間違い?」


 高瀬。


「……」


 倉田の。


 言葉。


 全部。


 という言葉は。


 楽だから。


「その時」


「俺が」


「ユウに」


「書かせたことは」


「間違ってたと」


「思ってる」


 美月。


 高瀬を見る。


「思ってる?」


「……」


「うん」


「今は」


「そう思ってる」


⸻


「じゃあ」


 美月。


「謝る?」


 高瀬。


 一瞬。


「……謝りたい」


「ユウに?」


「うん」


「私には?」


 高瀬。


 止まる。


「……」


「美月さんにも」


「何で」


「……」


 高瀬。


 考える。


「美月さんが」


「困ってた時」


「俺は」


「決まりを守らせることを」


「先に考えたことが」


「何度かあった」


「……」


「でも」


「美月さんが」


「何を嫌がってたか」


「ちゃんと」


「聞かなかった」


「……」


「それは」


「謝りたい」


 美月。


「じゃあ」


「謝って」


 高瀬。


 少し。


 息。


「……ごめんなさい」


 頭。


 下げる。


⸻


 美月。


 高瀬を見る。


「……」


 数秒。


「うん」


 高瀬。


 顔。


 上げる。


「……」


「それだけ?」


 美月。


「え」


「何か」


「言わないの?」


「何を」


「許してとか」


 高瀬。


 少し。


 驚く。


「言わない」


「何で」


「それは」


「美月さんが」


「決めることだから」


「……」


「私」


「分かんない」


「うん」


「許したか」


「分かんない」


「うん」


「……」


「それで」


「いいの?」


「いい」


 美月。


 少し。


 高瀬を見る。


「変なの」


「……」


「俺も」


「最近」


「そう思う」


⸻


 森川。


 少し。


 目。


 伏せる。


 何も。


 言わない。


「高瀬さん」


 美月。


「はい」


「ユウ」


「来ないって」


「聞いた?」


「聞いた」


「……」


「怒った?」


「怒ってない」


「悲しい?」


 高瀬。


 少し。


 考える。


「……」


「会えたら」


「話したいとは」


「思う」


「……」


「でも」


「会わないって」


「言ってるなら」


「会わない」


「……」


「それだけ?」


「うん」


「……」


 美月。


 少し。


 安心したように。


 椅子。


 背中。


 預ける。


⸻


「うどん」


 恵子。


 少し。


 離れたところ。


「食べる?」


 美月。


「食べる」


「高瀬さん」


「俺も」


「森川さん」


「お願いします」


「はい」


 神谷。


 三つ。


 運ぶ。


「熱いので」


「気をつけて」


「はい」


⸻


 そこから。


 しばらく。


 話。


 しなかった。


 うどん。


 食べる。


 美月。


 七味。


 少し。


「それ辛いよ」


 森川。


「大丈夫」


「前」


「辛いって」


「言ってたじゃん」


「今は」


「大丈夫」


「……」


 高瀬。


 少し。


 笑う。


 美月。


「何」


「いや」


「……」


「辛いの」


「食べられるように」


「なったんだなって」


「それだけ」


「……」


 美月。


 七味。


 もう少し。


「入れすぎ」


 森川。


「大丈夫」


 一口。


「……辛い」


「ほら」


「水」


 普通の。


 時間。


 高瀬は。


 それを。


 見ていた。


⸻


 食後。


 美月。


「帰る」


 森川。


「うん」


 高瀬。


 立たない。


 美月。


 入口。


 靴。


 履く。


「高瀬さん」


「はい」


「また」


 高瀬。


 心臓。


 少し。


 動く。


「……」


 美月。


「会うか」


「分かんない」


「うん」


「今日だけかも」


「うん」


「それでも?」


「大丈夫」


「……」


「じゃあ」


「バイバイ」


「バイバイ」


 扉。


 開く。


 森川。


 一度。


 高瀬へ。


 軽く。


 頭。


 下げる。


 出る。


⸻


 高瀬。


 座ったまま。


「……」


 恵子。


 食器。


 片付ける。


「どうだった」


「……」


「分かりません」


「そう」


「……」


「もっと」


「何か」


「言わないんですか」


「何を」


「良かったねとか」


「……」


 恵子。


 少し。


 笑う。


「美月ちゃん」


「うどん」


「全部食べたね」


「……」


「はい」


「高瀬さんも」


「食べた」


「はい」


「じゃあ」


「今日は」


「それでいいんじゃない」


 高瀬。


 少し。


 笑う。


「ここも」


「飯なんですね」


「飯は大事よ」


⸻


 同じ頃。


 森川の家。


 ユウ。


 一人では。


 ない。


 北村の。


 支援ネットの。


 若いスタッフが。


 別室。


 来ている。


 森川が。


 美月と出る前。


「一緒に来る?」


 とは。


 一度だけ。


 聞いた。


 ユウ。


「行かない」


 森川。


「分かった」


 それで。


 終わり。


 今。


 ユウ。


 ゲーム。


 画面。


 見ている。


「……」


 スタッフ。


「腹減った?」


「ちょっと」


「焼きそば」


「作る?」


「作れるの」


「多分」


「多分?」


「失敗したら」


「別の食う」


 ユウ。


 少し。


 笑う。


「じゃあ」


「作る」


⸻


 午後八時。


 事務所。


 文化展組。


 帰宅。


「疲れた」


 レン。


「もう」


「何もしたくない」


「明日」


 藍。


「本番」


「言うな!」


 ますみ。


 靴。


 脱ぐ。


 前原。


 先に。


 帰っている。


「美月」


「会ったぞ」


 ますみ。


 止まる。


「高瀬さんに?」


「ああ」


「ユウは?」


「行ってねぇ」


「……」


「どうだった」


