誰の話なのか
第76話 誰の話なのか
前書き
自分の経験を書く。
それなら、まだ分かりやすい。
でも。
誰かの言葉を聞いて、
誰かの姿を見て、
そこから生まれたものを書く時。
それは、
誰の物語なのだろう。
「実話じゃない」と言えば、
何を描いてもいいのか。
反対に、
誰かに似ているからという理由で、
描いてはいけないのか。
作品を外へ出すということは、
作ることとは別の責任を持つことなのかもしれない。
文化展まで、あと七日。
第76話です。
⸻
午前八時四十一分。
高架下の事務所。
「……」
ますみ。
壁。
見る。
昨日。
かなり形になった。
『笑花――帰る場所は、まだ分からない』
その中央。
一度。
「ここじゃない」
と出た場所へ。
戻ってくる笑花。
温かい食事。
涙。
そして。
もう一度。
外へ出る。
地図の線も。
以前より。
ぐちゃぐちゃ。
でも。
その方が。
生きている。
そんな気がした。
「ますみ」
藍。
「何」
「昨日の修正」
「うん」
「文章」
「入れた」
「見せて」
藍。
プリント。
渡す。
ますみ。
読む。
⸻
笑花は、一度離れた場所へ戻った。
戻りたくて戻ったのか。
ほかに行くところがなかったから戻ったのか。
自分でも、よく分からなかった。
扉を叩くのが恥ずかしかった。
きっと、
「だから言ったでしょう」
と言われると思った。
けれど。
扉を開けた人は、
「お腹すいた?」
とだけ聞いた。
⸻
「……」
ますみ。
「ここ」
「何」
「自分でも」
「よく分からなかった」
「うん」
「好き」
「残す?」
「うん」
「じゃあ」
藍。
ペン。
丸。
ますみ。
次。
読む。
⸻
食べ終わったあと。
笑花は泣いた。
何が悲しいのか、
それも分からなかった。
⸻
「これも」
「うん」
「好き」
「じゃあ残す」
「……」
ますみ。
少し。
笑う。
「藍」
「何」
「文章」
「また増えた」
「増やしてから削る」
「昨日」
「半分削ったのに」
「また増える」
「意味ある?」
「ある」
「本当?」
「多分」
「多分じゃん」
⸻
「おはようございまーす」
奈々恵。
入る。
「おはよう」
「早いね」
「文化展」
「一週間だから」
紙袋。
「今日もドーナツ?」
木戸。
奥から。
「今日はない」
「帰ります」
「お前は何しに起きた」
前原。
「朝飯」
「食っただろ」
「二回目」
「寝ろ」
⸻
奈々恵。
壁。
新しい展示。
見る。
「昨日より」
「かなりいい」
ますみ。
「優しすぎない?」
「そこは」
「だいぶ変わった」
「……」
「でも」
奈々恵。
少し。
顔。
変わる。
「何」
ますみ。
「また『でも』?」
「うん」
「嫌」
「言わない方がいい?」
「……」
「言って」
「じゃあ」
奈々恵。
展示。
もう一度。
見る。
「これ」
「誰の話?」
ますみ。
「……笑花」
「うん」
「笑花って」
「誰?」
「……」
「私が」
「描いた子」
「うん」
「でも」
奈々恵。
「美月ちゃんと」
「ユウ君の話」
「知ってから」
「かなり変わったよね」
空気が。
止まった。
⸻
ますみ。
何も。
言わない。
藍も。
ペン。
止める。
「責めてるんじゃないよ」
奈々恵。
「分かってる」
「……」
ますみ。
壁。
見る。
「でも」
「似てる?」
「そのままじゃない」
「うん」
「名前も」
「年齢も」
「違う」
「うん」
「施設も」
「出してない」
「うん」
「森川さんも」
「いない」
「うん」
「じゃあ」
ますみ。
「ダメ?」
「ダメって」
「私は決められない」
奈々恵。
「ただ」
「文化展って」
「知らない人が見る」
