削るということ
第73話 削るということ
前書き
作る時は、
増やしていけばいい。
思いついたものを足して、
好きなものを詰め込んで、
世界を大きくしていける。
けれど。
誰かに見せる作品にするなら、
いつか必ず、
選ばなければならない。
残すもの。
捨てるもの。
そして時には、
自分が一番好きなものを、
自分で削らなければならない。
第73話です。
⸻
午前九時十八分。
高架下の事務所。
「来た」
藍が言った。
その声だけで。
ますみが。
机の向こうから。
顔を上げる。
「何が」
「文化展」
「……」
「メール」
ますみ。
固まる。
「開いた?」
「まだ」
「何で」
「みんな待ってる」
カナコ。
「私いる」
航平。
「俺も」
レン。
「俺も」
敦。
「俺も見ていい?」
ますみ。
「岡野さんは」
「何」
「……いていい」
「微妙!」
翔太。
「俺は?」
「いていい」
「何で俺より普通なの」
「顔?」
「また顔!?」
前原は。
少し離れたソファ。
新聞。
「朝からうるせぇ」
「ヨシさん!」
敦。
「今日結果です!」
「何の」
「文化展!」
「ああ」
「覚えてない!」
「覚えてる」
「その反応で!?」
「開けりゃ分かるだろ」
「そうなんですけど!」
⸻
藍のスマートフォン。
画面。
件名。
「地域交流文化展 出展について」
「……」
ますみ。
両手。
膝。
「押して」
藍。
「私?」
「代表」
「応募フォームは私が押した!」
「じゃあ今回も」
「無理」
「何で」
「結果は別」
カナコ。
「何が違うの」
「違う」
「じゃあ」
航平。
「俺押す」
「ダメ」
「何で」
「私が見る」
「どっち!?」
ますみ。
一度。
深呼吸。
「……藍」
「うん」
「押して」
「はい」
メール。
開く。
全員。
画面。
⸻
このたびは地域交流文化展へご応募いただき、ありがとうございました。
選考の結果、作品「笑花――帰る場所は、まだ分からない」を展示作品として採択いたしました。
「……」
誰も。
すぐ。
声を出さなかった。
ますみ。
「……え」
藍。
「通った」
「え」
「展示できる」
「え」
「ますみ」
「え?」
「通ったよ」
「……」
ますみ。
画面。
奪うように。
見る。
一行目。
二行目。
三行目。
「……」
顔。
青くなる。
「やばい」
「何で!?」
カナコ。
「通ったんだよ!」
「取り消し」
「早い!」
レン。
「まだ始まってない!」
「無理!」
「昨日まで出したかったでしょ!」
「出したかったのと」
「出るのは違う!」
「意味が分からない!」
敦が。
笑いそうになって。
必死で堪える。
「笑った?」
「笑ってない!」
「絶対笑った!」
「嬉しくて!」
「それならいい!」
⸻
「続き」
藍が言う。
「何?」
全員。
もう一度。
画面。
展示場所:第二展示室B区画
使用可能スペース:壁面幅1800mm×高さ1200mm、展示台1台(幅900mm×奥行450mm)
沈黙。
「……」
航平。
「小さくない?」
レン。
「小さい」
カナコ。
「これ」
「音どうするの」
藍。
「イヤホン一台なら」
「展示台」
「でも」
航平。
「地図置いたら」
「台終わる」
レン。
「冊子も」
「置けない」
ますみ。
「絵」
「何枚?」
全員。
見る。
現在。
完成候補。
八枚。
途中。
六枚。
合計。
十四。
「壁」
レン。
「十四枚は無理」
「……」
「小さくすれば」
ますみ。
「読めない」
藍。
「文章もある」
「じゃあ」
「文章削る?」
藍。
少し止まる。
「絵も削る」
「え」
ますみ。
「両方」
「……」
「必要なものだけにする」
ますみの顔。
少し変わった。
⸻
「必要って」
ますみ。
「何」
