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WAY HOME ――行き場をなくした僕らの、小さな食卓――  作者: 和泉發仙


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28/105

駅のベンチ

前書き


人は、


「助けて」


と言えない時がある。


じゃあ、

その時どうするのか。


たぶん。


誰かが隣に座るしかない。


第28話です。


⸻


第28話 駅のベンチ


雨だった。


⸻


かなり。


⸻


敦は駅へ向かっていた。


⸻


夜。


⸻


傘。


⸻


濡れたアスファルト。


⸻


人は少ない。


⸻


終電前。


⸻


中途半端な時間。


⸻


⸻


ますみがいる駅は、

そう遠くなかった。


⸻


改札。


⸻


ホーム。


⸻


ベンチ。


⸻


いた。


⸻


⸻


長澤ますみ。


⸻


一人。


⸻


スケッチブックを抱えて。


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俯いていた。


⸻


⸻


敦は少し安心した。


⸻


とりあえず。


⸻


無事だった。


⸻


⸻


でも。


⸻


声はすぐかけなかった。


⸻


⸻


少し離れたベンチへ座る。


⸻


雨音。


⸻


電車の音。


⸻


沈黙。


⸻


⸻


ますみが先に気づいた。


⸻


「……来たんだ」


⸻


「来た」


⸻


「来ないでって言ったのに」


⸻


「言われたな」


⸻


⸻


沈黙。


⸻


⸻


ますみは怒らない。


⸻


怒る元気も無さそうだった。


⸻


⸻


敦は缶コーヒーを差し出す。


⸻


「飲む?」


⸻


「いらない」


⸻


即答。


⸻


⸻


数秒後。


⸻


「……甘いやつ?」


⸻


「甘いやつ」


⸻


⸻


受け取った。


⸻


⸻


人間そんなもんだった。


⸻


⸻


しばらく何も話さない。


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⸻


ますみは缶を握っていた。


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温かい。


⸻


⸻


それだけで少し落ち着く。


⸻


⸻


敦が言う。


⸻


「何かあった?」


⸻


⸻


ますみは笑った。


⸻


少しだけ。


⸻


⸻


「それ聞く?」


⸻


⸻


「聞く」


⸻


⸻


「別に」


⸻


⸻


「うん」


⸻


⸻


「別に何もない」


⸻


⸻


敦は頷く。


⸻


⸻


「そっか」


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⸻


ますみが少し苛立つ。


⸻


⸻


「信じてないでしょ」


⸻


⸻


「信じてる」


⸻


⸻


「嘘」


⸻


⸻


「本当に何もないのかもしれないし」


⸻


⸻


ますみは黙る。


⸻


⸻


そこなんだ。


⸻


⸻


何もない。


⸻


でも苦しい。


⸻


⸻


それが一番説明できない。


⸻


⸻


ますみは俯いた。


⸻


⸻


「なんかさ」


⸻


⸻


「うん」


⸻


⸻


「みんな理由探すじゃん」


⸻


⸻


敦は黙って聞く。


⸻


⸻


「学校行けない理由」


⸻


⸻


「元気ない理由」


⸻


⸻


「家に帰りたくない理由」


⸻


⸻


「でも」


⸻


⸻


ますみはベンチを見る。


⸻


⸻


「私、

 本当に分かんない」


⸻


⸻


風が吹く。


⸻


⸻


「いじめられてない」


⸻


⸻


「親も普通」


⸻


⸻


「友達もいる」


⸻


⸻


「ご飯も食べてる」


⸻


⸻


「なのに」


⸻


⸻


声が少し震える。


⸻


⸻


「朝になると無理なの」


⸻


⸻


敦は何も言わない。


⸻


⸻


ますみは続けた。


⸻


⸻


「起きるだけで疲れる」


