あの頃の先輩
前書き
人は、
過去に戻りたいわけじゃない。
でも、
過去の誰かに優しくされると、
少しだけ、
戻りたくなってしまう。
第48話です。
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第48話 あの頃の先輩
「……翔太?」
青年は笑っていた。
高校時代と同じ笑顔。
少しだけ髪が短くなったくらい。
それ以外は変わっていない。
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「拓海先輩……。」
翔太の声は小さかった。
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長谷川拓海。
二十五歳。
サッカー部の先輩。
誰にでも優しかった。
後輩からも人気だった。
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「久しぶりじゃん!」
拓海は自然に肩を叩く。
「元気だった?」
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翔太は曖昧に笑う。
「まぁ……。」
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「連絡しても返ってこないからさ。」
「心配してたんだよ。」
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敦は黙って二人を見ていた。
心配。
その言葉に嘘は感じなかった。
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拓海は敦たちにも頭を下げる。
「友達?」
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陸が笑う。
「まぁそんな感じです。」
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「そうなんだ。」
拓海は嬉しそうだった。
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「翔太、高校の頃から人見知りだったから。」
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翔太は苦笑いする。
「やめてくださいよ。」
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「でも少し安心した。」
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拓海は本当に安心したような顔をした。
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「一人じゃなかったんだな。」
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翔太は何も言えなかった。
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その一言は、
少しだけ嬉しかった。
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少しだけ。
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拓海が言う。
「時間ある?」
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「少しだけ話さない?」
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敦と陸は顔を見合わせる。
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翔太も迷っていた。
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「俺たち外にいる。」
敦が静かに言う。
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翔太は頷いた。
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「十分だけ。」
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一階のカフェ。
ガラス越しに街が見える。
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拓海はコーヒーを二つ注文した。
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「俺が奢る。」
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「いや。」
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「先輩だから。」
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昔と同じだった。
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翔太は少しだけ肩の力を抜いた。
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「元気だった?」
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「まぁ。」
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「お母さんは?」
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翔太は少し黙る。
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「出ました。」
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拓海は驚かなかった。
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「そうか。」
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「……。」
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「辛かったな。」
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その一言だけだった。
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翔太は俯く。
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誰にも言えなかった。
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でも。
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先輩は、
何も聞かない。
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責めない。
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ただ、
「辛かったな。」
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それだけ。
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翔太は少し目が熱くなった。
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拓海が笑う。
「俺もさ。」
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「ここに来る前はボロボロだった。」
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「仕事も辞めて。」
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「親とも揉めて。」
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「毎日酒飲んで寝てた。」
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「でも。」
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「ここが拾ってくれた。」
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翔太は静かに聞いていた。
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拓海は続ける。
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「飯食わせてくれて。」
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「住む所も貸してくれて。」
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「仕事も紹介してくれて。」
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「俺、本当に助かった。」
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翔太は顔を上げる。
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その目は真っ直ぐだった。
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嘘をついているようには見えない。
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「だから。」
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拓海は微笑む。
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「翔太も困ってるなら。」
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「ここ、悪くないぞ。」
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静かになる。
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翔太の心が揺れる。
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目の前にいるのは、
詐欺師じゃない。
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高校の頃、
自分を可愛がってくれた先輩だ。
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その先輩が、
「助かった」
と言っている。
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一方。
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外。
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敦と陸はベンチに座っていた。
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陸が缶コーヒーを開ける。
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「どう思う?」
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敦は少し考えた。
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「……分からない。」
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「俺も。」
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陸は苦笑した。
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「怖いよな。」
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「うん。」
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「悪い人に見えない。」
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「そう。」
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「だから。」
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「判断できない。」
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その時。
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ビルの向かい側。
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喫茶店の窓際。
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前原は黙ってその様子を見ていた。
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黒岩が聞く。
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「止めるか?」
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前原は首を振る。
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「止めねぇ。」
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「なんで。」
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「翔太が決める。」
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川本は静かに頷く。
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「自分で決めないと。」
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「また誰かの人生になる。」
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桜井はその言葉を聞いて、
少しだけ目を細めた。
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この人たちは、
救うんじゃない。
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選ばせる。
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そこが、
他とは違う。
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十分後。
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翔太が店から出てきた。
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表情は複雑だった。
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拓海は最後まで笑顔だった。
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「また飯でも行こう。」
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「いつでも連絡して。」
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「待ってる。」
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翔太は小さく頷いた。
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「……はい。」
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拓海はビルへ戻っていく。
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敦は何も聞かなかった。
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陸も。
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三人は無言のまま駅へ向かう。
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改札の前。
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翔太がようやく口を開いた。
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「……あの人。」
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「うん。」
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「悪い人じゃないんです。」
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敦は頷いた。
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「そう思う。」
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翔太は空を見上げた。
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「だから。」
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「余計に分かんなくなった。」
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夕焼けが、
ガラス張りのビルを赤く染めていた。
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後書き
第48話でした。
今回は、「敵」ではなく「向こう側にも人間がいる」という回です。
長谷川拓海は悪意で翔太を誘っているわけではありません。
彼自身も「救われた」と信じています。
だからこそ、翔太は揺れます。
そして前原は、あえて止めません。
「正しい答え」を押し付けるのではなく、自分で考えて選ぶことを大切にしているからです。
次回は事務所へ戻り、それぞれが感じたことを話し合う回になります。そこで前原が、自身の過去を少しだけ語り始めます。これは前原という人物を理解する、大きな転機になるエピソードです。




