第五話
ランバートのために厩舎を磨き上げ、たっぷりの飼い葉と綺麗な水を用意する。鶏小屋も毎日掃除をし――掃除をしているあいだに鶏が外へ逃げ出して、しょっちゅう追いかける羽目になるので、鶏小屋の周辺に簡単な囲いを作った。そして夜は家畜を小屋に入れてしっかりと鍵をかける。暗くなると山から獣が下りてきて、家畜を食い殺すことがあると聞いたからだ。
――そういえばモーリーはどこへ行ったのかしら。
馬が苦手なのか、ランバートが近くにいる時は決まって姿を消してしまうのだ。
元より警戒心が強く、ネズミ退治用に飼われていた猫なので、あまり人には懐かない。きっと今ごろ自由に周辺を散策しているのだろう。ご飯を出しても食べない時もあるから、自分で仕留めた獲物を食べているのかもしれない――あまり考えたくはないけれど。
――私は私でやれることをやりましょう。
翌日、フローラは納屋から鍬を持ち出して、畑づくりを始めた。
大きな石や小石を取り除き、雑草を抜きながら土を掘り起こす。
畑で大切なのは土づくりだ。
足もとがふらつくこともあるけれど、しっかりと腰に力を入れて鍬を振るう。
慣れない力仕事で、たちまち汗が噴き出してきた。
王城の近くには菜園もあったので、ほとんど見よう見まねだったが、うまくいくことを願って鍬を振るい続けた。最後にとっておいた木の葉を肥料として土によく混ぜ込み、表面を平らにしてから土寄せをし――なんとか形にはなった気がする。
あとは種を巻き、苗を植えて水を与える。
「大地の女神様、どうか豊かなお恵みをお与えください」
作業が終わった頃には腕は上がらず、足はむくみ、歩くたびに腰が悲鳴をあげたが、心は晴れやかだった。
花壇の縁に座って、沈みゆく夕日に見とれていると、
「にゃーお」
モーリーがすぐそばに座ってこちらを見ていた。
「あら、お帰りなさい、モーリー。見回りご苦労様。何か収穫はあった?」
再び「にゃあ」と鳴いてモーリーが視線を下に向ける。
見れば猫の足元で蛇が死んでいた。まだら模様の毒蛇だ。
フローラはごくりと悲鳴を飲み込むと、
「ありがとう、モーリー、あなたのおかげで毒蛇に噛まれずにすんだわね」
デジャビュを覚えるやりとりにぷっと吹き出してしまう。
あらためて考えれば、塔から逃げ出す方法を思いついたのも、モーリーのおかげだった。
白猫は幸運をもたらすというけれど、今やフローラにとってモーリーは、それ以上の存在である。
「猫は短命だというけれど、どうか少しでも長生きして、私のそばにいてちょうだい」
モーリーは目を細めると、まるで人間みたいな顔をしてうつむいてしまった。
それからおもむろに顔を上げて、じっとフローラのことを見つめるので、
「なぁに? 何か言いたげね」
手を伸ばしてそっと顎の下をくすぐると、モーリーはゴロゴロと喉を鳴らす。
「私がいなくなっても、誰も私のことを探そうとしないし、心配もしてくれない。私は政略結婚の道具にすらならない、ダメな王女なのよ」
追手が来たら来たで困るのだが、ついそんな贅沢を口にしてしまう。
「でも、こんな私でもやれることはあるのよ。料理もできるようになったし、動物の世話だって得意なの。それに……それにね」
土で汚れてしまった前掛けや手を見下ろして、フローラは微笑む。
「花のように美しい女性になりなさいとお母さまにはよく言われたものだけど、私には無理ね。私はお姉さまたちほど美しくもなければ、賢くもない」
だから父に見捨てられてしまったのだろう。
母にすら見向きもされなかった。
「私自身が美しい花になることはできないけれど……私の手はどんな花だって咲かせられる」
香り高く、美しい大輪の花を前にして、心を奪われない人間などいないだろう。
それこそがフローラに与えられた唯一の力であり、誇りだった。
けれど父も母も、そのことをまるで理解してくれなかった。
フローラの持つ能力を卑しい力だと決めつけ、はねつけた。
「どんなに落ち込んでいても、苦しくても、綺麗な花を眺めていると元気になる。そういうことってあるでしょう?」
現に今も、庭で咲き誇る美しい花たちに元気づけられている気がする。
モーリーは神妙な顔をして「にゃあ」と鳴いた。
そうだね、と言ってくれているみたいに。
「だから決めたの、私はこれからもたくさんの花を咲かせようって。それを市場へもっていって、みんなに見てもらうわ。お金を稼ぐこともできるし、喜んでもらえるもの」
そしていつかはお金を貯めて、お店を持つのもいいかもしれない。
フローラの生花店――考えれば考えるほどワクワクしてきた。
「モーリー、あなたは素敵な看板猫になれるわね」