「展示に必要なもの」
「じゃあ」
「笑花が道端に座る絵」
「必要?」
「必要」
「食堂」
「必要」
「ベンチ」
「必要」
「地図」
航平。
「必要」
「音」
カナコ。
「必要」
「ロゴ」
レン。
「必要」
藍。
「全部必要じゃん」
「ほら!」
ますみ。
「全部置けばいい!」
「置けないんだって」
「何とか」
「物理的に無理」
レン。
「じゃあ」
「壁増やす?」
「できない」
「横にはみ出す」
「隣の人に怒られる」
「天井」
「吊るせない」
「床」
「避難経路」
「……」
ますみ。
黙る。
「嫌だ」
ぽつり。
「何が」
藍。
「削るの」
「……」
「だって」
ますみ。
スケッチ。
「全部」
「描いたのに」
「うん」
「みんなで」
「作ったのに」
「うん」
「いらないって」
「言うみたい」
藍。
少し。
目を伏せる。
「違うよ」
「同じ」
「違う」
「じゃあ」
「何で外すの」
「……」
空気。
少し。
重くなった。
⸻
敦が。
口を開こうとする。
「岡野」
前原。
「はい」
「黙っとけ」
「まだ何も」
「顔」
「……はい」
敦。
座る。
隼人。
横で。
小声。
「ヨシさん」
「こういう時」
「意外と分かってるよな」
「聞こえてんぞ」
「すみません」
⸻
「ますみ」
藍。
「いらないから」
「削るんじゃない」
「じゃあ何」
「全部見せたら」
「何が大事か」
「分からなくなるから」
「……」
「でも」
ますみ。
「見る人が」
「決めればいいじゃん」
「何を」
「何が大事か」
「……」
「全部置いて」
「好きなところ見てもらえば」
「それじゃ」
藍。
「私たちが」
「何を伝えたいか」
「なくなる」
「なくならない」
「なくなる」
いつも。
ますみへ。
強く押さない藍が。
今日は。
引かなかった。
ますみ。
少し。
驚く。
「……藍」
「ごめん」
「でも」
藍。
ノート。
「これは」
「作品にしたい」
「……」
「素材を」
「並べただけじゃなくて」
「ちゃんと」
「最初から最後まで」
「見た人の中に」
「何か残るものにしたい」
ますみ。
「私の絵」
「素材?」
「そういう意味じゃない!」
「言った」
「絵だけじゃない」
「私の文章も」
「カナコの音楽も」
「航平の地図も」
「レンのデザインも」
「全部」
「作品の材料」
「……」
「だから」
藍。
少し。
苦しそうに。
「私の文章だって」
「削る」
⸻
沈黙。
ますみが。
少し。
藍を見る。
「どれ」
「え」
「藍の」
「何削るの」
「……」
藍。
ノート。
開く。
文章。
何度も。
書き直した。
笑花が。
最初の人について行く場面。
そこから。
離れる場面。
食堂。
町。
一人のベンチ。
いろいろ。
「この場面」
藍が。
指。
「市場」
「え」
航平。
「市場なくすの?」
「多分」
「待って」
「地図の中心だぞ」
「分かってる」
「笑花が」
「初めて自分から」
「人に道を聞く場面」
「好きだった」
「私も」
「じゃあ何で」
「展示では」
藍。
「そこまで入れたら」
「長い」
「……」
「文章読まれなくなる」
「……」
航平。
少し。
不満そう。
「でも」
「市場」
「世界が広がった感じ」
「出るのに」
「うん」
「だから」
「冊子には」
「入れられるかもしれない」
「冊子置く場所ないだろ」
レン。
「QR」
「え」
全員。
レンを見る。
「オンライン」
「展示には」
「最小限」
「もっと見たい人だけ」
「QRで」
「全文」
「地図」
「音」
「他の絵」
沈黙。
「……」
航平。
「それ」
「あり」
カナコ。
「音も」
「イヤホン一台より」
「スマホで聴ける」
「でも」
ますみ。
「スマホ持ってない人」
「いる」
「だから」
レン。
「展示自体で」
