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WAY HOME ――行き場をなくした僕らの、小さな食卓――  作者: 和泉發仙


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55/105

もう一つの灯り

第55話 もう一つの灯り


前書き


助け方は、


一つじゃありません。


正解も、


一つじゃありません。


違うやり方でも、


同じように誰かを救えることがあります。


だから、


人は出会うのでしょう。


⸻


 夕方六時過ぎ。


 空はまだ薄く明るい。


 昼間の雨はすっかり上がり、濡れたアスファルトが夕焼けを映していた。


 高架下の事務所では、夕食の支度が始まっている。


 和子が台所で味噌汁を作り、グエンが横で真剣な顔をして豆腐を切っていた。


「グエンちゃん。」


「ハイ!」


「豆腐は優しく。」


「ヤサシク。」


 包丁が止まる。


 グエンは両手で豆腐を持ち上げる。


「コレデヤサシイ。」


「それは優しすぎるねぇ。」


 和子が笑う。


 事務所の中も自然と笑いに包まれた。


⸻


 その時だった。


 桜井が戻ってきた。


 手には古い封筒。


 そして一枚の地図。


「見つかった。」


 部屋が静かになる。


 前原が顔を上げた。


「森川か。」


「いや。」


 桜井は首を振る。


「森川を最後に見たという人。」


⸻


 その人物は、


佐々木恵子。


六十五歳。


現在は小さな食堂でボランティアをしている。


「昔、洋食屋でパートしてた人だ。」


「店長が紹介してくれた。」


黒岩が地図を見る。


「ここ?」


「駅三つ向こう。」


「無料食堂?」


「そう。」


⸻


 翔太が聞いた。


「無料なんですか?」


「子どもも。」


「大人も。」


「事情があれば。」


⸻


 敦は少し驚いた。


「そんな場所があるんですね。」


佐伯が頷く。


「行政とも連携しています。」


「ただ。」


少し困った顔をした。


「運営はかなり苦しい。」


⸻


 前原が煙草を取り出す。


「明日行く。」


⸻


 翌日。


 住宅街。


 小さな商店街。


 その外れ。


 古い定食屋だった建物。


 暖簾には手書きで、


「ひだまり食堂」


と書かれている。


⸻


 店へ入る。


 カラン。


 鈴が鳴る。


「いらっしゃい。」


 穏やかな声。


 エプロン姿の女性が笑った。


 六十代半ば。


 髪は白い。


 優しい目。


 この人が、


佐々木恵子だった。


⸻


「桜井さん?」


「はい。」


「店長から聞いてます。」


「どうぞ。」


⸻


 店内は広くない。


 四人掛けのテーブルが五つ。


 壁には子どもが描いた絵。


 折り紙。


 写真。


 手書きのメニュー。


⸻


 一番驚いたのは。


 客だった。


⸻


 ランドセル姿の小学生。


 部活帰りらしい高校生。


 仕事着の男性。


 スーツ姿の女性。


 ベビーカーを押す母親。


 外国人技能実習生らしい青年。


 みんな同じ食卓で食べている。


⸻


 敦は思わず呟いた。


「……すごい。」


⸻


 恵子が笑う。


「ご飯食べる場所だから。」


「みんな同じよ。」


⸻


 前原は店内を見回した。


「儲かってねぇだろ。」


恵子は笑った。


「全然。」


⸻


「じゃあ何で。」


⸻


「寂しい子が減るから。」


⸻


 短い答えだった。


⸻


 その時。


 厨房から、


元気な声が聞こえた。


「おばちゃん!」


「味噌なくなった!」


「棚の二段目!」


「どっち!」


「右!」


 飛び出してきたのは、


二十代後半くらいの青年。


 黒髪。


 眼鏡。


 細身。


 エプロン姿。


「こんにちは!」


 人懐っこい笑顔だった。


⸻


「紹介するね。」


恵子が言う。


「うちの料理長。」


⸻


「料理長じゃないですよ!」


青年は笑う。


「元プログラマーです。」


⸻


 全員が少し驚く。


⸻


「会社辞めちゃって。」


「燃え尽きまして。」


⸻


「今はここ。」


⸻


 木戸ならきっと言う。


「振れ幅すげぇ。」


⸻


 青年は続ける。


「料理なんて全然できなかったんです。」


「でも。」


「おばちゃんに拾われました。」


⸻


 その言葉に、


前原が少しだけ笑った。


⸻


「また拾ってんのか。」


⸻


「そっちもでしょ。」


恵子が笑い返す。


⸻


 二人は知り合いだった。


⸻


 黒岩が驚く。


「知ってたのか?」


⸻


「十年以上前からね。」


⸻


 前原は照れ臭そうに頭を掻く。


⸻


「昔。」


⸻


「炊き出し手伝わされた。」


⸻


「手伝ってもらったの。」


⸻


「言い方。」


⸻


 店内が笑いに包まれる。


⸻


 敦はその光景を見ていた。


⸻


 ここも。


⸻


 居場所だった。


⸻


 でも。


⸻


 前原たちとは違う。


⸻


 ここは、


「帰ってもいい場所」


ではなく、


⸻


「ちょっと休める場所」


だった。


⸻


 食事をして。


⸻


 笑って。


⸻


 また、


それぞれの家へ帰っていく。


⸻


 居場所にも、


いろんな形がある。


⸻


 その時。


⸻


 恵子が、


少し真面目な顔になった。


⸻


「森川くんの話よね。」


⸻


 桜井が頷く。


⸻


「ええ。」


⸻


 恵子は静かに言った。


⸻


「来たことあるわ。」


⸻


 部屋の空気が変わる。


⸻


「一回だけ。」


⸻


「三年前。」


⸻


「痩せてた。」


⸻


「でも。」


⸻


「生きてた。」


⸻


 前原の目が鋭くなる。


⸻


「その後は。」


⸻


 恵子はゆっくり首を振った。


⸻


「また来るって笑って。」


⸻


「来なかった。」


⸻


 窓の外では、


子どもたちが笑いながら走っていく。


⸻


 その笑い声とは対照的に、


店の奥だけが静かだった。


⸻


「でもね。」


恵子は微笑んだ。


⸻


「最後にね。」


⸻


『ご飯、美味しかったです。』


⸻


『また普通の人になれた気がしました。』


⸻


「そう言って帰ったの。」


⸻


 前原は目を閉じた。


⸻


 普通。


⸻


 その言葉が、


胸に重く残った。


⸻


後書き


第55話でした。


今回は「もう一つの居場所」を描きました。


前原たちだけが人を支えるのではなく、社会にはさまざまな形で人を支えている人たちがいます。


そして重要なのは、森川修平が「三年前までは生きていた」ことが判明したことです。


物語はここから、「森川を探す」という新たな目的へ進んでいきます。同時に、前原たちの事務所だけでなく、「ひだまり食堂」という新しい居場所も、今後の仲間たちの大切な舞台になっていくでしょう。

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