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WAY HOME ――行き場をなくした僕らの、小さな食卓――  作者: 和泉發仙


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74/105

誰の作品

第74話 誰の作品


前書き


誰かと一緒に作ると、


自分一人では思いつかなかったものが生まれる。


それは嬉しい。


でも同時に、


少し怖い。


自分の絵に、


誰かの言葉が入り、


誰かの音が入り、


誰かの考えが入り、


気づけば、


最初に思っていたものとは、


全然違う形になっている。


では。


それはもう、


自分の作品ではないのだろうか。


第74話です。


⸻


 午後一時二十三分。


 高架下の事務所。


 壁。


 白い模造紙。


 床には。


 昨日と同じ。


 マスキングテープで作った。


 横一・八メートル。


 縦一・二メートル。


 文化展の展示スペース。


「じゃあ」


 レンが言った。


「一回」


「本番と同じサイズで」


「置く」


「はい」


 藍。


「タイトル」


「上」


「中央?」


「少し左」


 航平。


「何で」


「地図が右に来るから」


「ロゴ」


 レン。


「タイトルと一緒に」


「……」


 ますみが。


 少し離れたところから。


 見ている。


「ますみ」


 藍。


「この絵」


「ここでいい?」


「……うん」


「声小さい」


「聞こえてるならいい」


「うん」


 中央。


 描き直した。


 一枚。


 優しく笑いながら、


「こちらへ」


 と手を差し出す人。


 そして。


 反対側。


 そこから離れていく笑花。


 間には。


 大きな余白。


 昨日。


 ますみが。


 何度も。


 何か描き足したくなった場所。


 でも。


 最後まで。


 空けた。


「いい」


 レン。


「何が」


「この間」


「……」


「これがあるから」


「次の絵」


「効く」


 次。


 笑花と。


 名もない人物。


 並んで歩く。


 手は。


 繋がない。


 道も。


 教えない。


 ただ。


 同じ速度で。


 隣にいる。


「音」


 カナコ。


「ここから」


 スマートフォン。


 再生。


 最初。


 町の音。


 風。


 遠い車。


 踏切。


 子どもの声。


 それが。


 二人が並ぶ頃。


 低く。


 小さな旋律になる。


 ピアノでもない。


 ギターでもない。


 柔らかい電子音。


「……」


 敦が。


 少し離れたところ。


「いいですね」


「まだ仮」


 カナコ。


「また仮」


 隼人。


「この作品」


「永遠に仮なんじゃね」


「うるさい」


⸻


 右側。


 航平の地図。


 完全な地図ではない。


 町全体を。


 上から描いたもの。


 でも。


 道路の正確さより。


 印。


 いくつか。


 食堂。


 学校。


 公園。


 小さな部屋。


 一人で座れるベンチ。


 町の外へ続く道。


 それぞれ。


 小さな丸。


 そして。


 一部。


 線が。


 戻っている。


「帰る道」


 敦が。


 見る。


「うん」


 航平。


「行くだけじゃなくて」


「戻れる」


「……」


「こっち」


「町の外へ出る道も」


「あるんですね」


「ある」


「戻ってこなくても?」


「うん」


 航平。


「帰る場所が増えるって」


「ここに全部集まることじゃないから」


 敦が。


 少し笑う。


「なるほど」


「何」


「いや」


「この話」


「俺たちの事務所っぽいなって」


 ますみが。


 少しだけ。


 敦を見る。


 でも。


 何も言わない。


⸻


「最後」


 藍。


「これ」


 ますみの。


 丘から町を見る笑花。


 一つの灯りではない。


 いくつもの灯り。


 笑花は。


 どこへ行くか。


 まだ決めていない。


 その下。


 短い文章。


⸻


帰る場所は、まだ分からない。


でも、帰ってもいい場所なら、いくつか知っている。


⸻


「……」


 ますみ。


 文字を見る。


「これ」


「どう?」


 藍。


「……」


「前は」


「良いって言ってたよね」


「うん」


「変えたい?」


「……分かんない」


