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WAY HOME ――行き場をなくした僕らの、小さな食卓――  作者: 和泉發仙


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40/105

優しい人

⸻


前書き


人は、


「騙される人」が弱いわけじゃない。


弱っている時に、


ちょうどそこへ

「優しい人」が現れるだけだ。


だから、

誰でも騙される。


第40話です。


⸻


第40話 優しい人


雨は止んでいた。


空は曇ったまま。


午後四時。


高架下の事務所には珍しく人が少なかった。


藍とますみは近くの画材屋へ。


カナコはライブハウス。


奈々恵は仕事。


航平は実家へ電話。


グエンは日本語学校。


残っているのは、


前原。


川本。


敦。


木戸。


翔太。


そして真壁陸だった。


⸻


「行くぞ」


前原が立ち上がる。


敦は顔を上げる。


「どこへ?」


「散歩だ」


木戸が吹き出した。


「ヨシさんの散歩、絶対散歩じゃない」


前原は無視した。


「敦」


「はい」


「翔太」


「はい」


「陸」


「おう」


「来い」


⸻


三十分後。


四人は駅前へいた。


人通りは多い。


若者も多い。


カフェ。


美容室。


コワーキングスペース。


一見、ごく普通の街並みだった。


前原はあるビルを顎で示す。


「あれだ」


七階建て。


ガラス張り。


一階にはカフェ。


二階から上はオフィス。


看板には、


『NEXT LIFE SUPPORT』


爽やかな青いロゴ。


誰が見ても普通だった。


⸻


「普通ですね」


敦が言う。


前原は笑わなかった。


「そう見えるように作ってる」


その時だった。


若い女性スタッフが出てきた。


二十代半ば。


スーツ姿。


笑顔。


「こんにちは!」


「アンケートだけでもお願いできますか?」


陸が苦笑いする。


「ほら」


「この感じ」


女性は笑顔を崩さない。


「お仕事探されてますか?」


「住む場所はお困りではありませんか?」


「資格取得も応援しています」


「夢を叶えたい方もぜひ」


翔太の顔色が変わる。


「……この人」


敦も気づいた。


言葉が全部、


自分が昔聞いたものと同じだった。


女性は続ける。


「もし今の生活に少しでも不安があるなら——」


その瞬間。


前原が一歩前へ出た。


「結構です」


女性は少しだけ驚いた。


「そうですか。失礼しました」


最後まで笑顔だった。


怒らない。


食い下がらない。


自然に去っていく。


敦は呆然としていた。


「普通の人でしたよね……」


前原はビルを見上げる。


「だから厄介なんだ」


⸻


少し歩く。


前原が缶コーヒーを買った。


翔太はまだビルを見ていた。


「俺……」


「うん」


「入ってたかもしれないです」


前原は頷いた。


「だろうな」


「……」


「だから責めるな」


翔太は黙った。


「弱い奴だからじゃねぇ」


「弱ってる時だっただけだ」


その言葉は、


翔太だけじゃなく、


敦の胸にも刺さった。


⸻


一方その頃。


画材屋。


藍は色鉛筆を見ていた。


ますみはスケッチブック売り場。


「これいいなぁ」


「高っ!」


二人で笑う。


そこへ。


「……あれ?」


女性が声を掛けてきた。


三十歳くらい。


エプロン姿。


店員だった。


「この前も来てくれましたよね?」


藍が頷く。


「はい」


店員は笑う。


「最近よく楽しそうに選んでるから覚えちゃいました」


ますみは少し照れた。


「そんなに来てます?」


「うん」


「お二人とも目がキラキラしてるから」


ますみは藍を見る。


藍も少し照れていた。


「作品作ってるんですか?」


店員が聞く。


藍は少し考えたあと、


笑って答えた。


「……たぶん」


「まだ途中ですけど」


店員は頷いた。


「完成したら見てみたいですね」


二人は店を出たあとも、


しばらくその言葉を噛みしめていた。


「完成したら……か」


藍が呟く。


ますみはスケッチブックを抱え直す。


「完成するのかな」


藍は少し空を見上げた。


「分かんない」


「でも」


「途中でもいいんじゃない?」


ますみは笑った。


「それ、前なら絶対言わなかったよね」


藍も笑う。


「うん」


「変わったかも」


⸻


夜。


事務所。


前原たちが戻る。


若者たちも戻る。


またいつもの賑やかな空間。


木戸はカップ焼きそばを食べ、


グエンは「タダイマ!」と叫び、


航平は新しい駅名を考え、


奈々恵は呆れながら笑う。


その様子を見ながら、


前原は煙草に火をつけた。


川本が隣で聞く。


「どうでした?」


前原は短く答える。


「思ったより根が深い」


川本も頷いた。


そして、


窓の外の街を見ながら小さく呟く。


「急がねぇとな」


その一言だけが、


少しだけ重く夜に溶けていった。


⸻


後書き


第40話でした。


今回は「悪人らしくない悪人」の入口を描きました。


この作品では、敵を単純な悪役にはしません。


実際には、


* 笑顔

* 丁寧な言葉

* 親切そうな対応


だからこそ、人は安心してしまうことがあります。


一方で、藍とますみは「完成しなくても作り続ける」という新しい考え方を少しずつ身につけ始めました。


次回からは、敦自身の過去にも少し踏み込みながら、前原がなぜ若い人たちを放っておけないのか、その理由にも近づいていきます。

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