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WAY HOME ――行き場をなくした僕らの、小さな食卓――  作者: 和泉發仙


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16/105

名前のない場所

前書き


「名前を付ける」


って、

ちょっと怖い。


形になってしまうから。


ただの暇つぶしが、

“本気”に近づいてしまうから。


第16話です。


⸻


第16話 名前のない場所


「名前ぇ?」


木戸が露骨に嫌そうな顔をした。


事務所。


深夜一時半。


カップ麺。


コンビニ袋。


ギターケース。


藍のノート。


だいぶ“居着いた空間”になってきていた。


前原は煙草を咥えたまま言う。


「嫌なら別にいい」


「いや絶対変なのになるじゃん」


「例えば」


「“夜明けの翼”とか」


藍が吹き出した。


「ダサっ」


木戸が机を叩く。


「だろ!?」


カナコが小さく言う。


「……でも、

 そういうバンド普通にいる」


「やめろ現実を出すな」


敦は少し笑っていた。


こういう、

どうでもいい話をしてる時の空気が、

最近ちょっと好きだった。


⸻


藍はノートを抱えながら言う。


「別に名前なくてもよくない?」


奈々恵がコーヒーを飲む。


「まぁ、

 まだ“サークル”

 ってほどでもないしね」


木戸が頷く。


「そうそう。

 ただダラダラしてるだけ」


前原が即答する。


「お前はな」


「差別だ」


グエンが突然手を挙げた。


「ワタシ、

 ナマエ、ホシイ!」


全員が見る。


「なんで」


木戸が聞く。


グエンは少し考えた。


それから笑う。


「ナマエアルト、

 ナカマカン、アル!」


少し静かになる。


敦は、

その言葉が妙に残った。


仲間感。


そんなもの、

自分には縁がないと思っていた。


⸻


その時。


ガチャ。


扉が開く。


全員が振り向く。


田中だった。


少し疲れた顔。


でも、

前よりマシだった。


「……こんばんは」


「おう」


前原が短く返す。


田中は部屋を見る。


藍。


カナコ。


ギター。


ノート。


かなり混沌としていた。


「……増えてます?」


木戸が笑う。


「増えた」


「なんなんですかここ」


「知らん」


田中は苦笑いした。


でも、

普通に靴を脱いで入ってくる。


もう、

“戻ってくる場所”

になり始めていた。


⸻


藍が突然聞く。


「田中さんって、

 なんか得意なことないの」


「急だな」


田中は少し困った顔をする。


「いや……

 特には」


木戸が即ツッコミ。


「絶対あるだろ」


「いや本当に」


奈々恵がぼそっと言う。


「整理」


田中が止まる。


「え?」


奈々恵は藍のノートを指差した。


「この前、

 設定まとめ直してたじゃん」


藍が頷く。


「めっちゃ見やすかった」


田中は少し照れた。


「いや……

 ああいうの、

 癖で」


敦はなんとなく思った。


この人、

“ちゃんとする”ことで生きてきたんだなと。


だから壊れた。


でも逆に、

その能力は残ってる。


⸻


カナコがギターを軽く鳴らす。


小さい音。


藍が反応する。


「うわ、

 それいい」


「今思いついた」


「ズル」


「なんで」


「私、

 そういうの出来ないし」


カナコは少し首を傾げた。


「でも藍、

 世界作れるじゃん」


藍が止まる。


カナコは続ける。


「俺、

 そういうの無理」


藍は少し黙った。


それから小さく言う。


「……じゃあ交換だね」


部屋が少し静かになる。


木戸が小声で敦へ。


「青春っぽくなってきたな」


「やめてください、

 恥ずかしい」


でも敦も、

少しそう思っていた。


⸻


その時。


前原がぼそっと言う。


「……店でも借りるか」


全員が見る。


「え?」


敦が聞き返す。


前原は缶ビールを開けた。


「使ってねぇ事務所、

 一個ある」


木戸が吹き出す。


「急にスケールでかくなるじゃん」


「いや、

 ここ狭ぇだろ」


確かに狭かった。


人数も増えている。


藍が少し目を輝かせる。


「え、

 マジ?」


カナコも少し反応する。


前原は煙草を咥え直した。


「ただ条件ある」


木戸が嫌な顔をする。


「絶対ロクでもねぇ」


前原はニヤッとした。


「掃除」


全員:


「うわぁ……」


グエンだけ元気だった。


「ソウジ!」


「お前絶対途中で遊ぶだろ」


木戸が言う。


⸻


その夜。


みんなで、

使ってない事務所の話を聞いた。


古い雑居ビル。


高架下近く。


昔、

前原の知り合いが使ってた場所。


今は空いてるらしい。


藍は少しワクワクしていた。


「……なんか、

 秘密基地っぽくない?」


木戸が笑う。


「ガキかよ」


でも。


誰もちょっと否定できなかった。


⸻


帰り際。


敦は最後に少しだけ、

事務所を振り返った。


前は、

ただ怖い場所だった。


変な大人たちがいる場所。


でも今は。


誰かが来て。


飯食って。


話して。


好きなものを見せて。


また来る。


そんな場所になり始めていた。


そして敦は、

少しだけ思ってしまった。


――この場所、

無くなったら嫌かもしれない。


と。


⸻


後書き


第16話でした。


今回は、

「集まり」が、

少しずつ“形”を持ち始める回でした。


そして前原。


この人、

実はかなり“居場所作り”に慣れてます。


昔、

色んな人間を見てきたからこそ、

「人が集まる空気」を感覚で分かってるんですよね。

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