「完結はさせる」
「もっと見たい人用」
「追加」
「……」
藍。
「それなら」
「かなり削れる」
「削るの前提なんだ」
ますみ。
「そこは」
「変わらない」
⸻
午前十時半。
会議。
開始。
誰も。
そう呼んでいないけれど。
完全に。
会議だった。
ホワイトボード。
前原の事務所に。
なぜかある。
「これ誰の」
隼人。
「川本」
前原。
「何で」
「昔使った」
「何に」
「聞くな」
「怖い」
⸻
藍が。
中央。
書く。
展示で絶対に残したいもの
「一人」
「一個」
藍。
「一個?」
ますみ。
「まず」
「それぞれ」
「絶対残したいもの」
「一つだけ」
「……」
「決めよう」
「無理」
「じゃあ」
「いつまでも決まらない」
ますみ。
むっとする。
「藍から」
「いいよ」
藍。
少し考える。
「私は」
「笑花が」
「一回ついて行った場所から」
「自分で出る場面」
「……」
「そこ?」
「うん」
「最初じゃなくて?」
「最初も大事」
「でも」
「一個なら」
「そこ」
ボード。
藍:『ここじゃない』と出ていく場面
「カナコ」
「私は」
すぐ。
「初めて音楽が入るところ」
「絵じゃなくて」
「音だから」
「何の場面」
「誰かが」
「笑花を引っ張らずに」
「隣を歩くところ」
ボード。
カナコ:誰かと“並んで歩く”場面
「航平」
「地図」
「それは分かる」
「いや」
航平。
「地図全部じゃなくて」
「笑花が」
「戻る道を」
「自分で書き足す場面」
ますみが。
少し。
顔を上げる。
「そんな場面」
「まだない」
「入れたい」
「何で」
「最初」
「地図って」
「誰かにもらうものだったろ」
「……」
「最後の方で」
「笑花が」
「自分の帰れる場所」
「自分で印つける」
「……」
「それ」
「いい」
ますみ。
小さく。
言う。
ボード。
航平:笑花が地図へ自分で印をつける
「レン」
「俺」
「……」
全員。
「ロゴって言うなよ」
隼人。
「言わねぇよ!」
「顔」
「うるさい!」
レン。
少し考える。
「余白」
「何」
「展示の」
「……」
「全部埋めたくない」
ますみ。
「何で」
「見る人が」
「立ち止まる場所」
「必要」
「……」
「絵」
「文章」
「地図」
「全部」
「ギチギチに置いたら」
「見る前に疲れる」
「……」
「だから」
ボード。
レン:余白
「一番抽象的」
航平。
「でも大事」
藍。
⸻
「ますみ」
全員。
見る。
「……」
ますみ。
スケッチ。
一枚。
また一枚。
手。
止まる。
「全部」
「なし」
「一個」
「……」
「無理」
藍。
「じゃあ」
「今」
「一番」
「なくなったら嫌なの」
「……」
ますみ。
長く。
沈黙。
道端に座る笑花。
食堂。
笑う人。
逃げる。
ベンチ。
町。
地図。
最後。
最近描いた。
一枚。
笑花が。
いくつもの灯りを。
少し離れた丘から。
見ている絵。
一つの家を。
見ているのではない。
町。
いろいろな場所。
遠く。
食堂。
公園。
小さな部屋。
学校。
道。
そして。
笑花は。
どこへ行くか。
まだ決めていない。
「これ」
ますみ。
一枚。
出す。
「最後?」
藍。
「うん」
「笑花」
「帰るところ」
「決めてない」
「うん」
「でも」
「帰れるところは」
「ある」
ますみ。
絵を見る。
「これ」
「残したい」
ボード。
ますみ:最後の町を見下ろす笑花
⸻
少し。
空気。
変わった。
さっきまで。
全部残したい。
だった。
今。
一人一人。
譲れないものが。
少し見えた。
「じゃあ」
藍。
「これを」
「中心に」
「削ろう」
ますみ。
まだ。
苦い顔。
でも。
「……うん」
初めて。
言った。
⸻
昼。
翔太は。
コンビニの。
初出勤を。