 藍。


 少し。


 ますみを見る。


「じゃあ」


「一回」


「全体見よう」


⸻


 全員。


 少し。


 離れる。


 展示。


 仮完成。


 タイトル。


笑花――帰る場所は、まだ分からない


 左。


 道端に座る笑花。


 次。


 優しく笑う人。


 そこから出ていく笑花。


 余白。


 並んで歩く。


 地図。


 小さな文章。


 最後。


 町を見る笑花。


 QRコード用の。


 仮スペース。


 音楽。


 冊子は。


 展示台。


「……」


 誰も。


 すぐには。


 話さなかった。


「思ったより」


 翔太。


「作品っぽい」


「何その感想」


 レン。


「褒めてます」


「ならいい」


 カナコ。


「音」


「もうちょい」


「最初小さくしたい」


「いいと思う」


 航平。


「地図」


「文字」


「少し減らす」


「うん」


 藍。


「文章も」


「あと二行」


「削る」


「また削るの?」


 ますみ。


「二行だけ」


「……」


「何」


 藍が。


 ますみを見る。


「さっきから」


「変」


「何が」


「顔」


「……」


「嫌?」


「……」


 ますみ。


 全体を見る。


 そして。


 ぽつり。


「これ」


「うん」


「私の作品じゃないみたい」


 空気。


 止まった。


⸻


「……」


 藍。


「どういう意味」


「そのまま」


「……」


「私」


 ますみ。


 壁。


「最初」


「笑花の絵」


「描いただけだった」


「うん」


「泣きそうなのに」


「笑ってる子」


「うん」


「それが」


 地図。


「町ができて」


 音。


「曲がついて」


 文章。


「話がついて」


 ロゴ。


「展示の形になって」


「……」


「私」


 少し。


 声が揺れる。


「どこにいるの」


 藍の顔が。


 少し変わる。


「ますみ」


「だって」


「これ」


 壁。


「みんなの案じゃん」


「そうだよ」


「じゃあ」


「笑花」


「私のじゃない」


「……」


「私が描いたのに」


 空気が。


 少し。


 固くなる。


⸻


 カナコ。


 スマートフォンを。


 そっと。


 止める。


 航平も。


 地図から手を離す。


 レン。


 何も言わない。


 藍だけ。


 ますみを見る。


「それ」


「今まで」


「言いたかった?」


「……」


「分かんない」


「でも」


「今日見たら」


「……」


「怖くなった」


「何が」


「私が」


「いなくても」


「できそう」


 藍が。


 少し。


 息を止める。


「……」


「文章」


「藍が書く」


「音」


「カナコが作る」


「地図」


「航平」


「デザイン」


「レン」


「……」


「絵」


「誰か描けば」


「同じじゃん」


「同じじゃない」


 藍。


 即答。


「何で」


「笑花は」


「ますみが描いたから」


「でも」


「もう」


「みんなが」


「笑花を知ってる」


「……」


「それが嫌なの?」


 少し。


 強い言い方。


 ますみ。


 顔が。


 固まる。


「嫌って」


「言ってない」


「でも」


「そう聞こえる」


「……」


「私たちが」


「入ってきたのが」


「嫌だった?」


 ますみの。


 眉が。


 寄る。


「藍」


「何」


「それ」


「ずるい」


「何が」


「そう言ったら」


「私が」


「みんなのこと嫌いみたいじゃん」


「じゃあ」


「何なの」


「分かんないから!」


 声。


 少し大きい。


⸻


 事務所。


 全員。


 静か。


 敦。


 前原を見る。


 前原。


 新聞を。


 読んでいない。


 でも。


 口は挟まない。


 敦も。


 黙る。


⸻


「私」


 ますみ。


「みんなとやるの」


「嫌じゃない」


「楽しい」


「……」


「カナコの曲」


「好き」


「航平の地図も」


「レンの余白も」


「藍の文章も」


「……」


「でも」


 声。


 少し。


 小さくなる。


「全部良くなるたび」


「私じゃなくなってく感じする」


 藍。


 少し。


 目を伏せる。


「……」


「最初」


「私の中だけにいたのに」


「……」


「今」


「みんなが」