「知らん」


「ヨシさん」


「いたの?」


「いねぇ」


「じゃあ」


「本当に知らないじゃん」


「だから知らんって言ってんだろ」


⸻


 敦。


「森川さんから」


「何か」


「連絡」


「来た」


「何て」


「帰った」


「それだけ」


「……」


「それだけ?」


「あと」


『美月は今、アイス食ってます』


「……」


 全員。


 少し。


 笑う。


「何味」


 グエン。


「知らん」


「ソコ!」


「重要!?」


⸻


 夜。


 森川の家。


 美月。


 アイス。


 チョコ。


 ユウ。


 焼きそば。


 少し。


 焦げた。


「どうだった」


 ユウ。


 自分から。


 聞いた。


 美月。


 アイス。


 食べながら。


「高瀬さん?」


「うん」


「……」


「普通」


「……」


「何それ」


「普通だった」


「謝った?」


「うん」


「……」


 ユウ。


 箸。


 止まる。


「何て」


「ごめんなさい」


「……」


「それだけ?」


「うん」


「許した?」


 美月。


「分かんない」


「……」


「そっか」


「うん」


 美月。


 アイス。


「ユウ」


「何」


「会わなくて」


「いいって」


「……」


「高瀬さん」


「言ってた」


 ユウ。


 何も。


 言わない。


⸻


「別に」


 少しして。


 ユウ。


「会わない」


「うん」


「……」


「今は」


「うん」


 美月。


 それ以上。


 何も。


 言わない。


「美月」


「何」


「……」


「高瀬さん」


「変わってた?」


 美月。


 少し。


 考える。


「分かんない」


「……」


「前の高瀬さん」


「そんなに」


「覚えてない」


「……」


「でも」


「今日の高瀬さんは」


「嫌じゃなかった」


 ユウ。


「そっか」


「うん」


 それだけ。


⸻


 美月が。


 会ったから。


 ユウも。


 会わなければならない。


 そんな。


 扉は。


 どこにも。


 なかった。


 美月が。


 許したかどうか。


 それも。


 今日。


 決めなくていい。


 高瀬が。


 変わったかどうか。


 それを。


 子どもたちが。


 判定する必要もない。


 会いたい人は。


 会う。


 会いたくない人は。


 会わない。


 会った人も。


 途中で。


 帰っていい。


 会わなかった人も。


 明日。


 気が変わっていい。


 変わらなくても。


 いい。


 その選択を。


 誰かが。


「成長」


 と。


 勝手に。


 採点しない。


 それだけで。


 以前とは。


 少し。


 違っていた。


⸻


 そして。


 高架下。


 事務所。


 夜十一時十二分。


「寝ろ!」


 前原。


「待って!」


 レン。


「イヤホン!」


「何だ!」


「会場に」


「置いてきた!」


「置いてきていいんだろ!」


「充電器!」


「……」


 全員。


 止まる。


「充電器」


 カナコ。


「どこ」


「……」


 敦。


「ここ」


 机。


「何で!?」


「持って帰ってきた?」


「多分」


「岡野さん!」


「すみません!」


「明日」


「持ってけばいいだろ!」


 前原。


「もう寝ろ!」


「でも!」


「寝不足で」


「明日倒れたら」


「作品どころじゃねぇ!」


 和子。


「正義」


「何」


「あなたも声大きい」


「……」


「はい」


⸻


 電気。


 一つずつ。


 消える。


 ますみ。


 最後。


 スケッチブック。


 開く。


 描く。


 笑花。


 道。


 二つ。


 分かれている。


 右。


 一人。


 歩く人。


 左。


 誰かと。


 歩く人。


 でも。


 どちらにも。


 笑花は。


 いない。


「……」


 藍。


 横。


「笑花は?」


「まだ」


「決めてない」


「どっち行くか?」


「違う」


「……」


「今日は」


「どっちも」


「行かないかも」


「……」


 藍。


 少し。


 笑う。


「それもあり?」


「うん」


 ますみ。


 ページ。


 閉じる。


「明日」


「考える」


⸻


後書き


第78話でした。


今回は、美月と高瀬の再会です。


ただし、これを「和解回」にはしませんでした。


美月は高瀬へ直接、


「何でユウに書きなさいって言ってたの?」


と聞きます。


高瀬は「全部悪かった」とまとめず、あの時ユウに反省を書かせたことについて、自分は間違っていたと思う、と具体的に答える。


そして謝る。


でも、


「許してほしい」


とは言わない。


美月も、


「許したか分かんない」


で終わります。


それで十分です。


さらに重要なのがユウです。


美月が会ったことで、ユウの「会わない」が古い選択になったわけではありません。


ユウは今回も行かない。


そして美月から話を聞いたあとも、


「今は会わない」


と言う。


ただ、以前の完全な「会わない」から、「今は」という言葉が本人の中から自然に出るようにはなっています。


これは「近いうち会う」という予告ではありません。


明日も会わないかもしれない。


最後まで会わない可能性もある。


その選択も守る方向で進めます。


一方、文化展はいよいよ明日。


冊子は手作り。


展示は狭い。


音源はオフライン再生へ変更。


充電器はなぜか敦が持って帰る。


かなり文化祭前夜らしい状態になってきました(笑)。


次回、第79話。


いよいよ、


『笑花――帰る場所は、まだ分からない』文化展当日。


ここでは「大成功して拍手喝采」にはしません。


立ち止まる人。


素通りする人。


意味が分からない人。


泣く人。


「こういうの嫌い」と言う人。


冊子だけ持っていく子。


そして、以前商店街で笑花の絵を見たあの子もやって来ます。


作品が作者たちの手を離れ、見た人それぞれの『笑花』になっていく一日へ進みます。

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