二日後に控えていた。
制服。
書類。
説明。
「これ」
翔太。
「身元保証人」
「どうする」
敦。
「……」
「俺」
「家」
「今」
「戻ってないし」
「親」
「連絡」
「取れる?」
「取れるけど」
「書いてもらうの」
「嫌」
敦。
「そっか」
「……」
「店に」
「相談してみる?」
「え」
「保証人」
「必須なのか」
「別の方法あるのか」
「聞く」
「……」
「怒られません?」
「何で」
「面倒なやつって」
「思われる」
「思われるかも」
翔太。
「そこ否定してよ」
「でも」
敦。
「聞かないと」
「分からない」
「……」
「それで採用取り消しとか」
「あるなら」
「それも」
「先に分かった方が」
「……」
翔太。
スマートフォン。
「電話」
「今?」
「あとででも」
「……」
「一人で?」
「一人でやってみます」
「分かった」
「でも」
翔太。
「近くに」
「いてもらっていいですか」
「もちろん」
今度は。
敦が。
そう言われる側だった。
⸻
隼人。
少し離れた。
求人サイト。
「これ」
スマホ。
前原へ。
「何だ」
「倉庫」
「夜?」
「朝から夕方」
「時給」
「そこそこ」
「通勤」
「電車で二駅」
「……」
「応募すれば」
前原。
「簡単に言うな」
「じゃあ見るだけにしろ」
「……」
「応募する」
「どっちだ」
「今決めた」
「そうか」
「……」
「何」
「何も」
「もっと何か言えよ」
「頑張れ」
「雑!」
前原。
「お前が言えって」
「そうだけど!」
隼人。
少し笑う。
そして。
応募ボタン。
「……」
「押すぞ」
「俺に聞くな」
「押す」
「どうぞ」
クリック。
「……押した」
「そうか」
「もっと!」
「うるせぇ!」
⸻
午後一時四十分。
創作組。
第一回。
削減。
「この絵」
藍。
「外す」
「待って」
ますみ。
「橋!」
「うん」
「好きなのに」
「私も好き」
「じゃあ」
「でも」
「展示の流れでは」
「なくても」
「……」
「冊子に入れる」
「QRの方にも」
「……」
「分かった」
ますみ。
声。
小さい。
一枚。
外れる。
机の端へ。
ますみ。
何度も。
見る。
次。
「市場」
航平。
「QR」
「……」
「展示からは」
「外す」
「分かった」
航平。
言った後。
地図。
見ている。
やっぱり。
寂しい。
「航平」
ますみ。
「何」
「嫌?」
「ちょっと」
「……」
「でも」
「市場消えるわけじゃない」
ますみ。
自分へ。
言うように。
「展示にないだけ」
「……」
航平。
「そうだな」
⸻
「カナコ」
藍。
「曲」
「四分十秒」
「うん」
「長い」
「分かってる」
「一分半」
「無理」
「展示だと」
「全部聴いてもらえない」
「三分」
「長い」
「二分」
「……」
「二分」
「それ以上は」
「イヤ」
カナコ。
初めて。
少し強い。
「一分半だと」
「並んで歩くところまで」
「音が育たない」
「……」
「最初」
「音楽なし」
「途中から」
「少しずつ」
「入る」
「最後」
「また町の音」
「それやるなら」
「二分」
「必要」
藍。
少し考える。
「レン」
「展示回転」
「二分なら」
「ギリ」
「イヤホン」
「一台」
「QR」
「フル版?」
カナコ。
「フル版」
「じゃあ」
藍。
「展示版二分」
「オンライン四分十秒」
カナコ。
少し。
迷う。
「……それなら」
「うん」
「やる」
カナコ自身も。
削る。
⸻
レン。
「文章」
「文字数」
「これ」
「多い」
藍。
「どれくらい」
「半分」
「……」
ますみ。
「藍」
「何」
「顔」
「何」
「今」
「めちゃくちゃ嫌そう」
「嫌だよ」
「……」
「削りたくない」
「さっき」
「削るって」
「言ってた」
