いつもの昼下がり
前書き
毎日が特別じゃなくてもいい。
朝起きて。
誰かがいて。
「おはよう」
と言える場所がある。
それだけで、
人は少しだけ強くなれる。
第44話です。
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第44話 いつもの昼下がり
昼過ぎ。
高架下の事務所。
古い扇風機が、
「ガタ……ガタ……」
と音を立てながら回っていた。
六月も終わりに近い。
湿気が多い。
窓は開いているが、
風はほとんど入ってこない。
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木戸はソファで寝ていた。
相変わらずだった。
口を開けて。
片足だけ床へ落ちている。
敦は苦笑する。
「毎回よくその体勢で寝られるな……」
翔太が真面目に答える。
「腰痛くなりそうですよね。」
その瞬間。
木戸は目を閉じたまま言った。
「痛い。」
「起きてたのかよ!」
部屋が笑いに包まれる。
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その頃。
グエンは事務所の流し台で何かを作っていた。
陸が覗き込む。
「何それ?」
「リョウリ!」
鍋から立ち上る湯気。
いい匂いではある。
……あるのだが。
グエンは突然、
味噌を入れた。
さらに、
ナンプラー。
さらに、
七味。
さらに、
ケチャップ。
全員が止まる。
「待て待て待て!」
敦が慌てる。
「何入れた!?」
「ヒミツ!」
「秘密にするな!」
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木戸が起き上がる。
「毒見なら任せろ。」
「なんで自信満々なんだ。」
グエンは小皿へ盛り付ける。
木戸は一口食べる。
静かになる。
全員が見守る。
木戸はゆっくり頷いた。
「……」
「どう?」
「……」
「木戸さん?」
木戸は真顔で言った。
「不味くはない。」
グエンが笑顔になる。
「ホント!?」
「でも二度と作るな。」
「ナンデ!?」
爆笑だった。
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窓際では、
ますみがスケッチブックを広げていた。
笑花。
その横には、
少し不器用そうな少年。
さらに、
カメラを持つ女性。
街を歩く青年。
少しずつ仲間が増えている。
藍が覗き込んだ。
「増えたね。」
「……うん。」
「この子。」
藍は少年を指差した。
「翔太?」
ますみは少し照れながら頷く。
「全部じゃないけど。」
翔太が困ったように笑う。
「なんか照れますね。」
「安心しろ。」
木戸が言う。
「俺なんかまだ出てない。」
ますみが即答した。
「まだ考えてません。」
「ひどい。」
「寝てばっかりだから。」
「反論できねぇ。」
また笑いが起きた。
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航平は今日も地図を書いていた。
「藍。」
「ん?」
「橋一本増やす。」
「また?」
「交通量が。」
「だから交通量!」
レンが笑う。
「航平は異世界でも渋滞考えてる。」
「当たり前だ。」
「当たり前なの?」
「都市設計は重要だ。」
詩織がカメラを構えた。
カシャ。
自然な一枚。
笑いながら議論する若者たち。
誰もポーズを取らない。
その写真を見て、
詩織は小さく呟く。
「いい写真。」
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奈々恵がその声を聞いた。
「撮れた?」
詩織は液晶を見せる。
そこには、
笑い合うみんながいた。
ますみ。
藍。
翔太。
航平。
レン。
グエン。
木戸。
陸。
誰もカメラを見ていない。
「こういう写真好きなんです。」
詩織が言う。
「作った笑顔じゃなくて。」
奈々恵は微笑んだ。
「この場所らしいね。」
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前原は奥の机で書類を見ていた。
煙草は吸っていない。
佐伯が持ってきた資料。
生活保護。
住民票。
就労支援。
難しい言葉が並ぶ。
敦が聞いた。
「読めるんですか?」
前原は顔を上げない。
「読めねぇ。」
「え?」
「だから電話して聞く。」
敦は笑った。
「聞くんですね。」
「分かったふりが一番危ねぇ。」
短い言葉だった。
でも。
敦は少し納得した。
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その時。
ガチャ。
扉が開く。
「こんにちはー!」
元気な声。
和子だった。
七十近い小柄なおばあちゃん。
両手には大きな鍋。
「また来たぞ。」
前原が呆れる。
「今日は肉じゃが。」
木戸が飛び起きる。
「神!」
「座れ。」
和子が木戸の頭を軽く叩く。
「いただきますは?」
「あ。」
「いただきます!」
「よろしい。」
グエンは目を輝かせる。
「ニクジャガ!」
「ちゃんと野菜も食べるんだよ。」
「ハイ!」
和子はますみを見る。
「少し顔色良くなったね。」
ますみは少し照れた。
「……はい。」
「学校は?」
「少しだけ。」
「それでいい。」
和子はそれ以上聞かなかった。
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食卓を囲む。
肉じゃが。
味噌汁。
炊きたてのご飯。
誰かが笑う。
誰かがおかわりをする。
誰かがくだらない話をする。
翔太はふと思った。
こんな夕飯、
何年ぶりだろう。
「翔太。」
和子が優しく言う。
「遠慮しない。」
「まだあるから。」
翔太は少し目を伏せた。
「……はい。」
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その時だった。
机の上の携帯電話が震える。
ブルルル……
部屋が少し静かになる。
前原が画面を見る。
表示された名前。
黒岩誠司
前原は電話に出る。
「……俺だ。」
黒岩の声は短かった。
『ヨシ。』
「なんだ。」
『見つけた。』
前原の表情が変わる。
『例の会社。』
『来週、大きい説明会をやる。』
『今ならまだ間に合う。』
部屋の空気が少しだけ張りつめた。
前原は静かに答える。
「分かった。」
電話が切れる。
誰も何も聞かなかった。
でも。
川本だけは分かっていた。
静かな時間は、
今日で終わる。
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後書き
第44話でした。
今回は「いつもの日常」を描きました。
笑って。
食べて。
絵を描いて。
地図を作って。
写真を撮る。
そんな何気ない時間こそ、
この事務所の一番の財産です。
そして最後。
黒岩からの一本の電話。
いよいよ次回から、
シェアハウス編が本格的に動き出します。