「笑花ならこうする」


「笑花はこう思う」


「って」


「言う」


 航平が。


 少し。


 顔を上げる。


 昨日。


 自分も。


「笑花が地図に印をつける」


 と。


 新しい場面を出した。


 ますみは。


 それを喜んだ。


 でも。


 その時。


 同時に。


 何か。


 減っていたのかもしれない。


「……」


「ごめん」


 航平が言う。


 ますみ。


 顔を上げる。


「何で」


「俺」


「勝手に」


「笑花が」


「こうするって」


「決めた」


「……」


「でも」


 ますみ。


「地図に印つけるの」


「好き」


「じゃあ」


「何が」


「だから」


 ますみ。


 苦しそうに。


「分かんないんだって」


⸻


「一回」


 レンが。


 低い声。


「止める?」


「何を」


「作業」


「……」


「このまま」


「レイアウト続けても」


「多分」


「良くない」


 カナコ。


「うん」


 藍。


 何も言わない。


 ますみ。


「私のせい?」


「違う」


 レン。


「今」


「決めない方がいい」


「……」


「それだけ」


 ますみ。


 少し。


 顔を伏せる。


「……ごめん」


「謝らなくていい」


 カナコ。


「でも」


「空気」


「悪くした」


「空気なんて」


 レン。


「また良くなる」


 航平。


「すごいこと言うな」


「今思った」


 少し。


 誰か。


 笑う。


 でも。


 ますみは。


 笑わなかった。


⸻


 午後二時四十分。


 創作組。


 一旦。


 散った。


 カナコ。


 買い物。


 航平。


 外へ。


 レン。


 パソコン。


 藍。


 奥。


 ますみ。


 一人。


 机。


 スケッチブック。


 最初の。


 笑花。


 まだ。


 名前も。


 なかった頃。


 笑っている。


 でも。


 目だけ。


 泣きそう。


「……」


 そこへ。


 和子。


 お茶。


 置く。


「飲みな」


「……はい」


「何かあった?」


「……」


「言いたくないなら」


「いいけど」


 ますみ。


 少し。


 黙る。


「和子さん」


「何」


「料理って」


「うん」


「誰かに」


「手伝われるの」


「嫌じゃない?」


「時と場合」


「……」


「例えば」


「私が」


「味噌汁作ってて」


「途中で」


「ヨシさんが」


『俺はもっと濃い方がいい』


「って」


「勝手に味噌入れたら」


「怒る」


「……」


「グエンが」


『タマゴ!』


「って」


「勝手に入れても」


「怒る」


「……」


「木戸が」


「勝手に食べても」


「怒る」


「最後は違う」


「同じ」


 ますみ。


 少し。


 笑う。


⸻


「でも」


 和子。


「私が」


「これ味薄いかな」


「って聞いて」


「敦が」


『もう少し濃くても』


「って言って」


「私が」


「そうしようと思ったら」


「入れる」


「……」


「一緒じゃない?」


「何が」


「最終的に」


「誰が決めるか」


 ますみ。


 顔を上げる。


「……」


「手伝ってもらっても」


「最後」


「私が」


「うん」


「決める?」


「料理ならね」


「……」


「でも」


 和子。


「毎回」


「私が全部決めるとも限らない」


「え」


「カレーなら」


「グエンに任せる日もある」


「……」


「サラダなら」


「敦」


「魚なら」


「川本」


「何で」


「得意だから」


「……」


「一緒に作るって」


「ずっと」


「一人が中心に立つことでもないんじゃない」


 ますみ。


 少し。


 考える。


「でも」


「私の絵」


「うん」


「私が描いた」


「うん」


「……」


「それは」


 和子。


「誰が何言っても」


「変わらないでしょ」


「……」


「でも」


「作品全体が」


「みんなのものになるのが」


「怖い?」


 ますみ。


 ゆっくり。


 頷く。


「そう」


「じゃあ」


「そこ」


「ちゃんと言いな」


「誰に」


「一緒に作ってる人に」


「……」


「勝手に分かってもらおうとすると」


「大体こじれるから」


「……」


「経験?」


「何十年生きてると思ってるの」


「聞いてない」