「言ったからって」
「平気とは言ってない」
ますみ。
少し。
黙る。
そして。
笑った。
「藍も」
「嫌なんだ」
「当たり前」
「……」
「なんか」
「良かった」
「何が」
「私だけ」
「子どもみたいに」
「嫌がってるのかと思った」
藍。
「嫌なものは嫌だよ」
「でも」
「やる」
「……」
「うん」
ますみ。
「私も」
「やる」
⸻
その時。
前原。
通りかかる。
「何してる」
「削ってる」
ますみ。
「何を」
「作品」
「ふーん」
一枚。
机端。
橋の絵。
前原。
手に取る。
「これ」
「外すやつ」
「何で」
「流れに」
「なくてもいいから」
「そうか」
前原。
しばらく。
見る。
「俺は」
「これ好きだけどな」
ますみ。
固まる。
「……」
「何だ」
「ヨシさん」
「絵」
「好きとか言うんだ」
「悪いか」
「いや」
「意外」
「返せ」
「待って」
ますみ。
絵。
受け取る。
「でも」
「展示には」
「出さない」
「そうか」
「うん」
「何で」
「好きって言ったのに」
「……」
「好きと」
「残すは」
「別だから」
前原が。
一瞬。
ますみを見る。
「そうか」
それだけ。
離れる。
ますみは。
橋の絵。
端へ戻した。
でも。
今度は。
さっきより。
寂しくなかった。
⸻
午後三時。
翔太。
電話。
コンビニ。
「はい」
「先日採用いただいた」
「長澤……」
止まる。
「違う」
敦。
小声。
「翔太です」
「分かってる!」
「緊張してる!」
電話。
「すみません」
「長谷川翔太です」
敦。
心の中。
苗字。
初めて聞いた気がする。
今まで。
翔太。
翔太。
だった。
『はい、どうしました?』
「あの」
「書類の」
「身元保証人なんですけど」
「事情があって」
「親に」
「頼みにくくて」
「……」
沈黙。
翔太の顔。
強張る。
『ああ、それなら』
『保証人欄は緊急連絡先とは別なので』
『未成年の場合、ちょっと確認必要ですね』
「……はい」
『店長から本部に聞いてみます』
「はい」
『場合によっては保護者同意が必要です』
「……」
『ただ』
『それで即採用取消って話じゃないから』
「……はい」
『一回確認して』
『今日中に折り返します』
「ありがとうございます」
電話。
切れる。
翔太。
息。
「……死ぬ」
敦。
「生きてる」
「電話嫌い」
「分かる」
「岡野さん」
「近くにいただけ」
「はい」
「何もしてない」
「はい」
「……でも」
翔太。
少し。
笑う。
「いた方が」
「楽でした」
敦。
一瞬。
何も言えない。
「……そうですか」
「何で照れるんですか」
「照れてない」
「顔」
「みんな顔読むな!」
⸻
午後四時。
施設。
監督担当。
正式な聞き取り。
倉田。
高瀬。
別々。
同席者。
記録。
淡々。
責める場ではない。
事実。
当時の判断。
現在の運用。
「倉田さん」
担当者。
「児童本人の希望より」
「安定した環境を優先した」
「はい」
「その判断に」
「外部の専門機関による」
「再評価は」
「ありませんでしたね」
「……はい」
「なぜ」
倉田。
少し。
考える。
「自分たちの方が」
「本人を知っていると」
「思っていたからです」
「……」
「実際」
「長く接していました」
「はい」
「でも」
倉田。
自分から。
「それが」
「外へ相談しない理由には」
「ならなかった」
高瀬が。
少し。
顔を上げる。
倉田は。
続ける。
「当時は」
「外の人間より」
「自分たちが分かっている」
「そう思っていました」
「今は?」
「……」
「分かっている部分と」
「分かっていない部分が」
「ある」
担当者。
記録。
「それを」
「誰が確認するべきだと」
「……」
「施設だけで」