「……」
「もし」
「事情を知ってる人が見たら」
『これ、あの子たちの話じゃない?』
「って」
「思う可能性は」
「ある」
「……」
ますみの。
顔。
少し青くなる。
⸻
「やめる」
ますみ。
「え」
藍。
「展示」
「やめる」
「待って」
「だって」
「ユウが」
「嫌だったら」
「……」
「美月が」
「見たら」
「……」
「私」
「何してるの」
ますみ。
壁。
作品。
「人の話」
「勝手に」
「使ってるじゃん」
「ますみ」
「やっぱ」
「出さない」
「待って」
藍。
少し。
強く。
「今」
「全部」
「決めないで」
「でも」
「奈々恵は」
「ダメって言ってない」
奈々恵。
「言ってない」
「でも問題あるんでしょ」
「問題があるか」
「考えようって話」
「……」
「出すか」
「出さないか」
「二択にする前に」
「どこが」
「似てるのか」
「どこが」
「私たちの創作なのか」
「確認しよう」
ますみ。
黙る。
⸻
前原。
台所。
聞いている。
でも。
今回も。
入らない。
敦。
コーヒー。
前原の横。
「ヨシさん」
「何だ」
「難しいですね」
「知らん」
「……」
「でも」
敦。
少し。
声を落とす。
「ユウに」
『描いていい?』
「って聞くのも」
「違いますよね」
前原。
少し。
敦を見る。
「何で」
「断りにくいかもしれない」
「……」
「自分の経験が」
「作品になってるって」
「急に知らされるのも」
「……」
「負担になるかも」
前原。
「じゃあ」
「聞かなきゃいいのか」
「それも」
「分かりません」
「……」
「そうか」
前原。
コーヒー。
「なら」
「まず」
「本人に聞く前に」
「自分らで」
「考えろ」
「……」
「本人を」
「答え合わせの道具にすんな」
敦。
少し。
目を上げる。
「それ」
「ますみに」
「言います?」
「言わねぇ」
「何で」
「お前が言え」
「俺!?」
「今」
「考えたのお前だろ」
「半分ヨシさんですよ!」
「知らん」
⸻
午前九時半。
創作机。
ホワイトボード。
奈々恵。
書く。
笑花に入ったもの
「まず」
「全部出そう」
ますみ。
「……」
「美月」
藍。
「ユウ」
航平。
「森川さん」
カナコ。
「ひだまり」
レン。
「前原さん」
ますみ。
「ヨシさん?」
「昨日」
『腹減った?』
「完全に」
「……」
「本人嫌がるよ」
前原。
奥から。
「聞こえてんぞ!」
「ほら!」
「入ってる!」
「消せ!」
少し。
空気。
緩む。
⸻
「他」
奈々恵。
「ますみ自身」
藍。
ますみ。
「私?」
「最初の笑花」
「美月ちゃんたち」
「知る前から」
「描いてた」
「……」
「学校」
「しんどかったこと」
「人に」
「うまく説明できなかったこと」
「……」
「それ」
「笑花に」
「入ってると思う」
ますみ。
少し。
黙る。
「あと」
カナコ。
「イベントの女の子」
「帰れる場所」
「いっぱい作れば」
「うん」
「航平の地図」
「俺の?」
「当然」
「レンの余白」
「カナコの音」
「藍の文章」
「……」
「翔太」
ますみ。
「え」
翔太。
ちょうど。
朝食の皿。
持っていた。
「俺?」
「戻ってもいい場所」
「……」
「隼人」
「俺も!?」
「怖くても」
「誰か近くにいたら」
「行ける」
「……」
「敦さん」
「俺?」
「近くにいる」
「……」
「和子さん」
「ご飯」
「……」
「グエン」
航平。
「何だろ」
「食べる」
「それだけ!?」
ちょうど。
グエン。
入ってきた。
「何でいるの!?」
「キョウ」
「ヤスミ!」
「タイミング良すぎ!」
⸻
ホワイトボード。
いっぱい。
