もう一つの灯り
第55話 もう一つの灯り
前書き
助け方は、
一つじゃありません。
正解も、
一つじゃありません。
違うやり方でも、
同じように誰かを救えることがあります。
だから、
人は出会うのでしょう。
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夕方六時過ぎ。
空はまだ薄く明るい。
昼間の雨はすっかり上がり、濡れたアスファルトが夕焼けを映していた。
高架下の事務所では、夕食の支度が始まっている。
和子が台所で味噌汁を作り、グエンが横で真剣な顔をして豆腐を切っていた。
「グエンちゃん。」
「ハイ!」
「豆腐は優しく。」
「ヤサシク。」
包丁が止まる。
グエンは両手で豆腐を持ち上げる。
「コレデヤサシイ。」
「それは優しすぎるねぇ。」
和子が笑う。
事務所の中も自然と笑いに包まれた。
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その時だった。
桜井が戻ってきた。
手には古い封筒。
そして一枚の地図。
「見つかった。」
部屋が静かになる。
前原が顔を上げた。
「森川か。」
「いや。」
桜井は首を振る。
「森川を最後に見たという人。」
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その人物は、
佐々木恵子。
六十五歳。
現在は小さな食堂でボランティアをしている。
「昔、洋食屋でパートしてた人だ。」
「店長が紹介してくれた。」
黒岩が地図を見る。
「ここ?」
「駅三つ向こう。」
「無料食堂?」
「そう。」
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翔太が聞いた。
「無料なんですか?」
「子どもも。」
「大人も。」
「事情があれば。」
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敦は少し驚いた。
「そんな場所があるんですね。」
佐伯が頷く。
「行政とも連携しています。」
「ただ。」
少し困った顔をした。
「運営はかなり苦しい。」
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前原が煙草を取り出す。
「明日行く。」
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翌日。
住宅街。
小さな商店街。
その外れ。
古い定食屋だった建物。
暖簾には手書きで、
「ひだまり食堂」
と書かれている。
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店へ入る。
カラン。
鈴が鳴る。
「いらっしゃい。」
穏やかな声。
エプロン姿の女性が笑った。
六十代半ば。
髪は白い。
優しい目。
この人が、
佐々木恵子だった。
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「桜井さん?」
「はい。」
「店長から聞いてます。」
「どうぞ。」
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店内は広くない。
四人掛けのテーブルが五つ。
壁には子どもが描いた絵。
折り紙。
写真。
手書きのメニュー。
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一番驚いたのは。
客だった。
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ランドセル姿の小学生。
部活帰りらしい高校生。
仕事着の男性。
スーツ姿の女性。
ベビーカーを押す母親。
外国人技能実習生らしい青年。
みんな同じ食卓で食べている。
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敦は思わず呟いた。
「……すごい。」
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恵子が笑う。
「ご飯食べる場所だから。」
「みんな同じよ。」
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前原は店内を見回した。
「儲かってねぇだろ。」
恵子は笑った。
「全然。」
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「じゃあ何で。」
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「寂しい子が減るから。」
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短い答えだった。
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その時。
厨房から、
元気な声が聞こえた。
「おばちゃん!」
「味噌なくなった!」
「棚の二段目!」
「どっち!」
「右!」
飛び出してきたのは、
二十代後半くらいの青年。
黒髪。
眼鏡。
細身。
エプロン姿。
「こんにちは!」
人懐っこい笑顔だった。
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「紹介するね。」
恵子が言う。
「うちの料理長。」
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「料理長じゃないですよ!」
青年は笑う。
「元プログラマーです。」
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全員が少し驚く。
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「会社辞めちゃって。」
「燃え尽きまして。」
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「今はここ。」
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木戸ならきっと言う。
「振れ幅すげぇ。」
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青年は続ける。
「料理なんて全然できなかったんです。」
「でも。」
「おばちゃんに拾われました。」
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その言葉に、
前原が少しだけ笑った。
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「また拾ってんのか。」
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「そっちもでしょ。」
恵子が笑い返す。
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二人は知り合いだった。
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黒岩が驚く。
「知ってたのか?」
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「十年以上前からね。」
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前原は照れ臭そうに頭を掻く。
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「昔。」
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「炊き出し手伝わされた。」
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「手伝ってもらったの。」
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「言い方。」
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店内が笑いに包まれる。
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敦はその光景を見ていた。
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ここも。
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居場所だった。
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でも。
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前原たちとは違う。
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ここは、
「帰ってもいい場所」
ではなく、
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「ちょっと休める場所」
だった。
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食事をして。
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笑って。
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また、
それぞれの家へ帰っていく。
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居場所にも、
いろんな形がある。
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その時。
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恵子が、
少し真面目な顔になった。
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「森川くんの話よね。」
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桜井が頷く。
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「ええ。」
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恵子は静かに言った。
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「来たことあるわ。」
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部屋の空気が変わる。
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「一回だけ。」
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「三年前。」
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「痩せてた。」
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「でも。」
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「生きてた。」
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前原の目が鋭くなる。
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「その後は。」
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恵子はゆっくり首を振った。
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「また来るって笑って。」
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「来なかった。」
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窓の外では、
子どもたちが笑いながら走っていく。
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その笑い声とは対照的に、
店の奥だけが静かだった。
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「でもね。」
恵子は微笑んだ。
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「最後にね。」
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『ご飯、美味しかったです。』
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『また普通の人になれた気がしました。』
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「そう言って帰ったの。」
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前原は目を閉じた。
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普通。
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その言葉が、
胸に重く残った。
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後書き
第55話でした。
今回は「もう一つの居場所」を描きました。
前原たちだけが人を支えるのではなく、社会にはさまざまな形で人を支えている人たちがいます。
そして重要なのは、森川修平が「三年前までは生きていた」ことが判明したことです。
物語はここから、「森川を探す」という新たな目的へ進んでいきます。同時に、前原たちの事務所だけでなく、「ひだまり食堂」という新しい居場所も、今後の仲間たちの大切な舞台になっていくでしょう。




