第七話
赤や黄色、白や紫、色とりどりの花々を見ると心が浮き立ち、明るい気持ちになるものだが、フリージアの花は凛とした美しさの中に可憐さや賑やかさもあって、見ていて飽きない。甘く優しい香りも人気で、王城ではフリージアの香水をつけている貴婦人も少なくなかった。
「フリージアの花束を一つください」
そんな注文を受けたのは、町でシリルの姿を見かけてから三日後のことだった。
おまけに客として現れたシリルに、フローラは内心あわてふためいたものの、
「女性への贈り物なので、それらしいものをお願いします」
その一言で冷静になった。
フリージアの花言葉は「あなたを守る」、他にも色によって花言葉は異なり、
「……ご希望の色はありますか?」
「よくわからないのですが、高貴な女性が好みそうな色で」
おそらく贈る相手は貴族の令嬢――婚約者か、第二王女あたりかもしれない。
悩んだ末、フローラは濃い紫と白いフリージアで花束を作った。
「悪くないですね」
特に感激した様子もなく、シリルは銀貨一枚を支払うと、お釣りももらわずに去って行ってしまった。
きっと相手の女性のことで頭がいっぱいなのだろう。フローラの顔もろくに見ないで、どこか上の空だった。
――気づくどころか、まるで関心がないみたい。
正直、拍子抜けしてしまった。
思わず身構えてしまった自分が馬鹿みたいだ。
それからというもの、シリルは時おり客として現れ、花を買っていった。
フリージアだけでなく、薔薇だったりチューリップだったり――意外にも、彼は女性に尽くすタイプらしい。
――言葉もきついし、見た目も冷たそうなのに、人は見かけによらないのね。
などと考えて、フローラは少しだけ相手の女性を羨ましく感じた。
好きな男性から花束を贈られたら、どんなにうれしいだろうと思ったからだ。
だからつい、
「相手の女性は喜んでくれましたか?」
余計なことを訊いてしまった。
そんなの、喜ぶに決まっている。
けれどシリルは少し考え込むように目を伏せると、「分かりません」と答えた。
「まだ渡していないので」
フローラは驚き「どうして?」と訊ねると、
「嫌いな相手から花をもらっても嬉しくないでしょう」
その言葉を聞いて、思わずきょとんとしてしまう。
どうやら彼は、相手の女性に嫌われていると思い込んでいるらしい。
もしくは、本当に嫌われているかのどちらかだが。
「でも、彼女のために花を買っているのでしょう?」
黙り込むシリルを見、なぜかじれったく感じてしまう。
「試しに渡してみたらどうかしら?」
「……貴女だったら、嫌いな相手から花を贈られたら、受け取りますか?」
うっと言葉に詰まってしまったフローラを見、シリルはため息をついた。
「だから渡せないんです」
そう答えつつも、彼はいつものように花束を買い、立ち去ってしまった。
もしかすると彼の部屋は、愛を伝え損ねた花束で溢れているのかもしれない。
シリルのことを嫌う女性がいるなんて信じられないと、フローラは首を傾げる。なぜなら彼は近衛騎士隊に所属するエリート――近衛騎士で、宰相の息子だ。おまけに腕も立つとなれば、まさに絵本に出てくるような、女性なら誰もが憧れる白馬に乗った騎士そのものである。
この日を境に、常連客となったシリルと会話するようになったせいか、少しずつ彼の現状が見えてきた。
第三王女の護衛騎士から外されてからというもの、彼は上司の命令に逆らった罪で左遷され、しばらく遠征隊――魔物討伐隊で剣を振るっていたらしい。しかし任務中に子どもをかばって怪我をしてしまい、今は休暇も兼ねて療養しているとのこと。
この町の近くには天然温泉が湧いているため、療養に訪れる人も珍しくはない。
それよりも怪我をしたと聞いて青ざめるフローラに、
「ほぼ完治しているので心配にはおよびません」
とシリルは優しく答える。
「ですけど、あまり無理をされるのは良くないわ」
「そうですね。気を付けます」
こんなやりとりをしていると、なんだか王女の頃の自分に戻ったような錯覚に陥り、
「お買い上げ、ありがとうございます」
周りの視線も気になり始めて、花束を押し付けるようにして渡すと、フローラは慌ててシリルを追い返すのだった。