名前。
出来事。
考え。
ますみ。
見る。
「……」
「美月とユウだけじゃ」
「ない」
奈々恵。
「うん」
「でも」
「だから大丈夫」
「とも言わない」
「……」
「大事なのは」
「何を」
「そのまま」
「持ってきてるか」
⸻
藍。
「具体的な事実」
書く。
「美月ちゃん」
「黄色い雨合羽」
「使ってない」
「うん」
「年齢」
「決めてない」
「うん」
「ユウ君の」
「黒い帽子」
「ない」
「うん」
「施設名」
「ない」
「森川さん」
「いない」
「警察」
「ない」
「反省文」
「ない」
「逃走の具体的な経緯」
「ない」
「北村さん」
「いない」
「……」
「かなり」
「変わってる」
航平。
「でも」
「帰る場所をなくした子」
「複数の場所」
「戻れるから出られる」
「……」
カナコ。
「テーマは」
「近い」
「うん」
⸻
ますみ。
少し。
考える。
「テーマって」
「誰かのもの?」
奈々恵。
「どう思う?」
「……」
「帰る場所」
「なくす人」
「美月とユウだけじゃない」
「うん」
「助けてもらっても」
「そこが嫌な人も」
「いる」
「うん」
「戻る人も」
「いる」
「うん」
「……」
「じゃあ」
ますみ。
「描いていい?」
奈々恵。
「私に」
「許可を求めないで」
「……」
「それも」
「ますみたちが」
「決めること」
「難しい」
「うん」
「作品を」
「外へ出すって」
「そういうところも」
「あると思う」
⸻
敦。
少し。
離れたところ。
手。
上げる。
「いいですか」
「何」
ますみ。
「俺」
「こういうの」
「詳しくないですけど」
「……」
「ユウに」
『これ描いていい?』
「って」
「今」
「聞くのは」
「違う気がします」
「何で」
「本人に」
「判断させることになるから」
「……」
「俺たちが」
「似すぎてるかもしれないって」
「心配してるのに」
「その心配まで」
「ユウに」
「処理してもらうことになる」
静か。
「……」
「それ」
藍。
「確かに」
「もちろん」
敦。
「もし」
「本人の具体的な話を」
「そのまま使うなら」
「話は別だと思います」
「……」
「でも今は」
「まず」
「自分たちで」
「もっと離せるところ」
「考える方が」
「いいんじゃないですか」
ますみ。
敦を見る。
「岡野さん」
「はい」
「最近」
「ちゃんとしてる」
「最近!?」
「前は?」
「……」
「何その間!」
少し。
笑い。
⸻
午前十一時。
翔太。
コンビニ。
連絡。
来た。
「……」
「どうした」
隼人。
「店」
「うん」
「働けるって」
一瞬。
静か。
「え」
敦。
「本当に?」
「はい」
「書類」
「自治体側の確認と」
「今の支援状況」
「それで」
「本部が」
「進めていいって」
「……」
「初日」
「明後日」
「おお!」
敦。
立つ。
「声!」
翔太。
「すみません!」
「毎回!」
「おめでとう」
隼人。
「ありがとうございます」
「怖い?」
「めちゃくちゃ」
「俺も」
「まだ結果出てないじゃないですか」
「面接が怖かった話」
「ああ」
「でも」
隼人。
「行けば」
「始まる」
「……」
「嫌なら」
「その後考えろ」
翔太。
少し笑う。
「はい」
⸻
「祝い!」
グエン。
「プリン!」
「何で」
敦。
「プリン」
「イワイ!」
「何でもプリンだな」
「プリン!」
冷蔵庫。
開く。
全員。
止まる。
プリン。
四個。
全部。
油性ペン。
グエン
グエン
グエン
グエン
「……」
木戸。
「前より防御固くなってる」
「マエ」
「タベラレタ!」
グエン。
木戸を見る。
「何で俺見るの」
