優しい人
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前書き
人は、
「騙される人」が弱いわけじゃない。
弱っている時に、
ちょうどそこへ
「優しい人」が現れるだけだ。
だから、
誰でも騙される。
第40話です。
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第40話 優しい人
雨は止んでいた。
空は曇ったまま。
午後四時。
高架下の事務所には珍しく人が少なかった。
藍とますみは近くの画材屋へ。
カナコはライブハウス。
奈々恵は仕事。
航平は実家へ電話。
グエンは日本語学校。
残っているのは、
前原。
川本。
敦。
木戸。
翔太。
そして真壁陸だった。
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「行くぞ」
前原が立ち上がる。
敦は顔を上げる。
「どこへ?」
「散歩だ」
木戸が吹き出した。
「ヨシさんの散歩、絶対散歩じゃない」
前原は無視した。
「敦」
「はい」
「翔太」
「はい」
「陸」
「おう」
「来い」
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三十分後。
四人は駅前へいた。
人通りは多い。
若者も多い。
カフェ。
美容室。
コワーキングスペース。
一見、ごく普通の街並みだった。
前原はあるビルを顎で示す。
「あれだ」
七階建て。
ガラス張り。
一階にはカフェ。
二階から上はオフィス。
看板には、
『NEXT LIFE SUPPORT』
爽やかな青いロゴ。
誰が見ても普通だった。
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「普通ですね」
敦が言う。
前原は笑わなかった。
「そう見えるように作ってる」
その時だった。
若い女性スタッフが出てきた。
二十代半ば。
スーツ姿。
笑顔。
「こんにちは!」
「アンケートだけでもお願いできますか?」
陸が苦笑いする。
「ほら」
「この感じ」
女性は笑顔を崩さない。
「お仕事探されてますか?」
「住む場所はお困りではありませんか?」
「資格取得も応援しています」
「夢を叶えたい方もぜひ」
翔太の顔色が変わる。
「……この人」
敦も気づいた。
言葉が全部、
自分が昔聞いたものと同じだった。
女性は続ける。
「もし今の生活に少しでも不安があるなら——」
その瞬間。
前原が一歩前へ出た。
「結構です」
女性は少しだけ驚いた。
「そうですか。失礼しました」
最後まで笑顔だった。
怒らない。
食い下がらない。
自然に去っていく。
敦は呆然としていた。
「普通の人でしたよね……」
前原はビルを見上げる。
「だから厄介なんだ」
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少し歩く。
前原が缶コーヒーを買った。
翔太はまだビルを見ていた。
「俺……」
「うん」
「入ってたかもしれないです」
前原は頷いた。
「だろうな」
「……」
「だから責めるな」
翔太は黙った。
「弱い奴だからじゃねぇ」
「弱ってる時だっただけだ」
その言葉は、
翔太だけじゃなく、
敦の胸にも刺さった。
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一方その頃。
画材屋。
藍は色鉛筆を見ていた。
ますみはスケッチブック売り場。
「これいいなぁ」
「高っ!」
二人で笑う。
そこへ。
「……あれ?」
女性が声を掛けてきた。
三十歳くらい。
エプロン姿。
店員だった。
「この前も来てくれましたよね?」
藍が頷く。
「はい」
店員は笑う。
「最近よく楽しそうに選んでるから覚えちゃいました」
ますみは少し照れた。
「そんなに来てます?」
「うん」
「お二人とも目がキラキラしてるから」
ますみは藍を見る。
藍も少し照れていた。
「作品作ってるんですか?」
店員が聞く。
藍は少し考えたあと、
笑って答えた。
「……たぶん」
「まだ途中ですけど」
店員は頷いた。
「完成したら見てみたいですね」
二人は店を出たあとも、
しばらくその言葉を噛みしめていた。
「完成したら……か」
藍が呟く。
ますみはスケッチブックを抱え直す。
「完成するのかな」
藍は少し空を見上げた。
「分かんない」
「でも」
「途中でもいいんじゃない?」
ますみは笑った。
「それ、前なら絶対言わなかったよね」
藍も笑う。
「うん」
「変わったかも」
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夜。
事務所。
前原たちが戻る。
若者たちも戻る。
またいつもの賑やかな空間。
木戸はカップ焼きそばを食べ、
グエンは「タダイマ!」と叫び、
航平は新しい駅名を考え、
奈々恵は呆れながら笑う。
その様子を見ながら、
前原は煙草に火をつけた。
川本が隣で聞く。
「どうでした?」
前原は短く答える。
「思ったより根が深い」
川本も頷いた。
そして、
窓の外の街を見ながら小さく呟く。
「急がねぇとな」
その一言だけが、
少しだけ重く夜に溶けていった。
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後書き
第40話でした。
今回は「悪人らしくない悪人」の入口を描きました。
この作品では、敵を単純な悪役にはしません。
実際には、
* 笑顔
* 丁寧な言葉
* 親切そうな対応
だからこそ、人は安心してしまうことがあります。
一方で、藍とますみは「完成しなくても作り続ける」という新しい考え方を少しずつ身につけ始めました。
次回からは、敦自身の過去にも少し踏み込みながら、前原がなぜ若い人たちを放っておけないのか、その理由にも近づいていきます。




