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WAY HOME ――行き場をなくした僕らの、小さな食卓――  作者: 和泉發仙


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29/105

泣きそうで笑う少女

前書き


人は、


誰かに救われた瞬間よりも、


「見捨てられなかった」


瞬間を、

ずっと覚えている。


第29話です。


⸻


第29話 泣きそうで笑う少女


駅から戻ったのは、

夜中だった。


⸻


高架下。


⸻


雨は少し弱くなっていた。


⸻


敦とますみは、

ほとんど喋らなかった。


⸻


でも。


⸻


不思議と気まずくなかった。


⸻


ますみはスケッチブックを抱えている。


⸻


いつもより少しだけ。


⸻


力が抜けていた。


⸻


⸻


事務所の灯りが見える。


⸻


まだ明るい。


⸻


木戸たち、

帰ってないらしい。


⸻


⸻


ますみが小さく言う。


⸻


「……まだいる」


⸻


敦が笑う。


⸻


「いるな」


⸻


⸻


「なんで」


⸻


⸻


「知らない」


⸻


⸻


本当に知らなかった。


⸻


でも。


⸻


前原も。


⸻


川本も。


⸻


奈々恵も。


⸻


誰かが帰るまで、

なんとなく残る時がある。


⸻


⸻


事務所の扉を開ける。


⸻


ガチャ。


⸻


⸻


全員いた。


⸻


⸻


木戸。


⸻


「おかえり」


⸻


⸻


ますみ。


⸻


「……ただいま」


⸻


⸻


全員が止まる。


⸻


⸻


ますみ本人も止まる。


⸻


⸻


しまった。


⸻


そんな顔。


⸻


⸻


藍が吹き出す。


⸻


⸻


「今、

 ただいまって言った」


⸻


⸻


ますみ真っ赤。


⸻


⸻


「言ってない」


⸻


⸻


「言った」


⸻


⸻


「言ってない」


⸻


⸻


木戸。


⸻


「言った」


⸻


⸻


グエン。


⸻


「タダイマ!」


⸻


⸻


「やめて!」


⸻


⸻


大爆笑。


⸻


⸻


ますみは頭を抱えた。


⸻


⸻


でも。


⸻


少しだけ笑っていた。


⸻


⸻


⸻


その夜。


⸻


珍しく。


⸻


ますみは早く帰らなかった。


⸻


⸻


みんなが残っていたから。


⸻


⸻


藍はノート。


⸻


航平は地図。


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田中は資料。


⸻


レンはロゴ。


⸻


カナコはギター。


⸻


⸻


ますみは少し離れた席に座る。


⸻


スケッチブック。


⸻


鉛筆。


⸻


⸻


そして。


⸻


描き始める。


⸻


⸻


奈々恵だけが気づいた。


⸻


⸻


何も言わない。


⸻


⸻


ただ。


⸻


コーヒーを飲みながら見ている。


⸻


⸻


ますみは描く。


⸻


⸻


描く。


⸻


⸻


描く。


⸻


⸻


途中で。


⸻


消す。


⸻


⸻


また描く。


⸻


⸻


消す。


⸻


⸻


また描く。


⸻


⸻


そして。


⸻


一時間後。


⸻


ページを閉じる。


⸻


⸻


誰にも見せない。


⸻


⸻


そのつもりだった。


⸻


⸻


しかし。


⸻


木戸が来る。


⸻


⸻


「終わった?」


⸻


⸻


「うわっ!」


⸻


⸻


「見せろ」


⸻


⸻


「嫌」


⸻


⸻


「一秒」


⸻


⸻


「嫌」


⸻


⸻


「0.5秒」


⸻


⸻


「変わらない」


⸻


⸻


木戸は笑う。


⸻


⸻


「じゃあいいや」


⸻


⸻


意外だった。


⸻


⸻


ますみが止まる。


⸻


⸻


「え」


⸻


⸻


「見せたくねぇんだろ」


⸻


⸻


「……うん」


⸻


⸻


「ならいい」


⸻


⸻


木戸は戻る。


⸻


⸻


ますみは少し不思議そうだった。


⸻


⸻


その様子を見ていた前原が言う。


⸻


⸻


「木戸」


⸻


⸻


「ん?」


⸻


⸻


「珍しくまともだな」


⸻


⸻


「俺いつもまともだろ」


⸻


⸻


全員:


⸻


「それはない」


⸻


⸻


また笑いが起きる。


⸻


⸻


⸻


深夜。


⸻


電車の本数も減った。


⸻


⸻


カナコがギターを鳴らしている。


⸻


⸻


藍が窓際へ行く。


⸻


⸻


ますみの隣。


⸻


⸻


しばらく黙る。


⸻


⸻


それから。


⸻


小さく言う。


⸻


⸻


「今日さ」


⸻


⸻


「ん?」


⸻


⸻


「敦と何話したの」


⸻


⸻


ますみは少し考えた。


⸻


⸻


「別に」


⸻


⸻


「嘘」


⸻


⸻


「本当に」


⸻


⸻


藍は笑う。


⸻


⸻


ますみは窓の外を見る。


⸻


⸻


電車。


⸻


街灯。


⸻


雨。


⸻


⸻


それから。


⸻


小さく言った。


⸻


⸻


「私」


⸻


⸻


「うん」


⸻


⸻


「変じゃなかったみたい」


⸻


⸻


藍が止まる。


⸻


⸻


ますみは続ける。


⸻


⸻


「理由なく苦しいの」


⸻


⸻


「意味分かんないと思ってた」


⸻


⸻


「甘えてるだけかと思ってた」


⸻


⸻


少し沈黙。


⸻


⸻


藍は笑わない。


⸻


⸻


怒らない。


⸻


⸻


ただ。


⸻


頷く。


⸻


⸻


「分かる」


⸻


⸻


ますみの目が少し揺れる。


⸻


⸻


「藍も?」


⸻


⸻


「私も」


⸻


⸻


「毎日」


⸻


⸻


「意味分かんない時ある」


⸻


⸻


ますみは何も言えなかった。


⸻


⸻


そして。


⸻


少しだけ。


⸻


安心した。


⸻


⸻


本当に少しだけ。


⸻


⸻


⸻


その頃。


⸻


奈々恵は、

ますみが置いていった消しゴムのカスを見る。


⸻


机の上。


⸻


大量。


⸻


⸻


奈々恵は少し笑った。


⸻


⸻


「描いてるなぁ」


⸻


⸻


誰にも聞こえない声。


⸻


⸻


本気で描いている人間だけが出す量だった。


⸻


⸻


そして。


⸻


その夜。


⸻


みんなが帰ったあと。


⸻


ますみのスケッチブックには。


⸻


新しいページが増えていた。


⸻


⸻


泣きそうで笑う少女。


⸻


⸻


その隣。


⸻


もう一人。


⸻


別の少女。


⸻


⸻


少しだけ強そうな目をした少女。


⸻


⸻


まだ名前はない。


⸻


⸻


でも。


⸻


その横には。


⸻


小さく鉛筆で。


⸻


こう書かれていた。


⸻


⸻


『友達』


⸻


⸻


後書き


第29話でした。


今回は大事件ではありません。


でも、


ますみにとってはかなり大きな回です。


⸻


初めて、


「ただいま」


が出た。


⸻


初めて、


「自分だけじゃなかった」


を知った。


⸻


そして藍との距離も少し縮まった。


⸻


次回は、


ますみのスケッチブックを中心に、


藍・奈々恵・ますみの


“創作女子組”


が動き始めます。


そして裏では、


前原のところへ、

少し面倒な来客が近づき始めています。

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