残された名簿
前書き
事件は、
大きな一つの証拠から始まるとは限らない。
「なんか変だな」
その小さな違和感を、
見逃さない人がいる。
だから真実へ近づける。
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第50話 残された名簿
夜九時。
高架下の事務所。
昼間の賑やかさはなく、
聞こえるのは扇風機の音だけだった。
机の上には説明会でもらった資料。
パンフレット。
名刺。
アンケート。
そして参加者名簿。
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桜井は老眼鏡を掛け、
一枚ずつ確認していた。
元刑事らしい几帳面さだった。
黒岩が缶コーヒーを置く。
「まだ見てんのか。」
「……気になる。」
「何が。」
桜井は答えない。
ただ、
何度も同じページをめくっていた。
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敦が近寄る。
「何かあります?」
桜井は名簿を差し出した。
「これを見ろ。」
参加者二十三人。
年齢。
連絡先。
希望職種。
どこにでもある書類だった。
敦は首を傾げる。
「普通ですよね。」
「普通だ。」
桜井は頷く。
「だから気になる。」
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赤ペンで丸が付いた名前が六人。
敦が聞く。
「この丸は?」
「前回の説明会参加者だ。」
「え?」
「白石が持ってきた資料と照らし合わせた。」
翔太も身を乗り出す。
「同じ人ですか?」
「いや。」
桜井は首を振る。
「一部だけ同じ。」
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黒岩も覗き込む。
「何が変なんだ。」
桜井は静かに言った。
「六人とも。」
「途中から記録が消えてる。」
部屋が静まる。
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「就職した。」
「退会した。」
「転居した。」
理由は全部書いてある。
だが、
その後の記録だけが、
どこにもない。
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「偶然じゃないですか?」
陸が言う。
桜井は頷いた。
「俺もそう思った。」
「だから調べた。」
机にもう一枚の紙を置く。
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新聞記事。
小さな地方欄。
二十二歳男性、行方不明。
別の記事。
二十四歳女性、家族が捜索願。
さらにもう一枚。
二十歳男性、連絡途絶える。
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敦が息を呑む。
「……まさか。」
桜井は首を横に振る。
「まだ繋がらない。」
「繋げちゃいけない。」
「証拠はない。」
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そこへ佐伯がやって来た。
市役所帰りでネクタイを少し緩めている。
「失礼します。」
「何か分かりました。」
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全員が佐伯を見る。
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「この団体。」
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「生活相談だけじゃありません。」
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「職業紹介会社。」
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「シェアハウス運営。」
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「資格講座。」
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「食品販売。」
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「清掃会社。」
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「警備会社。」
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「全部関連法人です。」
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黒岩が眉をひそめた。
「広すぎるな。」
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「全部合法です。」
佐伯は静かに続ける。
「税金も納めています。」
「行政処分もありません。」
「評判も悪くない。」
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「じゃあ。」
木戸が首をかしげる。
「何が悪いんだ?」
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誰も答えられない。
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その時だった。
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ずっと黙っていた前原が、
一枚の紙を見つめながら口を開いた。
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「……違う。」
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敦が振り向く。
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「何がです?」
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前原は名簿の住所欄を指差した。
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「ここ。」
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「全部。」
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「保証人なし。」
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部屋が静まり返る。
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佐伯が慌てて見直す。
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「本当だ……。」
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黒岩も気付く。
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「家族と疎遠。」
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「一人暮らし。」
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「施設育ち。」
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「ネットカフェ。」
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「住所不定。」
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偶然とは思えない。
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前原は静かに言う。
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「狙ってる。」
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「帰る場所がない奴を。」
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翔太は言葉を失った。
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それは、
少し前までの自分だった。
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前原は続ける。
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「家族がいる奴は。」
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「逃げられる。」
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「でも。」
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「帰る場所がない奴は。」
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「そこが家になる。」
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誰も反論できなかった。
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桜井がゆっくり頷く。
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「だから。」
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「ここまで気付かれなかった。」
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「助けることと。」
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「囲い込むこと。」
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「紙一重なんだ。」
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部屋に重い沈黙が落ちる。
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その時、
和子が台所から顔を出した。
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「みんな。」
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「お茶入ったよ。」
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その一言で、
張り詰めた空気が少しだけほどける。
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翔太は紙から目を離し、
湯気の立つ湯飲みを見つめた。
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自分には、
帰る場所があった。
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血の繋がりではない。
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それでも、
「おかえり」
と言ってくれる場所。
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その違いの大きさを、
今日初めて実感した。
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前原は静かに湯飲みを持ち上げる。
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「急ぐな。」
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「違和感だけで人を裁くな。」
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「だが。」
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「違和感は忘れるな。」
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その言葉に、
全員が静かに頷いた。
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次回予告
第51話「消えた住所」
佐伯が関連法人をさらに調べる中で、一つのシェアハウスの所在地に違和感を覚える。
地図にはある。
登記もある。
しかし実際に現地を訪れると、そこには別の建物が建っていた。
「書類の住所」と「現実の住所」。
その小さな食い違いが、新たな調査の糸口となっていく。