「決めるべきではないと思います」
静か。
高瀬は。
倉田の横顔を見る。
すべて。
変わったわけではない。
でも。
昨日とは。
違う。
⸻
夕方。
創作組。
壁面サイズ。
床へ。
マスキングテープ。
実寸。
幅一・八メートル。
高さ。
想定。
「狭っ」
敦。
「言うな!」
全員。
「すみません!」
床。
その中へ。
作品。
仮置き。
中央。
笑花。
道端。
左。
最初の「大丈夫」と言う人。
その次。
笑花が。
「ここじゃない」
と出る。
中央下。
誰かと。
並んで歩く。
地図。
右側。
複数の帰れる場所。
最後。
町を見下ろす。
笑花。
「……」
全員。
離れて。
見る。
「まだ」
レン。
「多い」
「ええ!?」
ますみ。
「これでも!?」
「文章入れる」
「地図」
「QR」
「タイトル」
「余白」
「……」
「あと」
「一枚」
「減らしたい」
ますみの顔。
固まる。
「どれ」
「中央下」
レン。
「並んで歩く」
カナコ。
「ダメ」
即答。
「そこ」
「曲の」
「一番大事なところ」
「でも」
「前後の絵で」
「意味は伝わる」
「音で」
「見せる」
「絵もいる」
「カナコ」
藍。
「……」
「私は」
「残したい」
カナコ。
はっきり。
「他」
「削っていい」
「私の曲」
「もっと短くしてもいい」
「でも」
「並んで歩く絵は」
「残したい」
ますみが。
カナコを見る。
「何で」
「……」
カナコ。
少し考える。
「笑花」
「ずっと」
「誰かに」
「こっちって」
「言われてるじゃん」
「うん」
「手」
「引かれたり」
「道」
「教えられたり」
「……」
「でも」
「この場面」
「同じ方向かどうかも」
「分かんないのに」
「ただ」
「隣歩いてる」
「……」
「私」
「そこ」
「好き」
ますみ。
絵を見る。
二人。
横顔。
会話も。
ない。
手も。
繋いでいない。
ただ。
並んでいる。
「……残す」
レン。
「じゃあ」
「別」
「どれ」
全員。
また。
苦しむ。
⸻
「最初の人」
航平。
「一枚にできない?」
「どういう」
「笑ってる人と」
「そこから出る笑花」
「一枚の中」
「……」
ますみ。
少し。
想像。
左。
笑って。
手を差し出す人。
右。
振り返らず。
出ていく笑花。
一枚。
同じ空間。
「できる」
「描き直し?」
「うん」
「間に合う?」
「……」
締め切り。
十数日。
「やる」
藍。
「無理なら」
「今の二枚でも」
「いや」
ますみ。
少し。
目。
強い。
「描く」
「一枚にした方が」
「いい」
全員。
何も言わない。
ますみ自身が。
削るために。
描き直すと。
言った。
⸻
夜。
夕食。
「疲れた」
ますみ。
机へ。
突っ伏す。
「まだ飯前」
和子。
「起きな」
「動けない」
「食べれば動く」
「ヨシさんみたい」
「誰があんなの」
前原。
「聞こえてんぞ」
「聞こえるように言った」
「何だと」
ますみ。
笑う。
少し。
疲れが抜ける。
⸻
献立。
鮭。
炊き込みご飯。
ほうれん草。
味噌汁。
「グエンさんは?」
翔太。
「仕事」
敦。
「珍しい」
「元々働いてますよ!」
前原。
「お前ら」
「居場所にしすぎて」
「本業忘れてんじゃねぇか」
木戸。
「俺は」
「何」
「本業何だっけ」
「出てけ」
「待って!」
⸻
食事。
ますみ。
箸。
「藍」
「何」
「今日」
「ごめん」
「何が」
「絵」
「素材って言われて」
「怒った」
「……」
「私も」
藍。
「言い方悪かった」
「でも」
「意味」
「今は」
「ちょっと分かる」
「うん」
「全部」
「好きでも」
「全部見せる必要ない」
「……」
「好きじゃなくなるわけじゃない」
「うん」
「それ」
ますみ。
「難しいね」
「難しい」
