コンビニ前の男
前書き
この街には、
同じ時間に、
同じ場所に現れる人がいる。
名前も知らない。
話したこともない。
でも、
何度も見かける。
第4話です。
⸻
第4話 コンビニ前の男
夜風が少し冷たかった。
岡野敦は、
コンビニの前で缶コーヒーを飲んでいた。
最近、
ここへ来ることが増えた。
別に買う物があるわけではない。
ただ、
なんとなく明るい場所にいたかった。
深夜一時過ぎ。
車道をタクシーが流れていく。
酔っ払いの笑い声。
遠くの電車の音。
コンビニの自動ドア。
敦はぼんやりしていた。
その時だった。
「おい店員!!」
大声。
敦が顔を上げる。
いた。
前に見た男だった。
ガタイがいい。
短髪。
黒いパーカー。
サンダル。
年は三十前後。
コンビニ店員に何か言っている。
「だから袋先入れろっつってんだろ!」
店員は困った顔をしていた。
外国人のアルバイトらしい。
「ス、スミマセン……」
「毎回毎回よぉ!」
敦は思わず目を逸らした。
関わりたくない。
でも気になる。
男は明らかに面倒なタイプだった。
怖い。
けれど、
よく見ると少し変だった。
怒っている割に、
声に迫力がない。
というか、
言ってる内容が妙に小さい。
袋の順番。
そんなことでここまで怒るのか。
敦は缶コーヒーを持ったまま、
様子を見ていた。
すると男が、
レジ横のおでん容器に腕をぶつけた。
「あっつ!!」
汁がこぼれる。
店員が慌てる。
男も慌てる。
「うわっ!! ちょっ、待っ……!」
敦は思わず吹き出しそうになった。
男は周囲を見た。
敦と目が合う。
一瞬、沈黙。
男は気まずそうに顔をしかめた。
「……見てんじゃねぇよ」
「いや……」
「笑っただろ今」
「笑ってません」
「絶対笑った」
完全に子どもみたいだった。
店員がティッシュを持ってくる。
男は急に小さくなる。
「……すんません」
さっきまで怒鳴っていたのに。
敦は頭の中が混乱した。
なんなんだこの人。
男は会計を済ませると、
ぶつぶつ言いながら外へ出た。
そしてコンビニ前で、
カップ焼きそばを持ったまま立ち尽くした。
……お湯を入れていない。
敦は数秒迷った。
関わらない方がいい。
絶対そうだ。
でも。
「……あの」
男が振り返る。
「なんだよ」
「それ、お湯」
沈黙。
男はカップ焼きそばを見る。
さらに沈黙。
「……マジか」
敦は吹き出した。
今度は完全に。
男は顔を赤くした。
「疲れてんだよ!!」
「いや分かりますけど」
「分かるなら笑うな!」
男は再び店内へ戻っていった。
敦は少し笑いながら、
缶コーヒーを飲んだ。
数分後。
男が今度はちゃんとお湯を入れた焼きそばを持って出てきた。
敦の隣に立つ。
「……お前よ」
「はい」
「前もいたよな」
「え?」
「トイレ」
敦は固まった。
あの時の男だった。
コンビニのトイレで揉めた。
「……あっ」
「おっせぇんだよ」
男は笑った。
でも前ほど怖くなかった。
敦は苦笑いした。
「腹痛かったんですよ」
「知らねぇよ」
男はコンビニ前の灰皿に寄りかかった。
「……あの時は悪かったな」
敦は驚いた。
謝るタイプには見えなかった。
男は焼きそばを混ぜる。
「俺、腹減るとイライラすんだよ」
「子どもですか」
「うるせぇ」
少し沈黙。
敦はなんとなく聞いた。
「よくここ来るんですか」
「まぁな」
男は焼きそばを食べた。
「家、近ぇし」
「へぇ」
「お前は?」
「……なんとなく」
「なんだそりゃ」
男は笑った。
意外と普通の笑い方だった。
名前はまだ知らない。
でも、
前より少しだけ、
怖くなくなっていた。
その時だった。
男のスマホが鳴る。
画面を見る。
一瞬で顔が曇った。
「……チッ」
電話には出ない。
切れる。
また鳴る。
男は舌打ちした。
敦はなんとなく聞いてしまった。
「出ないんですか」
「出たくねぇんだよ」
「……」
「親」
男はそれだけ言った。
それで敦は、
なんとなく察した。
男は焼きそばを乱暴に食べる。
「大学辞めてから、
ずっとこんなんだわ」
「……大学」
「空手で行った」
敦は少し驚いた。
なんとなく納得もした。
身体がデカい。
肩幅が広い。
「でも向いてなかった」
男は笑った。
「上下関係とか、
空気とか、
マジ無理」
「……」
「バイトもバックれたし」
敦は少し苦笑いした。
男は続けた。
「親父もお袋も、
スポーツの人間でさ」
「はい」
「根性!努力!礼儀!