「失礼ね」


 ますみ。


 少し。


 笑った。


⸻


 午後三時十五分。


 翔太。


 コンビニへ。


 佐伯と。


 一緒に。


 事務所を出る。


「緊張します」


「そうだよね」


 佐伯。


「俺」


「変なこと」


「言わないですかね」


「言うかもしれない」


「そこ」


「否定してくださいよ」


「でも」


 佐伯。


 笑う。


「その時」


「言い直せばいい」


「……」


「店側も」


「事情を確認したいだけ」


「翔太君を」


「追い出す話とは」


「今のところ」


「違う」


「はい」


「もし」


「難しい条件が出たら」


「その時」


「また考えよう」


「……はい」


 二人。


 駅へ。


 向かう。


 以前。


 翔太は。


 誰かについていく時。


 少し。


 後ろを歩いた。


 今日は。


 佐伯の。


 横。


 歩いていた。


⸻


 別の場所。


 隼人。


 求人応募。


 返信。


面接日時について


「来た」


 敦。


「早いですね」


「明後日」


「倉庫?」


「うん」


「行く?」


「……」


「応募したんだから」


「行くだろ」


「怖い?」


 隼人。


 少し。


 睨む。


「何」


「いや」


「怖い」


 普通に。


 言った。


 敦。


 少し。


 笑う。


「何笑ってんの」


「いや」


「前より」


「すぐ言うなって」


「何を」


「怖いって」


「……」


「悪い?」


「全然」


「……」


「ヨシさん」


 隼人。


 前原へ。


「何」


「面接」


「明後日」


「そうか」


「駅」


「近くまで」


「……」


 隼人。


 少し。


 言いにくそう。


「誰か」


「一緒に来てもらっても」


「いい?」


 前原。


 一瞬。


 隼人を見る。


「誰がいい」


「え」


「俺?」


「敦?」


「翔太?」


「川本?」


「……」


 隼人。


 少し。


 考える。


「敦さん」


「俺?」


「何か」


「一番」


「普通」


 敦。


「それ褒めてます?」


「たぶん」


「ヨシさんじゃダメ?」


 前原。


「怖い」


「何が」


「会社の人が」


「おい」


 事務所。


 笑い。


⸻


 午後四時。


 ますみ。


 創作机へ。


 戻る。


 藍。


 そこに。


 いた。


 一人。


 文章を。


 削っている。


「藍」


「うん」


「話」


「いい?」


「うん」


 藍。


 ノート。


 閉じる。


「さっき」


「ごめん」


「私も」


「……」


「でも」


 ますみ。


「謝って終わりにしたくない」


 藍。


 少し。


 顔を上げる。


「うん」


「私」


「みんなと作るの」


「やめたいわけじゃない」


「うん」


「でも」


「笑花が」


「私から」


「いなくなる感じ」


「怖い」


「……」


「みんなが」


「笑花を」


「分かってくれるの」


「嬉しい」


「でも」


「私より」


「分かってるみたいになると」


「嫌」


 藍。


 黙って聞く。


「それ」


「わがまま?」


「分かんない」


「……」


「でも」


 藍。


 少し。


 考える。


「私は」


「分かる気がする」


「何で」


「小説でも」


「あるから」


「え」


「人に読ませて」


『この人、こういう気持ちなんじゃない?』


「って言われて」


「私」


「違うと思う時ある」


「……」


「でも」


「その人には」


「そう見えた」


「……」


「それを」


「全部」


「違うって切るのも」


「何か違う」


「……」


「でも」


「全部」


「そうですねって」


「受け入れるのも違う」


 ますみ。


「うん」


「じゃあ」


「どうするの」


「多分」


 藍。


「自分で決める」


「……」


「作品に入れるか」


「入れないか」


「……」


「でも」


 そこで。


 藍が。


 少し。


 言葉を選ぶ。


「今回」


「私は」


「そこを」


「忘れてたかも」


「え」


「ますみが」


「好きって言った案」


「どんどん」


「入れた」


「……」


「だから」


「ますみも」


「同意してると思った」


「……」


「でも」


「一個一個は好きでも」


