昼の来訪者
前書き
「ここに来れば誰かいる」
それだけで、
人は少しだけ、
明日をやり過ごせたりする。
でも。
人が増えると、
外の世界も、
少しずつ近づいてくる。
第19話です。
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第19話 昼の来訪者
昼だった。
かなり珍しく、
全員ちょっと眠そうだった。
高架下の事務所。
窓から、
白っぽい昼の光が入っている。
木戸はソファで死んでいた。
「昼無理……」
「吸血鬼かお前」
藍が笑う。
グエンは窓際でカップ焼きそばを食べていた。
「ニホンノヒル、
マブシイ」
「人類みんなそうだよ」
敦はコーヒーを飲みながら、
少しぼんやりしていた。
最近。
この場所へ来るのが、
普通になっている。
それが少し怖くて、
少し嬉しかった。
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藍はホワイトボードへ、
何か描いていた。
街の地図。
カナコがギターを鳴らす。
奈々恵はソファで、
古いノートPCを開いている。
田中は資料整理。
かなり“それっぽい空間”になってきていた。
木戸が半目で言う。
「マジでサークルじゃん……」
前原は煙草を咥える。
「今さらだろ」
その時。
コンコン。
全員が止まる。
扉。
昼にノック。
珍しかった。
前原が眉を動かす。
「誰だ」
敦が扉を開ける。
そこにいたのは――
スーツ姿の女性だった。
三十代後半くらい。
黒髪。
疲れた顔。
でも、
どこか気の強そうな目。
藍が固まる。
「……母さん」
空気が止まる。
木戸が一気に起きた。
「えっ」
藍の母親は、
部屋を見回した。
元ヤクザ。
外国人。
ギター。
落書き。
雑居ビル。
終わってる空間だった。
かなり。
母親は藍を見る。
「……ここなの」
藍は返事しない。
敦は少し緊張した。
でも前原は普通だった。
煙草を灰皿へ押しつける。
「入るなら鍵閉めろ」
木戸が小声で言う。
「万能かその台詞」
藍の母親は、
少し戸惑いながら中へ入った。
かなり警戒している。
当然だった。
藍は明らかに落ち着かない。
「……なんで来たの」
母親は少し黙った。
それから、
かなり疲れた声で言った。
「兄から聞いた」
藍が顔をしかめる。
「余計なこと……」
「心配するでしょ普通」
藍は目を逸らした。
空気が重い。
かなり。
グエンだけ状況分かってなかった。
「アイノ、オカアサン?」
藍が小さく言う。
「……うん」
グエンは笑顔になる。
「ハジメマシテ!」
空気読めなかった。
でも、
少しだけ空気が緩む。
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母親は、
部屋の中を見ていた。
ホワイトボード。
ノート。
ギター。
散らかった机。
そして。
藍の描いた街の設定。
母親は少し驚いた顔をする。
「……これ、
藍が描いたの?」
藍は少し警戒しながら頷く。
「……そうだけど」
母親は、
しばらく黙って見ていた。
藍は、
今にも否定されると思っている顔だった。
敦には分かった。
たぶん今まで、
そういう流れだったんだ。
「そんなの意味あるの?」
「勉強は?」
「現実見なさい」
でも。
母親は、
予想外のことを言った。
「……こんなの描けたんだ」
藍が止まる。
完全に。
母親は、
少しだけ困った顔で笑った。
「小さい頃、
ずっと描いてたもんね」
藍は何も言えない。
母親は続ける。
「でも、
いつの間にか見せなくなったから」
藍の目が少し揺れる。
奈々恵が静かに見ていた。
前原も。
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藍が小さく言う。
「……だって」
「どうせまた、
勉強しろって言うし」
母親が止まる。
藍は続ける。
「普通になれって言うし」
「将来どうすんのって」
「だからもう、
見せなくていいやって」
母親は、
少し俯いた。
その顔は、
藍と少し似ていた。
敦は思った。
この人も、
分からなかったんだろうな。
どう接したらいいか。
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母親が小さく言う。
「……ごめん」
藍が顔を上げる。
たぶん。
藍、
母親に謝られたこと、
ほとんど無かった。
母親は続ける。
「心配で、
ちゃんとしなきゃって、
そればっかで」
「でも、
藍が何好きなのか、
ちゃんと見てなかったかも」
部屋が静かになる。
木戸ですら黙っていた。
グエンだけ、
なぜか泣きそうだった。
「イイハナシ……」
「お前早いんだよ」
川本が突っ込む。
少し笑いが起きる。
藍は、
かなり複雑な顔をしていた。
怒り。
困惑。
嬉しさ。
全部混ざってる。
それから、
かなり小さく言った。
「……別に、
まだムカついてるし」
母親は少し笑った。
「うん」
「すぐ許さないし」
「うん」
「でも……」
藍は少しだけ、
この部屋を見た。
敦たちを見る。
奈々恵。
カナコ。
前原。
それから。
「……ここ、
嫌いじゃない」
と言った。
母親は、
少しだけ安心した顔をした。
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帰り際。
母親は前原へ頭を下げた。
「……ありがとうございます」
前原は即答する。
「別に何もしてねぇ」
木戸がぼそっと言う。
「してるんだよなぁ」
前原は煙草を咥え直す。
「来るなら鍵閉めろって言っただけだ」
藍が少し吹き出した。
その笑い方は、
最初よりずっと自然だった。
高架下を、
昼の電車が通り過ぎていく。
その音を聞きながら敦は思った。
この場所、
本当に“居場所”になり始めてるんだなと。
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後書き
第19話でした。
今回は、
「親もまた分からない側」
という話でした。
この作品では、
単純な悪人を作るより、
「どう接したらいいか分からなかった人」
を描いていきたいと思っています。




