第八話
今日は話の長いお客様を接客したせいで、いつもより町を出るのが遅くなってしまった。
日が沈む前に家に着くかしらと心配しつつ、フローラは帰り道を急いでいた。
町の周辺は明るく、見回りの警備兵たちもいるため、比較的安心して歩けるのだが、町を出て夜道を歩くのはできるだけ避けたいところだ。昼間は安全な道でも、夜になれば強盗に待ち伏せされたり、誘拐されたりすることもある。何より恐ろしいのは魔物に遭遇することだ。
魔物には知性がなく、残忍で狂暴。
人間を見ると見境なく襲いかかり、捕まえて食べてしまうのだという。
――早く帰らなくちゃ。
ランバートを急かしつつ、周囲を警戒するフローラだったが、
――道の向こうに誰かいるわ。
急にランバートが足を止めたので不思議に思って見てみれば、離れた道の先に男が二人立っていた。
何やら言い争いをしているらしく、途切れ途切れに声が聞こえてくる。
「こんなところで何をしてる」
「お前こそ、なぜすぐに戻ってこない? 時間をかけすぎだぞ」
「俺には俺のやり方がある」
「そうか? 俺はてっきり木乃伊取りが木乃伊になったかと……」
一人は目立たない恰好をしているが、もう一人は騎士の恰好をしている。
それも銀色の甲冑を身に着けた白騎士――近衛騎士である。
――この声は……シリル?
とっさに荷車から降りたフローラは、ランバートを引っ張って茂みのほうへ向かうと、頭を低くして息をひそめた。
とりあえず隠れてやり過ごそうと思ったのだが、
「これがうまくいけば、お前は近衛隊に戻れる。せっかくのチャンスを不意にするつもりか?」
シリルは答えず、相手はため息をつく。
「お前がぐずぐずしているようだから、こうして俺が手を貸しに……」
「その必要はない」
険しい表情で話し込む二人を見、一体何の話をしているのかと耳を澄ませたその時だった。
騎士の一人が何かに気づいたように顔を上げると、
「おい、誰かいるぞっ」
「……ああ」
「そこに隠れている奴、出てこいっ」
自分のことを言われているのかと思い、怯えるフローラだったが、
「ギャアアアっ」
出てきたのは樹木の姿をした怪物――魔物だった。
騎士はすぐさま剣を抜いて立ち向かう。
「シリル、お前は手を出すなよ。この程度の相手なら俺一人で十分だ」
その言葉通り、騎士は難なく魔物を倒したものの、
「……ちっ、仲間がいたか」
魔物は一体ではなかった。
フローラのいる反対側の茂みから次々と魔物が出てきて、二人を取り囲もうとする。
咄嗟に短剣を抜いたシリルだったが、魔物たちはなぜかシリルには近づかず、攻撃は騎士に集中した。
「なぜ俺ばかり狙うんだっ」
「その甲冑が目立つからじゃないのか?」
一見、追い詰められているようにも見えるが、軽口を交わす程度の余裕はあるらしい。先ほどの仕返しか。「手を貸そうか?」とシリルが意地悪く訊けば、「必要ないっ」と騎士は怒鳴り返す。
フローラは途中から見ていられず、うずくまって目を閉じてしまった。
「……やっと終わったか」
「らしいな」
「くそっ、剣が折れた」
「力任せに振るうからだ」
「うるせー、何もしていない奴が偉そうに言うな」
「手を出すなと言ったのはお前だろ」
どうやらシリルは無事らしい。
そのことにホッとしつつ、こわごわ首を伸ばして辺りを見ると、魔物たちは皆倒され、立っているのは二人だけだった。
「折れた剣では戦えない。俺はいったん都に戻る」
「なら、さっさと行け」
「本当に一人で大丈夫なんだな?」
「当然だ」
甲冑を身に着けた騎士が立ち去ると、シリルだけがその場に残った。
彼はまっすぐこちらに向かってくると、
「もう出てきて大丈夫ですよ、花屋のお嬢さん」
優しく声をかけられて、ハッと息を飲む。
一体いつから気づいていたのか。
フローラは観念して立ち上がると、
「どうして私だと分かったんですか?」
不思議に思って訊ねると、シリルは吹き出しそうな顔をして「白馬は目立ちますからね」と答えた。
言われてみれば確かに、茂みの隙間からロンバートの美しい毛並みが見え隠れしている。
ランバートは顔をのぞかせると、鼻先をシリルに押し付けてきた。
どうやら彼のことが気に入ったらしい。
シリルもまんざらでもない様子で「美しい馬ですね」とランバートを褒めちぎる。
「魔物に見つかるのが怖くて隠れていたのでしょう?」
理由はそれだけではないのだが、下手なことを言って怪しまれると困るのでとりあえず「はい」と返事する。
「よければ家の近くまで送りますよ。また魔物が出ないとも限らないので」
これが赤の他人であったら、即座に断っていただろう。けれどフローラはシリルのことをよく知っていた。さすがに女神から与えられた祝福、能力までは知らなかったが――騎士は自分の能力を自慢したり言いふらしたりしない。いざという時の切り札になるからだ――それよりも、先ほどの光景が目に焼き付いて離れない。
あんな魔物に襲われたらと思うと……考えるだけで恐ろしくてたまらず、
「お願いします」
フローラは恐縮して頭を下げるのだった。




