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WAY HOME ――行き場をなくした僕らの、小さな食卓――  作者: 和泉發仙


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15/105

事務所の夜

前書き


人が集まる場所には、

理由がある。


でも、

最初から大きな理由なんて、

だいたい無い。


飯がある。


追い返されない。


ちょっと息ができる。


最初は、

それくらいだったりする。


第15話です。


⸻


第15話 事務所の夜


「……で、

 なんでコイツ来てんの?」


木戸が言った。


事務所。


深夜二時。


カナコは入口近くで固まっていた。


ギターケース抱えたまま。


藍が平然と言う。


「連れてきた」


「犬みたいに言うな」


カナコが小さく返す。


でも声小さい。


完全に場に飲まれていた。


前原は煙草を咥えたまま、

一瞬だけカナコを見る。


「靴揃えろ」


「……はい」


即答だった。


木戸が笑う。


「怖っ」


「条件反射だろもう」


川本が言う。


カナコは、

かなり真面目に靴を揃えていた。


グエンが近づく。


「ギター!」


「うわっ」


距離が近い。


グエンは目を輝かせていた。


「ミセテ!」


「い、いや今?」


「イマ!」


カナコは困った顔でギターケースを開けた。


青いギター。


使い込まれている。


木戸が覗く。


「おー」


藍も見る。


「ステッカー増えてる」


「ライブハウスでもらった」


奈々恵が小さく言う。


「ちゃんと弾いてるギターの傷してる」


カナコが少し止まる。


「……分かるんすか」


「昔ちょっと」


奈々恵は眠そうにコーヒーを飲む。


藍がニヤニヤしていた。


「奈々恵さん、

 なんでも分かるじゃん」


「分かるんじゃなくて、

 昔オタクだっただけ」


「今もでしょ」


「否定はしない」


木戸が笑う。


事務所の空気が、

前より少し賑やかになっていた。


⸻


敦はその様子を見ながら、

少し不思議だった。


数週間前まで。


自分は、

こういう場所に来る人間じゃなかった。


いや。


たぶんみんな、

本来は交わらない人たちだった。


元ヤクザ。


外国人。


辞めたサラリーマン。


引きこもり。


家に帰りたくない女子高生。


地下ライブのボーカル。


なのに今、

同じ場所でカップ麺食ってる。


意味が分からない。


でも、

少しだけ居心地が良かった。


⸻


カナコはまだ緊張していた。


椅子の端っこに座ってる。


猫背。


ギター抱えたまま。


木戸が言う。


「お前、

 そのギター寝る時も持ってそうだな」


「持たねぇよ」


「でも抱いて寝てそう」


「寝ない」


「会話下手か」


藍が吹き出す。


カナコは少しムッとしていた。


でも、

帰ろうとはしない。


そこが大きかった。


⸻


前原が缶ビールを開ける。


「お前、

 何で歌ってんだ」


カナコが少し止まる。


「……え」


「理由」


部屋が少し静かになる。


カナコは視線を逸らした。


「……別に」


木戸が即言う。


「嘘」


「うるさい」


カナコは少し考える。


それから、

かなり小さい声で言った。


「……歌ってる時だけ、

 頭静かになるから」


誰も茶化さなかった。


カナコは続ける。


「学校とか、

 バイトとか、

 家とか」


「なんかずっと、

 “普通にしろ”

 って感じするし」


藍が少し反応する。


カナコは気づかないまま続けた。


「でもライブん時だけ、

 別にどうでもよくなる」


「叫んでると、

 なんか……

 生きてる感じする」


前原は煙を吐いた。


「健全じゃねぇな」


木戸が笑う。


「でも分かる」


敦も、

少しだけ分かった。


人によって、

呼吸できる場所が違う。


たぶん、

そういう話なんだろう。


⸻


その時。


藍が突然言った。


「曲つける?」


カナコが止まる。


「……何に」


藍はノートを出した。


あの設定ノート。


キャラクター。


街。


戦争。


空飛ぶ列車。


夜の都市。


木戸がニヤニヤする。


「始まった」


藍はページをめくる。


「この街さ」


「うん」


「ずっと雨降ってんの」


カナコがノートを見る。


少し真顔になる。


藍は続ける。


「で、

 下層の人間は、

 空見えないの」


グエンが聞いている。


奈々恵も。


敦も。


藍は少し恥ずかしそうだった。


でも止まらない。


「でも、

 上層だけ晴れてて」


「みんな、

 上行きたがってる」


カナコが小さく呟く。


「……音あるな」


藍が止まる。


「え」


「雨音」


「機械音」


「電車」


「たまに遠くでサイレン」


カナコの目が、

少し変わっていた。


ライブの時に近い。


奈々恵が小さく笑う。


「始まったねぇ」


木戸はまだ分かっていなかった。


「なにが」


「創作オタクの会話」


「こわ」


藍が笑う。


カナコも、

少し笑っていた。


その時だった。


前原がぼそっと言う。


「なら、

 名前でも付けりゃいい」


全員が見る。


「……名前?」


敦が聞く。


前原は煙草を咥える。


「集まりの」


沈黙。


木戸が吹き出した。


「ダサいの来るぞ絶対」


「うるせぇ」


藍が少し笑う。


カナコは困った顔をしていた。


でも。


誰も帰ろうとしなかった。


外では、

遠くを電車が走っていく。


事務所の蛍光灯は少し古くて、

微かに唸っていた。


でもその夜。


確かにそこには、

少しだけ“部室”みたいな空気が、

生まれ始めていた。


⸻


後書き


第15話でした。


ここから少しずつ、

「居場所」が、

「何かを作る場所」へ変わっていきます。


ただ、

まだみんな半信半疑です。


だからこそ、

今の空気を大事に描いていきたいと思っています。

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