みたいな」
「うわぁ……」
「お前今、
“うわぁ”って言った?」
「ちょっと」
男はまた笑った。
でも、
その笑いの奥に、
少し疲れた感じが見えた。
敦はふと思った。
この人も、
どこか生きづらいんだろうな。
男は焼きそばを食べ終えた。
「お前名前は」
「岡野敦です」
「ふーん」
「そっちは」
男は少し間を置いた。
「……木戸」
「木戸さん」
「木戸でいい」
「はい」
木戸は空を見た。
「しかし腹減ったな」
「焼きそば食べたじゃないですか」
「足りねぇ」
「成長期ですか」
「うるせぇ」
また少し笑う。
その時。
コンビニの前を、
前原正義が通った。
スーパー袋を下げている。
敦が思わず声を出した。
「あ」
前原が止まる。
「……なんだ敦」
木戸が前原を見る。
一瞬だけ空気が変わった。
前原も、
木戸を見る。
数秒。
沈黙。
前原は普通に言った。
「お前またカップ麺か」
木戸は顔をしかめた。
「うるせぇな」
敦は驚いた。
知り合いなのか。
前原は袋を持ち直した。
「お袋泣くぞ」
「知るかよ」
「この前会ったぞ」
「はぁ!?」
木戸が目を見開く。
前原はニヤッと笑った。
「元気かって聞かれたわ」
「余計なこと喋ってねぇだろうな!?」
「別に」
木戸は頭を抱えた。
「マジかよ……」
敦は呆然としていた。
前原は敦を見る。
「なんだその顔」
「いや……」
「木戸んとこの親、
昔から知ってんだよ」
木戸が嫌そうな顔をする。
「だから嫌なんだよこの街」
前原は鼻で笑った。
「狭ぇからな」
そう言うと、
前原は歩き出した。
「敦」
「はい」
「来るなら鍵閉めろ」
「……はい」
前原は去っていく。
木戸はその背中を見て、
ため息をついた。
「……あのオッサン、
昔っからああなんだよ」
「知り合いなんですね」
「腐れ縁」
木戸は空になった容器をゴミ箱へ投げた。
外した。
「チッ」
拾いに行く。
敦は少し笑った。
木戸が睨む。
「また笑ったな」
「いや、なんか」
「なんだよ」
敦は少し考えた。
「……思ったより普通の人だなって」
木戸は数秒黙った。
それから小さく笑った。
「お前、
失礼な奴だな」
夜風が吹いた。
コンビニの光が、
濡れた道路を照らしていた。
名前も知らなかった人間が、
少しずつ、
街の中で繋がり始めていた。
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後書き
第4話でした。
木戸は、
「怖そうだけど、実は不器用」
なタイプとして出してみました。
この作品、
“最初の印象最悪”
な人が多いかもしれません。
でも、
少しずつ人間味が見えてくる。
そんな空気を描いていきたいです。