「キド」
「知らない」
「キド」
「証拠ある?」
「カオ」
「顔で決めるな!」
前原。
「お前だろ」
「ヨシさんまで!」
⸻
昼。
ますみ。
一人。
少し。
外へ。
商店街。
ベンチ。
座る。
スケッチブック。
笑花。
見ている。
文化展。
出したい。
でも。
もし。
美月やユウが。
自分のことだと。
思ったら。
嫌かもしれない。
自分なら。
どうだろう。
学校。
行けなかった頃。
自分に似た子が。
知らない誰かの作品に。
出ていたら。
「……」
嫌。
多分。
嫌。
でも。
その子が。
自分と。
全然違う人生を。
歩いていたら。
どうだろう。
「……」
分からない。
⸻
「長澤さん?」
声。
顔を上げる。
詩織。
カメラ。
首。
「何してるの」
「考えてる」
「珍しい」
「失礼」
「いつも考えてる?」
「多分」
「多分なんだ」
詩織。
隣。
「座っていい?」
「うん」
座る。
「文化展?」
「うん」
「……」
「写真って」
ますみ。
「何」
「知らない人」
「撮る時」
「どうするの」
「人が」
「はっきり写るなら」
「基本」
「声かける」
「……」
「街の風景なら」
「状況による」
「子どもは」
「特に気をつける」
「……」
「何で」
「撮れることと」
「出していいこと」
「違うから」
ますみ。
顔を上げる。
「それ」
「どういう」
「写真」
「撮るだけなら」
「一瞬」
「撮れちゃう」
「……」
「でも」
「展示する」
「ネットに出す」
「本に載せる」
「それぞれ」
「考えること違う」
「……」
「じゃあ」
「撮らない方が」
「楽?」
「楽」
詩織。
即答。
「でも」
「撮りたい」
「……」
「だから」
「面倒でも考える」
ますみ。
「面倒」
「めちゃくちゃ」
「……」
「創作って」
「面倒」
「今気づいた?」
「うん」
「遅いね」
「うるさい」
⸻
「でも」
詩織。
「誰かを」
「傷つけるかもしれないから」
「何も撮らないって」
「なると」
「私」
「何もできない」
「……」
「だから」
「できるだけ」
「傷つけないようにする」
「……」
「それでも」
「間違えたら」
「直す」
「下げる」
「謝る」
「……」
「最初から」
「絶対正しい作品」
「作れると思わない」
ますみ。
少し。
スケッチブックを見る。
「怖くない?」
「怖いよ」
「……」
「だから」
「私は」
「撮った写真」
「一晩置く時ある」
「何で」
「撮った瞬間って」
「自分が」
「一番興奮してるから」
「……」
「翌日」
『これ本当に出していい?』
「って」
「もう一回見る」
ますみ。
「……」
「それ」
「やる」
「何を」
「展示」
「一晩」
「見ない」
「いいんじゃない」
⸻
午後二時。
施設。
高瀬。
廊下。
倉田。
呼び止める。
「高瀬君」
「はい」
「少しいいか」
「はい」
小さな。
会議室。
倉田。
書類。
机。
「監督担当から」
「暫定的な改善事項が」
「出た」
「……はい」
「児童を含む緊急利用者への」
「聞き取り」
「外部連携」
「本人希望の記録」
「退所後の再相談窓口」
「……」
「それから」
倉田。
少し。
止まる。
「私について」
「当面」
「児童案件の」
「最終判断から」
「外れるように」
「求められた」
高瀬。
「……」
「そうですか」
「驚かないのか」
「少し」
「……」
「怒ってます?」
倉田。
考える。
「分からない」
高瀬。
少し。
目。
上げる。
倉田が。
その言葉を。
使った。
「……」
「悔しい」
倉田。
「はい」
「自分が」
「やってきたことを」
「知らない人間に」
「判断されるのは」