⸻


⸻


「学校行く想像だけで疲れる」


⸻


⸻


「みんな見てるだけで疲れる」


⸻


⸻


「喋るのも疲れる」


⸻


⸻


少し沈黙。


⸻


⸻


ますみは笑った。


⸻


⸻


無理矢理。


⸻


⸻


「意味分かんないでしょ」


⸻


⸻


敦は首を振った。


⸻


⸻


「分かるよ」


⸻


⸻


ますみが見る。


⸻


⸻


「え」


⸻


⸻


「俺もあった」


⸻


⸻


本当だった。


⸻


⸻


工場。


⸻


営業。


⸻


新聞。


⸻


色んな時代。


⸻


⸻


理由なんか説明できなかった。


⸻


⸻


ただ。


⸻


起きるのがしんどかった。


⸻


⸻


それだけ。


⸻


⸻


ますみは少し止まる。


⸻


⸻


「……本当に?」


⸻


⸻


「本当に」


⸻


⸻


また沈黙。


⸻


⸻


ホームへ電車が入ってくる。


⸻


⸻


風。


⸻


音。


⸻


光。


⸻


⸻


でも。


⸻


二人とも乗らない。


⸻


⸻


ますみはスケッチブックを見る。


⸻


⸻


少し迷う。


⸻


⸻


かなり迷う。


⸻


⸻


それから。


⸻


開く。


⸻


⸻


敦へ向ける。


⸻


⸻


例の少女だった。


⸻


⸻


泣きそうで。


⸻


笑っている少女。


⸻


⸻


でも。


⸻


今回は違った。


⸻


⸻


後ろに街があった。


⸻


⸻


細かい。


⸻


⸻


窓。


⸻


⸻


看板。


⸻


⸻


電柱。


⸻


⸻


雨。


⸻


⸻


敦は息を呑む。


⸻


⸻


「……すごい」


⸻


⸻


ますみは俯く。


⸻


⸻


「違う」


⸻


⸻


「何が」


⸻


⸻


「その子」


⸻


⸻


指差す。


⸻


⸻


少女。


⸻


⸻


「ずっと描いてる」


⸻


⸻


敦は黙る。


⸻


⸻


ますみは続ける。


⸻


⸻


「小学生の時から」


⸻


⸻


「何回も描いてる」


⸻


⸻


「何年も」


⸻


⸻


「顔だけ変わる」


⸻


⸻


少し沈黙。


⸻


⸻


「でも」


⸻


⸻


「消えない」


⸻


⸻


敦はその絵を見る。


⸻


⸻


たぶん。


⸻


それはキャラクターじゃない。


⸻


⸻


ますみ自身だ。


⸻


⸻


本人も気づいているか、

気づいていないか。


⸻


その途中。


⸻


⸻


敦は小さく言った。


⸻


⸻


「じゃあ」


⸻


⸻


「うん」


⸻


⸻


「その子、

 まだ描いてていいんじゃない」


⸻


⸻


ますみが止まる。


⸻


⸻


「え」


⸻


⸻


「消そうとしてないなら」


⸻


⸻


「ずっといるなら」


⸻


⸻


「いてもいいんじゃない」


⸻


⸻


雨音。


⸻


⸻


ますみは何も言えなかった。


⸻


⸻


ただ。


⸻


少しだけ。


⸻


肩の力が抜けた。


⸻


⸻


その時。


⸻


スマホが震える。


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⸻


母親。


⸻


⸻


ますみは画面を見る。


⸻


⸻


長い沈黙。


⸻


⸻


そして。


⸻


小さく出る。


⸻


⸻


「……もしもし」


⸻


⸻


敦は何も言わない。


⸻


⸻


ただ隣に座っていた。


⸻


⸻


それだけだった。


⸻


後書き


第28話でした。


ますみ編の核心は、


「理由がない苦しさ」


です。


いじめでもない。


家庭崩壊でもない。


非行でもない。


⸻


でも苦しい。


⸻


だから本人も説明できない。


⸻


そして今回。


初めて、


ますみの中にいる


「泣きそうで笑う少女」


が登場しました。


この子は今後、

かなり重要な存在になっていきます。

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