消えた住所
前書き
地図の上では、
世界は正確だ。
でも、
人が生きているのは、
地図の中じゃない。
だから、
自分の目で見ることには意味がある。
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第51話 消えた住所
翌朝。
事務所には珍しく全員が集まっていた。
テーブルの中央には、一枚の住宅地図。
その上に、赤い丸が三つ付けられている。
佐伯が地図を指さした。
「関連法人の住所です。」
「一つは説明会をやっていたビル。」
「一つは清掃会社。」
「そして、ここ。」
少し郊外の住宅街。
「シェアハウス《あさがお》。」
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木戸が地図をのぞき込む。
「名前は可愛いな。」
「だから余計に違和感があります。」
佐伯は静かに言った。
「登記もあります。」
「営業許可もあります。」
「行政への届け出も問題ありません。」
敦が尋ねる。
「何がおかしいんです?」
佐伯は少し困ったように笑う。
「昨日、郵便物が返送されてきたんです。」
「宛先不明で。」
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桜井が腕を組む。
「住所が違う?」
「可能性があります。」
黒岩は立ち上がった。
「行くか。」
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前原は短く答えた。
「俺も行く。」
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「俺も!」
翔太が手を挙げる。
しかし前原は首を横に振った。
「今回は留守番だ。」
「なんでですか。」
「顔を覚えられてる。」
翔太は悔しそうに唇を噛む。
それは事実だった。
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結局、
現地へ向かうのは四人。
前原。
黒岩。
桜井。
佐伯。
敦は事務所に残ることになった。
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昼前。
古いワゴン車が住宅街へ入る。
静かな街だった。
公園。
クリーニング店。
小さな八百屋。
犬を散歩させる老人。
どこにでもある風景。
佐伯が地図を見る。
「この先です。」
車を降りる。
住所は確かに存在した。
だが──
「あれ?」
黒岩が立ち止まる。
そこに建っていたのは、
新しい二階建ての一軒家だった。
表札には、
「中村」。
「あさがお」の看板はない。
シェアハウスらしき建物もない。
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桜井が住所をもう一度確認する。
番地は合っている。
地図も合っている。
「……おかしいな。」
その時、
庭で花に水をやっていた女性が四人に気づいた。
五十代くらい。
エプロン姿の穏やかな人だった。
「何か御用ですか?」
佐伯が一歩前へ出る。
「突然すみません。」
「こちらは以前、別の建物でしたか?」
女性は少し考えた。
「ああ……。」
「昔は古いアパートでしたよ。」
全員の視線が集まる。
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「五、六年前だったかしら。」
「取り壊して、この家を建てたんです。」
「じゃあ、『あさがお』というシェアハウスは……?」
女性は首を傾げた。
「聞いたことないですね。」
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黒岩と桜井は目を合わせる。
「住所だけが残ってるのか。」
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その頃、事務所では。
木戸がトランプを広げていた。
「ババ抜きしようぜ。」
「いやです。」
翔太は即答する。
「なんで?」
「木戸さん、絶対ズルするから。」
「人聞き悪いな!」
「前もジョーカー袖に隠してました。」
「バレてたのか。」
藍とますみが思わず笑う。
重たい調査とは対照的に、
事務所にはいつもの空気が流れていた。
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住宅街。
前原は古い電柱に貼られた色褪せた不動産会社のステッカーを見つめていた。
その下には、剥がされた跡がある。
何かの案内板があった形跡。
「……桜井。」
「なんだ。」
「この土地。」
「昔の登記も調べろ。」
桜井は頷く。
「建物だけじゃなく、所有者もか。」
「そうだ。」
前原は静かに言う。
「建物は壊せる。」
「でも、人の繋がりは簡単には消えねぇ。」
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帰り道。
佐伯がぽつりと漏らした。
「違法じゃないかもしれない。」
「でも……。」
前原が続きを引き取る。
「ああ。」
「誰かが、跡を消そうとしてる。」
ワゴン車はゆっくりと住宅街を後にした。
彼らはまだ、事件の全体像を知らない。
だが確かに一つだけ分かった。
違和感は、偶然ではなかった。
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次回予告
第52話 「残された隣人」
桜井は古い住宅地図を手に、かつてアパートがあった頃から住み続ける近所の人を訪ねる。
そこで語られるのは、「あさがお」という名前ではなく、夕方になると若者たちが笑いながら出入りしていた、見慣れた古い建物の記憶だった。
事件ではなく、人の記憶から少しずつ真実が浮かび上がり始める。