「全部集まると」


「別のものになる」


 ますみ。


 ゆっくり。


 頷く。


「うん」


「そこ」


「聞かなかった」


「……」


「ごめん」


 ますみ。


「うん」


 謝罪。


 受け取る。


 それだけ。


⸻


「じゃあ」


 藍。


「どうしたい」


「……」


「全部」


「戻す?」


「それは嫌」


「うん」


「今の方が」


「作品として」


「好き」


「……」


「でも」


「私の感じ」


「もっと入れたい」


「例えば」


 ますみ。


 展示。


 見る。


「文章」


「うん」


「減らしたい」


 藍が。


 少し。


 目を開く。


「私の?」


「うん」


「……」


「どこ」


「最後」


 あの文章。


帰る場所は、まだ分からない。

でも、帰ってもいい場所なら、いくつか知っている。


「これ」


「嫌?」


「嫌じゃない」


「でも」


 ますみ。


「説明してる感じ」


「……」


「絵だけで」


「見てほしい」


 藍。


 しばらく。


 その文字を見る。


 自分が。


 好きな文章だった。


 展示の。


 意味を。


 締める。


 大事な一文。


「……」


「外す?」


 ますみ。


「うん」


「全部?」


「タイトルだけで」


「いいかも」


「……」


 藍。


 長く。


 黙る。


 ますみ。


 少し。


 不安。


「嫌なら」


「話す」


「うん」


「でも」


 藍。


 息を吐く。


「外してみよう」


「え」


「一回」


「……」


「その状態」


「見てから」


「決めたい」


「……うん」


⸻


 二人。


 文章。


 外す。


 壁。


 最後の絵。


 丘。


 町。


 笑花。


 その下。


 何もない。


「……」


 藍。


 離れる。


 見る。


「……」


 ますみ。


「どう」


「……悔しい」


「え」


「文章なくても」


 藍。


 少し笑う。


「伝わる」


 ますみ。


 少し。


 笑う。


「じゃあ」


「外す?」


「……」


 藍。


 まだ。


 惜しい。


「QRの方に」


「入れる」


「それなら」


「うん」


「展示からは」


「外す」


「うん」


 二人。


 初めて。


 同じものを。


 一緒に。


 削った。


⸻


「あと」


 ますみ。


「何」


「笑花の」


「台詞」


「うん」


「増やしたい」


「どこ」


「出ていくところ」


 藍。


 ノート。


「今」


『ここじゃない』


「だけ」


「うん」


「もう一個」


「何」


 ますみ。


 少し。


 考える。


「あなたが悪いんじゃない」


 藍。


 ペン。


 止まる。


「……」


「それ」


「笑花が言う?」


「うん」


「何で」


「助けてくれたから」


「……」


「でも」


「そこにいたくない」


「……」


「相手を」


「悪い人にしたくない」


 藍。


 少し。


 笑う。


「前から言ってたね」


「うん」


「じゃあ」


 書く。


⸻


「あなたが悪いんじゃない。」


「でも、ここじゃない。」


⸻


 ますみ。


 見る。


「……これ」


「うん」


「好き」


「私も」


 藍。


「じゃあ」


「残す」


「うん」


⸻


 午後五時。


 コンビニ。


 翔太。


 佐伯。


 店長。


 小さな。


 事務スペース。


「事情」


 店長が。


 ゆっくり。


 聞く。


 翔太は。


 全部。


 話さない。


 家族。


 暴力。


 細部。


 必要ない。


「現在」


「自宅とは別の場所で」


「生活しています」


「はい」


「保護者と」


「完全に連絡が取れないわけでは」


「ないです」


「ただ」


「今」


「同居はしてません」


 店長。


 佐伯を見る。


 佐伯。


「自治体側でも」


「本人の生活状況について」


「相談を受けています」


 説明。


 成人の支援者。


 保護者同意。


 今後。


 必要な確認。


 複雑。


 でも。


 店長は。


 途中。


 一度も。


「面倒だな」


 という顔を。


 しなかった。


「分かりました」


 最後。


「本部と」


「もう一度」


「確認します」


 翔太。


「はい」


「ただ」


