ここに居てもいい
前書き
人って、
少し安心すると、
今度は“未来”が怖くなる。
この場所は、
いつまで続くんだろう。
自分は、
ここに居ていいんだろうか。
そんなことを、
考え始めてしまうから。
第20話です。
⸻
第20話 ここに居てもいい
夜。
高架下の事務所。
電車の振動で、
窓ガラスが小さく揺れていた。
藍は床へ座り込み、
ノートを開いていた。
カナコはギター。
田中はパソコン。
奈々恵はソファ。
木戸は寝てる。
いつもの光景。
でも、
少し前とは違う。
ちゃんと、
“集まる理由”
が出来始めていた。
⸻
「なぁ」
木戸が突然言った。
半分寝ながら。
「この街の設定さ」
藍が顔を上げる。
「ん?」
「なんで上層だけ晴れてんの」
藍は少し考えた。
「……見えないから」
「え?」
「下の人間、
上の空知らないの」
部屋が少し静かになる。
カナコが小さくギターを鳴らした。
低い音。
雨っぽい。
藍は続ける。
「下の人たちって、
ずっと雨の中で生きてるから」
「それが普通になってる」
敦はなんとなく、
この街の話なのに、
現実の話みたいだと思った。
⸻
田中がノートPCを見ながら言う。
「……これ、
世界観資料にまとめません?」
藍が反応する。
「え」
「設定、
かなり増えてるし」
「整理した方が、
後で絶対楽です」
奈々恵が頷く。
「田中そういうの向いてる」
木戸が笑う。
「元社畜の力出てる」
「言い方」
でも田中は、
少し嬉しそうだった。
“ちゃんとしてたこと”
が、
初めて誰かの役に立ってる感じがした。
⸻
その時。
カナコがぼそっと言う。
「……イベントとか出る?」
藍が止まる。
「イベント?」
「同人とか、
展示とか、
ネットでもいいけど」
藍はかなり戸惑った。
「いや無理無理」
即答。
木戸が笑う。
「始まった」
藍はノートを抱えた。
「だって怖いし」
「誰も見ないかもだし」
「変って言われるかもだし」
奈々恵が小さく笑う。
「創作あるある」
藍はむすっとする。
「奈々恵さんは慣れてるから言えるんだよ」
奈々恵は少し黙った。
それから。
「……いや、
今でも怖いよ」
藍が止まる。
奈々恵は、
眠そうな目のまま言う。
「“好き”って、
見せるの怖い」
「笑われると普通に傷つくし」
「数字とか反応とか、
気にし始めると止まらないし」
「だからみんな、
途中で黙る」
部屋が静かになる。
敦も、
なんとなく分かった。
たぶん。
この場所にいる人たち、
みんな一回、
“黙った側”
なんだ。
⸻
その時。
前原が急に言った。
「だったら、
小さいのでいい」
全員が見る。
前原は煙草を咥えている。
「最初からデカいことやるから、
だいたい折れる」
木戸が頷く。
「それはそう」
前原は続ける。
「内輪でもいい」
「一枚でもいい」
「一曲でもいい」
「作って、
出して、
また作れ」
藍は静かに聞いていた。
前原は、
創作のこと詳しいわけじゃない。
でも。
“続けられなくなる人”
を、
たぶんいっぱい見てきた。
だから言葉が妙に重かった。
⸻
グエンが突然手を挙げる。
「ワタシ、
ミタイ!」
藍が少し笑う。
「なにを」
「アイノセカイ!」
カナコも小さく言う。
「……俺も」
田中が頷く。
「普通に続き気になります」
木戸が寝転がったまま言う。
「ドラゴンどうなんの」
「お前そこしか見てないだろ」
少し笑いが起きる。
藍は、
ノートを見下ろした。
描きかけの街。
雨の都市。
空の見えない下層。
そして。
まだ名前のない主人公。
藍は小さく呟く。
「……変じゃない?」
敦が聞き返す。
「なにが」
「こういうの」
少し沈黙。
その時。
カナコが即答した。
「変でいいじゃん」
藍が止まる。
カナコは視線を逸らしたまま続ける。
「普通だけで生きれたら、
俺ここ来てないし」
部屋が静かになる。
木戸が笑った。
「それは名言っぽい」
「うるさい」
でも藍は、
少しだけ笑っていた。
前より、
ちゃんと。
⸻
夜が更ける。
電車の音。
蛍光灯。
缶コーヒー。
誰かのギター。
誰かのノート。
誰かの居場所。
敦は、
その光景をぼんやり見ながら思った。
ここにいる人たち、
たぶんまだ、
全然うまく生きれてない。
社会的には、
ちゃんとしてない。
でも。
だからこそ、
誰かの“好き”を、
笑わないんだろうなと。
その時。
藍が小さく言った。
「……なんか、
ここにいると」
「うん」
「ちょっとだけ、
自分のままでいていい気がする」
誰もすぐには返事しなかった。
でも。
その空気だけで、
十分だった。
⸻
後書き
第20話でした。
この作品は、
「成功物語」
ではありません。
まずは、
“自分の好きなものを、
好きって言える”
そこへ戻っていく話なんだと思っています。




