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WAY HOME ――行き場をなくした僕らの、小さな食卓――  作者: 和泉發仙


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50/105

残された名簿

前書き


事件は、


大きな一つの証拠から始まるとは限らない。


「なんか変だな」


その小さな違和感を、


見逃さない人がいる。


だから真実へ近づける。


⸻


第50話 残された名簿


夜九時。


高架下の事務所。


昼間の賑やかさはなく、


聞こえるのは扇風機の音だけだった。


机の上には説明会でもらった資料。


パンフレット。


名刺。


アンケート。


そして参加者名簿。


⸻


桜井は老眼鏡を掛け、


一枚ずつ確認していた。


元刑事らしい几帳面さだった。


黒岩が缶コーヒーを置く。


「まだ見てんのか。」


「……気になる。」


「何が。」


桜井は答えない。


ただ、


何度も同じページをめくっていた。


⸻


敦が近寄る。


「何かあります?」


桜井は名簿を差し出した。


「これを見ろ。」


参加者二十三人。


年齢。


連絡先。


希望職種。


どこにでもある書類だった。


敦は首を傾げる。


「普通ですよね。」


「普通だ。」


桜井は頷く。


「だから気になる。」


⸻


赤ペンで丸が付いた名前が六人。


敦が聞く。


「この丸は?」


「前回の説明会参加者だ。」


「え?」


「白石が持ってきた資料と照らし合わせた。」


翔太も身を乗り出す。


「同じ人ですか?」


「いや。」


桜井は首を振る。


「一部だけ同じ。」


⸻


黒岩も覗き込む。


「何が変なんだ。」


桜井は静かに言った。


「六人とも。」


「途中から記録が消えてる。」


部屋が静まる。


⸻


「就職した。」


「退会した。」


「転居した。」


理由は全部書いてある。


だが、


その後の記録だけが、


どこにもない。


⸻


「偶然じゃないですか?」


陸が言う。


桜井は頷いた。


「俺もそう思った。」


「だから調べた。」


机にもう一枚の紙を置く。


⸻


新聞記事。


小さな地方欄。


二十二歳男性、行方不明。


別の記事。


二十四歳女性、家族が捜索願。


さらにもう一枚。


二十歳男性、連絡途絶える。


⸻


敦が息を呑む。


「……まさか。」


桜井は首を横に振る。


「まだ繋がらない。」


「繋げちゃいけない。」


「証拠はない。」


⸻


そこへ佐伯がやって来た。


市役所帰りでネクタイを少し緩めている。


「失礼します。」


「何か分かりました。」


⸻


全員が佐伯を見る。


⸻


「この団体。」


⸻


「生活相談だけじゃありません。」


⸻


「職業紹介会社。」


⸻


「シェアハウス運営。」


⸻


「資格講座。」


⸻


「食品販売。」


⸻


「清掃会社。」


⸻


「警備会社。」


⸻


「全部関連法人です。」


⸻


黒岩が眉をひそめた。


「広すぎるな。」


⸻


「全部合法です。」


佐伯は静かに続ける。


「税金も納めています。」


「行政処分もありません。」


「評判も悪くない。」


⸻


「じゃあ。」


木戸が首をかしげる。


「何が悪いんだ?」


⸻


誰も答えられない。


⸻


その時だった。


⸻


ずっと黙っていた前原が、


一枚の紙を見つめながら口を開いた。


⸻


「……違う。」


⸻


敦が振り向く。


⸻


「何がです?」


⸻


前原は名簿の住所欄を指差した。


⸻


「ここ。」


⸻


「全部。」


⸻


「保証人なし。」


⸻


部屋が静まり返る。


⸻


佐伯が慌てて見直す。


⸻


「本当だ……。」


⸻


黒岩も気付く。


⸻


「家族と疎遠。」


⸻


「一人暮らし。」


⸻


「施設育ち。」


⸻


「ネットカフェ。」


⸻


「住所不定。」


⸻


偶然とは思えない。


⸻


前原は静かに言う。


⸻


「狙ってる。」


⸻


「帰る場所がない奴を。」


⸻


翔太は言葉を失った。


⸻


それは、


少し前までの自分だった。


⸻


前原は続ける。


⸻


「家族がいる奴は。」


⸻


「逃げられる。」


⸻


「でも。」


⸻


「帰る場所がない奴は。」


⸻


「そこが家になる。」


⸻


誰も反論できなかった。


⸻


桜井がゆっくり頷く。


⸻


「だから。」


⸻


「ここまで気付かれなかった。」


⸻


「助けることと。」


⸻


「囲い込むこと。」


⸻


「紙一重なんだ。」


⸻


部屋に重い沈黙が落ちる。


⸻


その時、


和子が台所から顔を出した。


⸻


「みんな。」


⸻


「お茶入ったよ。」


⸻


その一言で、


張り詰めた空気が少しだけほどける。


⸻


翔太は紙から目を離し、


湯気の立つ湯飲みを見つめた。


⸻


自分には、


帰る場所があった。


⸻


血の繋がりではない。


⸻


それでも、


「おかえり」


と言ってくれる場所。


⸻


その違いの大きさを、


今日初めて実感した。


⸻


前原は静かに湯飲みを持ち上げる。


⸻


「急ぐな。」


⸻


「違和感だけで人を裁くな。」


⸻


「だが。」


⸻


「違和感は忘れるな。」


⸻


その言葉に、


全員が静かに頷いた。


⸻


次回予告


第51話「消えた住所」


佐伯が関連法人をさらに調べる中で、一つのシェアハウスの所在地に違和感を覚える。


地図にはある。


登記もある。


しかし実際に現地を訪れると、そこには別の建物が建っていた。


「書類の住所」と「現実の住所」。


その小さな食い違いが、新たな調査の糸口となっていく。

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