名前のない場所
前書き
「名前を付ける」
って、
ちょっと怖い。
形になってしまうから。
ただの暇つぶしが、
“本気”に近づいてしまうから。
第16話です。
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第16話 名前のない場所
「名前ぇ?」
木戸が露骨に嫌そうな顔をした。
事務所。
深夜一時半。
カップ麺。
コンビニ袋。
ギターケース。
藍のノート。
だいぶ“居着いた空間”になってきていた。
前原は煙草を咥えたまま言う。
「嫌なら別にいい」
「いや絶対変なのになるじゃん」
「例えば」
「“夜明けの翼”とか」
藍が吹き出した。
「ダサっ」
木戸が机を叩く。
「だろ!?」
カナコが小さく言う。
「……でも、
そういうバンド普通にいる」
「やめろ現実を出すな」
敦は少し笑っていた。
こういう、
どうでもいい話をしてる時の空気が、
最近ちょっと好きだった。
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藍はノートを抱えながら言う。
「別に名前なくてもよくない?」
奈々恵がコーヒーを飲む。
「まぁ、
まだ“サークル”
ってほどでもないしね」
木戸が頷く。
「そうそう。
ただダラダラしてるだけ」
前原が即答する。
「お前はな」
「差別だ」
グエンが突然手を挙げた。
「ワタシ、
ナマエ、ホシイ!」
全員が見る。
「なんで」
木戸が聞く。
グエンは少し考えた。
それから笑う。
「ナマエアルト、
ナカマカン、アル!」
少し静かになる。
敦は、
その言葉が妙に残った。
仲間感。
そんなもの、
自分には縁がないと思っていた。
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その時。
ガチャ。
扉が開く。
全員が振り向く。
田中だった。
少し疲れた顔。
でも、
前よりマシだった。
「……こんばんは」
「おう」
前原が短く返す。
田中は部屋を見る。
藍。
カナコ。
ギター。
ノート。
かなり混沌としていた。
「……増えてます?」
木戸が笑う。
「増えた」
「なんなんですかここ」
「知らん」
田中は苦笑いした。
でも、
普通に靴を脱いで入ってくる。
もう、
“戻ってくる場所”
になり始めていた。
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藍が突然聞く。
「田中さんって、
なんか得意なことないの」
「急だな」
田中は少し困った顔をする。
「いや……
特には」
木戸が即ツッコミ。
「絶対あるだろ」
「いや本当に」
奈々恵がぼそっと言う。
「整理」
田中が止まる。
「え?」
奈々恵は藍のノートを指差した。
「この前、
設定まとめ直してたじゃん」
藍が頷く。
「めっちゃ見やすかった」
田中は少し照れた。
「いや……
ああいうの、
癖で」
敦はなんとなく思った。
この人、
“ちゃんとする”ことで生きてきたんだなと。
だから壊れた。
でも逆に、
その能力は残ってる。
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カナコがギターを軽く鳴らす。
小さい音。
藍が反応する。
「うわ、
それいい」
「今思いついた」
「ズル」
「なんで」
「私、
そういうの出来ないし」
カナコは少し首を傾げた。
「でも藍、
世界作れるじゃん」
藍が止まる。
カナコは続ける。
「俺、
そういうの無理」
藍は少し黙った。
それから小さく言う。
「……じゃあ交換だね」
部屋が少し静かになる。
木戸が小声で敦へ。
「青春っぽくなってきたな」
「やめてください、
恥ずかしい」
でも敦も、
少しそう思っていた。
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その時。
前原がぼそっと言う。
「……店でも借りるか」
全員が見る。
「え?」
敦が聞き返す。
前原は缶ビールを開けた。
「使ってねぇ事務所、
一個ある」
木戸が吹き出す。
「急にスケールでかくなるじゃん」
「いや、
ここ狭ぇだろ」
確かに狭かった。
人数も増えている。
藍が少し目を輝かせる。
「え、
マジ?」
カナコも少し反応する。
前原は煙草を咥え直した。
「ただ条件ある」
木戸が嫌な顔をする。
「絶対ロクでもねぇ」
前原はニヤッとした。
「掃除」
全員:
「うわぁ……」
グエンだけ元気だった。
「ソウジ!」
「お前絶対途中で遊ぶだろ」
木戸が言う。
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その夜。
みんなで、
使ってない事務所の話を聞いた。
古い雑居ビル。
高架下近く。
昔、
前原の知り合いが使ってた場所。
今は空いてるらしい。
藍は少しワクワクしていた。
「……なんか、
秘密基地っぽくない?」
木戸が笑う。
「ガキかよ」
でも。
誰もちょっと否定できなかった。
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帰り際。
敦は最後に少しだけ、
事務所を振り返った。
前は、
ただ怖い場所だった。
変な大人たちがいる場所。
でも今は。
誰かが来て。
飯食って。
話して。
好きなものを見せて。
また来る。
そんな場所になり始めていた。
そして敦は、
少しだけ思ってしまった。
――この場所、
無くなったら嫌かもしれない。
と。
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後書き
第16話でした。
今回は、
「集まり」が、
少しずつ“形”を持ち始める回でした。
そして前原。
この人、
実はかなり“居場所作り”に慣れてます。
昔、
色んな人間を見てきたからこそ、
「人が集まる空気」を感覚で分かってるんですよね。