「藍も」
「文章削る時」
「泣く?」
「泣かない」
「ほんと?」
「多分」
「多分じゃん」
「でも」
藍。
少し笑う。
「消した文章」
「別の話で」
「使うかもしれない」
「……」
「じゃあ」
「なくならない?」
「完全には」
「……」
ますみ。
少し。
安心したように。
「絵も」
「そうかな」
「そうでしょ」
「別の作品」
「冊子」
「ネット」
「誰かに見せてもいい」
「……」
「うん」
⸻
その時。
翔太。
電話。
「店」
立つ。
「はい」
事務所。
少し静か。
『本部確認取れました』
「はい」
『保護者同意は必要なんですが』
翔太。
顔。
落ちる。
『事情がある場合』
『自治体の支援担当や』
『現在生活を支援している成人の方と相談して』
『書類を確認できるケースもあるそうです』
「……」
『店だけでは判断できないので』
『一度』
『担当の方いますか』
翔太。
全員。
見る。
「……います」
『じゃあ』
『必要なら』
『一緒に来てもらって』
『事情だけ確認しましょう』
「はい」
『働いてもらう前提で進めてますから』
翔太。
少し。
息を止める。
「ありがとうございます」
電話。
切る。
「……」
「どうだった」
敦。
「まだ」
「分かんないけど」
翔太。
少し。
笑う。
「働く前提って」
「言われました」
「おお!」
敦。
また大声。
「岡野さん」
「すみません!」
⸻
「誰行く」
隼人。
「ヨシさん?」
翔太。
前原。
「嫌だ」
「何で」
「俺が行ったら」
「余計怪しい」
「確かに」
「おい」
川本。
「佐伯さん」
「それが一番じゃない?」
敦。
「行政側」
「相談してみよう」
「……」
翔太。
少し。
肩。
下がる。
「お願いします」
言える。
助けてほしい時。
お願いします。
以前より。
少し。
自然に。
⸻
午後九時四十五分。
創作机。
ますみ。
一人。
描き直し。
藍。
文章。
カナコ。
イヤホン。
曲編集。
航平。
地図。
レン。
レイアウト。
同じ机。
それぞれ。
黙っている。
喧嘩した。
少し。
気まずくもなった。
でも。
誰も。
帰っていない。
「ますみ」
藍。
「何」
「さっき」
「削るって」
「捨てるのと」
「違うと思う」
「……」
「何で」
「残ったものに」
「場所を作るため」
「……」
ますみ。
筆。
止める。
「レンみたい」
「余白?」
「うん」
「……」
「じゃあ」
ますみ。
「私」
「余白」
「嫌いだったかも」
「何で」
「何もないから」
「……」
「何もないと」
「何か失敗したみたいで」
藍。
少し。
顔を上げる。
「学校でも」
ますみ。
ぽつり。
「ノート」
「白いところ」
「嫌だった」
「……」
「全部」
「埋めないと」
「ちゃんとしてない感じ」
「……」
「絵も」
「画面」
「いっぱいに」
「描いてた」
レン。
聞いていた。
「余白って」
ますみ。
「何もない場所じゃないんだね」
「……」
レン。
「見る人が」
「入る場所」
ますみ。
レンを見る。
「それ」
「前も言ってた?」
「言ってない」
「じゃあ今」
「思いついた」
「うん」
「いいじゃん」
ますみ。
少し笑う。
⸻
新しい絵。
半分。
笑って。
手を差し出す人。
表情は。
悪くない。
むしろ。
心配している。
でも。
反対側。
笑花。
歩いて。
外へ。
間。
広い。
何も描かない。
その余白が。
二人の。
距離。
になっている。
「……」
ますみ。
手を止める。
「これ」
レン。
後ろから。
「何」
「いい」
「まだ途中」
「途中でも」
「……」
「空いてるところ」
「残して」
「描かない方が」
「いいかも」
ますみ。
余白。
見る。
「怖い」
「何が」
「描きたくなる」