 店長。


「翔太君」


「はい」


「働く意思」


「今もある?」


 翔太。


 一瞬。


 止まる。


「あります」


「じゃあ」


「そこは」


「変わらないね」


「……はい」


「書類の形」


「こっちも」


「確認するから」


「お願いします」


 翔太。


 頭を下げる。


 外。


 出る。


⸻


「佐伯さん」


「何」


「俺」


「今」


「ちゃんと」


「言えました?」


「言えてたよ」


「変じゃなかった?」


「少し緊張してた」


「それは」


「……」


「でも」


 佐伯。


「自分で」


「必要なこと」


「話してた」


「……」


「俺」


「横にいただけ」


 翔太。


 少し。


 笑う。


「それ」


「岡野さんも」


「言ってました」


「何が」


「近くにいるだけ」


「……」


「でも」


「いると」


「楽」


 佐伯。


 小さく。


 頷く。


「それなら」


「良かった」


⸻


 夜。


 事務所。


 みんな。


 戻る。


 翔太。


「一応」


「進みました」


 敦。


「良かった」


「まだ」


「働けるか」


「決まってないですけど」


「でも」


「話せた」


「はい」


 前原。


「飯」


「食え」


「話終わり?」


「腹減ってるだろ」


「はい」


 翔太。


 笑う。


「それでいいです」


⸻


 隼人。


「俺」


「明後日」


「敦さん」


「はい」


「駅まで」


「お願いします」


「もちろん」


「……」


「何」


「いや」


「変な感じ」


「何が」


「俺」


「人に」


「こういうの」


「頼むの」


「……」


「前なら」


「絶対」


「一人で行ってた」


「それも」


「悪くないですけど」


「うん」


「今は?」


 隼人。


 少し。


 考える。


「来てほしい」


「じゃあ」


「行きます」


「……」


「ありがとう」


 小さい。


 でも。


 はっきり。


⸻


 夕食。


 今日は。


 麻婆豆腐。


「辛っ!」


 木戸。


「誰作った!」


「グエン!」


「いないだろ!」


 和子。


「味付け」


「グエンが昨日」


「タレ置いてった」


「罠じゃん!」


 隼人。


「俺好き」


 翔太。


「俺も」


 敦。


「うまい」


 前原。


「辛ぇ」


「ヨシさん苦手?」


「苦手じゃねぇ」


「汗」


「暑いだけだ!」


 全員。


 笑う。


⸻


 食後。


 ますみ。


 みんなを。


 呼ぶ。


「ちょっと」


「何」


 カナコ。


「展示」


「……」


「見てほしい」


 全員。


 壁。


 見る。


 最後の文章。


 ない。


「変わった」


 航平。


「うん」


「文章」


 カナコ。


「減った」


「うん」


「藍」


 レン。


「いいの」


 藍。


 少し。


 苦笑。


「寂しい」


「でも」


「こっちの方が」


「いいと思う」


 カナコ。


「私は」


「好き」


 航平。


「余韻」


「出る」


 レン。


「余白」


「言うと思った」


⸻


「それと」


 ますみ。


 新しい。


 台詞。


 見せる。


「あなたが悪いんじゃない。」

「でも、ここじゃない。」


 カナコ。


「……」


 航平。


「いい」


 レン。


「これ」


「文字」


「小さめ」


「何で」


「叫んでないから」


「……」


 ますみ。


 少し。


 目を大きくする。


「それ」


「いい」


「じゃあ」


「小さく」


「うん」


⸻


 敦が。


 最後の絵を見る。


「ますみ」


「何」


「今日」


「何か」


「変わりました?」


「何が」


「作品」


「昨日より」


「ますみっぽい」


 ますみが。


 少し。


 止まる。


「何それ」


「分かんないけど」


「……」


「昨日」


「綺麗にまとまってた」


「うん」


「今日は」


「ちょっと」


「言い切ってない」


「……」


「そこ」


「ますみっぽい」


 前原。


 横。


「お前」


「それ褒めてんのか」


「褒めてます!」


「分かりづれぇ」


「ヨシさんに言われたくない!」


⸻


 ますみ。


 壁を見る。


 みんなのもの。


 確かに。


 みんなが。


