休む練習
前書き
人は、
「頑張れ」
と言われるより、
「今日は休め」
と言われた日の方を、
覚えていることがある。
それくらい、
休むことは難しい。
第41話です。
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第41話 休む練習
朝。
珍しく朝だった。
高架下の事務所。
窓から差し込む光に、
木戸が顔をしかめる。
「朝って毎日こんな眩しいの?」
敦がコーヒーを吹きそうになる。
「毎日ですよ」
「知らなかった」
「知れ」
木戸は毛布を頭まで被った。
「夜型人間に朝日は暴力だ」
「ドラキュラか」
翔太が初めて突っ込んだ。
部屋が少し笑いに包まれる。
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ガチャ。
扉が開く。
「おはようございまーす!」
元気な声。
真壁陸だった。
両手いっぱいにコンビニ袋を持っている。
「パン半額だった!」
「お前どんだけ買ってきた」
木戸が袋を覗く。
メロンパン。
焼きそばパン。
あんパン。
カレーパン。
クリームパン。
「パン祭りか」
「祭りっす!」
陸は満面の笑みだった。
グエンも飛び跳ねる。
「パン!」
「お前は食い物なら全部テンション高いな」
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その時。
ますみが入ってきた。
制服。
リュック。
少し眠そう。
藍も一緒だった。
「あ、おはよう」
敦が言う。
ますみは少し照れながら答える。
「……おはよう」
自然だった。
誰も気づかないくらい自然に。
前なら入口で立ち止まっていた。
今はもう、
靴を脱いで、
自分の席へ向かう。
それだけのことが、
少し嬉しかった。
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「おっ」
木戸が気づく。
「制服じゃん」
ますみが頷く。
「今日は学校寄ってきた」
静かになる。
藍が笑った。
「二時間だけね」
「うん」
「疲れた」
「だろうね」
でも。
ますみの顔は少し明るかった。
全部じゃない。
一歩だけ。
それで十分だった。
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奈々恵が静かに拍手する。
「偉いね」
ますみは困った顔をした。
「そんな大したことじゃないし」
前原が煙草を咥えながら言う。
「そういう時は」
全員見る。
「“ありがとう”でいい」
ますみは少し止まる。
それから。
「……ありがとう」
奈々恵は笑った。
「どういたしまして」
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昼前。
藍は笑花の設定を書いていた。
「笑花ってさ」
「うん?」
「年齢どうする?」
ますみは考える。
「十六」
「なんで?」
「私より少し大人だから」
藍は笑う。
「じゃあ翔太みたいな子は?」
翔太が驚く。
「俺?」
「モデル」
「えぇ!?」
木戸が吹き出した。
「お前物語デビューじゃん」
翔太は真っ赤になる。
「やめてくださいよ!」
ますみはスケッチブックを開く。
新しいページ。
少し不器用そうな少年。
「まだ途中だけど」
翔太は黙って見つめる。
「……似てる?」
ますみは首を振る。
「ううん」
「でも」
「少し借りた」
翔太は照れくさそうに笑った。
「俺なんかでいいなら」
ますみは小さく答えた。
「ありがとう」
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その頃。
別室。
前原。
川本。
黒岩。
桜井。
四人だけだった。
桜井が新しい資料を置く。
「一人見つかった」
写真。
二十三歳。
男性。
現在は実家。
うつ病。
「話は聞けそうだ」
黒岩が頷く。
「無理はさせるな」
桜井も頷く。
「分かってる」
前原だけは写真を見つめていた。
「……若いな」
「二十三だ」
「ガキじゃねぇか」
桜井は苦く笑う。
「俺らから見たらな」
前原は写真を机へ戻した。
「会う」
短く言う。
黒岩は聞く。
「説得するのか?」
前原は首を振る。
「違う」
「話を聞くだけだ」
その言葉に、
桜井が少し笑った。
「昔のお前なら」
「殴り込みだった」
川本も笑う。
「確かに」
前原は煙草に火をつける。
「歳だ」
「違う」
黒岩が言う。
「お前が変わっただけだ」
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夕方。
事務所。
グエンがパンを頬張る。
陸が叫ぶ。
「誰だカレーパン食ったの!」
木戸が目を逸らす。
「知らん」
「口に付いてる!」
「証拠があるのか!」
「あります!」
大騒ぎ。
翔太が笑う。
ますみも笑う。
藍は呆れながら笑う。
敦はその光景を眺めていた。
ほんの数か月前。
この部屋には来たくなかった。
知らない人ばかりだった。
今は違う。
笑い声が聞こえると、
少し安心する。
帰る場所。
そんな言葉はまだ照れくさい。
でも。
この場所はもう、
“通り道”ではなくなっていた。
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その日の帰り際。
ますみは笑花のページを開く。
その横に、
翔太をモデルにした少年。
さらにもう一人。
カメラを持った女性。
街を歩く青年。
ギターを背負う青年。
少しずつ。
笑花の世界に、
事務所のみんなが住み始めていた。
そしてその世界は、
ますみ一人のものではなく、
みんなで育てる世界へと変わり始めていた。
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後書き
第41話でした。
今回は大事件ではなく、
「少し前へ進んだ日」
を描きました。
* ますみが学校へ二時間だけ行けたこと。
* 翔太が初めて笑顔で自分をモデルにしてもらえたこと。
* 前原が「助ける」のではなく「話を聞く」という姿勢を見せたこと。
そして、創作組にも変化が生まれます。
笑花の世界は、ますみ一人の物語ではなく、事務所のみんなが少しずつ生きる物語になっていきます。
次回はいよいよ、元刑事・桜井と前原が被害者の青年に会いに行くエピソードです。
一方で、創作組では「作品を誰かに見せる」という、新たな一歩が始まります。ここから物語はさらに深く、そして温かく広がっていきます。