「我慢」
「……」
「無理かも」
「それも制作」
「一番難しい」
ますみ。
少し笑う。
「削るより」
「描かない方が」
「難しい」
⸻
午後十時二十分。
前原。
外。
缶コーヒー。
敦。
隣。
「ヨシさん」
「何だ」
「今日」
「止めましたよね」
「何を」
「俺が」
「口出そうとした時」
「ああ」
「何で」
「お前の作品じゃねぇから」
「……」
「でも」
「揉めてた」
「揉めりゃいい」
「え」
「殴り合いしねぇなら」
「……」
「自分らで」
「決める話だろ」
敦。
少し。
笑う。
「昔のヨシさんなら」
「もっと」
「こうしろって」
「言ってた?」
「知らねぇ」
「……」
「多分」
前原。
少しだけ。
遠くを見る。
「言ってたかもな」
「……」
「良かれと思って」
「はい」
「一番」
「面倒なやつだ」
敦。
「倉田さんのこと?」
「別に」
「……」
「俺のことだ」
敦が。
前原を見る。
前原。
缶。
一口。
「俺も」
「昔」
「こうしろ」
「それじゃ駄目だ」
「何回」
「人に言ったか」
「……」
「でも」
「ヨシさん」
「今も言いますよ」
「うるせぇ」
「靴揃えろとか」
「それは揃えろ!」
敦。
笑う。
⸻
「岡野」
「はい」
「全部」
「本人に決めさせりゃ」
「いいわけでもねぇ」
「……」
「分かってます」
「でも」
前原。
「本人が」
「決められることまで」
「取るな」
「……」
「そういうことですか」
「知らん」
「そこで逃げる!」
「俺は先生じゃねぇ」
「またそれ」
「寝るぞ」
「まだコーヒー飲んでる!」
⸻
その夜。
ますみ。
新しい絵。
完成。
前の二枚を。
一枚にした。
減った。
でも。
なくなった感じは。
しなかった。
むしろ。
前より。
言いたいことが。
見える。
笑っている人。
悪い人ではない。
笑花。
嫌いだから。
出ていくのではない。
ここではないから。
出る。
二人の間。
余白。
ますみは。
その空いた場所を。
じっと見る。
何も描いていない。
なのに。
そこに。
一番たくさん。
何かがあるように。
見えた。
⸻
後書き
第73話でした。
今回は創作で避けられない、
「削る」
を中心にしました。
ますみにとっては、
描いたものを展示から外すことが、
「いらないと言われること」に近く感じられている。
だから最初は受け入れられません。
でも、
藍も自分の文章を削る。
カナコも曲を短くする。
航平も市場を展示から外す。
誰か一人のものだけが切られるのではなく、
全員が作品のために、
好きなものを少しずつ手放していく。
そして重要なのがレンの「余白」です。
余白は何もない場所ではなく、見る人が入る場所。
これは『笑花』の展示だけでなく、
この物語の「居場所」にも少し重なります。
全部を埋めない。
全部を決めない。
誰かが自分で入れる余地を残す。
ますみは今回、
初めて「描かない」という選択をしました。
一方で翔太の仕事も、
現実的な壁に少しぶつかりました。
未成年で家族関係が不安定なら、
「採用された、明日から働けます」で簡単に終わるとは限らない。
でも店側も即座に排除しない。
支援担当と相談しながら進める。
ここも、
誰か一人が全部解決する形にはしません。
隼人も自分で求人へ応募しました。
そして前原も、
みんなが揉めているところへ、
以前ほど簡単に答えを入れなくなっています。
次回、第74話では、いよいよ展示の試作へ。
ところが今度は、
削った結果を見たますみが、
思いもしなかったことを言い始めます。
「これ、私の作品じゃないみたい」
みんなで作ることと、
自分の作品であること。
そこで藍との関係が、
今回よりもう一段深くぶつかることになります。




