迎えに行かない
第101話 迎えに行かない
鉄平は、スマホの画面を何度も見ていた。
新しい通知はない。
画面を消す。
三十秒もしないうちに、また点ける。
やっぱり何もない。
「……増えねえよ」
隣から声がした。
「分かってる」
「分かってる奴の動きじゃねえだろ」
陸斗だった。
日だまりから少し離れたコンビニの前。
二人は駐車場の端にある車止めに腰を下ろしていた。
蒼と大和は店内にいる。
何を買っているのか知らない。
鉄平はまたスマホをポケットへ入れた。
「行こうと思ってんだ」
「どこ」
「高崎」
陸斗が黙った。
「祐介んとこ?」
「ああ」
「場所分かんの?」
「だいたい」
「だいたいで行くの?」
「行けばなんとかなるだろ」
「ならないだろ」
即答だった。
鉄平が横を見る。
「お前さ」
「なに」
「けっこう冷たいよな」
「そう?」
「友達が向こうにいるんだぞ」
「だから?」
「だからって……」
言葉に詰まる。
陸斗は缶コーヒーを一口飲んだ。
「祐介って奴、来てくれって言ってんの?」
「……言ってねえ」
「帰りたいって?」
「それも……」
「じゃあ何しに行くの」
鉄平は答えられなかった。
コンビニの自動ドアが開いた。
蒼と大和が出てくる。
大和は肉まんを二つ持っていた。
「何の話?」
「鉄平が高崎行くって」
「え?」
大和が止まる。
蒼だけは特に驚かなかった。
「祐介?」
「ああ」
「本人には?」
蒼が訊いた。
「まだ言ってない」
「じゃあ、言ってからじゃない?」
「お前もかよ」
「だって」
蒼はペットボトルの蓋を開けた。
「急に来られたら嫌じゃん」
「友達だぞ」
「友達でも」
その一言が、妙に刺さった。
*
鉄平は焦っていた。
それは自分でも分かっていた。
祐介の居場所が分からなかったときは、
どこにいる。
無事なのか。
それだけだった。
分かれば安心すると思っていた。
でも。
高崎にいる。
知り合いの家にいるらしい。
連絡も取れる。
そこまで分かった瞬間。
今度は、
――連れて帰らなきゃ。
そう思った。
なぜなのかは、自分でもよく分からない。
「俺が連れて帰れば……」
鉄平が呟いた。
「何?」
「いや」
そこまで言って、気づいた。
俺が。
連れて帰る。
その言葉の中に、祐介がいない。
*
その日の夜。
日だまり。
「行かねえ」
前原は言った。
「……はい」
鉄平は正面に座っていた。
敦は少し離れたところで食器を拭いている。
木戸は帳面を見ていた。
「でも」
「行かねえ」
「話くらい――」
「電話でできるだろ」
「電話じゃ分かんないこともあるじゃないですか」
「じゃあ祐介に聞け」
「何を」
「会いに行っていいか」
鉄平が黙る。
前原はそれ以上何も言わなかった。
「……もし」
鉄平が口を開いた。
「来んなって言われたら?」
「行くな」
「でも、あいつ――」
「鉄平」
前原の声が少し低くなった。
「お前、祐介を助けてえのか」
「当たり前じゃないですか」
「自分が安心してえのか」
鉄平の顔が固まった。
敦が食器を拭く手を止めた。
前原は続けた。
「似てるけどな。違うぞ」
「……」
「目の前に連れてきて、ここに座らせて、飯食ってるところ見りゃ、お前は安心する」
「それの何が悪いんですか」
「悪かねえよ」
前原は言った。
「ただ、祐介が安心するかは別だ」
鉄平は下を向いた。
「……じゃあ、何もしないんですか」
そこで敦が口を挟んだ。
「何もしないのとは違うんじゃない?」
鉄平が振り返る。
「連絡できるんでしょ?」
「できます」
「だったら、連絡できる状態を切らない」
「……」
「今日帰ってこなくても、明日帰ってこなくても」
敦は少し考えてから言った。
「祐介君が『帰ろうかな』って思ったときに、連絡できる人でいればいいんじゃないかな」
「それだけ?」
「それ、結構難しいと思うよ」
敦は苦笑した。
「待つのって」
鉄平は返事をしなかった。
*
午後十一時十二分。
鉄平は自宅の布団の上でスマホを持っていた。
メッセージ欄を開く。
文字を打つ。
『いつ帰ってくる?』
消す。
『迎え行こうか?』
消す。
『大丈夫か?』
これも消した。
「……なんて送んだよ」
独り言が出る。
十分ほど悩んだ。
ようやく送ったのは、
『そっち寒い?』
だった。
送信。
「……何だこれ」
自分でも意味が分からない。
高崎の天気くらい検索すれば分かる。
布団にスマホを放り投げた。
一分。
二分。
五分。
返事はない。
鉄平は天井を見る。
十分ほど経ったころ。
スマホが震えた。
飛び起きた。
『夜はちょっと寒い』
祐介だった。
鉄平は画面を見た。
それだけ。
たった一行。
でも、返ってきた。
鉄平は文字を打つ。
『横浜も』
送る。
少しして。
『そっか』
また短い返事。
鉄平は迷った。
『帰ってこい』
打って。
消した。
『迎えに行く』
打って。
それも消した。
最後に送ったのは、
『風邪ひくなよ』
だった。
今度の返事は早かった。
『お前も』
鉄平はしばらく画面を見ていた。
そしてスマホを伏せた。
*
翌朝。
日だまりに鉄平が顔を出すと、前原がいた。
「おはようございます」
「おう」
前原は新聞から目を上げない。
鉄平は靴を脱ぐ。
「前原さん」
「ん?」
「高崎」
「ああ」
「行くの、やめます」
新聞が少し下がった。
「そうか」
「でも」
「ん?」
「連絡はします」
「好きにしろ」
「毎日じゃなくて」
「好きにしろって」
鉄平は少し笑った。
前原は再び新聞を上げた。
「……前原さん」
「今度は何だ」
「もし祐介が、迎えに来てって言ったら?」
新聞の向こうから答えが返ってきた。
「そんときゃ行け」
「俺一人で?」
「知らん」
「えぇ……」
「そんとき考えりゃいいだろ」
前原は新聞をめくった。
鉄平は台所へ向かった。
敦が朝飯の準備をしている。
「おはよう」
「おはようございます」
「食べる?」
「食べます」
「今日は鮭」
「おお」
鉄平は椅子に座った。
スマホはポケットの中。
祐介から新しい連絡は来ていない。
でも。
昨日までとは少しだけ違った。
帰ってこい、と言わなくても。
迎えに行かなくても。
つながっていることはできる。
そしていつか。
もし祐介の方から、
――迎えに来て。
そう言ったなら。
そのときは。
鉄平はテーブルの向こうにいる前原を見た。
たぶん、この人は。
なんだかんだ言いながら、
一緒に高崎まで来るんだろうな。
「何見てんだ」
「いや、別に」
「気持ち悪ぃな」
「なんでもないっす」
敦が鮭を皿に乗せた。
「はい」
「ありがとうございます」
鉄平は箸を取る。
今日もまだ、
祐介は帰ってこない。
それでいい。
帰る日を決めるのは、
祐介だから。




