ちゃんとしろ
前書き
人が集まり始めると、
次に起きるのは、
だいたい“揉め事”だ。
価値観。
距離感。
過去。
みんな違うから。
でも、
違うまま居られる場所って、
実はそんなに多くない。
第18話です。
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第18話 ちゃんとしろ
「お前さぁ、
絶対寝てないだろ」
木戸が言った。
昼。
珍しく昼だった。
高架下の事務所。
藍は机へ突っ伏している。
髪ボサボサ。
目の下クマ。
「……寝たし」
「嘘つけ」
敦も少し気になっていた。
最近藍、
夜中までここにいることが増えている。
ノート。
設定。
絵。
ずっと描いてる。
奈々恵がコーヒーを飲みながら言う。
「創作ハイ入ってるねぇ」
藍が顔を上げる。
「なにそれ」
「急に止まんなくなる時期」
「あるある」
カナコまで頷いた。
藍が少し笑う。
「なにその経験者感」
カナコは小さく言う。
「曲できる時、
三日くらい寝ない」
木戸が引いた顔をした。
「不健康サークルかここ」
前原が煙草を咥える。
「元から健康じゃねぇだろ」
それはそうだった。
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藍は最近、
ノートをかなり描き込んでいた。
国。
組織。
宗教。
都市構造。
電車路線図まである。
田中が真顔で見ている。
「……これ、
普通に設定資料集作れそうですね」
藍が少し照れる。
「やめてよ」
「いや本当に」
敦はそのやり取りを見ながら、
少し不思議だった。
最初。
藍は、
「そんなの意味ないし」
みたいな顔をしていた。
でも今は違う。
ちゃんと、
誰かに見せている。
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その時。
カナコが突然言った。
「……藍」
「ん?」
「今日学校は」
空気が少し止まる。
藍が視線を逸らした。
「……行ってない」
木戸が小さく呟く。
「あー」
藍は少しムッとする。
「別にいいじゃん」
カナコは少し黙った。
それから、
かなり静かに言った。
「いや……
ちょっと心配」
藍が反応する。
「は?」
「最近、
ずっとここいるし」
「だから?」
藍の声が少し尖る。
空気が変わる。
敦は少し嫌な予感がした。
藍は続ける。
「アンタに関係なくない?」
カナコが止まる。
「……そうだけど」
「だったらいいじゃん」
藍はノートを閉じた。
強めに。
「やっとさ、
好きなこと出来る場所見つけたのに」
「なんでまた、
“ちゃんとしろ”
って言われなきゃなんないの」
静かになる。
木戸も喋らない。
グエンだけ、
空気が分からずキョロキョロしていた。
カナコは少し困った顔をしていた。
「……そういう意味じゃなくて」
「同じじゃん」
藍は立ち上がる。
「学校行け」
「寝ろ」
「生活戻せ」
「普通にしろ」
「みんなそればっか」
その言い方。
かなり感情が混ざっていた。
敦は思った。
藍、
たぶん今、
ちょっと怖いんだ。
せっかく見つけた居場所が、
また“正しさ”に変わるのが。
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奈々恵が静かに口を開く。
「藍」
藍は返事しない。
奈々恵は続ける。
「カナコ、
責めてないよ」
「……」
「ただ、
好きなものに逃げ込みすぎると、
それごと壊れる時ある」
藍が止まる。
奈々恵は少し遠くを見る。
「昔、
私それやったから」
部屋が静かになる。
奈々恵は笑った。
少しだけ寂しそうに。
「描くことしか無くなって」
「生活も、
人間関係も、
全部ぐちゃぐちゃになって」
「最後、
描くのも嫌になった」
藍は何も言えなかった。
カナコも黙っている。
奈々恵は藍を見る。
「だから、
ここは逃げ場でいい」
「でも、
逃げ場だけにしない方がいい」
藍は少し俯いた。
たぶん。
奈々恵だけは、
本当に分かってると思ったんだ。
“好き”が壊れる怖さを。
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沈黙。
その時。
グエンが突然言った。
「……オナカヘッタ」
全員が見る。
グエンは真顔だった。
「シリアス、
ナガイ」
木戸が吹き出した。
「お前ほんと空気クラッシャーだな」
藍も、
思わず笑ってしまった。
かなり不意打ちだった。
カナコも少し笑う。
空気が少し戻る。
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前原が立ち上がる。
「飯行くぞ」
木戸が即反応。
「ラーメン!?」
「お前さっき食っただろ」
「別腹」
藍はまだ少し黙っていた。
でも。
帰ろうとはしなかった。
カナコが小さく言う。
「……ごめん」
藍は少し止まる。
それから。
「……別に」
少しだけ、
最初より柔らかい声だった。
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外へ出る。
高架下。
夕方。
電車の音。
藍は敦の横を歩きながら、
小さく言った。
「……なんかさ」
「うん」
「ここ、
変にちゃんとしてないのに」
「たまに、
ちゃんと痛いこと言うよね」
敦は少し笑った。
「大人多いからじゃないですか」
藍は少し考える。
それから。
「……でも、
嫌いじゃないかも」
そう言って、
少しだけ笑った。
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後書き
第18話でした。
今回は、
「居場所」と「逃げ場」の違いを、
少し描いた回でした。
好きなものは、
人を救います。
でも、
それだけになると壊れることもある。
だからこそ、
この場所には、
ちゃんと“大人”が必要なんですよね。




