話を聞く人
前書き
人生は、
突然変わるように見える。
でも実際は、
小さな「まぁいいか」と、
小さな「助かった」が積み重なって、
気づけば違う場所へ来ている。
第42話です。
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第42話 話を聞く人
午後一時。
雨は降っていなかった。
空だけが灰色だった。
高架下の事務所では、いつものように賑やかな声が響いていた。
「却下!」
藍がホワイトボードに大きく丸を書く。
「だからこの駅名はダメ!」
航平が腕を組む。
「いや、地形的には──」
「また地形!」
「大事だ!」
木戸が笑う。
「航平、異世界でも物流考えてる」
「物流は文明だ!」
「知らんわ!」
部屋中が笑う。
ますみも笑っていた。
少し前なら、笑うより先に周りを見ていた。
今は違う。
自然に笑える時間が増えていた。
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その頃。
前原、川本、桜井、敦は古いワゴン車で郊外へ向かっていた。
車内は静かだった。
ラジオだけが小さく流れている。
敦が聞く。
「その人……会ってくれるんですか?」
桜井はハンドルを握ったまま頷く。
「今日は調子がいいらしい」
「無理なら帰る」
「それだけだ」
前原は窓の外を眺めていた。
煙草は吸っていない。
珍しかった。
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住宅街。
築四十年ほどの団地。
階段を三階まで上がる。
古い鉄の扉。
桜井がインターホンを押した。
しばらくして、
ゆっくり扉が開く。
出てきたのは、
二十三歳の青年だった。
痩せている。
髪は伸びっぱなし。
部屋着。
目の下には深い隈。
「……どうも」
小さな声だった。
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部屋へ入る。
カーテンは閉まっている。
机の上には薬。
コンビニ弁当。
ペットボトル。
時間が止まった部屋だった。
「すみません」
青年が言う。
「散らかってて」
前原は部屋を見回した。
「気にすんな」
それだけだった。
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青年の名前は
白石直人。
二十三歳。
元営業職。
そこから、
あの会社へ流れ着いた。
「最初は」
白石は笑った。
「本当に助けてもらったと思ったんです」
「家も紹介してくれて」
「仕事も紹介してくれて」
「友達もできて」
「毎日褒められて」
「人生変わったって思いました」
敦は黙って聞いていた。
白石は続ける。
「でも」
笑顔が消える。
「気づいたら」
「誰とも連絡取れなくなってました」
「家族とも」
「昔の友達とも」
「会社辞めて」
「借金だけ残って」
「全部」
「自分で選んだことになってました」
静かだった。
誰も責めない。
誰も「なんで」と聞かない。
ただ聞いている。
白石は少し驚いたようだった。
「……聞かないんですね」
桜井が笑う。
「もう十分話しただろ」
白石は少し目を伏せた。
そして、
ぽつりと言った。
「初めてです」
「最後まで聞いてくれた人」
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その頃。
事務所では。
ますみがスケッチブックを開いていた。
笑花。
その横に、
翔太をモデルにした少年。
さらに、
カメラを持った女性。
ギターを抱えた青年。
「これさ」
レンが覗き込む。
「一冊にしても面白いよ」
ますみは慌てる。
「無理!」
「まだ途中だし!」
「途中だから面白いんだよ」
レンは笑う。
「完成してから見せる人って」
「一生完成しないこと多いし」
奈々恵が苦笑する。
「耳が痛い」
藍まで頷いた。
「分かる……」
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夕方。
団地を出る。
誰もすぐには喋らなかった。
敦がようやく口を開く。
「……前原さん」
「なんだ」
「怒らなかったですね」
前原は少し笑う。
「誰に」
「白石さんに」
前原は歩きながら答えた。
「怒る相手が違う」
「……」
「弱ってる奴を怒っても意味ねぇ」
その一言を聞いて、
敦は初めて思った。
この人は、
優しい人じゃない。
でも、
困っている人間を見捨てられない人なんだ。
それは、
優しさとは少し違う。
もっと不器用で、
もっと面倒くさいものだった。
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夜。
事務所へ戻る。
「おかえりー!」
グエンが走ってくる。
「パンナイ!」
「また食ったのか!」
木戸が叫ぶ。
「陸だ!」
「違う!」
「俺じゃねぇ!」
また騒ぎになる。
その笑い声を聞いて、
敦は少しだけ肩の力を抜いた。
昼間に見た白石の部屋。
薬の並んだ机。
閉じたカーテン。
そして、
この笑い声。
同じ街の中に、
こんなにも違う場所がある。
だからこそ、
この事務所は、
なくしちゃいけないんだ。
敦は初めて、
そう思った。
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後書き
第42話でした。
今回は、「戦う」のではなく「話を聞く」をテーマにしました。
前原たちは問題を力で解決する人たちではありません。
まず相手の話を最後まで聞く。
それが彼らのやり方です。
一方、創作組では、ますみのスケッチブックが「自分だけの秘密」から、「誰かと育てる作品」へと少しずつ変わり始めました。
次回は少し雰囲気を変えましょう。
創作組が初めて外へ作品を持ち出す一方で、前原たちは白石の証言から「シェアハウス」の運営者へ一歩近づきます。
ここから物語は、さらに大きく動き始めます。