「悔しい」
「……」
「今も」
「全部」
「間違っていたとは」
「思っていない」
「はい」
「救えた人間も」
「いる」
「……」
高瀬。
「俺も」
「その一人です」
「……」
「でも」
高瀬。
続ける。
「それと」
「今回の判断は」
「別です」
倉田。
少し。
苦く。
笑う。
「君は」
「変わったな」
「頼りなくなったって」
「今日」
「言われました」
「……」
「誰に」
「利用者です」
「それは」
「褒められてるのか」
「その後」
『話しやすくなった』
「って」
「……」
倉田。
少し。
黙る。
「そうか」
⸻
「高瀬君」
「はい」
「私は」
「この場所を」
「残したい」
「はい」
「まだ」
「そう思っている」
「……」
「それは」
「悪いですか」
高瀬。
首。
横。
「悪くないと思います」
「……」
「俺も」
「なくなってほしいとは」
「思ってません」
「なら」
「何を」
「変える」
高瀬。
少し。
考える。
「戻れるように」
「すること」
「……」
「何から」
「退所した人」
「支援を断った人」
「途中で逃げた人」
「……」
「失敗した人」
「その人たちが」
「また来ても」
『だから言っただろ』
「って」
「言わない場所に」
「……」
倉田。
昨日。
自分が。
書き換えた。
再相談・再利用の窓口を明示する。
「……」
「そうだな」
小さく。
答えた。
⸻
夕方。
事務所。
ますみ。
帰る。
「どうだった」
藍。
「何が」
「散歩」
「詩織に会った」
「へえ」
「一晩」
「展示見ない」
「え」
「今日」
「触らない」
「……」
「何で」
「明日」
「もう一回」
「知らない人みたいに」
「見る」
藍。
少し。
考える。
「じゃあ」
「私も」
「何」
「文章」
「今日は」
「触らない」
「カナコ」
「私も?」
「いや」
「聞いただけ」
「びっくりした!」
⸻
ますみ。
展示。
白い布。
かける。
「そこまで?」
レン。
「見えると」
「見るから」
「なるほど」
「明日まで」
「禁止」
「分かった」
全員。
作品。
見えなくなる。
不思議。
昨日まで。
あれほど。
壁を。
占領していたのに。
布一枚で。
なくなる。
「……」
ますみ。
「変」
「何が」
藍。
「作品」
「なくても」
「ここ」
「普通」
「そりゃ」
「事務所だから」
「……」
「なんか」
「安心した」
「何で」
「作品が」
「全部じゃない」
藍。
少し。
笑う。
「うん」
⸻
午後六時。
隼人。
電話。
「……」
画面。
会社。
「来た」
敦。
「出ないんですか」
「出る!」
通話。
「はい」
「……」
「はい」
「はい」
「……」
「ありがとうございます」
切る。
「……」
全員。
見る。
「何」
隼人。
「どうだった」
翔太。
「……」
「採用」
一秒。
「おおお!」
敦。
「声!」
隼人。
「すみません!」
「岡野さん」
「毎回!」
「嬉しくて!」
前原。
「いつから」
「来週月曜」
「そうか」
「……」
「何」
「いや」
隼人。
少し。
笑う。
「決まった」
「そうだな」
「……」
「怖い」
「そうか」
「でも」
「行く」
「そうか」
「……」
「それだけ?」
「飯」
「もうすぐだ」
「やっぱそれ!」
⸻
グエン。
「オイワイ!」
「待て」
木戸。
「プリンは」
「お前のだろ」
「キョウ」
「ケーキ!」
「どこから!?」
冷蔵庫。
小さな。
ロールケーキ。
「買ったの?」
敦。
「ウン!」
「翔太と隼人!」
「フタリ!」
「……」
翔太。
「ありがとうございます」
隼人。
「悪い」
「オメデト!」
グエン。
満面。