 入っている。


 自分一人では。


 作れない。


 でも。


 さっきまでとは。


 少し。


 違って見えた。


 自分のものが。


 奪われた。


 ではない。


 自分のものを。


 渡した。


 返ってきた。


 変わった。


 そして。


 また。


 自分で。


 選び直した。


「……」


 藍が。


 隣。


「どう」


「何が」


「まだ」


「自分の作品じゃない?」


 ますみ。


 少し。


 考える。


「……」


「私の作品」


「うん」


「でも」


「私だけの作品じゃない」


 藍。


 笑う。


「それなら」


「うん」


 ますみ。


 少し。


 笑う。


「大丈夫かも」


⸻


 夜。


 人が。


 減る。


 作業。


 終わり。


 ますみは。


 最初のスケッチブックを。


 開く。


 名もなかった。


 笑花。


 その隣に。


 今日の。


 展示写真。


 スマートフォン。


「……」


 全然。


 違う。


 最初は。


 一人。


 今は。


 町。


 人。


 音。


 文章。


 地図。


 余白。


 でも。


 目。


 泣きそうで。


 少し。


 怒っている。


 そこは。


 残っている。


「笑花」


 小さく。


 呼ぶ。


 すると。


 奥から。


「誰?」


 木戸。


「何でもない!」


「人いるの?」


「いない!」


「怖っ!」


「寝て!」


 木戸。


「はい!」


⸻


 ますみは。


 もう一度。


 最初の絵を見る。


 自分一人の中にいた頃。


 確かに。


 大事だった。


 誰にも。


 触られない。


 誰にも。


 変えられない。


 でも。


 もし。


 あのままだったら。


 笑花は。


 ずっと。


 同じ顔で。


 一人。


 スケッチブックの中に。


 いたのかもしれない。


 今。


 笑花には。


 道がある。


 町がある。


 戻れる場所がある。


 出ていく場所もある。


 隣を歩く人もいる。


 そして。


 誰とも歩かない時間もある。


 全部。


 自分一人では。


 思いつかなかった。


 ますみは。


 スケッチブックを。


 閉じる。


「……まあ」


 少し。


 笑う。


「それも」


「いいか」


 その夜。


 初めて。


 笑花を。


 誰かに取られたとは。


 思わなかった。


 むしろ。


 笑花自身が。


 少し。


 自分の手から。


 歩き出したように。


 見えた。


⸻


後書き


第74話でした。


今回は、


「みんなで作る」とは何なのか


を一段深く掘りました。


ますみが怖くなったのは、


みんなの案が嫌だったからではありません。


むしろ全部好きだった。


だからこそ、


気づいたら、


「笑花について、自分以外の人も当然のように語れるようになっている」。


それが、


少し怖かった。


自分の中だけにいた存在が、


自分の手から離れていく感覚です。


そして今回、


藍とも初めてかなり真正面からぶつかりました。


でも、


どちらかが折れる形にはしていません。


ますみは、


「もっと自分の感覚を入れたい」と言う。


藍は、


自分が好きだった最後の文章を外してみる。


その結果、


作品はむしろますみらしくなった。


そして最後に出た答えが、


「私の作品。でも、私だけの作品じゃない」


です。


共同制作の一つの到達点になりました。


また、笑花の重要な台詞も生まれています。


「あなたが悪いんじゃない。でも、ここじゃない。」


これはこの物語全体にもかなり重要な言葉です。


誰かが悪人だから離れるのではない。


助けてもらったことに感謝していても、


そこから出ていい。


「恩」と「所属」は同じではありません。


一方、翔太はコンビニ側との現実的な調整へ進み、


隼人は面接へ向かうことを、


初めて敦に頼みました。


少しずつ、


敦が「付き添ってもらう側」から、


誰かの横にいる側


へ移っています。


次回、第75話では、隼人の倉庫面接。


そして同じ日に、


『笑花』展示の試作を見た奈々恵が、


編集役としてかなり厳しい一言を出します。


「これ、優しすぎるかもしれない」


せっかくまとまり始めた作品に、


また別の問題が出てきます。

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