居場所を作る理由
前書き
人は、
過去を消して生きることはできない。
でも。
過去に縛られ続ける必要もない。
誰かが、
「ここにいていい」
と言ってくれた日から、
人は少しずつ前を向ける。
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第49話 居場所を作る理由
夕方六時。
高架下の事務所。
いつものテーブルには、湯気の立つ急須と紙コップが並んでいた。
誰もすぐには話し始めない。
説明会から戻ってきた敦たち三人は、それぞれが考え込んでいた。
やがて木戸が、重たい空気に耐えきれなくなったように口を開く。
「……で?」
「なんか悪いことしてた?」
敦は首を横に振る。
「見た限りでは。」
「何も。」
「勧誘も強引じゃなかった。」
「脅しもない。」
「説明も丁寧だった。」
木戸は頭を掻いた。
「じゃあ何が問題なんだ?」
誰も答えられない。
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黒岩がパンフレットを机へ置いた。
「問題は、これだけじゃ分からんことだ。」
桜井も続ける。
「表だけ見れば、福祉団体としても十分通用する。」
佐伯は静かに言った。
「行政でも、これだけでは動けません。」
「違法性が確認できない以上、こちらから介入することは難しいんです。」
翔太が俯いたまま呟く。
「先輩……本当に助かったって言ってました。」
部屋が静まり返る。
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前原は湯飲みを手に取った。
「そうなんだろう。」
翔太が顔を上げる。
「え……?」
「嘘じゃねぇ。」
「助かった奴もいる。」
「飯を食えて、寝る場所があって、働けるようになった奴もいる。」
「だから余計に厄介なんだ。」
敦が前原を見る。
「ヨシさんは……知ってるんですか?」
前原は少し笑った。
「昔な。」
「俺も似たようなもんだった。」
全員が前原を見る。
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「若い頃の俺はよ。」
「ケンカしかできねぇ。」
「金もねぇ。」
「行く場所もねぇ。」
「そんな時に、ある組の親分が飯を食わせてくれた。」
誰も口を挟まない。
「寝る場所もくれた。」
「仕事もくれた。」
「“家族だ”って言われた。」
翔太が息を呑む。
「嬉しかった。」
前原は笑う。
「初めてだったからな。」
「必要とされたの。」
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「でもな。」
その笑顔が消えた。
「飯には値段がある。」
静かな声だった。
「借りは返せ。」
「恩は返せ。」
「家族なんだから当然だろ。」
「そうやって、少しずつ逃げ道がなくなる。」
誰も動かなかった。
「最初は頼み事。」
「次は断れない仕事。」
「最後には、自分が何をしてるのか分からなくなる。」
前原は窓の外を見た。
「気づいた時には、自分で檻を閉めてた。」
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翔太は拳を握る。
「じゃあ……。」
「拓海先輩も……。」
前原は首を横に振った。
「まだ分からん。」
「助かっただけかもしれねぇ。」
「利用されてるだけかもしれねぇ。」
「その両方かもしれねぇ。」
「だから決めつけるな。」
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その時、ますみが静かに口を開いた。
「……でも。」
みんなが彼女を見る。
「ここも。」
「ご飯食べられる。」
「寝られる。」
「話を聞いてくれる。」
「同じじゃないの?」
部屋が静まり返る。
誰もが、一瞬答えに詰まった。
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前原は少しだけ笑った。
「違いが一つだけある。」
ますみは首を傾げる。
「なんですか?」
前原はゆっくり答えた。
「帰りたくなったら、いつでも帰れる。」
「残りたかったら、いてもいい。」
「誰も借りなんか数えねぇ。」
「恩返しもしなくていい。」
「ここは、出て行く自由がある。」
その言葉に、敦はハッとした。
翔太も。
藍も。
陸も。
自由。
それが、この場所と「あちら」の違いだった。
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その時だった。
ガラガラッ。
勢いよく扉が開く。
「こんばんはー!」
元気な声が響く。
和子だった。
両手には大きな買い物袋。
「今日はコロッケ作りすぎちゃってね!」
木戸が飛び上がる。
「和子さん!」
「神様!」
「誰が神様だい。」
笑いが起こる。
さっきまで重かった空気が、一気に和らいだ。
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前原はその様子を黙って見ていた。
誰かが笑う。
誰かがおかわりをする。
誰かがくだらない話をする。
それだけでいい。
「居場所ってのはな。」
前原が小さく呟く。
「作るもんじゃねぇ。」
「気づいたら、なってるもんだ。」
敦はその言葉を胸に刻んだ。
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次回予告
第50話「残された名簿」
説明会で受け取った資料を整理していた桜井が、一枚だけ不自然な名簿に気付く。
そこには、途中で突然連絡が途絶えた参加者たちの共通点が隠されていた。
事件はまだ始まっていない。
しかし、静かに「違和感」が輪郭を持ち始める。