木戸。
「俺の分」
「ナイ」
「何で!」
「ハタラケ!」
全員。
笑う。
⸻
夕食。
ロールケーキ。
食後。
切る。
和子。
「小さいから」
「一人」
「これくらい」
木戸。
「薄っ!」
「嫌なら」
「食べなくていい」
「いただきます!」
⸻
「翔太」
隼人。
「何」
「俺ら」
「同じ週」
「初日だな」
「そうですね」
「……」
「どっちか」
「初日」
「逃げてきたら」
「どうします」
翔太。
少し。
考える。
「飯食う」
「……」
「それから」
「考える」
隼人。
笑う。
「完全に」
「この事務所」
「染まってる」
「嫌です?」
「……」
「今は」
「別に」
⸻
夜。
布。
かかった。
展示。
誰も。
触らない。
ますみ。
何度か。
見そうになる。
でも。
我慢。
その代わり。
スケッチブック。
最初の。
笑花。
見る。
「……」
そして。
新しいページ。
何も。
描かない。
「ますみ」
藍。
「何」
「描かないの?」
「今日は」
「描かない」
「珍しい」
「余白」
「レンのせいだ」
奥。
「俺のせいにすんな!」
⸻
翌朝。
午前七時二十九分。
ますみ。
一番。
先に。
布の前。
立つ。
藍。
カナコ。
航平。
レン。
奈々恵。
少し遅れて。
詩織。
「みんな」
「来た?」
「来た」
「じゃあ」
ますみ。
布。
持つ。
「取る」
ゆっくり。
外す。
展示。
昨日と。
何も。
変わっていない。
でも。
ますみの目には。
少し。
違って見えた。
「……」
最初。
笑花。
次。
出る。
戻る。
泣く。
また出る。
並んで歩く。
地図。
町。
最後。
ほどけた靴紐。
笑花。
「……」
長い。
沈黙。
「どう」
藍。
ますみ。
「……」
「美月じゃない」
「うん」
「ユウでもない」
「うん」
「私でも」
「ない」
「……」
「でも」
ますみ。
「みんな」
「ちょっとずつ」
「いる」
奈々恵。
「うん」
「それで」
「出したい?」
ますみ。
作品。
見る。
「……出したい」
「怖い?」
「怖い」
「じゃあ」
「どうする」
「……」
ますみ。
少し。
考える。
「展示の横に」
「説明」
「入れたい」
「何て」
藍。
ますみ。
自分で。
言葉を探す。
「この作品は」
「誰か一人の」
「実話じゃない」
「……」
「でも」
「いろんな人と」
「話したこと」
「見たこと」
「自分たちが」
「考えたことから」
「できてる」
「……」
「それ」
「書く」
奈々恵。
「いいと思う」
「あと」
ますみ。
「何」
「特定の人の」
「出来事を」
「再現したものではありません」
「……」
藍。
「入れよう」
「うん」
⸻
奈々恵。
「それで」
「十分かどうかは」
「分からないけどね」
「……」
ますみ。
少し。
笑う。
「分かってる」
「でも」
「今」
「私たちが」
「できることは」
「やる」
「……」
「もし」
「後で」
「間違ってたって」
「分かったら」
「どうする」
ますみ。
少し。
考える。
「直す」
「うん」
「下げる」
「うん」
「謝る」
「うん」
「……」
「逃げない」
奈々恵。
「それ」
「大事」
⸻
藍。
説明文。
書く。
⸻
この作品は、特定の人物の体験を再現したものではありません。
私たちがこれまで出会った人、交わした会話、自分自身の経験、そして想像から生まれたフィクションです。
「帰る場所」とは何か。
誰かに助けてもらうことと、自分で選ぶことは両立するのか。
私たちなりに考えながら制作しました。
⸻
「……」
ますみ。
読む。
「最後」
「何」
「私たちなりに」
「うん」
「好き」
「何で」
「正解って」
「言ってないから」
「……」
「じゃあ」
「これで」
「うん」
⸻
展示。
また。
少し。
変わった。
でも。
今度は。
絵でも。
文章でも。
音でもない。
作品を。
外へ出す。
自分たちの。
立ち位置が。
加わった。
⸻
その日の午後。
森川のところ。
美月。
宿題。
ユウ。
ゲーム。
「ユウ」
森川。
「ん」
「高瀬さんのこと」
「……」
少し。
空気。
変わる。
「会わない」
「うん」
森川。
それだけ。
「何」
ユウ。
「別に」
「……」
「聞いただけ」
「何で」
「高瀬さん」
「今」
「施設のやり方」
「変えようとしてるらしい」
「……」
「それ」
「俺に」
「関係ある?」
森川。
少し。
考える。
「今は」
「ない」
「……」
「じゃあ」
「いい」
「うん」
ゲーム。
再開。
森川は。
それ以上。
話さない。
しばらく。
ボタンの音。
⸻
「森川さん」
ユウ。
「ん」
「変わったら」
「……」
「俺」
「会わないと」
「ダメ?」
森川。
すぐ。
「ダメじゃない」
「……」
「高瀬さんが」
「良い人になったら」
「……」
「それでも?」
「それでも」
「……」
「会うかどうかは」
「別」
ユウ。
画面。
見たまま。
「……そっか」
「うん」
「じゃあ」
「今は」
「会わない」
「分かった」
また。
ゲーム。
森川は。
扉を。
開けない。
ユウも。
開けない。
それで。
よかった。
少なくとも。
今日までは。
⸻
文化展まで。
あと六日。
笑花は。
誰か一人の。
代わりではない。
誰か一人を。
救うための子でもない。
誰かの傷を。
説明するためだけの子でもない。
たくさんの。
会話。
失敗。
食事。
道。
戻ったこと。
出ていったこと。
そして。
まだ分からないこと。
それらを。
少しずつ。
持っている。
架空の少女。
だからこそ。
ますみたちは。
その子を。
自分たちの答えに。
してはいけなかった。
笑花自身も。
まだ。
答えを。
知らないのだから。
⸻
後書き
第76話でした。
今回はかなり重要な、
「他人の経験から生まれた創作を、どこまで自分たちの作品として外へ出せるのか」
という問題に踏み込みました。
ここで「美月とユウに許可を取れば解決」としなかったのも大事なところです。
特にユウは、これまで大人から「正しい答え」を求められたり、自分に責任を背負わせたりされてきた子です。
そんな彼に突然、
「君の経験を参考にしたかもしれない作品なんだけど、出していい?」
と判断を預けること自体が、新しい負担になり得る。
だからまず制作側が、自分たちで責任を持って考える。
具体的な事実をそのまま使っていないか。
特定できる情報はないか。
誰か一人の人生を「分かりやすい物語」に作り替えていないか。
その上で、
「特定の人物の体験を再現したものではない」
と、自分たちの立ち位置も展示へ入れることになりました。
そして最後のユウ。
高瀬が変わることと、
ユウが高瀬を許すこと。
まして会うことは、別です。
「良い人になったなら会ってあげるべき」ではない。
ユウの「会わない」は、そのまま残ります。
一方で翔太はコンビニ勤務が正式に決まり、隼人も倉庫に採用。
二人とも、いよいよ新しい生活が始まります。
次回、第77話は文化展直前。
制作チームには印刷ミスや音源トラブルなど、かなり現実的な「締切前地獄」がやってきます。
そしてその最中、ますみがふと気づきます。
文化展へ出すことばかり考えていたけれど――
展示が終わったあと、笑花をどうするのか。
文化展をゴールにしないための話へ進みます。




